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第3章 放課後のプール

 百合園女学院のプールの授業はしばらくの間中止になってしまった。
 しかし、プールを使用しなければ実行犯を捕まえることが出来ないため、放課後の数時間だけ囮を買って出た学院の生徒やその友人達に解放されることになった。
「はあ……」
 如月日奈々(きさらぎ・ひなな)は、更衣室で小さく溜息をついた。あまり乗り気ではなかった。囮はやっぱり恥ずかしいし……。
 だけど、捕縛に向かった人達の助けになるのなら自然体で頑張らなくちゃと、意を決して水着に着替えていくのだった。
「と、と……きゃっ!」
 日奈々は脱いだスカートに足をとられて、転びかけて小さく悲鳴を上げた。
 隣で着替えていた志方綾乃(しかた・あやの)が、咄嗟に日奈々を支える。
「あ、ありがとうございますぅ……」
「気をつけて下さいね」
 微笑む綾乃に頷いて、日奈々は手を引き……1人、ショックを受ける。
 支えてもらった時、手が綾乃の胸に触れてしまったのだが。彼女の胸が、自分の胸とは比較にならないほど大きくて……っ。
「大丈夫です。水の中に入っていれば、水着姿写されずにすみますから」
 日奈々が大人しいのは、囮になることへの不安からだろうと、綾乃は日奈々を励まそうとする。
「はい」
 顔を上げた日奈々はまた軽くショックを受ける。
 綾乃の肢体は水着に収まりきれず、彼女は体のラインを気にしたり食い込む水着を伸ばそうとしていた。
「水に入れば楽になるはずですし……それじゃ、行きましょうか。折角だから楽しみましょう?」
「はいですぅ……。授業じゃないから、浮き輪持っていってもいいんですよね〜」
 気を取り直して日奈々は可愛らしい花柄の浮き輪を持って、綾乃と共に更衣室を後にした。
「ふむ……」
 更衣室に誰もいなくなった後、清掃員に扮して潜り込んでいたリンダ・ウッズ(りんだ・うっず)はメモ帳を取り出して、メモをとっていく。
「薔薇の香りはせんかったけんど、薔薇の浮き輪を持っていた、と」
 メモ帳には既に百合園女学院内について収拾した数々の噂話が書き記されている。
 リンダはロッカーを1つ1つ開けて、匂いを嗅いでいき、ついに目当ての制服にたどり着く。
「マジ、これ薔薇の香りがするけん!」
 サイズも自分にぴったりなその百合園女学院の制服を着てみて、くるりと回ってみせる。
「あー、ボクもこんな学校に通いたかったんじゃけどのお〜」
 呟きながら、更衣室探索を続けるのだった。

「待って〜っ」
 泳いでプールの中央付近に向かっていく友人達の下に、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は必死に水をかいて近寄っていく。
 水着は百合園女学院指定の水着を着やく加工して着用し、泳げないので可愛らしいピンクの浮き輪の中に入っている。
 中央付近は深くて足が届かないけれど、浮き輪が認められた今日は近づくことができる。
「このあたりはわいも足が届きまへんなあ」
 パートナーのセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)も浮き輪で浮かびながら、ヴァーナーに付き添い、皆の輪の中に向かう。
「捕まえたっ」
 ヴァーナーがきゅっと手を掴むと、同じように浮き輪で浮いていた少女がにこっと笑みを向けた。
「マユさんですな。わいが御誘いしておきましたわ」
 セツカが誘ったのは百合園女学院の中等部に編入してきたばかりの可愛らしい少女だった。ちょっぴり大人しそうな印象だ。
「よろしくね」
「うん、よろしくね」
 2人は手を繋ぎ合って、一緒にお姉さま達の方に向かう。
「皆集まってますわね」
 東重城亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)は、念入りに準備体操を済ませた後、体に水をかけてからプールに足を入れる。
「そうそう、準備体操は大切ですよね」
 何故か疲れ気味な表情で訪れた真口悠希(まぐち・ゆき)も、体を回し、食い込んだ水着を元に戻し、肩紐を結びなおすなど、一通り囮として必要な動作を終えた後、プールに入った。
「皆はん、1時間に1度は一服とっておくれやす〜!」
 清良川エリス(きよらかわ・えりす)がプールに向かって声を張り上げる。
「楽しんでるみたいだね」
 そこに、校長の静香が姿を現す。……残念ながら水着姿ではない!
「桜井校長はプールに入らないのですか?」
 自分の姿に戸惑いながら、カミラ・オルコット(かみら・おるこっと)が静香に近付いて訊ねた。
「うん、僕は見学。見学がいいんだっ」
「そうですか。私は見学もちょっと……恥ずかしくて」
 普段は少年執事風の格好をしているカミラだが、髪を下ろした水着姿の今は、とても可愛らしい女の子の姿だった。
「多分、中に入った方が恥ずかしくないよ?」
「はい……」
 静香に勧められ、赤くなり、体を強張らせながらカミラはプールに向かって行く。
「もう、変質者はおりまへんし、そういう校長自身も着替えたらええのに」
「いや、えっと、うーんと。そう、肌が弱くて! エプロンだけ借りようかな」
 エリスはスク水にフリルのついたエプロンを纏っている。
 静香にも先ほどこの格好を勧めたのだが、何故か全力で拒否されてしまった。
「ジュースのお代わりお願いできますかしら?」
 エリスのパートナーティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が、空のグラスを揺らす。
 プールサイドの隅に立てられたパラソルの下、肌が引き立つ純白のスク水をまとって、彼女は優雅に寛いでいた。
「校長もこちらで見学しませんか? 盗撮犯はもう捕まりましたのよ」
「え? そうなの?」
 ティアの傍に近付いた静香にも、エリスはクーラーボックスから取り出したジュースを注ぐ。
「ここは僕に任せて、エリスさんも少し泳いで来て下さい」
 同じくメイド姿で皆の世話に勤しんでいた芹沢睦月(せりざわ・むつき)がエリスに声をかけた。
「おおきに。そんならお先に少しだけ」
 エリスは睦月に頭を下げ、笑顔を浮かべた。
 エプロンを外しプールに向かうエリスの背に、ティアがそっと手を伸ばす。
「きゃん」
 小さな声を上げて、エリスがしゃがみこむ。突然水着の肩がぷつんと切れて、はらりと前後に落ちた。
「なんどすのー。盗撮犯が捕まった後でよかったどす……っ」
 ティアに切り込みを入れられていたのだ。
 膝で胸を隠しながら、涙目でエリスは肩を結んで応急処置を施す。
 ティアは慌てるエリスの様子をくすくす笑いながら見ており、静香はそんな彼女の悪戯行為を「仲が良さそうだなあ」とほわんと眺めていた。
「僕がお嬢様達をお守りしなければ……」
 プールで戯れる少女達やプールサイドで休む女性達に目を向けては、異変がないかどうか睦月は警戒していた。
 ただ、ふと自分の服が目に入ると真っ赤になってしまう。睦月はスク水にエプロン姿、頭にはカチューシャまで着けている。
 フライドや羞恥心で真っ赤になって泣きそうになりながらも、メイドとしての任務を真っ当すべく、飲み物を静香やプールサイドに上がってきた女子達に配って回る。
「こっちにもジュース持ってきてくれんか」
 声に振り向けば、パートナーのブルメール・トラスティラ(ぶるめーる・とらすてぃら)の姿がある。
 外見は12歳の少女である彼女は、派手な水着を着てプールサイドのベンチに寝そべっている。
「そんな格好していたら、盗撮犯の餌食になってしまいますよ」
 睦月はバスタオルを持って、ブルメールの元に駆け寄った。
 周囲を見回すが、怪しい人影などはない。
「それじゃ、変わりに餌食になってくれるかのう?」
 にやりと笑うと、ブルメールは睦月のエプロンを引っ張って引き寄せると両手を睦月の肩にかけて、スク水をずり下ろした。
「あっ」
 エプロンを抱きしめながら咎めるような目でブルメールを見ると、ブルメールは楽しそうな笑みを浮かべている。
「やめてくださいっ。僕、やらなければならないことがあるんです。学院を外敵から守るのは従者の務めだか……あっ」
 嫌がるその様子がブルメールの更なる悪戯心を呼び覚まし、抵抗むなしく、睦月は引き寄せられ弄ばれてしまう。