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リアクション
●ネルガルを討つ
「流石に…… 最深部まで行くのは中々骨が折れるな」
マルドゥークと共に先頭をゆくラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が吐き雫した。
共に先頭をゆくと言っても正確には『神速』を使って先偵の役割もこなしているのでマルドゥークの先を駆けている事が多いのだが、それ故に、誰よりも早くにそれらと遭遇することに相成った。
「おらぁっ!!」
誰が踊るわけでもないが踊り場的に拓けた空間に神官兵が待ちかまえていた。
彼らの先陣は5名、距離をおいた所に30名ほどだろうか敵兵の姿が見える。そしてその最前にはネルガルの姿も見えた。
「テメェ等は退いてろ!」
先陣の3名をラルクが殴り伏せた所で自軍の後続が追いついた。
「ネルガル!!」
「ふんっ。やれ」
互いに大将の姿をその目で捉えた。此度の兵数は概ね等しい、しかし神官兵の狙いは一つ、英雄の首だけのようだ。
「ったく! どこに行っても人気者だなぁ! マルドゥーク!!」
『小弓』を装備した神官兵は当然の如くに距離を保ったままに射弓にてマルドゥークを狙いくる。漢なら拳で来やがれ!とラルクは苛立ちを込めて、迫り来る矢を殴り落としてゆく。
苛立ちの理由はそれだけではない、敵将の姿は目前だというのに戦うこともできない、マルドゥークをネルガルの元まで行かせる事すら叶わない事が一層にラルクを苛立たせていた。
「奴ら、徹底して距離を保つつもりだな」
マルドゥークの頭上から秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が言った。彼は2.5mを越えるの身長を生かして一行の頭上に迫る山なりの弓撃を斬り落としている。物理的な視点の高さから見ても敵は明らかに腰を据えて弓をひいている。腰に帯刀しているようだが、どうにも使うつもりはないようだ。
「ここは任せろ、と言いたい所だがな。こうも弓壁を作られちまうと」
『闘神の書』は広間の右壁に添いているミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)に呼びかけた。
「嬢ちゃん! どうなんだ?!」
「ちょっ、ちょっと待っれ…… あぅ……」
噛んだ舌を引っ込めて口を窄めた、ミーナはフランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)と共に地面や壁に罠が仕掛けられていないかを調べていた。
「このあたりにわなはないの。そのさきにもだれもいない」
広間は四辺の長方形、中央より奥にネルガルの並兵、その両脇には小さな扉が見える。並兵の向こう、広間の左奥には通路、右奥には大きな扉が見える。
彼女たち調べでは右壁に罠の類はなく、扉の先にも人の気配は無いという。
「行けるんなら一度その扉の先へ入るぞ! ここじゃ狙い撃ちにされるだけだ」
弓撃を落とし防いでいるとは言え、これでは防戦一方のままだ、敵が次なる手を打ってくる前に動くのが得策だろう。
「あの、でもまって……」
「行くぞ! 道を作る! 我らに続け!!」
「あのぅ!! その…… ひとはいないけど、なにかがいるけはいは―――」
フランカは戦場の中に必死に叫んだが、どうにも届かないばかりか言い終えるよりも前に右壁先の扉が爆発したように弾けて開いた。そこから次々とオルトロスが駆け込んできた。
「なっ…… おい!!」
「…… だからひとのけはいはないって……」
「フランカは悪くないよっ! ちゃんと最後まで聞かないほうが悪いんら…… よぅ……」
「喧嘩してる場合じゃないぜっ!!」
再びに舌を噛んで苦顔をしたミーナを押し退けてミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が飛び出した。
ネルガルのことだ、モンスター軍団やら何やらを用意しているに違いないと警戒していた彼女にとって、オルトオロスの参戦は大いに想定内のことだった。
「さっそくで悪いけどっ」
『機晶ロケットランチャー』を肩に担いで構えて、
「とっておきをくれてやる!!」
と『魔弾の射手』を発動してロケットランチャーを4発同時に発射した。
2体の巨顎に直撃、残りの2発は床に衝して爆発を起こした。計6体のオルトロスが奇声をあげて地に伏した。
「ようし、上出来上々だぜ!!」
「ミュー、移動しましょう!」
リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)が叫んだ。彼女は魔鎧としてミューレリアに装している。彼女の指示は「左壁側から攻撃するべきだ」というものだった。
「こういう場合は、正面から攻撃すると良いです」
「そうだよな、その方が効率良いもんな!」
双頭の怪犬は今も続々と駆け込んでくる。出鼻を叩けるならこれほど楽な事はない。
「それに恐らく匂いで判別していると思われますので」
「うぅーんぅーん、あっ! そうか、敵を分散するんだな!」
怪犬は広間に駆け込んでくるなり迷わず左へ進路をとる。マルドゥーク軍兵や生徒たちの匂いを判別しての行動なのだろうが、そこに別方向からの攻撃があるならば。
狙いの通りに数体は駆け込んできたままに左壁に向かって駆けゆくようになった。そうしてそこでミューレリアが爆撃するという何とも効率の良い構図が一つ出来たわけだが、結果としてこの狙いは戦場に大きな風穴を開けた。
「はぁぁあああ!!」
弾けるように飛び出した水上 光(みなかみ・ひかる)の『ソニックブレード』がネルガルを斬り裂い―――
「何っ!!」
ネルガルの体に触れるより前に何かに衝たりて弾かれた。
「風の鎧だ、知らぬのか?」
笑みを隠すようにかざされた掌から『火術』が放たれた。光は後跳してこれを避けた、着地と共に『光条兵器』を発動した。
「あなたの野望もここまでです!」
戦場に開いた道を主の背を追い駆けついたモニカ・レントン(もにか・れんとん)がネルガルに向けてビシッと指を突き立てた。
「ここで大人しく負けを認めなさい!」
「そういうことだ!!」
モニカの言葉と、光が振りかぶった大型の両手剣で斬りかかるのが同時だった。ネルガルはこれも『風の鎧』で受け止めた。
「ふん、届かぬな」
「なんのっ!!」
何度だって斬り向かってやる、全ての元凶が目の前にいる、奴さえ倒せば全てが終わる。
「でも、何もその役目がボクで無くっても構わないのさっ」
「ん?」
頭上からオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が『我は誘う炎雷の都』を、そして光の背影から桐生 円(きりゅう・まどか)が『大魔弾『コキュートス』』を撃ち込んだ。
しかしこれでも届かない。ネルガルの鎧を破ることは出来なかった。
「意外と頑丈なのねぇ〜」
どこか楽しげにオリヴィアは言っていたが、円は「笑えないよ」なんて冷静振っていた。
「イナンナの力を使ってるんだよきっと、ズルイよね、うん、ズルイ」
炎に雷、そして氷属性の攻撃を受けたというのに、それもあれだけの攻撃を受けたというのに破れなかった。円の見立ての通りなら何ともズルイ王であろうか。
「でもねぇ〜 おかげで見えたわよ」
「えっ、何が?!!」
「円はとにかく指が折れるまで撃ちまくれば良いわ〜」
「えっ?!! ちょっ、何それっ?!!」
これを笑顔で無視したオリヴィアは再び宙を飛び、光の剣撃に合わせて『歴戦の魔術』や『我は誘う炎雷の都』を重ねて放った。
「ぬぅ」
円の射撃も加わって、ネルガルは正に蜂の巣、リンチ、大撲殺な中心に立たされていた。それでも彼の『風の鎧』は破れなかったがオリヴィアだけは笑んでいた。
「何度も発動して耐えてるんでしょうけどぉ〜、それじゃあ反撃も出来ないよねぇ〜」
「………… 小癪な」
反撃が無ければいつまでも攻められる、いつまでも攻めていればいつかは必ず破れるだろう、破れたならば勝負は決する。
「ふんっ、やはり………… 邪魔だな」
モニカも『バニッシュ』で参戦しようとした時だった。広間右奥の大扉が開いて―――
「オルトロスですっ!」
「何っ! うわっ!!」
「光っ!!」
突進してきた巨顎を光はどうにか大剣で受けたが、勢いは殺せずに大きく押し弾かれてしまった。
大扉からはこちらも雪崩れるようにオルトロスが入りてきた。
この波に円とオリヴィアも巻き込まれ、避けて反撃するべく動いた事でネルガルが解放されてしまった。
「待てっ! ネルガル!」
「ふっ、主等はそこで犬と戯れているが良い」
ネルガルが左奥の通路へ歩み消えると、群れの如きオルトロスはより凶暴さを増したように鋭牙を振るった。
壁際に避難した神官兵の矢を打ち落としながらに怪犬にも剣を振るマルドゥークには去り行くネルガルの背が如何にも憎らしく映っていた。
「くそっ…… ネルガル! 俺と戦え!! ネルガル!!!」
「落ち着いて下さい」
神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が背を向けたままに進言した。
「熱くなるのは構いませんが…… 熱さに呑まれてはいけませんと…… 思います」
『巨獣狩りライフル』を操り、迫り来るオルトロスの足を止める。戦闘は苦手な紫翠だったが、マルドゥークにネルガルの首を取って貰いたい、その一心で後方援護に務めてきた、だから。
「協力者も多くいます…… それなのに…… まさかここで諦めるのですか?」
「バカを言うな! 誰が諦めるものか!」
「でしたら…… 冷静であれ、です…… まずはここを抜けましょう」
(とは言っても……)
後方でオルトロスの巨顎を蹴り揺らしたレラージュ・サルタガナス(れら・るなす)が心中で呟いた。
(敵数が多すぎますわね)
足止めなどではない、本気でここで仕留めるつもりなのだろう。ネルガルが下がった事は腑に落ちないが、とにかく今はこの戦場を鎮圧しなくては、そのためにも。
「邪魔な物には、どいて頂きましょう」
自軍の兵たちにオルトロスの相手をさせれば消耗戦になる危険が伴う。やはりここは優先して生徒たちやマルドゥークが立つべきだろう。
レラージュは美しく長い脚で蹴り伏せる。紫翠は美しく長い銃砲を撫でながらに掃射してゆく。
「退けぇ!! 退かぬかぁ!! ネルガル!!!」
どうにもヒートアップするマルドゥークを守り、また守られながらに一行は一匹一体ずつを相手取ってゆく。
刻々と着実に戦場は混沌と化してゆくのだった。