空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション

 歌が――始まる。
 願いを込めた歌が。幸福を呼び起こす歌が。絆を取り戻す歌が。
 リュースは、パートナーのシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)とともに、歌い手となった仲間たちを統率した。
 あらかじめ決められたタイミングを待って、息を整える。
「兄様……」
「ん……?」
「皆で一緒に、無事に笑顔で帰ることは…………出来ますよね?」
 シーナが心配そうな表情で訊く。
 リュースは、魔狼となったナナへと視線を落として、言った。
「ナナさんは戦いたくて戦っているわけではない……。オレは、そう信じています。戻ってきますよ、必ず……」
「……はい」
 力強く、うなずくシーナ。
 そう。彼女の心は、きっとこんなことを望んではいない。それを取り戻すのは、自分たちの役目だ。
「そろそろ……時間ですね」
 リュースが歌を始める合図として、腕を振り上げた。



 僕は歌い続けよう
 胸に抱く温もりを
 愛しい日々で織り上げた
 この歌は僕の宝物

 輝く愛しい日々
 それは夢や幻じゃない
 手を伸ばして、そして確かめて
 その先に確かな温もりがあるから

 この愛しい日々を
 僕は歌い続けよう
 この想いは誰にも譲れない
 僕の永遠だから

 僕は想い歌い続けるよ
 遙か遠くに続く明日の先まで
 心は離れることなくいつも傍に


 事前にリュースが書き起こしていた歌詞とともに、歌手たちの声が一同に合わさる。
 さすがの魔狼もそれによって契約者たちの動きに気づいたようで、歌手たちを邪魔しようと攻撃を仕掛けてきた。
 だが――護衛者たちがそれを許さない。
「リュースさん! こっちは任せといてください!」
 完全な鹿形態へと姿を変えた獣人ウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)に乗る本宇治 華音(もとうじ・かおん)が、魔狼の炎を防ぎながら言った。《エンデュア》によって魔法耐性が高まった身体は、火球をその身一つで受け止めて、はじき飛ばす。
 えっへんと言ったように華音は胸を張った。
「リュースさんたちへは、私たちが指一本触れさせませんから! だから、目一杯歌っちゃってください!」
 気合いは十分。
「ウィーラン、やってやりますよ!」
「わかってるって――って、のああぁっ!?」
 華音の気合いに答えるように飛び出した鹿は、思った以上に激しい魔狼の炎に、思わず退散する。自慢の毛が、わずかにチリチリと焼けていた。
「うううぅぅ……ウィーランの、ウィーランの毛がああぁぁ」
「落ち込んでる場合じゃないですよ。毛の一本や二本、くれてやる覚悟でやらないと」
「そんなのやだあああぁぁ」
 そうは言ってはいるが、鹿となっているウィーランの動きは素早かった。
 先ほどは油断したが、その後は魔狼の攻撃を上手いこと見切り、俊敏に避け続けている。闘争状態にテンションの上がっている華音との息はピッタリ……とまでは言えなかったが、少なくとも、護衛として歌手たちの危険を少なくすることには成功しているようだった。
「ウィーくんも災難だなぁ……ってわわっ!?」
「恵さん、人のことは言えないですよ」
「もぉ……ちゃかさないでよぉ」
 魔狼の炎からギリギリのところで逃れた松本 恵(まつもと・めぐむ)は、からかうように笑ったシオンに言い返す。
 真剣な戦いに不謹慎と言えば聞こえは悪いが、本来の実力を出すために、半ば無意識に彼らはリラックスしているのだった。その証拠――というわけではないが、シオンの刃は鈍ってはいない。
 《ブレイブガード》で攻撃をはじくナンに続き、《護国の聖域》を広げ魔法耐性をあげて、《女王の楯》を構えてから攻撃を受け止める。失意なく、魔狼の激しい攻めから、歌手たちの身を護っていた。
(さすがに、シオンさんたちは戦いになれていますわね)
 完全な魔鎧形態となって恵の鎧になっているアルジェンシア・レーリエル(あるじぇんしあ・れーりえる)が、感心したように言った。
「ナンさんは戦闘狂だもーん。シオンくんだって、ナンさんに手ほどきを受けてるんだしねー」
(それは……まあ、確かに。でも、恵だって、一応魔法少女なんですわよね? だったら、負けてはいられませんわね)
「一応とか言うな! 一応とかっ!」
 アルジェンシアという魔鎧を纏った恵は、魔法少女ブレシリアルになる。
 上質なシャツの胸は無駄に爆乳だが、ある意味、それがブレシリアルの象徴と言ってもおかしくはない。
 むろん、爆乳は魔鎧を纏った影響であって、普段の恵はさほど乳に恵まれてはいなかった。
「僕はヒーローとしても魔法少女としても未熟だけど、誰も死なせたくないんだよね。ぜったいに、ナナちゃんも助ける!」
(ふふっ……その心意気ですわ)
「シャンバラもザナドゥも、共存できるはずだよ!」
(それはある意味でやばいですわっ!?)
 アルジェンシアは不吉な言葉に度肝を抜かれるが、それはそれとして。
 シオンに負けじと、空を飛ぶ魔法少女は魔狼の攻撃に対して愛用の杖と魔法をもって果敢に挑んでいった。
 


 そして、動き始める一つの可能性。
 ナナは歌が好きだった。それを、モモとサクラはよく知っていた。
 思えば、アムトーシスでエンヘドゥと遊んでいたときも、彼女とよく歌を歌っていた。
(七ッ音……アムドゥスキアス……無茶だけはしないでよ……)
 モモとサクラの近くで、アムドゥスキアスの背中を追って、碓氷 士郎(うすい・しろう)はそんなことを考える。
 魔狼を挟んで向こう側の岩場で歌っているのは、自分の契約者である七ッ音の姿。士郎は、アムドゥスキアスを護るために彼の近くにいるが、いつでも七ッ音のところまでいけるギリギリの距離を保っていた。
 エンヘドゥ、ナナ、アムドゥスキアス、そして自分たち……全てが、幸せに笑いあえる姿を求めて、七ッ音は歌っている。
 そんな彼女の思いを護るためにも、士郎は魔狼の攻撃に臆することなく立ち向かっていた。
 と――徐々に、ナナの動きが鈍っているのが目に見えてきた。
 契約者たちの歌声が一声一声響き渡る毎に、まるでなにかと葛藤するように身もだえる魔狼。
 歌が、彼女の心を呼び覚まそうとしていた。だが、邪悪な意識はそれを拒もうとする。その悲鳴は、まるで泣いているようにも聞こえるものだった。
「くそっ……見てられねえわ、あんなの」
 それを目にし、耳にして、士郎と鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)の近くにいた須佐之男 命(すさのをの・みこと)が吐き捨てるように言う。
「っ……おいそこのチビ二号、チビ三号!」
 そして彼は、モモとサクラに対して呼びかけた。
 複雑な表情でナナと戦っていた二人は、命に振り返る。
「お前の仲間が苦しんでんだ、お前らも一緒に歌いやがれ!」
「「で、でも……」」
 二人は互いの顔を見合わせて声を漏らす。
 歌など、ほとんど歌ったことがないのだ。そんな自分たちが、力になれるかどうか分からない。
「お前らが、何も出来ねえってへっぴり腰になってちゃ、あいつをどうやって助けるんだよ!?」
「命さんの言うとおりですよ……二人とも」
 モモとサクラを抱きしめるようにして、魔狼の攻撃から彼女たちを守った貴仁がそっと言った。
「歌が上手いかどうかなんて関係ないです。二人がナナさんを取り戻そうとするなら、その気持ちがあれば……きっと伝わるはずですよ」
「……気持ちが……あれば……」
「うだうだ言ってねえで、ほらいくぞ! 近くにいかねえと、声も届かねえ!」
「「にゃうっ!」」
 貴仁の言葉を繰り返していた二人の腕を、命が引っ張っていった。
 目指すは歌手たちと同じ、ナナを囲む岩場である。
「がんばってくださいねぇ……二人とも」
(みんなで、笑える姿を見れるように、ね)
 貴仁と士郎は、それを静かに見守って、再び護衛の仕事へと戻っていった。