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グリフォンパピーを救え!

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グリフォンパピーを救え!

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第3章 誰がための剣
 太平洋戦争末期、軍事力が底をつきながら、なお徹底抗戦の道を進もうとする大日本帝国陸海軍がとった戦法。それが特攻(特別攻撃)である。
 生還を期すことなく、敵艦に体当たりし、自分の死と引き換えに、より大きな戦果を得ようとする。極限を超えて追い詰められ、なお戦おうとするものが、取らざるを得なかった一種の自爆作戦である。
 立ち尽くす黎のわきを縫うように敵機の機銃が熱い砂を蹴上げながら、通過する。
「このパラミタ大陸には、消耗戦にいたるほどの大戦役など起きてはいない。追い詰められたものなどいないはずなのだ。なのに」
 なぜ、いのちを捨てようとする!
 黎のランスが高速で大気を薙ぎ払い、迫る銃弾のすべてを弾き飛ばす。ふたたび射撃体勢にはいるため、上空を旋回する飛行艇を見上げることもなく、黎は、片膝をつき、息も絶え絶えになっているパピーのからだをやさしく撫でる。
「少し遠いが向こうに洞窟がある」
 頭上から、デゼルの粗野な口調が降ってくる。
「一見、ふつうの洞窟だが、内部はシェルター化されていて、食糧も水も医療器具もある。パピーを運ぶならそこしかねえ」
「ほんとうのことです。オレも内部を確認してきました。パピーの大きさからすれば少し狭いが、防弾シャッターまであるのです。これ以上の退避場所はないと思いますが」
 怜史の声は相変わらず冷ややかだが、その手もまた、パピーの頭をやさしく撫でている。別の手がそれにくわわる。
「この子、助かって大きくなったら、私たちのこと忘れちゃうんだろうね。野生のモンスターだもんね。でも、私、見捨てないから」
 黎やデゼルが、牛乳瓶のフタのような眼鏡をした美少女、優希の横顔を見つめる。
「私、弱い人間なの。臆病で…ホント、どうしようもないの。でもね、この子を助けられたら、私、変われるんじゃないかって思えてきたの」
「変われなくてどうする。人間には、変わらなければならないものと、変えてはならないものが、いつもあるのだからな」
 優希はその蒼空学園の制服を着た少年、風森 巽(かぜもり・たつみ)を見上げる。
「このパピーがそれを教えてくれるはずだ。忘れるな、優希、貴公がパピーを助けるのではない。パピーこそが、貴公と、そして」
 我ら全員をつなぐ新たなる絆の源なのだ。
 そこにいる全員がはっとなって目を見開く。平時なら、理想論としか言いようがない巽の言葉である。
 が、それを戦場の只中で聴いたとき、心の中で鎖につながれていたなにかが断ち切られたような清々しさを、全員が共感できたのだ。
「なるほどね、新たなる絆か。それを絵に描いたモチにするかどうかは」
「オレたち自身にかかっている…そういうことですね」
 敵機が巻き起こす風に立ち向かうように、デゼルが、怜史が呟く。
「なあ、パピー。苦しいだろう、つれえだろう。それでもお前は飛んできたんだよな。飛べる月齢じゃねえのによ、腹ペコのからだに鞭打って、必死に飛んで、ここまで来たんだよな。お前、思ったんだろう? 一度だけ、たった一度だけ信じてみようと思ったんだろう」
 人間っていう生き物をよ。
 言いながら橘 カオル(たちばな・かおる)の手が痙攣をはじめているパピーの前肢をさする。
生きようとする熱意に勝るものがこの世にあるとは思えない
ロット・ブルースカイ(ろっと・ぶるーすかい)は、軍服を脱ぎ、それでパピーのからだの汚れをふきながら、呟く。
「俺、こいつを初めて見たときからずっと、なにかに惹かれている自分に気付いていた。なににこんなに惹かれるのか、ずっと疑問だった。それがわかりそうなんだ」