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リアクション
鏖殺寺院の呪い
「ラングレイ様、気にかけられてた人と味方を連れてきました」
ディエムの言葉に、鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイこと砕音は戸惑う。
「味方……?」
ディエムに続いて緋桜 ケイ(ひおう・けい)やヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)達が現れる。
「先生、無事か?」
「こんにちは〜」
生徒達を見て、砕音は驚く。
「おっおまえたち、なんでここに?!」
「また、砕音先生とお話ししに来たんです。みんながちがうっていうけど、ボクは信じてるです」
ヴァーナーがにこにこ笑いながら答える。
「ええ、私も彼女と同じような用件です」
朱 黎明(しゅ・れいめい)が臆した様子もなく言う。
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は少し困った顔だ。
「まさか、こんな風にお会いできるとは思いませんでした。これを御渡しするつもりだったのですが」
エメは手に手袋を持っている。片倉 蒼(かたくら・そう)がすかさずフォローを入れた。
「誤解なさらないでくださいね。中にお手紙が入っています」
彼らは、砕音に手袋を投げつけて決闘を申し込むふりで、その手紙を渡すつもりだったのだ。だが周囲にいる者は、砕音と戦うつもりはない。
ディエムは様子を確認すると「俺はまだ仕事があるから」と、そこを辞した。
砕音は不思議そうに、手袋からエメの手紙を取り出す。
そこには、だいたい次のように書かれていた。
「先生は誰の為に、何の為に、その身に呪いを受け戦っているのでしょうか?
また、その願い通りに今も動けているでしょうか?
もしも願いが叶えられているのならば、私も協力し、回顧派の望みを繋げたいと思います」
「回顧派?」
砕音に尋ねられ、エメはうなずいた。
この件に関して、すでに友人を通してヘルの了承は得ている。
「以前ヘルから、鏖殺寺院は昔はこのようなテロ組織ではなかったと聞きました。
鏖殺寺院が元の正しき姿を思い出し、取り戻せば、多くの不幸は防げるのではないでしょうか?
ヘルは先生が構わないなら協力すると言ってくれています。
もちろん私については、護りたい物を護る為なら躊躇わない事は、殊更示さずとも判って頂けるでしょう? さすがに他の調査等もありますから、即座に名乗りをあげる事はできませんし、現在の長その他に同調する事はできません」
砕音は考え込む。
「鏖殺寺院を呪いを受ける以前の姿に戻す回顧派か……。
それにしても、そんな事を言い出すなんてヘルは、ずいぶん変わったんだな」
エメは満面の笑みを浮かべた。
「はい、お友達の早川様の人類愛に共感したのでしょう」
「じ、人類……? それはまた変わったな……。
だが五千年前の知識をダイレクトに持つ、あいつの協力が得られるなら……可能性はあるかもしれない。
分かった。回顧派設立は前向きに考えると伝えてくれ。
ただ、当面の危機を切り抜けないと、それも見込めないが」
すると、ヴァーナーが彼ににこにこと笑いかける。
「じゃあ、ボク、先生のお手伝いをするです!
「俺も協力するぜ。今度は俺たちが先生を助ける番だ」
ケイも力強く言い切る。
「ありがとう……」
礼を言う砕音の瞳は潤んでいる。
だが城内のどこからか破壊音が響いてきて、我に返る。
「皆、聞いてくれ。このナラカ城は、元は世界を滅ぼす闇をナラカに閉じ込めておく為の施設だ。
もう闇の力が強くてナラカに留めきれないが、城の設備を駆使すれば、ジークリンデ様のような特別な力が無くても、ある程度は世界を破壊する闇の力を抑えられるはずだ」
砕音は皆の理解にと、手短に世界を滅ぼす闇について説明する。
「地球とパラミタは背中合わせの世界で、たがいがたがいの死後の世界にあたるんだ。
地球で死亡した魂は、まずナラカに落ち、そこで数百年から数千年をかけて浄化された後に、新たな生命としてパラミタに生まれる。
ただ時々、浄化が上手く行かずに、世界に有害な存在ができてしまう事がある。地球の生き物で例えるならガン細胞だな。それも少しなら、世界全体には無害だった。
しかし地球上で人口が爆発的に増え、人間が滅ぼしたり、消費する生き物の魂もそれに応じて増えた。そのせいで増えた『ガン細胞』が集まって、世界を滅ぼす闇を形作ったんだ。
さらにパラミタ大陸自体の力が弱まり、世界を滅ぼす闇を閉じ込めておけなくなった。生き物で言えば、体が弱って病気の症状が現れた、という事だな。
それに、パラミタと地球がシャンバラ付近で融合してから、パラミタの免疫機能……契約してない一般人がモンスターに襲われるとか、病気や災害に襲われるっていうヤツな。その免疫がこれまでにない酷使をされたり、人工的な結界で免疫反応をすり抜けるせいで、大陸の力が今後さらに弱まる可能性がある。
今のダークヴァルキリー様はおかしくなってるせいで、全世界を壊すのもいい、なんて言ってる。
長は、世界を滅ぼす闇をコントロールしてシャンバラだけを徹底的に滅ぼし、地球とパラミタを元のように分割するつもりだ。それにより世界を滅ぼす闇の力を発散させつつ、両世界が元のバランスに戻るよう期待する。
それが元々のダークヴァルキリー様の案だからな。
でも俺は……頭の中がお花畑と言われそうだけど……神子にアムリアナ女王陛下を復活させてもらい、その力でシャンバラの大地を強化。
さらに、かつて世界を滅ぼす闇を封じた女王本人と、その女王の力を受け継ぐ十二星華。世界を滅ぼす闇に働きかけができるダークヴァルキリー様を始め、スフィアの持ち主が協力し……有志ある生徒達がこのナラカ城や同じような施設を使って協力しあえば……」
砕音の言葉は弱々しかったが、ヴァーナーとエメはあっけらかんと賛同した。
「わあ! みんながなかよくすれば、みんなを守れるですね!」
「なんだ、良い案をお持ちだったのではないですか」
二人の喜びように、砕音は力無く笑う。
「ははは……これで皆が仲良かったらいいんだがな……。
今、俺が呪いの制約を受けずに、これを語れるという事は、世界を破壊する闇の降臨が近いって事だ。
そして問題は、この情報の多くが鏖殺寺院の一部に残る口伝で、校長や首長を納得させられる証拠にはならない、という点だ。
最近まで、俺が呪いで、これをほとんど話せなかったのが証拠……とは認めてくれないよなぁ」
砕音はうなだれる。
「確認しておきたい事があります、ランラン」
「ラッ……はいぃ?!」
朱 黎明(しゅ・れいめい)に変なあだ名で呼ばれ、砕音は目を白黒させる。黎明は朗らかに宣言する。
「児玉結嬢が、あなたをそう呼んでいるので、私もランランと呼ぶことにしました」
「…………。で、何を確認すると?」
額を押さえて砕音が聞く。
「以前、寝所内でランランが言っていた『もし今このまま、古王国の生み出した【運命の奴隷】の縛を解けば、この空と大地に存在する、あらゆる生命を奪うために動き出す』という言葉は、世界を滅ぼす闇のことなのでしょうか?」
「いや、高根沢の魔剣だ。古王国の呪いは、我々を滅するつもりが全世界を……。それが、最初の呪いをかけた奴らが……ぁ……」
砕音は胸を押さえ、その場に崩れる。
「砕音せんせぇー!」
ヴァーナーがものすごい勢いで彼の手当てを始める。
「えとえと、ナーシングに、天使の救急箱に、SPルージュに、パワーブレスに、一角獣の角! ええと、それからー」
「も、もう大丈夫だ。そんなに使いまくったら、おまえの方が倒れるぞ」
手当てで血の気を取り戻した砕音が、ヴァーナーを止める。
「ホントです? くすん」
ヴァーナーはそれでも心配そうだ。
黎明はポーズなのか本心なのか、何事もなかったように砕音にまた聞いた。
「『今このまま』ということは、何かを変えれば動きださなくなるのでしょうか?」
「……剣の呪いを打ち破り、道具に正しき用法を与えて真名を書き換えるパワーを得られれば……その上で剣の主が要請すれば、俺は魔剣の封印を破る。
すまないな。呪いのせいで、こういう答え方しかできないんだ」
「協力してくれるなら……頼みたい事がある」
砕音の頼みを受けて、ケイやヴァーナー、エメ、黎明は城内のとある部屋に向かった。
彼らが出ていったのを確かめ、部屋にそっと仮面をつけた鏖殺寺院の下っ端兵士が入ってきた。砕音が笑う。
「どうした? 聴講生でも講義の質問に来るのは感心だな」
どうやら室外で聞き耳を立てていたのは、気づかれていたようだ。正体を隠す仮面の下で、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)はため息をつく。
「じゃあ、質問。シャンバラの大地に力を取り戻す事ができて、傷ついた世界を好転させられたら……解放されるの?」
質問への答えが痛みを伴うものではないか。そう思うと、ためらいが声に出る。
砕音はすまなそうに答える。
「知りすぎた奴……俺や白輝精クラスは、それじゃ無理だな。そこまでじゃなきゃ自由だ」
(じゃあ、ヘルも……)
クリストファーはヘルや友人の事を思って、胸が苦しくなった。
「でもヘルは、おまえのその気持ちを知ったら、すごく嬉しがるんじゃないかな」
砕音は言った。
「あいつは俺と違って、こんなアホな事はしてないから大丈夫だ」
瞬間、砕音の体を強い闇が包んだ。クリストファーは反射的に身構える。
「こんなアホな事って……?」
「世界を滅ぼす闇の力を、我が身に降ろして力を得る事さ。
神々やその力を受け継いだ奴らと違って、俺はただの地球人だ。身体改造して、危険な力に頼っての【鏖殺寺院最強の将】……そのせいで呪いを強めてるから、他の奴の呪いは俺ほどじゃない。安心してくれ」
クリストファーは言葉を失い、首だけでうなずくと、部屋を出ていった。
(あの力……呪いを強めるどころか、体にも悪いんじゃ……。先生本人に言っても止めないだろうから、まわりの人に伝えておこう)
クリストファーが出ていった後、砕音は残っていた片倉 蒼(かたくら・そう)の手紙を読んだ。
「周りが殊更言わなくても
貴方が選んだ方がどういう方か
貴方自身が一番判っていると思います
たとえ貴方が闇でも光でも
傍で護ろうとするでしょう
自分がどうなっても構わないと
思っているかもしれませんが、
貴方はそういう意味でも一人ではない事を、
決して忘れないでください
皆が笑顔でよかったといえるように
先生にも幸せになって欲しい 」
手紙を読んだ砕音は、嬉しそうな、だが同時に寂しそうな笑みを浮かべると、胸に手を当てた。