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◇第五章 ストレッタ ―1― 【緊迫】◇

 来なければよかった――そう感じたのは御風黎次(みかぜ・れいじ)だけではなかったはずだ。
 灼熱の溶岩が蠢くと洞窟内が赤く光り、時折、聞こえる甲高い獣の咆哮はまるで凶器のように人々を怯えさせた。先に到着した思われるシルビア・フォークナーの服の布は引き裂かれ、肉の一部が爆ぜている。大量のプリーストがいるのに回復が間に合わない。返り血を浴びたガートルード・ハーレックは瞬きする事も出来ず、ヌシを見つめていた。
 ヌシの正体は巨大なサルだった。それも何年生きたのだろうか? 頭部にはツノ。身体を覆う体毛はまるで刃物のように尖り、至る部分に傷があった。
「九十九神(つくもがみ)」
 本郷翔は呟く。九十九神とは永く生きし動物に精霊が宿り、人間が仲良くしていれば繁栄をもたらし、そうでなければ災悪をもたらすと云う霊である。このヌシはどれほど人間に嫌な事をされたのだろう。そう思えるほど、ヌシは悪意に満ち溢れていた。

「うぅ、そ、そんな……」
 黎次は倒れている人たちに視線を移す。彼の両親と妹は魔物は殺されており、その際に右目に三本の傷を負っていた。その後、修行を重ねた黎次は、剣術の師匠から退魔の力を宿すと伝えられている漆黒の刃の霊刀『月鴉』を受け継ぎ、戦い続けることを決意したのだ。滲み出る汗は当然、抑える事の出来ない恐怖を示している。だが――黎次は剣を抜くと、怒号をあげた。
「もう二度と、大切な人を失いたくない……それが、俺の戦う理由だ!」
 そして、戦場へ飛び出すと、必中すれば首が吹っ飛ぶであろう勢いの丸太のような太い腕をかいくぐる。運が良かったとすれば、ヌシの両目に傷がある事だろう。そのおかげでヌシの攻撃はほとんど当たってない。
 だが、その咆哮は撮影を試みた生徒達のカメラを落とすほどの勢いだ。

「皆、ヌシから離れろ!! 神楽、光条兵器だ!!!」
「わかったよ、蒼人!」
 葛稲蒼人は神楽冬桜に指示を出すと、自らは方円を描くように動く。ヌシの周りにも無数のゴーストたちが存在していた。それも、山の途中で出会ったモノとは明らかに違う。強い敵意を感じさせた。まるで自分達のテリトリーに侵入してきた人間たちに腹を立てているようにだ。
「ちょっと、待って。こんな悪意の満ちた場所なんて聞いてなかったです」
 おっとりとした女子高生で、同性の友人からは「まーや」と呼ばれている朱宮満夜はその状況に何も出来ない。
「せっかく、ヌシと仲良くしたかったのに……きゃあああぁぁぁ!!!?」
 そして、悲鳴をあげた。なんと、ゴーストの手が彼女の身体に纏わり付いてきたのだ。
「やめて、やめて!!」
 逃れようと思えば思うほど、奴らは満夜を飲み込もうとする。

「チッ……やらせるか!! おい、そこの人!!」
「えっ、じ、自分ですかぁ?」
 八神夕は近くで怯えているセオボルト・フィッツジェラルドに声をかけた。
「ちょっと、俺のパートナーがやられちまってよ。手を貸せよ」
「ええっ!?」
 セオボルトは向こうの方で重症を負っているシルビア・フォークナーを見つけた。
「き、君、パートナーの近くにいてあげなくてもいいの!?」
「感情は迷いを生む、俺には必要ない……それよりも今は目の前のゴースト退治だ」
「そんな……自分は心霊現象が苦手で……」
「チッ、使えねー野郎だ。ローグですら、戦おうって時にナイトがこれじゃあな。あそこの女も死んじまうぜ?」
「うぅっ……」
 確かにそこにはゴーストに襲われる満夜の姿があった。口調は冷ややかで、近寄りがたい印象を受けるが実は人情に厚い兄貴肌のセオボルトは、クールな態度の中に熱いハートを持ったナイスガイなのだ。
「もう、どうとでもなってくれ!!!」
 そして、気味の悪いゴーストの中に飛び込むと、満夜を抱えて走り出す。
「早く、助けてくれぇぇぇ!!!」
 まとわりつく悪霊たちにセオボルトは悲鳴をあげた。
「よし、いい囮だ」
 夕はリターニングダガーを取り出すと、セオボルトたちに気をとられたゴーストたちを排除していく。

「これは悪い夢じゃないのか?」
 生徒の中で1・2位を争うほどの経験者、ベア・ヘルロットはパートナーのマナ・ファクトリに聞いた。
「専守! マナ! あいつのウィークポイントどこだ?」
「少し待って……おそらく、へその下だと思うけど……」
「よし、爆炎波を使うぞ!!」
 ベアはスキルの準備を開始する。
「おいおい、何をするつもりか知らないが、ここでは火炎系以外だろ?」
「えっ?」
『雷術!!!』
 隣に同じく生徒の中で1・2位を争う、緋桜ケイが立っており、『雷術』のスキルを使用した。すると、ヌシは身体を反らせて悲鳴をあげる。
「なっ、他の術だろ?」
 可愛らしい笑顔でケイは笑うと、後ろにいた水神樹が声をあげる。
「すごーい。あなた、高レベルのウィッチなのね」
 ケイはそれを聞くと不機嫌そうに怒鳴った。
「……俺はウィッチじゃねぇ。ウィザードだ!」
「嘘……」
 性別は男、見た目は女。緋桜ケイはそんなウィザードだった。

 ガキイィィッン!!
 振り下ろす度、剣から火花が走る。そこで、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)と光臣翔一朗は斬りあっていた。
「私はウィング・ヴォルフリート! ヌシに手を出す奴は許しません!!」
「ほう、イキのいい獲物じゃのう。しかも二刀流とは……面白ぇ!!」
 スピードのウィングに対して、一撃の破壊力の翔一朗。しかし、翔一朗は防戦一方になる。優男にも見えるウィングの剣さばきが優れているのだ。翔一朗は屈辱で奥歯を噛み締める。
(クソッ、今日はやけに強い奴ばかりに会うじゃねーか……)
 幼き頃から、不良仲間と暴れまくっていた翔一朗は無敵を誇っていた。どんな奴が相手であろうと叩きのめしてきた。だが、相手は趣味が修行で、戦いになると性格が変わると言うスピードスターのウィング・ヴォルフリート。しかも、いくつものの冒険を終えた冒険家だ。身体中に鋭い痛みが走るのも仕方がないのかもしれない。
(俺よりコイツの方が経験を積んでるって事か……!!?)
 一方、ウィングの方も冷静ではいられなかった。翔一朗は荒削りながらも剣の一振り一振りに鬼のような気迫を感じさせる。当たれば、腕が吹っ飛ぶかもしれない。今、立っていられるのはウィングの卓越した技術の賜物だろう。
(おそらく、今回は私は勝てるだろうが、経験を積んだらわからない)
 そして、戦いの勝負のポイントがやってきた。まだ体力の万全でない翔一朗が体勢を大きく崩したのだ。
「一刀流……ただの斜め切りっ!!」
「ぐおおっ!!!?」
 ウィングは剣を翔一朗の頭に命中させると、思わず、息を呑んだ。
(しまった!!? 殺すつもりは無かったのに……)
 ウィングはこの山によく武者修行に来ていた。もちろん、ヌシの噂は聞いており、実際に見たこともあった。だが、ヌシはあくまで山の神。怯えさせなければ、襲っても来ないヌシの特性を良く知っており、だからこそ、ヌシを護ろうとしていたのだ。
「キ、キミ、大丈夫か?」
 そして、ウィングは声をかける。すると、翔一朗は笑いながら立ち上がったのだ。
「おいおい、俺は敵だろう? それとも他に敵がいるのか? 俺と喧嘩してくれる言うンは、何処のどいつじゃあッ!!」
「は、ははっ……」
「何を笑っている? まだまだ、ラウンドワンじゃ。いくぞぉッ!!!」
 再び、剣が重なるとウィングは感じた。この男とはいいライバルになれそうだと――