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リアクション
聖火到着
「はいっ、こちら聖火リレーの模様をお届けします、秋葉原四十八星華の琳鳳明です!
テレビカメラに向けて、アイドルの琳 鳳明(りん・ほうめい)がありったけの笑顔で言う。
「そして、ろくりんくんあるヨ〜」
ろくりんピックマスコット、ろくりんくんことキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、鳳明の横で弾みながら手を振る。
鳳明の背後には、スタジアムの巨大な聖火台がそびえていた。
「シャンバラを一周してきた聖火は、ついに出発地である、ここ2020ろくりんスタジアムまで帰ってきましたー!
その聖火が、これからスタジアムの聖火とひとつになろうとしています。
最終聖火ランナーがそろそろ到着するはず……あっ、来たようです!」
カメラが切り替わる。
スタジアムに設置された入場門から、二人の選手が現れる。
聖火を灯した一本のトーチを、東西それぞれの選手で一緒に掲げ持っているのだ。
東チームからは、イルミンスール魔法学校のジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)。西チームからはシャンバラ教導団のクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が、最終聖火ランナーとなっていた。
ジークフリートもクエスティーナも、当初から他校生徒と一緒に聖火を運びたいと願い出ていた。
(俺と同じ考えをしているものが、西側の選手にもいたとはな)
(「ひとつのシャンバラ」の象徴ですもの。消させは……しません)
二人はたがいにほほ笑みあうと、スタジアムの歓声に応えて手を振りながら、ゆっくりと聖火台へと続く階段を上がっていく。
会場のボルテージが上がるが、サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)やノストラダムス・大預言書(のすとらだむす・だいよげんしょ)などの、聖火やランナーを警備をする者の緊張もより強くなっていく。
(テロが行なわれるならば、こうした会場の興奮が高まる時が危険なのだ……!)
ノストラダムスは心配の眼差しで、ジークフリートを見る。
セレモニー前には口すっぱく「もし爆発物を発見したら〜」などの注意をしてきたが、本番となると見守る以外にできない。
最上段にたどりついたジークフリートとクエスティーナは、掲げたトーチを燃え盛る聖火台の火に近づける。シャンバラを一周してきた聖火が注がれ、会場の聖火はさらに大きく炎を上げた。
ふたたび解説がまわってきた鳳明が、力を込めて語る。
「今! すべての聖火がひとつになりました! 私たちの想いを込めた炎が、空京の空に高く高く燃え上がっています!」
大歓声の中、見事に役目を果たしたジークフリートとクエスティーナは肩を組み、ふたたび会場に向けて大きく手を振る。
聖火の台座の中には、火力などの調整を行なう機器があった。
それを扱う為の広さ二畳程の空間で、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は汗だくになっていた。
トマスは銃を手に、小窓から聖火台周囲の様子を伺う。
もともと居室として作られたスペースではない。猛暑に加えて、頭上では大きな火が燃え盛っているのだ。
(とんだサウナだぜ……)
トマスは周囲に目をこらしながら、流れ落ちる汗をぬぐう。
彼は所属する龍雷連隊の方針に従い、観客に気付かれる事なく警備を行なっているのだ。
聖火台の前に立って警備すれば、火力調整室の中に比べれば遥かに快適だろう。だが、それでは華やいだ祭りの雰囲気がブチ壊しだ。
この時、トマスのパートナー魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、トマスとは別行動で、売り子のバイトに扮しながら客席の警備を行なっていた。
重い商品を持って階段を上り下りする体力勝負は、彼の出番だ。
しかし観客は、彼が密かに警備をしているなどという理由を知る由もなく、子敬は販売に追われていた。
ガコン。音がして、トマスのいる火力調整室の床の一部が持ち上がった。
その下は、スタジアム内部に通じる作業用の縦穴だ。穴は垂直で、金属製のハシゴで出入しなければならない。
とっさにトマスは警戒するが、ぐるぐる眼鏡に三つ編みおさげの少女が穴から顔を出すのを見て緊張を解いた。
彼女は医療スタッフの姫神 司(ひめがみ・つかさ)だ。彼女はちょっとした事情で、テレビカメラに映った時に備えて、軽く変装している。
司は予想以上の熱気に満ちていた調整室を見回す。
「ものすごい暑さだ。熱中症寸前ではないか?」
しかしトマスは
「このくらい訳ないさ」
さも簡単そうに言って、小窓からの見張りを続ける。
司は軽く息をつき、室内にはい上がった。続いてグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)
の登ってくる。
「そなたが倒れてしまっては、元も子もないのだがな」
司は携えてきた保冷グッズや栄養剤をトマスに用意する。グレッグもトマスに言う。
「そうですよ。治療を受けている間は、私が代わりを務めましょう」
グレッグに見張りを代わられ、トマスは不承不承といった態度で司の治療を受ける。
素直に弱音を吐けない様子の少年に、司は彼を落ち着けるように話した。
「プロメテウスとやらも捕まった事だしな……そうそう物騒な事は起こらぬと思うが、ここで気を抜く訳にもいかん。
東西シャンバラの思いが離れぬように、願いたいものだな」
それを背後に聞きながら、グレッグはセレモニーの様子を見つめる。
ろくりんくんことキャンディスは琳 鳳明(りん・ほうめい)と進行に忙しそうだ。
「さあ、ろくりんくんは東西のどちらを応援しますか?」
「ミーはどちらかだけを応援なんてできないヨー。
西勝て、東勝て、フレー! フレー!」
その様子を見て、グレッグはふと考える。
(そういえば……ろくりんくんは二年後、どうするのでしょう?)
鳳明は笑顔でろくりんくんに答える。
「それでは、これから競技……え?」
見るとADが必死な形相でジェスチャーをしている。強化人間の藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が精神感応で、鳳明に伝えた。
(……琳、琳。途中の台詞を飛ばしてるよ)
鳳明はハッとする。
(! 天樹ちゃんありがとうっ)
「えーっと……さすが大会マスコットのろくりんくんらしいお言葉ですね。
それでは、これから競技が始まるまでの間は、空京芸術保存会の皆さんによる伝統芸能でお楽しみくださいっ」
鳳明はどうにか台本の台詞を言い終え、キャンディスと共に聖火台前のステージを下りる。
代わってスタジアムには、にぎやかな御囃子(おはやし)が響き始め、民族衣装を着た大勢のシャンバラ人がグラウンドへと出てくる。
観客の注目は聖火から、セレモニーへと移る。
だが聖火を警備する者の仕事は、閉会式まで続く。
トマスとは龍雷連隊の仲間であるレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、スタジアムの巨大な柱の陰に身を隠しながら、聖火台に近づく者がいないか見張っている。
一応実弾も用意はしているが、なるべく流血の事態は避けるべく、携えたスナイパーライフルには麻酔弾が込められていた。
小さな電子音が響く。無線機でミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が定時連絡を入れてきたのだ。
「レティ、そちらの状況はどう?」
「こちら異常なしですねぇ」
「そう。これから競技が始まると応援してる観客を映す機会も増えるから、テレビや会場モニタの映像に映りこまないよう中止してね」
「はい。ひっそり、しっかり、警備に傾注しますねぇ」
連絡を終えると、ミスティは次いで、本部にて各部署の部下からの連絡を取り仕切っている龍雷連隊隊長松平 岩造(まつだいら・がんぞう)に連絡し、異常がない旨を伝える。
「そうか。引き続き、警備にあたってくれ。
我々龍雷連隊は、会場の観客にもテレビを視聴する人々にも存在を気付かれる事無く任務遂行を目指す。それだけは忘れるな」
「了解。任務を続行するわ」
岩造の指示を聞くと、ミスティは通信機を切った。
彼女は警備用の通信を暗号化して行い、テロリストなどに傍受されないよう務めていた。
聖火合流イベントが終わった事で、スタジアムの売り子も本格的に商売を始める。
「応援のおともに、冷たいツァンダビールにヒラニプラ茶、カチワリはいかぁっすかー?」
売り子バイトのグエン ディエムも、威勢良く呼びかけはじめた。
しかし友人の姿を認めて、足を止める。
「よっ、頑張ってるな」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が彼に近づく。
「ああ。二人は警備か?」
ディエムはケイたちが付ける、警備スタッフ用の腕章を見て聞いた。
「今日が最終競技と閉会式だからな。
些細な事でもいいから、何かいつもと変わった事や違和感がないか、バイトをしながらでも気に掛けておいてもらえないか?」
「分かった。何かあったら電話かメールするぜ」
ディエムはケイ達とアドレス等を交換する。
交換を終えると、ケイがふと思いついたように言う。
「おっ、そうだ。今日は暑いからな。カナタと二人分、カチワリを買っとくか」
「サービスするぞ?」
「んな事したら、他の警備スタッフまでタダにしろとか言いだすぞ。弟さんの靴、買うんだろ? ちょっとくらい売上に貢献させろ」
ケイは笑顔で、ディエムの腕をぽんぽんと叩く。
「そっか。……ありがとうな」
ディエムは嬉しそうに、カチワリを用意して二人に渡す。
見るとはなしに周囲を眺めていたカナタが、ディエムに言う。
「しかし今日もバイトとはのう。同じ年頃の者は、競技や応援に熱中しておると言うのに。……競技に出ていれば、そのサングラスとユニフォームが相まって、おぬしも様になっておったかもしれぬぞ?」
ディエムは噴きだした。
「無理だって。俺、我流のサッカーくらいしか知らねーし。
競技によって、これに触っちゃダメとか、何歩とか何秒間とかルールが色々あって、覚えきれないよ」
「スポーツ漫画で覚えればよいではないか」
「ああ、その手があったか」
ひとしきり笑いあうと、三人はそれぞれの仕事へと戻っていった。
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