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◇第四章 テンペストーゾ ―1― 【嵐のごとく】◇

 ――それはヌシを探している連中が洞窟を発見する数刻前の事であった。山の中腹あたりまで来た佐々木弥十郎率いる【説得チーム】はどこからか流れてくる綺麗な音楽に足を止めたのだ。
「あら、この音楽? もしかして、ナルソス!?」
 高く結いあげた髪の毛を振り乱しながら、カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)は音楽の方に向かう。プロレスラーの両親の元に産まれた彼女の運動神経は目を見張るものがある。今回、カリンがナルソスを助けようとしたのは金になりそうだからだ。だが、同時にナルソスと言う人物が面白そうだとも感じていた。運動ひとすじで暮らしてきたカリンだからこそ、そう思うのかもしれない。
 その場所は高い岩に囲まれた大きな広間のような場所だった。周りにはナルソスを救出しようと集まってきた連中が休んでいるようだ。そして、その中央の石に腰掛けて、笛を吹き鳴らす蒼空学園の服を着た男がいる。多少、拙いながらも、その音色は人の心を揺さぶる何かを感じさせた。

「お前、誰だ。何をやっている?」
 カリンは彼に尋ねると、男はこう答えた。
「自分は久慈宿儺。音楽には力があるからさ、龍笛で先生の意識を変えさせようと思ってさ……」
 久慈宿儺(くじ・すくな)はゆっくりと龍笛を吹いた。片手で空を混ぜあわせるように祝詞(しゅくし)を奏上(そうじょう)し、祈りと音で精霊たちに語りかけるように舞った。
「……でも、駄目なんだよ。まだ、自分には何かが足りないんだ」
 宿儺は肩を落とすとうなだれる。そんな様子を見学しながら、キリア・ウィリス(きりあ・うぃりす)は飲み物を飲み干していた。
「ふぃ〜」
 溜息と共に出るこの口癖はキリア独特のモノである。
「それにしても、本当にこの方向であってるの?」
「そう言われても……」
 キリアは光臣翔一朗とアリア・セレスティに尋ねた。だが、二人とも顔を見合わせて首を傾げる。確かに彼らはヌシに襲われ、向かう方向も確認したが、それが本当に合っているかどうかはわからないのが辛い所だ。しかし――

「あっ!!? 先生!?」
「えっ!!!?」
 そう叫んだのは、ナルソスの人格ではなく音楽を愛する小鳥遊美羽だった。
「本当だ……あそこにナルソス先生がいる!!!」
 続いて、影野陽太も叫ぶ。なんと、彼のトレードマークである白い羽根の付いた真紅のシルクハットを被った人物が岩陰を走っていたのだ。
「みんな、捕まえろぉ!!」
 弥十郎は【説得チーム】の面々に伝えると動きだす。よく見ると、その人物は紛れも無く、ナルソス・アレフレッドだった。
「わ、私は危険な男なんだ! 死にたくなければ近づかないでくれ!!」
「何でもいいからさっさと帰って来い!!!」
 心霊関係にとても弱いため、ここまで逃げ回るばかりでまったく活躍できなかったセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は、ここぞとばかりにナルソスの説得を始める。
「あなた! 人は容姿なんか重要じゃなくて、心が重要なの!! お願い! ここまであなたを助けに来た生徒達の意思を尊重して!!」
「おい、貴様! 自己陶酔で死ぬなんぞ馬鹿げているぞ!!」
 すると、白のブラウスと黒いタイトスカートが印象的な天樹静紅(あまぎ・しずく)もパートナーのアレクセイ・オストヴァルト(あれくせい・おすとう゛ぁると)ともに説得し始める。
「うわあぁぁぁ! 聞こえない〜!! 私は何にも聞こえないぞぉぉぉ!!!」
「嘘おっしゃい! じゃあ、私の言葉が聞こえるわけないでしょ!」
 山登りの為、軍用バイクは持ってこれなかったが、静紅は必死に声をかけ続けた。密かに彼女に惚れているアレクセイは、それが気に食わないらしく、口には出来ないセクハラまがいの行動を起こす。
「いやあぁぁぁ〜ん!!」
 静紅は官能的な喘ぎ声をあげたが、口には出来ないので示しようがなかった。

 その横をすり抜けるようにして、ナルソスは逃げていく。みんなの言葉に見ざる、聞かざる、言わざる! そんな、子供のようなナルソスの態度についに皆はキレだしてしまう。
「手を煩わせないでください。貴方が美しい? 俺は全然そうは思いませんから、安心して下さい」
 美形揃いの薔薇の学舎の瑞江響(みずえ・ひびき)は冷たいツッコミを入れると、パートナーのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)もナルソスを脅しだす。
「貴様、血を吸って……無理矢理言う事を聞かせるぞ、オラァッ!!!」
「仮にも教師に危害を加えない!」
「何でだよ!!?」
 響はアイザックの頭をはたいてツッコミを入れると、アイザックは響の顔を見て悲しそうにいじける。響はやりすぎたかと思い、優しげな言葉を投げかけた。
「すまない。この山を降りるのにはアイザックの力が必要なんだ……俺に力を貸して欲しい。頼れるのはお前だけだ……」
「仕方ねぇなぁ……響は俺が居ないと何も出来ないからな……」
 鼻を啜りながらもアイザックは響の手を握る。
「ア、アイザック……お前……」
「響……黙って、俺様に黙って付いてきな」
 アイザックは横を向いて照れながら響に答えた。すると、響も艶やかな笑みを浮かべて微笑んだ。
「そうだな。今になって思うよ……平穏こそ一番の幸福だと。そう思わないか?」
「わかってくれたか!!!」
 オカルト霊山にはヌシがいた。だが、そんな正体不明の化け物も『愛』の力には敵わない。男女の違いを超越した人間同士の絆の炎には山のヌシも退散するに違いない。そして、ここに新しい伝説が生まれたのだ。
 『響とアイザックのちょっと危ない関係』 ―次号に続く―