空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

リアクション

「アムドゥスキアスさん……吹っ切れたみたいですね」
「うん。そう、みたい、だね」
 魔狼となったナナと戦う契約者のなかに、スウェル・アルト(すうぇる・あると)アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)はいる。彼女たちは、ナナを止めようと急所を外して戦うアムドゥスキアスたちの姿に、どこか優しげな微笑を浮かべていた。
「アムくん、ナナちゃんのためにいっしょうけんめいなのー!」
「だから、アムくんだいすきー!」
 スウェルたちの横では、モモとサクラが嬉しそうな声をあげる。
 彼女たちも、姉妹のナナを止めるために、戦いに参加しているのだった。
 そこでスウェルが考えたのは、どうしたらナナを元に戻すことが出来るのかである。むろん、あの凶暴化した魔狼状態の彼女を止めるのが肝心ではあるが、重要なのは、ナナが魔狼と化したのは自分の意思なのか、それとも他者によるものなのかである。
 モモとサクラの話によれば――あれは一種の精神リミッターが外れた状態らしい。
 普段は根底に眠っているだけの魔族の本来の破壊衝動が、あるきっかけによって暴れ出してしまう。理性を失った、魔獣と化してしまうということだった。その構造に他者が易々と介入できるはずもない。破壊衝動が表に出ることは、決してシステム化された魔族の生態というわけではないのだ。
 と、いうことは――ナナは自らの意思によって魔狼となった?
(きっかけは……バルバトス、かもしれない、けど)
 スウェルは、そう感じる。
 なにせ――
「ナナちゃんは、エンヘドゥさんに、会いに行ったん、だもん、ね?」
「そう。まさしく……その通りよ」
 スウェルの問いかけに答えたのは、彼女たちの近くにいた茅野 茉莉(ちの・まつり)だった。彼女は、岩場から、どこか切なげな表情で魔狼となったナナの姿を見下ろしていた。
「あたしが……彼女を焚きつけたから……かもしれないけどね」
「……そんなこと、ない」
「え……?」
「私でも、きっと、同じこと、してたと思う。だから…………あなたが、責任を、感じる必要なんて……ない」
 唇を結んで自責の念に駆られていた茉莉に、スウェルは半ばそっけなさそうにそう言った。
 むろんそれは、茉莉がそう感じただけなのかもしれない。気恥ずかしそうに顔を逸らしたスウェルは、アンドロマリウスたちと一緒に魔狼との戦いを始める。
 なにはなくともナナを止めることが先決だ。
 それは、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)と茉莉も一緒だった。
 すでに、ダミアンは《ミラージュ》の幻影や《フォースフィールド》を駆使して攻撃をしのぎつつ、相手の動きに隙を作ろうと奔走している。
「茉莉っ! 《ヒプシノス》は使えるのかっ!?」
「りょーかい……っ! 任せといて!」
 ダミアンの生み出した隙に乗じて、茉莉が《ヒプシノス》――すなわち催眠術で相手の動きを鈍らせた。
 その間に、アンドロマリウスたちが魔狼を斬りつける。
「まったくもって、今の状況は面白くありませんッ! 結末はハッピーエンドを迎えるべきですよ!」
「その、通り」
 そんなことを言いながら戦う彼らを見て、茉莉も意識を切り替えた。
(そう……本当に、おもしろくなんてないわ。でも、こうなったからには、最後まで付き合ってあげる! それが筋ってもんよ。そうでしょ……ナナッ!)
 あのとき、エンヘドゥのもとに向かうと嬉々として言った彼女を、茉莉は忘れていない。
 そしてダミアンも、同じナベリウスの名を冠する彼女を、忘れることなどない。
(一度絡み合った糸ならば、それがまっすぐ結ばれるまで、きつく、きつく結んで離れないようにしてやろうではないか)
 ダミアンと茉莉は、不敵な笑みを浮かべた。



 魔狼となったナナの自我を取り戻すためには、その心に訴えかける『何か』が必要だ。
 契約者たちがそう考えるまでは、そう時間のかかることではなかった。しかし、ならば何が必要か。
「歌……は?」
 魔狼の攻撃を必死に避けながら、口々に会話していた契約者のなかから漏れたのは、そんな声だった。
 言ったのは若き妻となった契約者――蓮見 朱里(はすみ・しゅり)である。
 彼女のその提案に、まさかとは思いつつも、賛同の声はあがった。
「ふむ……面白いやり方かもしれんのぉ」
 言って、自分のあごに手を触れるのは医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)である。
「何かのきっかけで戻る可能性があるならば、歌は良い手段ではなかろうか?」
「言葉ではなく、音に乗せるわけですね」
 房内に続いて、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が半ば感心した様子で言う。
「確かに……それなら、ナナの心に響くかもしれんな」
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が、リュースの言葉にうなずいてみせた。
「それに、歌には不思議な力があります」
 そう言って、氷藍たちの視線を集めたのは神崎 輝(かんざき・ひかる)だ。
 彼女は、芸能事務所846プロに所属する現役のアイドルでもある。普段からもっとも身近に歌に接している彼女の言葉には、底知れない説得力があった。
「歌の言霊に乗せて、魔力を込めることも可能なはずです。そうすれば、ナナさんの心に向けて思いを届けることも……」
「――《幸せの歌》、ですね」
 乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)が、それぞれの胸にあった手段を口にした。
 心に幸福を呼び起こす、魔法の歌。ナナの心を取り戻すには、その力を借りるしかなかった。
(必ず……ナナちゃんの絆を取り戻す)
 朱里が決意を込めて顔をあげると同時に、仲間たちの視線が一同に交わされる。
 もはや、誰も異論を唱える者などいなかった。
「アルミナ……頼むぞ」
「うん、分かったよ、せっちゃん」
 影に潜むようにしてたたずんでいた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)に頼まれて、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)はうなずく。
 そして、契約者たちは、願いを込めた歌への準備を始めた。



 アムドゥスキアスたちがナナの気を引いている間に、リュースたちは各々の場所を移動した。
 ナナへ歌声を届けるには、皆が同じ場所で一斉に歌うよりも、円形を描くようにして囲んだほうが良いと判断したのだ。むろん、それは危険を分散するという意味も含まれている。
 朱里の夫にしてパートナー、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)をはじめとする仲間は、歌を届けようとする契約者たちの護衛へとついていた。
 準備が進められているその間、アムドゥスキアスを筆頭にした他の仲間たちが魔狼の気を引きつけている。その間に、アインたちは護衛のための余計な労力を使わぬように回復に努め、細心の注意を払っているのだった。ナナが理性を失っているのは、この点においては好都合で、彼女は目の前の敵をなぎ払うことに一心不乱になっていた。
 その姿が、アインの心を締め付ける。
 だが、だからこそ、彼はやれるだけの全力を尽くすのだった。
(歌の力は一人でも多い方がその効果を増す。誰一人……欠けるわけにはいかないな)
 アインはそう考えつつ、自身の妻を見た。
 基本的には、それぞれに護衛者がつくような形をとっている。自分の契約者やパートナーを守るために、傍から離れないようにしているのだ。
 ――当然、護衛を担う数のほうが多い。
 今は姿を見せていないが、《隠れ身》を駆使して岩場などの物陰に潜む神崎 瑠奈(かんざき・るな)や辿楼院 刹那も、護衛の任につく仲間だった。
「歌手を増やすことも出来たけど……わざわざ護衛を減らしてリスクを高めてまでそうするよりかは、確実な安全を確保できるほうが最優先……っと。まあ、そんなところですよね?」
 神妙な顔で考え込んでいたアインに、いつの間にか足下にいたシオン・グラード(しおん・ぐらーど)が声をかけた。アインよりも一つ分下に位置する岩場で、彼は座り込んでいる。
 歌が始まるのを待ちながら、愛用の刀――《ソウル・オブ・ジャッジ》を丁寧に手入れしているのだった。
「守りの構成に少しでも隙が生まれてしまったら、そこから壁は崩壊する。今回において護衛は、余計なぐらいは必要だ」
「なるほど、そりゃ、ごもっとも……」
 シオンが手入れの確認のために刀を掲げると、薄紅の刀身が輝いた。
『一閃振るえば持ち主にとっての悪を屠り、過ぎる正義を断つことができる』――そう伝えられるシオン専用のその刀は、まるで彼の意思に呼応するように、鮮やかな色を放っていた。
「幸せな感情をよみがえらせる、か。そんなもののための護衛だったら、こっちもやりがいがあるってもんですね。な、師匠?」
「ああ……そうだな」
 シオンに答えたのは、彼の横で瞑想するようにたたずんでいたナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)である。
 シオンに剣術を教えた張本人であり、今なおも彼をしごきつづける強化人間は、ゆらりとその手に握る全長2mの蒼く輝く刀身を持つ大剣を持ち上げた。
「にゃにゃっ!?」
 肩に乗る山田と名付けたニャンルーが驚く目の前で、大剣は力強く風を凪ぐ。
「歌で正気に戻す。…………面白い賭けだ。そういうのは、嫌いじゃない」
 《砕条》の銘を抱く大剣とともに、ナンは不敵な笑みでそう言った。