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戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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繭中央の戦い4

 何度もの干渉攻撃が成功し、しかし、<ウゲン>は留まる事なく肥大化、凶暴化を続け、
 既に、契約者たちは<ウゲン>に近づくことすら困難になっていた。

「……というか、このままだと繭を突き破って外に出ちまうんじゃないか」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、ギリッと奥歯を噛み擦った。
 <ウゲン>の頭部らしき部分から生えた腕が天井に伸び、そこに亀裂を入れ始めていた。
「ま、まだ、終わったわけじゃありません!」
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が必死に言う。
「二つの世界の行く末も、この作戦の失敗も成功も、まだ答えが出たわけじゃないです……だから!」
「分かってる。
 まだこの世界に絶望してない奴らがこんなに集まってるんだ。
 なんとかなるさ。勝手に決めて勝手に諦めちまうのは、アスコルド達だけでいい」
「その通りだぜ」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が言う。
「パラミタには大切な恋人やダチが居る。
 どんな状況だろうと分断なんてさせて溜まるかよ」
「確かに相当あぶねぇ橋になってきちゃいるが……そういう戦いこそが武士である我の仕事でぃ」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が続け、パシン、と拳を打ち合わせる。
「我の中に内包されてるあらゆる戦いの知識を総動員してやるぜぃ!!」

 そして――
 氷室 カイ(ひむろ・かい)サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)と共に、<ウゲン>の猛攻の中を、ラルクや正悟らと共に駆け抜けていた。
 油断無く状況を把握しながら、小さく一人ごちるように呟く。
「俺はパラミタの地でパートナー、戦友、ライバル、様々な者と関わって生きてきた。
 これからも俺達は様々な人や物と関わって生きていくのだろう。
 だから、その根底である地球とパラミタの繋がりをこんなところで断ち切らせる訳には行かない――」
 【緋陽正宗】と【蒼月正宗】その刃を閃かせる。
「俺の二対の刀の示す未来……それは地球とパラミタが寄り添って歩める未来だ!
 その未来を護るため、氷室カイ推して参る!!」
 迫った<ウゲン>の腕を、アクセルギアで加速していたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と、神速で移動していたラルクが同時に受け止める。
 ドゥッ、と強烈な衝撃波が襲ったものの倒れた者はいない。
 抑えられた腕をカイが二振りの刃で切断し、<ウゲン>に生じる隙。
「行くぜ!! 闘神!」
「応ッ!!」
「これが、今の俺にできる最大の攻撃だ!! くらいやがれ!!!」
 ラルクと闘神の書が干渉攻撃を行い、次いでカイとサー、正悟とエミリアがそれぞれ干渉攻撃を成功させる。
 そして、エヴァルトとロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が彼らに続きながら叫んだ
「見せてやる! 本当の勇気の……想いの……絆の力をッ!!
 二つの世界の絆が、たとえ戦乱を呼ぼうとも!
 その中で生まれる想いは、奇跡を必然へと変える!
 大帝の我が儘ごときで、仲間を、友を、失ってなるものかぁぁッ!!」
「二つの世界の絆が生み出すのは、戦乱だけじゃないッッ!!」




「ッ、まだ足りねぇのか……これ以上、強力になられちまったら――」
 駿河 北斗(するが・ほくと)は未だ勢いの収まらない<ウゲン>を睨みながら呟いた。
 と。
「ロイ・グラード!!」
「なんですって!?」
 モンスター増殖の混乱に紛れて、繭の中央へと入り込んでいたロイ・グラード(ろい・ぐらーど)を見つけ、
 彼はベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)と共にそちらへと駆けた。
「あン? ウヒャハハハハハハハハハ! おいおい、なーんか見つけられちったみたいだぜ?」
 ロイの纏う常闇の 外套(とこやみの・がいとう)が下品な笑い声を上げて、ミストリカが、ギッと目尻を吊り上げる。
「そこの黒いの……この間は何かとんでもない事をシテクレタミタイネ」
「昔の事は良く覚えてねぇなァ。
 今もう俺様の興味は、あっこの中に居るウゲンだぜ。
 確かめてェことがあるんだよ。
 ウゲンは本当は女の子なんじゃないかってよォ。
 気になるだろ? 気になるだろ! お前もよォ!
 だからウゲンが女の子だってことを俺様が証明してやるんだ!
 そんでちっぱい揉んで帰るんだ! ウヒャハハハハハハハハハ!」
「変態殺す!! 殺して殺しきってから殺し直す!!!」
 ミストリカが早々に全力の氷術を組み上げながら、
「私の許可無く私に触れたなんて千回殺しても飽き足らない!
 絶対、ぜーーーったい許さないんだから!」
「落ち着けって、ミストリカ」
 北斗はミストリカを抑えこむように、ぐいっとミストリカとロイの間に体をいれた。
 ロイが北斗を見やる。
「お前は……」
「パラミタ実業、駿河北斗! 再戦に来たぜ!
 ……ってとこだったんだが、あんたはこっちの作戦の邪魔をしに来たって感じじゃねぇな」
「結果的にそちらに協力するのは不本意だが、世界を分断されても困る」
 ロイが床に右手を触れようとする。
「超霊を使うつもりなのか?
 あんた、超霊に喰われちまってもいいのか?」
「お前、俺を倒しに来たというからには、“対策”は万全なんだろう?」
「……手加減するつもりはねぇからな」
「あー、ところでよォ、超霊使って、暴走して取り込まれたら魔鎧の俺様どうなっちゃう系?
 俺様も巻き添え食らっちゃう系?
 うーん。まあ頑張る系でいくか」
 と言っていた外套をロイが解除した。
「あり?」
 という、外套の呟きを横にロイが改めて右手を床に触れる。
 ズッッッッッ、と周囲の床に亀裂が走り、高層ビルに匹敵するブロック状の塊が引き抜かれた。
 出来上がった巨大な窪みの中へ<ウゲン>の下半分がドズリと落ちる。
 そして、ロイはゾディアックの力を込めながら、その巨大な塊を<ウゲン>へ向けて大きくスイングした。
 それが豪快な音を立てて<ウゲン>をブッ飛ばして派手に砕けたのと同時に――
 北斗はモンスター化が始まっていたロイの左腕を光条兵器【ミストリカ】で斬り落としていた。


「いえーいウゲンおにーちゃん、遊びに来たよー」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、ロイによって叩き倒された<ウゲン>の肩口と呼べそうな場所に取り付いて言った。
 瞬間、彼女のエンドゲームによって、周囲の超霊の肉が吹き飛ぶ。
 アルコリアは、その飛び散って消える寸前の肉片を掴んだ。
「これ、超霊。私にも使え……無い、かー」
 掴んだ肉は霧散した。感触を確かめるように虚空を何度か握ってみる。
「玩具分けて欲しかったのになー」
 口先を尖らせ言ってから、アルコリアはジラジラと蠢く<ウゲン>の肉の奥へと目を向けた。
「で、おにーちゃんはそのまま死にっぱなし?」
 兄ドージェを孤独に落として見返すためだけに世界を滅ぼそうとし、倒されたウゲン。
 アルコリアの魔鎧ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が、きゃふふと笑み零し。
「自らの富める生活の裏に貧困に喘ぐ者が居るのを知ろうとせず、
 貧困ゆえ盗賊、テロリストになった者を、卑劣な奴らと切り捨てる……
 確かに滅ぶべきだよ、この世界」
「嫌で溜まらないなら、いっそ死んで逃げちゃうという手もあるけどー」
「“正義感”がある人は辛いの。
 変えたり、逃げたりしたくなるから。
 それを持たず、この世界を許せるから、滅ぼそうなんてラズンは思わない」
「おにーちゃんには、正義感があったってことかなー?
 どうかなー、でも、滅ぼそうとして死んじゃってるし、結果的には、そういう事になるかな。
 それが真実かどうかは別だけど」
 <ウゲン>の肉の奥へ、歴戦の魔術を放って掘り進む。
 深く掘り進められた肉の奥に光が覗く。
 その光には見覚えがあった。
 先ほどから契約者たちが<ウゲン>へと放っていたゾディアックの力の光だ。
 その光の集まりの奥に“ウゲン”の頭らしきものが覗く。
 光が彼の体と超霊の肉とを別けているのが分かった。
 と――気づけば、周囲の超霊の肉がアルコリアたちを飲み込もうとしていた。
 そのスピードは凄まじく、既に手足は呑まれ、アルコリアは後取れる手が一つくらいしかないことを悟った。
「死人に口無し……でも、今まで幾人の死が裏返ったかな。
 本当にこの世界の命は軽い。
 だから、おにーちゃんも生き返れば?」
 そして、アルコリアは自らの魔力にゾディアックの力を乗せ、それを<ウゲン>の内側で爆ぜた。


 <ウゲン>の体の何箇所が内側から吹き飛んで、開かれた穴の奥に、今まで蓄積されたゾディアックの光に包まれたウゲンの姿が見えた。
「ウゲン!!」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は駆けていた。
 彼の行く手に在るモンスターを西条 霧神(さいじょう・きりがみ)のファイアストームが焼き払う。
 その一方で、
「しばらく見ねぇ内に太ったな、ウゲン」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、ミラージュによって生み出した自身の幻影と共に、<ウゲン>の攻撃を引きつけようとしていた。
 と――
 <ウゲン>の体から無数の肉の刺が撃ち放たれ、ゾォウッッと広範囲へ振り落ちてくる。
「大した理性もねーくせに、隠し玉かよ」
 悠司はへらっと笑ってから。
「れち子ォ!!」
「はいはいっ!!」
 悠司の合図で、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)がリングにゾディアックの力を込める。
 次の瞬間、無数の刺が尋人たちへと降り注ぎ、ミラージュの幻影やら悠司を刺し貫く。
 そのほんの少し前に、悠司は自らのコメカミを刀の柄で打ち抜き――気絶した。
 アレを使うために。

「――骨を切らせて肉を絶つってのは、好きじゃねーんだが……」
 悠司は、鋭い痛みで覚醒し、ジロリと周囲を見回した。
 尋人は変わらず<ウゲン>へと駆けていた。
 周囲の契約者に届くはずだった刺は、悠司の超霊ツァトゥグァ・スポーンの能力によって産み出された【落とし子】によって、しっかりと、その切っ先を逸らされていた。
「あたれーーー!!」
 レティシアがゾディアックの力を込めたリングを<ウゲン>へと放つ。
 悠司の体は、床に繋ぎ止められる格好で刺に貫かれていた。
 既に超霊の暴走が始まっており、そのモンスター化のおかげで致命傷は免れそうだった。
 そして、<ウゲン>に刺し貫かれているために、例え、完全にモンスター化したところで容易に暴れることは出来ないだろう。
「あー、しかし、やべーな。意識が……」
 自身の超霊を見やる。
「次、目ぇ覚めた時には消えとけよ。
 もう、クソ亡者どもに飲み込まれるのはゴメンだ」
 吐き捨てて、悠司は意識を手放した。

「くっ、間に合わない……!」
 尋人の前で、彼が向かっていた<ウゲン>の穴がズルズルと肉に覆われてしまう。
「……ウゲン、オレは……」
 と――
「まだよ!!」
「うわっ!?」
 尋人は、空飛ぶ箒ファルケに乗ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)に腕を取られ、空中に体を引き上げられた。
 彼らを狙って伸びる<ウゲン>の腕や刺を、同じくファルケに乗ったダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)のカタクリズムが、わずかながら弾き逸らしていく。
 更に地上の仲間たちの援護が加わる。
 ルカルカと尋人は<ウゲン>の腕や刺の間を抜けて、未だ塞がり切っていないウゲンの“穴”を目指した。
 やがて、後方――ダリルが<ウゲン>の放った一撃に吹っ飛ばされたのが分かった。
「――っ!?」
「大丈夫!」
 尋人がダリルの方へ振り向こうとした瞬間、ルカルカが叫ぶように言った。
「ダリルなら大丈夫!
 ――くぅっ!」
 ルカルカの肩口を刺が刺し貫く。
「ッッまだぁああ!!」
 間髪入れず、ルカルカは尋人を“穴”へと放り投げた。
「私達は憎しみ合う為に、殺し合う為に、生きてるんじゃない!
 だから、お願い! ウゲンを――」
 その声を受けながら、尋人は穴の奥で肉に埋もれそうなウゲンの方へと落下していった。
 温度の無い肉の中を通って、ゾディアックの光の集う場所へと落ちる。
「ウゲン……」
 ようやく、辿り着いた彼の体に触れる。
「オレはただお前の返事を訊きたいんだ」
 そして、尋人は、ウゲンの体を抱くようにゾディアックの力を使った。



 瞬間。



 音も無く、彼らを包んでいたモノは失せた。




 全ての超霊は、等しく同時に消滅した。
 繭の内部に居たものも、外に居たものも、全て、余韻もなく一瞬で消失したのだった。
 唐突に訪れた無音。
 それが何を意味しているのか把握するのには、時間が必要だった。
 そして、誰かが戸惑いながら呟く。

「……成功、した……?」

 誰もが、その通りだと確信する。

 東京の空に雲は無く、夏の日差しが降り注いでいた。
 彼方に晴天の青と入道雲、それからパラミタ大陸の端が見えていて、
 辺りには、埠頭に寄せる波の音と忙しない蝉の声が鳴っていた。




 繭の中央――
 超霊が綺麗サッパリ消えて無くなり、そこには、だだっ広い空間と満身創痍の契約者たちの姿が点々と残されていた。
 静けさの中、乱暴な足音を立てながら日向 朗(ひゅうが・あきら)がウゲンを抱く尋人の元へと歩み寄っていって、
 ウゲンの胸元を掴んだ。
「……てめぇ、寝てんじゃねーよ」
 その言葉が虚しく響く。
「ッ……の野郎!」
 朗が拳を振り上げ――しかし、彼を見上げた尋人の顔を見やって、彼はその拳を下ろした。
 朗のパートナーの零・チーコ(ぜろ・ちーこ)は朗をただ静観しているだけだった。
 朗が吠える。
「俺はまだてめぇに勝ってねーんだぞ!
 ……何が『自分には何もない』だ! 何が『俺はひとり』だ!
 てめぇは、てめぇのことを大事に想ってる奴らのことすら気づかない、ただの大馬鹿野郎じゃねーか!!」
 ウゲンの体は冷たく、何も言わない。
「本当は、兄貴を見返してやりたかったんじゃねーのかよ!
 このまま終わっちまっていいのかよ!!
 ……本当に死んじまった、のかよ……」

 朗の手から尋人へと返されたウゲンをナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は、少し離れた場所から見ていた。
 口の拘束具はされたまま。
(マハヴィル……やはり、ウゲン様は、もう)
 ナンダがシャンバラに逆らわない証にと、人質に自ら志願したマハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)に心の中で報告し、ウゲンを見る目を細めた。
(ボクは貴方に力をいただいた。
 だから、貴方の力になりたかった。
 ウゲン様……心は今も貴方と共にあるつもりです)

 ルカルカに傷の手当を受けたダリルがウゲンの腕を取って、カチャリと手錠を嵌める。
「元ダシガン領主ウゲン、お前を逮捕する。
 その罪……生きて償って欲しかった」
 尋人がダリルを見やり、
「タシガンに連れて帰りたいんだ。
 ウゲンは“故郷”に埋葬してやりたい」
「――それは許可できない」
 言ったのはヴィルヘルムだった。
 彼は自身が負っていた傷をそのままに、足を引きずるように彼らの元へと向かい。
「その体は非常に危険だ。
 死して超霊を失っているとはいえ、また何が起きるとも限らん。
「遺体はシャンバラ政府が預かる、と?」
 と問いかけたのはステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)だった。。
 その隣にカシャリと歩み出た魔鎧人間のブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が言う。
「タシガンにはウゲンが必要なんだよ。
 それが例え、遺体だろうとね。
 分かるかい?
 彼がタシガンに弔われるだけで、彼の帰りを待っている人たちも納得することが出来るんだ」
「……いや、やはり駄目だ。
 分かってくれ。
 ウゲンの力は余りに強大過ぎた。
 パラミタと地球、二つの世界の民の不安を考えれば、ウゲンは然るべき場所に安置しておくべきなのだ」
「……なら」
 尋人は言った。
「髪を少し……一房だけでも。
 こんな事になったけど、それでも、ウゲンは仲間なんだ。
 彼がなぜ生まれたか、オレたちは忘れてはいけない」
「……分かった。
 アイシャ様に伺ってみよう。
 お許しを得られれば、届けさせる」
 言って、ヴィルヘルムがウゲンの体を預かり、その場を去っていく。
 尋人は、それを見送りながら小さく息をつき、ブルタの方を見やった。
「少し、意外だった」
「ボクは彼に選ばれてイエニチェリになったんだよ。
 それに、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
 尋人の問いかけに、ブルタは何やら意味ありげな間を置いてから、
「なんでもないよ」と軋んだ音を立てて首を振った。


 後日、タシガンにウゲンの髪が一房届けられ、
 それは、黒薔薇の森の奥にひっそりと建てられた墓に収められることになる。




 繭、出口付近――
 北斗は外套を纏うロイの背を見送っていた。
「見逃すの?」
 ミストリカの問いに頷き。
「今回だけな」
「……次はちゃんと殺せるのね……」
 ミストリカが怨念の篭っていそうな声で言う。
 ロイはこちらを一瞥し、特に言葉を返すことなく繭の外へと出て行ったのだった。




 門の前。

 ドサリ、とアスコルドが床に膝をつく。
 そして――
 倒れこもうとしたアスコルドの体は、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)によって支えられた。
 周囲に居た龍騎士がスレヴィに剣を向けようとして、アスコルドがそれを片手を緩く挙げて制す。
「大丈夫か?」
「……クックック。
 我の身を案じるか……?」
「当然だろ。
 望んだ形とは違ったけど、大帝がこういう風に動いてくれたきっかけになったようなものなんだから。
 なんだかんだ言って、今の今ままでウゲンの超霊を抑えてくれていた……んだろ?」
「楔を放たれたアレがパラミタへ向かう可能性があったというだけだナ」
 スレヴィは大帝を支えながら、ぽりぽりと指先で己の頬を掻いてから。
「……それだけじゃない気もするけど」
「そう感じるのは、汝らが『御人良雄』の意識を信じておるからカ?」
 その言葉を聞いて、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が長い耳をピンっと立てる。
「もう力は得たのだから、良雄さんの部分はいらないんじゃないでしょうか?
 分離しちゃえば……」
「既に、その機会は失われタ」
「機会?」
 スレヴィの問いかけに大帝は、クックと笑い。
「世界の分離が行われれば、やがて、我と『御人良雄』を切り分けるためのタイミングを手に入れられタ。
 我に全ての力を残しながらの分離ダ」
「…………」
「汝らに呼びかけられ、ほんの僅かでも我の意識を押し切った『御人良雄』の存在。
 それは、やがて致命的な事態を引き起こす危険があっタ。
 力のみを我に残し、『御人良雄』を捨てることが出来れば、
 その先に如何な事態が待ち受けていたとしても、全て、我の望むままにパラミタを救うことが出来たのダ」
「だから、アイシャに世界の分離を促した?」
「クックック……安心しろ。
 我がアイシャや汝らへ言った言葉に偽りは無い。
 超霊の暴走、そして地球に神出鬼没の超霊による被害が溢れ、起こる大破壊――
 それを防ぐためには、確かに分断は唯一の手段“だった”」
「だけど、俺たちは世界を分断することなく超霊を消滅させた。
 運命は変わったんだ」
「たった一つばかり結果を覆したに過ぎないナ。
 アムリアナの懸念――あれもまた真実ダ。
 2つの異なる世界の繋がりが持つ、潜在的な争いの宿命は残されたまま……。
 だが、それは、我の関するところではないカ」
「他人事って意味?」
「いや……正確に言うならば、我はもう関することができない」
「分かるように言ってくれ」
「汝らの奇妙な呼びかけによって、良雄の意識が活発化している。
 対して、我の消耗は激しい。
 つまり……我は眠ることになる」
「え?」
「汝に頼みがある。“彼”にルドミラに会うよう伝えてくれ。
 そして、アイリスに……」
「って、最後聞き取れない。なんて言った?
 というか、彼って? ルドミラって誰――」
 スレヴィが問おうとした瞬間、アスコルドの表情が一瞬で“何か”変わった。
 そして、アスコルドがグッとスレヴィを掴む。
「る、るるさんは何処ッスか!?」
「……良雄……?」
 アスコルドは力を消耗し、意識を保てなくなった。
 逆に良雄は彼への呼びかけ……のようなもので意識を活発化させていた。
 その結果……どうやら、アスコルドの意識と良雄の意識の優位が入れ替わったようだった。
 良雄は、目を丸くして呆ける龍騎士たちの間をバタバタと駆けまわり、るるを探し始めている。
 スレヴィは、そんな彼を見やって嘆息した。
「大帝は、良雄に入れ替わられるのが分かっていながら超霊を抑え続けてたってことか」
「……それって、さっきの話を聞く限り、大帝さんにとって、あんまりイイコトじゃないですよね?
 なのに何で……」
「さあ?
 でも……もしかしたら、大帝も見たくなったのかもな」
「何をです?」
「運命が失敗する瞬間、かな?」
 スレヴィは自身で首を傾げながら、アレフティナの方へと言った。
 良雄がアスコルドの姿で、何やら悲痛にるるの名を呼んで回るのが聞こえていた。
「るるさーーん!
 夏の摩訶不思議アヴァンチュールは危険が一杯ッスよーーー!!」