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リアクション
繋がれる絆 2
広い儀式場はとめどなく湧き出る怪物で埋め尽くされ、幾ら武器や己の肉体を振るおうと今この場所の地平が見えないのと同じように、ひたすらに終わりが見える事は無かった。
契約者の戦いが得てして短時間で決着をつけられるのは、ひとえに彼等の能力が個人で部隊に匹敵する強さ、そしてそれらがぶつかり合うが故……なのだろうが、無尽蔵に現れる敵影を相手にするのに突出した能力は関係が無い。今彼等の顔色には、疲弊が色濃く現れていた。
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はパートナー及川 翠(おいかわ・みどり)を振り返り、心配げに眉を顰める。ミリアは見た目こそ幼いが、常に冷静な行動を取れる姉御肌な人物だ。この場を死守する事の重要性を十二分に理解して(私に出来る限りは)と言う心持ちで戦いに赴いているが、翠の方は違う。
(分かってる訳無いわよね……)と彼女が密かに嘆息する通り、翠は今の戦いの意味を理解していなかった。そして戦いが長く続くにつれ、それが仇となってきていた。
小さな身体で【デビルハンマー】を振り回す元気一杯な姿を見て、翠が疲れていると気付くものは殆ど居ないだろう。だがミリアには分かる。
ミリアが巨大な火柱による攻撃で周囲の敵を全て焼き払っているというのに、そのタイミングでわざわざ前へ出る必要は無いのだ。
この『過活動』こそが、翠が表面に出していたストレス反応であった。
「なんか……敵さん、いっぱいなの…………」
倒しても倒しても終わらない。その事が翠へ更なる疲労を与え、戦う気力を奪っていく。
「……ミリアお姉ちゃん? 変なの、私なんだか……疲れてきた、の……」
身体の中でふつっと糸が切れるような感覚を覚えた翠が我に返ると、顔面迄後少しの距離に怪物の爪が迫っている。スローモーションのように時の流れを味わいながら、翠は反射的に叫んでいた。
「たすけて、アレクおにーちゃーん!」
頬を撫でる一筋の風。
それ感じてまず翠が認識したのは翻ったコートの裏地の黒で、それから目の前の怪物が頭の上からまっ二つに斬り裂かれて左右に割れていくのが分かると、最後に自分が魔法陣の中に立っている事に気付いた。
青い光りがみるみる間に伸びて行き周囲を氷の世界へ変えて行くが、不思議と寒さは感じない。
後ろからぎゅっと包み込んでくる暖かさと甘い香りにそっと顔を上げれば、柔和な眼差しに微笑み掛けられた。
「もう大丈夫」
翠を抱きしめる彼女の声に反応して、コヴェライトのピアスを揺らし背の高い影が振り返った。
「おにーちゃん!」
アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)がパートナーのジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)を連れ、義妹のピンチへ駆けつけたのだ。
「ごめんね遅くなって」
そう言ってアレクは膝を折りながら親しい者だけに無意識に向ける笑みを見せ、ジゼルが守るように抱きしめていた翠の髪をひと撫でする。パートナーが助かった事に一安心とミリアが息を吐き出す。
と、そこで雄叫びが彼等の耳と劈いた。
「アレクああああああああッ!!」
「カガチ!」
振り返り様にアレクは大太刀の刃を斜めに斬り上げる。
ギィンッ! と火花を散らしてそのまま鍔迫るのは東條 カガチ(とうじょう・かがち)が友より贈られた【蛟紡】と【猫嚇】と名付けられた二振りの刀だった。
「此間も会った気がするけど此処であったが百年目首おいてけ!!!」
「『一日千秋の想い』って奴か!? 気持ち悪ぃ事言うんじゃねえよこの糞バカ!!」
足裏を真正面に突き出す勢いでカガチの腹を蹴り、アレクは刀の峰を肩にのせすっと振り返る。
「わーあれきゅん久々に見た」とルーシー・ドロップス(るーしー・どろっぷす)が言うのに軽く手を振り、椎名 真(しいな・まこと)と双葉 京子(ふたば・きょうこ)やグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)という良く知る面々が居るのを確認して小さく頷く。
彼の頭の中に過っているものを理解し同調した友人の佐々良 縁(ささら・よすが)は、撃ち終え熱さすら消えた魔法のマスケット銃で背中をポリポリと掻いて
「なんつーのかなぁ。緊張感がどーもでないんだよねぇ……
この面子だと安心しちゃってさぁ」などと軽口まで叩く始末だ。
佐々良 皐月(ささら・さつき)が頬を膨らませ「もう!」と嗜める声に、縁はニヒヒと笑ってお茶を濁す。
そうした間にも、アレクの足下の魔法陣は彼の魔法の影響を増大させ続け、嵐のように吹き荒れる氷の粒で契約者を一時的に保護し、怪物たちの接近を阻んだ。彼が侵入を赦したのは、戦場に居たもうひと組の友人だけだ。
「アレクさん!」
天禰 薫(あまね・かおる)が熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)と共に此方へ駆けてくる。
「久しぶりなのだ」
「うん、薫ちゃんもソレもきてたんだ」
アレクにソレ呼ばわりされた事に考高が分かり易く表情を歪めたのにも気付かず、薫は純粋な瞳でアレクを見上げる。
「ここには大切なパートナーや友達がいるのだ。みんなを守って、祈りを届けたいのだ!」
「薫ちゃんらしいね」
アレクが一言返したのに、考高が薫の後ろで頷いている。
「アレクさんやジゼルちゃんともお友達になれて我は嬉しいのだ。一緒に、それぞれの幸せを守ろう!」
「俺の場合やり方は暴力で言い聞かせる方だけどな」
生きる事と幸せが結びつかない人間の答えに、瞼をしぱたかせる薫。一方アレクはけろりとしたままジゼルを手招きする。
続けてアレクが「フレイ」と呼んだ名に、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が影からすっと現れた。
「ジゼルを」それ以上の指示は無いが、フレンディスはこくりと頷き
「傷一つ与えさせませぬ」と全てに了解する。
「ベルクも居るな」
確認にベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は出てくるなり
「まぁ、俺はフレイが一緒なら何処へでも行くっつーか拒否権無ぇ訳だ」とボヤいた。彼はそれで幸せなんだろうからと、誰もが放っておく。
状況把握が粗方済んだところでアレクが発した鍔鳴りを聞いて、カガチが口を開いた。
「んで、俺等はどうしたらいいんだ?」
振り返る少し丸くなった目に、カガチは当然だと言わんばかりの顔でアレクからの指示を仰いだ。
「何だかんだで隊長さんだし餅は餅屋だし」
「希望の為に戦う、っていうのは柄じゃない。だから俺は、護るために戦わせてもらうよ」
真の言葉にアレクの表情が動いたのを見て、縁は景気付けに両手をぱんと打ち鳴らした。
「さーて、楽しいパーティータイムだよー!」
黒い手袋が柄を握る氷の権杖は、アレクの指示に従い無数の魔法陣を生み出す。『配置』の古代文字で、その内の一つが同じく杖の先を地面につけたベルクをスキャンするように円柱状に上から下へ移動した。するとベルクが唱える術の力が増幅し、ナラカの底に漂う闇黒の凍気が、アレクの指定通りの場所に『配置』された。
そうしている間に戦場に降り注いでいた歌声が、刹那の間沈黙する。フレンディスの【忍刀・霞月】を握る手が、真の構えた腕が、それぞの瞳が何も逃さぬように見開かれたそのとき、兵器・セイレーンの甘い歌声が敵へ向かって牙を剥いた。
契約者達の鼓膜を揺らしたのはジゼルの声だけでは無い。アレクによって正確に導かれた彼女の歌で切り開かれた場所へ、数千・万という兵士達が飛び込んでくる。
アレクが率いる地球の連合多国籍陸軍第4独立特殊任務旅団『プラヴダ』、彼等が装甲戦闘車両と火砲を以て場の制圧に乗り出したのだ。ベルクの術がアレクの古代魔法で配置されたのは、彼等の進むべき路を作る為だ。
現在混成旅団となってこの戦いに赴いているプラヴダに対し司令部から申し渡されているのは『戦況の維持』である。
プラヴダの母体となる米露、そして欧州諸国の多国籍軍は兵力と物量こそ圧倒的だが、オケアノスのように一部の密な繋がりを持つ国家に比べ、シャンバラの外交面では層の薄さを露呈する。パラミタ参入の際に関係諸国が安定した協調路線を組む迄にかかった時間の所為で、一国の軍隊が支援した教導団に一歩遅れているのだ。
が、この連合軍は創造主との戦いへ兵力を裂いてはいない。遅れているからこそ出しゃばる事は出来ない、シャンバラの国軍である教導団に花を持たせる必要がある。今回の戦いに契約者達は純粋な気持ちと祈りを持って赴いているのだろうし、侵略者は人間では無いが、戦争とはイコール政治なのだ。
そんな訳で連合軍がこの戦いに投入しているのは、シャンバラを担当地域とする一部の部隊のみだった。否、酷い話だが正直プラヴダとプラスアルファ程度と言っても良い。
注力すべきこの荒野での戦いは、無尽蔵に敵が湧く勝利条件の無い防衛戦だ。制圧されたところでイーダフェルトのように直ちに危険は無いのだから、無駄な消耗戦で兵を疲弊させたり、部隊を運用する金の方が勿体無いくらいなのだろう。それでも「やりました」「がんばりました」と後々にこやかに言う為には、どこかしらで戦う必要があるのだが。
兎も角余り統率が取れているとは言い難い状況だ。まずは兵装転換と陣形の立て直しの必要がある。その為の爆撃支援を行う前に、契約者達を不容易に巻き込まないよう一度後ろに下げなければならないが、彼等はほぼ全方位が囲まれている状態であった。これでは単純に「下がれ」と伝令を出しても意味が無い。
だから戦いの真っ只中に、アレクとジゼルが『飛んで』来たのだ。旅団長に対し一番前に突っ込んで陣形を建て直してこい等と不敬かつ無茶苦茶な発案が出来るのは、某食えない微笑みを浮かべたデブくらいのものだろう。
因に四方も上空も敵に囲まれた目的の場所に二人がいきなり現れた理由は、レーダーのように対象の位置を把握する事が出来る『反響』の能力を持ったミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)と、予備動作すら必要としない瞬間移動魔法『転移』の能力を持った破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)が協力しているからである。
近頃精度が増したミリツァと破名の能力は、手を取り合う事で更なる力を発揮出来る。定刻とジゼルの歌を合図に、二人は戦場へ車両や兵士を次々と送り込んだ。ミリツァは大好きな兄と友人達の為に、破名は運営する荒野の孤児院の子供達を空京のプラヴダ基地に保護して貰っている関係上、全力だ。動きに無駄が無い、というよりも容赦が無かった。
敵が突然目の前に……という予測しえなかった自体に、地上の怪物達は明らかに飲み込まれているが、中には勿論羽根を持つ連中も存在する。
そんな連中の一体、ワイバーンの羽根に向かって、真が【霜橋】を放った。このワイバーンはパラミタでよく見掛ける個体よりも明らかに巨大な異形と化していたが、もともとドラゴンに比べ羽根の小さな生き物だ。【霜橋】のような攻撃力の低いものでも、自由な動きを奪っていくことが出来た。
「トドメは頼む、俺はその用意を整える!」
じわじわと蝕んで行く痛みに身体をくねらせるワイバーンは、突然契約者へ向かって空から軟口蓋が見える程がばりと口を開いて突撃してくる。痺れと怒りが頂点に達したかのような鳴き声は、何人かを怯ませるが、その中央に立っていた京子は弓を構えたまま微動だにしない。
気息を整えた冷静な心で、引き分けた筋力を左右均等に保ち続ける。
恐怖は無い。真が仲間を信頼するように、彼女もまた彼等を信頼しているからだ。
(だから私は、私の成すべき事を……!)
遂に解き放たれた矢は風を切って美しい音をたて、ワイバーンの額へ向かい固い鱗を貫いた。
これは止めの一撃となったが、異形と化した怪物はしぶとくも今際の際に鋭い爪を京子へと伸ばす。が、統率の取れた兵はその動きさえも赦さなかった。猛然とやってきた装甲化した汎用輸送車が、荷台に搭載した連装発射の近距離地対空誘導弾を、ワイバーンの腹へ全弾撃ち込んだのである。
一方、指示された場所まで下がろうとする契約者の中で、カガチは視界に映る敵の数に
「……邪魔が多いねぇ」と漏らしていた。
儀式場を襲う相当数の敵は、掌二つ分程度の小さなものから数メートルに及ぶ大型のものまで様々だ。今迄目にして来たパラミタの生物とは見た目がどこかしら異なっているものが多いのだが、それが何なのか……と考えている時間は無い。
彼は無闇な殺生を避ける主義で、その線引きはアンデッドまたは『食材であるか』、という処にある。
前からくる一匹は一見人の形を取っているが、毛に覆われた4、5メートルはありそうな巨大な体躯と醜悪な顔など、特徴となる全てが怪物であると告げている。
「じゃあ食材だね食べられんのかしらんけど」
上から下迄見てみても、弱点は不明だ。人形を取っているのだから取り敢えずと抜刀の勢いでそのまま足を斬り落とすカガチ、と、その背後から飛び込んで来たアレクが怪物が崩れるその前に首を斬り落す。
「食材…………」
呟いたアレクが落した頭を掴んで頭上へ持ち上げると
[絶対キッチンに入れないで!!]と、ジゼルの悲鳴が頭に直接飛んで来た。
そんな彼女は今、空に居る。構造色翼を光沢のある青色と輝かせ、発する音波を中空に配置した力に反響させることで指向性のエネルギー照射を行う。
こうして歌に力をのせた状態で断続的に聞かせれば、相手が契約者であったとしても聴覚障害を起こしてしまう可能性がある。下にパートナー以外の仲間が居る空間ではタイミングを計り、力を抑えなければならないが、それでも彼女の持つ音波は強力だ。
確実に戦力をすり減らす相手を見つけ、敵がジゼルへ狙いをつけた。
向かってくるのは先程真達が戦ったものとは別種の、更に巨大なワイバーンだ。だがジゼルはそれを一瞥しただけで歌をやめる事も、そちらへ顔を向ける事も無い。
フレンディスの【鉤爪・光牙】から射出されたワイヤー付きの鉤爪がワイバーンの指の足の一部に引っかかると、ぐいと勢い下へ引っ張った。彼女はそのまま敵を地面へ引き摺り下ろそうとしているのだ。
「……全て滅び行く運命ならば受けいる事は容易ですが……、
しかしながら今こうして傍に居る方達の御蔭やもしれませぬが、抗ってみたくなるのです。
故に皆様方の希望の祈りを阻むものは全て殲滅致したく
お覚悟を……!」
目を見開き全ての力をのせた彼女の筋力は凄まじいものがあるが、巨大なワイバーンを相手にすると、細い女性の体重では長く耐えきれないものがある。
そこへワイバーンの鱗の薄い喉や顎へ向けて、ルーシーが【マジカルファイアワークス】をぶち込んだ。
唸り声を上げるワイバーンは皐月の魔法を避けながら炎を吐き散らし暴れるが、それを縫うようにしながらストロベリーレッドの光りを放ち、箒にのった魔法少女がやってくる。縁の背には10丁の【ファングベリー・マスケット】がハンマーをフルコックにしてその時を待っていた。
敵の位置をより良い場所に捕らえ、アレクが契約者を守る術壁を張ったのを確認した瞬間、彼女はトリガーへ魔法を掛ける。
10発同時に放たれた銃弾はワイバーンの耳や羽根に穴を空けるが、縁は命中を確認しないまま錐揉みするようなスピードでその場を離れた。彼女の得物よりも射距離が長い銃が、後ろに控えていたからだ。
箒に乗った魔法少女ではなく、死神の二つ名を持った空飛ぶ少佐という全く可愛く無い存在ハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)の背後に壁のように連なるスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)が、ついでヴォロスが銃弾を放った瞬間、ハインリヒの歌声が妹ジゼルの歌声に重なり、具現化した炎の精霊が傷ついたワイバーンに巻き付いた。
果たしてこのワイバーンがどの時点で死んだのか……、何しろ敵は燃えながら落ちているのでそんな事は分からない。飛び上がったカガチが保険にルーシーの入れた切れ込みから首を落とし、アレクと顔を見合わせる。
「食材……」
二人が同時に呟いたのに、ジゼルがポケットから取り出したキャンディの包みを投げつけた。
「そんなにお腹が減ったならこれでも食べてて!」
一部始終を見ていたフレンディスが、笑いを堪えているのか顔を赤く染めている。
こうして大物を仕留める間に、おにーちゃんの登場で頭をすっかり切り替えた翠が、ミリアと共に落して行く怪物を、ベルクの【黒鷲霊・フレスベルグ】が丸のみにしていく。
「駄鳥……お前もしっかり喰えよ?」
鼻で笑うようにしながら使い魔へ指示を送り、ベルクは【鎮魂歌の杖】の先端をひと撫でする。杖を薄暗い光りに輝かせているのは、封じ込められた死者の霊だ。
(エサを入れるスペースはたっぷり残ってる。怪物の魂ならいい感じで働いてくれるだろうさ)
術を唱える為にかかる時間の間、パートナーがジゼルを守る為に動いている事への懸念は無い。
「剣よ、私の周りで舞って!」
京子の剣が敵を近づけまいと舞い踊るのに、ベルクは仲間達を心強く思いながら、存分に力を振るおうと杖へ力を送り続ける。
彼を援護するもう一人……ルーシーも、燃えるような紅い髪を振り乱し、リボルバーを幾度となくリロードしながら、弾薬切れすら厭わずに怪物へと向かっていた。
「祈りも願いも全部コイツにのっけてぶち込んでやる!!」
「……祈り」
ルーシーの言葉を耳に入れ、薫は首に提げていた翡翠の守り石『誓』を見つめ、自身の祈り、守りたいという心を思い出していた。
(みんな未来や希望を捨てないでここにいる。我は力になりたい)
この戦いに赴く時、薫はパートナーである考高に、改めて一緒に来てくれるかと問いかけた。考高は彼女のその言葉に瞬間目を見開き、ふっと微笑んでこう言ったのだ。
「一緒に来てくれだと?
俺は薫と共にある未来を望んでいるんだ、共にある事なんて……その、当然の事だろう」
【龍牙の大弓】に矢を番えながら足を踏み開くその時、湖のように凪いだ薫の中にあるのは、彼のあの時の言葉だ。
「……ずっと一緒にいてくれてありがとう、孝高」
恋人がふと漏らした言葉に、考高は【妖刀白檀】を構えたまま
「俺の方こそ……傍にいてくれてありがとう、天禰」と静かに応え、ゴブリンの群れへ飛び込むと、目にも留まらぬ早業で斬りつけて行くのだった。
「ウルディカさん! グラキエスさん!」
聞き覚えのある声に振り返ると、刀で敵を斬上げながら突っ込むスピードでやってきたのはスヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)だった。
想う相手の登場に、ウルディカは(こんな場所に……)と瞬間過らせた考えを、周囲で戦う兵士たちを視界に入れた事で否定した。
スヴェトラーナは守られる女性では無い。共に戦える女性だ。
「……長期戦になるな」
「はい、見立て通りなら。飛行隊が入る迄にはまだ」
敵へ刃を向けたまま返答するスヴェトラーナの視線が、ちらりとグラキエスへ向く。虚弱な彼の身体で、長く戦いを続けるのは困難だ。
「エンドロア、お前は先に後ろに下がれ」
人柄を感じさせるウルディカの指示に、スヴェトラーナは安堵したように微笑む。
「グラキエスさん、ストライカー(*装甲車)のところまで行って下さい。彼方にトゥリン(トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる))さんが居ますから」
パートナーの名前を出し、そこで一緒にと勧めるスヴェトラーナに、グラキエスは頷く。守りたいという意思を持って戦ってはいるが、勿論足手纏いにはなりたくない。好意は素直に受け取るべきだと判断した。
「分かった、俺は後方で援護を」
「俺はスヴェトラーナとこの侭前で」ウルディカが言いかけた言葉に、グラキエスは戦いの最中でも堪えきれずにくつくつと肩を震わせる。冷静で、冷淡で、頑なだったウルディカがこんな風に素直になるとは……。
笑い声に気付いてスヴェトラーナの視線が暫し此方へ向いたのに、ウルディカは反射的に「おい笑うな」と制止するが、すぐに自分で言葉を上書きした。
「…………いや、笑っていろ。
お前が笑っていられる道の為に、俺はここにいる。その道がスヴェトラーナと会わせてくれた」
「え?」
自分の名前が出て来た事に、スヴェトラーナが振り向くが、何しろ戦車まで居るのだ。轟音と迫り来る敵の中で、それに触れている暇は無かった。
「えと、また後で!」
そう言ってすぐに戦いへ戻る彼女と、下がって行くグラキエスを横目に、ウルディカは銃を前へと構える。
「世界産みを成功させ、道を繋ぐ!」
やがて彼等の勢いに気圧されるように、契約者を囲んでいた怪物達は追いやられ、制圧射撃の後、正しい陣形が完成する。敵が何処からとも無く湧いて出てくるとしても、此方側の防御さえしっかりしていれば然程問題は無い。もう此処で苦戦を強いられる事は無いだろう。
アレクが氷壁を横一列に一気に敷いたのに翠は彼を見上げ、
「おにーちゃん、終わり?」と問う。
「否、まだだ」
アレクが答えたところで、未だ上空に居たジゼルの歌が、音の輪となって何かを守るように彼等を包み込んだ。
と、同時に鼓膜を破くような大音量が、彼等の耳を震わせた。
氷壁の前でトリグラフの列車砲が、戦場に風穴を開けたのだ。列車砲と言っても実際に出ているのは実弾ではなく、彼等の機晶エネルギーを固めた砲弾である。これは彼等の上に静かに佇んでいるツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)をPLC(*シーケンス制御専用マイコン制御装置)として利用している為、能力の強弱まで可能にしていた。
ギフトの合体という規格外の現象だろうと、ツライッツは古代の巨大兵器の起動と制御を司る機晶姫であるため、この程度の手順を抑えるなど容易い事だ。ツライッツの瞳が紫に光っているのは、彼の指に嵌まるアクアマリンの欠片の加護と影響を受けているからである。生半可な敵では近付く事さえ出来ないだろう。
この列車砲に、セイレーンに……、此方は敵の位置を正確に捕捉し指向性の武器で即座に叩き、潰していけるのだ。後はそれほど難しい事では無い。
「次射準備中、角度変更……」
即座に次の行動へ移るツライッツとトリグラフを見下ろしたハインリヒは満足そうに微笑んで反転し、手を振るジゼルの前で動きを止めた。
「ハインツ、後は?」
「うん、来たら下げるよ。その繰り返し。でもまあ……」
今手に入れたのは、荒野の戦場の一部だ。
箒からすとんと降り立った縁は、首を傾げるようにしながらアレクを見上げる。
「次があるんだよね、あれきゅん」
「行軍だよ行軍。片っ端から潰して掃討してやろうぜ、ヒヒヒ」
危ない笑みを見せるアレクに肩をぽんと叩かれて、縁は戦場へ向かって挑戦的に笑ってみせた。
「負ける気がしねぇんだぜ」
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