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リアクション
第四世界・11
日が沈んで夜が来る。契約者たちは……一斉にあの酒場に押しかけていた。
店主もジェニファーも客を断るようなことはしないが、いかんせんスペースがない。
そういうわけで、酒場の客たちは通りにまで溢れて、樽に座ったり壁にもたれて思い思いに時間を過ごしている。
酒は足りなくなっているが、誰が持ち込んだものやら、パラミタや地球の酒が届けられていた。
「……それじゃあ、私の故郷の歌を歌うわ。みんな、聞いて」
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が、狭いステージの上で歌い始める。誰にでも伝わる、簡易なメロディ……童謡である。バンジョー弾きもそのメロディに合わせて簡素な伴奏を付けはじめ、さながら映画のエンディング・シーンの風情だ。
「歌姫としても要約一著前になって来たってところかな」
カウボーイハットを目深にかぶったメメント モリー(めめんと・もりー)が、トマトジュースを口にする。似合わないことこの上ない様子に、荒くれたちはいかにも物珍しげな様子である。
「いいぞ! もっとやれ!」
こちらですっかりできあがってるのは、マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)。樽の底にべたべたと何かを書いているかと思うと、それを掲げて叫ぶ。
「ダーツ勝負だ! 俺と勝負するやつはいるか!?」
「もー、絶対飲みすぎだよ。……んく。そんなに飲んで、明日……ごく。動けなくなっても……こく。知らな……んぐ、んぐ……いよ」
両手に酒瓶(杯ではない)を持ったマナ・オーバーウェルム(まな・おーばーうぇるむ)が、マイトに注意らしきものをしながら、酒を飲んでいる。いや、酒を飲みながら注意している。
「どう考えても、飲み過ぎは君の方だと思うぞ」
静かに指摘するのは、エイブラハム・リンカーン(えいぶらはむ・りんかーん)。西部開拓時代を知らない彼にとって、この雰囲気も一種、不思議に感じられるらしい。
「まあまあ、こういう時ぐらいはいいじゃあないか。きっと彼女も郷里の……西部の風に吹かれて開放的になっているのさ。ミーと同じようにね!」
「いや、私はアメリカ人じゃないけど」
アレックス・ノース(あれっくす・のーす)の言葉に、マナは(酒を飲みながら)やんわりと否定を返す。
「生まれ故郷なんてのはFXXKな小さい問題だ。HEARTにアメリカがあれば、誰だろうと、どこだろうと、それこそがアメリカなんだ!」
こちらの意見はガルム・コンスタブル(がるむ・こんすたぶる)。
「……おいおい、平気かよ?」
アメリカ人らのかなり派手な騒ぎぶりに、斎賀 昌毅(さいが・まさき)は頭を抱えそうになりながら聞く。だが、ガルムのパートナーであるザッカリー・テイラー(ざっかりー・ていらー)はゆっくりと首を振った。
「フン、好きにさせておけ。それよりも、もっと酒を運んでこい」
「酒はいいよねー、もっと飲ませてよ」
テイラーの意見にマナが賛同し、二人してさらに飲む、飲む、飲む。
「次はカードだ! 俺と勝負するやつはいるか!?」
ボロ負けしたダーツの的を投げ捨て、マイトが叫ぶ。
「それなら、那由他が相手になってやるのだよ!」
ばんっと薄い胸を叩いて阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)が進み出る。
向こうでは、いつの間にかアレックスとガルムが、荒くれを何人か巻き込んで取っ組み合いをはじめている。
まあ、そんな風に、どうやら契約者たちは、町の住人からは受け入れられたらしい。
「……と、言っても、はっきり言って君たち、ジャンゴに目を付けられてるよ。あいつはここらの無法者のボスなんだ……いや、ボスになろうとしてるって言うべきかな」
胸を押し上げるように腕を組んだジェニファーが、いくらか目元を鋭くしている。
「と、言うと?」
ちびちびとミルクを口に運びながら、ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)が聞く。その隣には、店にある料理を全部運ばせたイータ・エヴィ(いーた・えびぃ)ががつがつと無心に食事を口に運んでいる。
「本当なら、よそ者にこんな話はしないんだけど……ジャンゴを追っ払ってくれたから、特別。大会のことは、もう知ってるでしょ?」
「ああ。ガンマンのナンバーワンを決める大会だな。確か、優勝したら、市長が何か願いを叶えてくれるっていう」
ジェニファーの問いに、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が頷いて答える。ジェニファーは思い出したくない者を思い出そうとするように首を振った。
「そうなったのは、3つ前の大会からなんだけどね。前まではこっそり行われていた大会だったんだよ。でも、市長が3大会前から公認して、大々的にそういう懸賞を付けたんだ」
「町で皆が聞いてきた情報と一致しますね。確かなようです」
龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、続きを促すように頷く。
「……その次、2つ前の大会に、“サンダラー”ってコンビがエントリーした」
「その名前も、どっかで聞いたな」
ラックが呟く。確か、ジャンゴが恐れていた様子の名前だ。
「そいつらがとにかく凄腕でさ。当たった相手を全員撃ち殺して優勝したんだ」
「彼らは、何を望んだんだ?」
牙竜が問う。ジェニファーは目を伏せ、帽子のつばで顔を隠しながら低く言う。
「他の参加者も、全員殺すこと。……その次の大会もそうだった」
「つまり、その2大会の参加者は、サンダラーを除いて全滅したってこと?」
話の内容にも、まったく食欲が衰えない様子でイータが問う。
「逃げて助かったやつもいるのよ。……たとえば、ジャンゴとかね」
ようやく話を戻せる、とジェニファーは肩をすくめた。
「それでジャンゴは、今度こそ大会でサンダラーを倒そうってんで、無法者どもをまとめて手下にしようとしてるってわけ。一回はじめたら、あとはもう仲間は増えるばっかり。いつの間にか、この町は無法者が集まる町になってた」
「それで市長も保安官も、案外素直に俺たちを受け入れてくれたんだな」
牙竜の問いに、ジェニファーが頷く。
「無法者よりは、よそ者の方がいくらかマシってものじゃない?」
「なるほど」
ラックも頷く。ふと、牙竜はもう一つだけ、と付け加えてジェニファーに聞いた。
「『大いなるもの』について、何か知ってるか?」
ジェニファーはしばし考えてから、また肩をすくめる。
「さあ。どこかにそういうのが封印されたなんておとぎばなしは聞いたことがあるけど、しょせんはおとぎ話でしょ? それより、もうすぐまた大会があるんだから、そっちの方が大事よ」
ジェニファーの答えに、牙竜はアゴに手を当てた。
どう報告するべきだろうか。さて、この世界ではこれから、何が起きるだろう?