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◇第五章 ストレッタ ―2― 【緊迫】◇

「先生を離しなさい! さもなくば、力ずくで奪うわよ!!」
「そうした方が身のためだぞ、女!!」
 大崎織龍(おおざき・しりゅう)とパートナーのニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)は、ナルソスを抱えて疲労の色を隠せないジュリエット・デスリンクとジュスティーヌ・デスリンクを追い詰める。
「はぁはぁ、駄目よ。まだ、この変態教師に面頬を付けてないもの!!」
「面頬?」
「ホホホッ、面頬も知らないお馬鹿さんがいるとは……はぁはぁ……ネットで調べなさい!」
「随分と疲れきってるわね。そんな状況でいつまで強気な発言が出来るかしら?」
「そうそう、ここには俺もいるしね」
「な、何ですって!!?」
 さらにそこに椎名真(しいな・まこと)が現れる。随分と体格が良いバトラーだ。
「ナルソスを叱ってでも説得しようと思ってたけど、君らのように超我が侭な連中も許せないんだよね」
 圧倒的に不利な状況になったジュリエットたちだが、彼女にはまだ余裕があった。
「クスッ、超我が侭……それは、デスリンク大侯爵家にとっては名誉な事だわ!!」
 刹那的享楽至上主義者にして不可知論者。ジュリエットは地面にナルソスを置くと不敵に笑う。
「♪遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん……さぁ、始めましょうか?」
「生徒同士でやるのか?」
 真は答えると緊迫した空気が流れる。どちらが先に動くか……
「いただきっ!!!」
「なっ!!?」
 その緊迫感を破ったのは、十倉朱華とパートナーのウィスタリア・メドウだった。彼らはコッソリとジュリエットたちの後ろに忍び寄るとその武器を叩き落したのだ。そして、戦いは終わった――
「キイイイィッ、悔しい! 呪いの肉面や頭皮剥ぎが出来なかったじゃない! 覚えてなさい! 行くわよ、ジュスティーヌ!!」
「はい、お姉様」
 ジュリエットは白いハンカチを噛みながら、白い傘を差して、しゃなりしゃなりと退場していった。ジュスティーヌはペコリと頭を下げて、後をついていく。
「あれ、これでおしまい?」
 織龍はホッとしたように肩の力を抜き、朱華に声をかけた。
「ありがと、キミのおかげで助かったよ」
 すると、朱華はちょっと照れながら……
「あぁ、あれはキミらのプレッシャーのおかげって言うか……でも、まぁほら、目の前で困ってる奴がいたら、力になりたいじゃない」
 そう言って笑うとヌシの方を見る。
「……でも、あっちはもっと大変そうだけどね」

 ――走る。走れ。走ろ。鈴虫翔子はガンを握って、脱兎のように縦横無尽に走りまわる。その後ろをニコ・オールドワンドは必死に追いかける。
「ちょっと、待ってよ。一人で行動しちゃ危険だよ」
「んっ? キミ誰だっけ?」
「ニコだよ。ニコ・オールドワンド!!」
「うん、わかった。じゃあ!」
「駄目だって。危険なんだから!」
「……キミ、めんどいー」
 翔子は笑顔で去ろうとしたが、ニコはそんな翔子を逃がしてくれないようだ。仕方なく翔子は会話を続ける事にした。
「じゃあさ、ニコは何が目的でここにやってきたのさ?」
「ヌシを発見し、正体を暴く。未知の生命体をこの目で見てみたいからさ!」
「……もう、見たじゃん」
「う、うん、確かに……」
「じゃ、次は触ることだね!!」
「わわっ!!?」
 翔子はニコの手を掴むと走り出す。翔子は思いつきとノリと勢いで生きていく瞬発力型モンスターマシンだ。だが、それは退屈な日々を過ごしてきた生い立ちのニコに新鮮な刺激を与える事になる。
「……鈴虫は何が目的でここにやってきたの?」
「んっ? 聞こえない?」
「鈴虫は何が目的でここにやってきたの!!?」
 大声で尋ねる。すると、翔子は満面の笑みでこう言った。
「好奇心!!」
「へぇ、僕と一緒だ」
「でね。ボク、梅雨が明けたら、スイカ割りするんだ……」
(……わけ、わかんねー!!!?)
「じゃあ、行くよ!!」
 スイカ割りはよくわからないが、彼女らはヌシに近づいていく。

 ――暗い――
 ――薄暗い……――
 彼は……ナルソス・アレフレッドは闇の中にいた。
 真紅の派手な衣装、白く透き通るような肌、紅を差したように赤い口唇、見ていると吸い込まれそうなほど美しい。
「先生、起きて、先生!!」
 薄暗い意識下の中でどこかで聞いた事のある元気な声が聞こえる……確か名前は大崎織龍。きまぐれで能天気だが動物が大好きな優しい娘。
(……私は……死ぬ為に山に入り……迷い……恐れ……面白い音楽に出会った……)
 あれは笛の音だった。神と魔の戦いを描く、ナルソスとはまったく違った優しげな音色。特別な技術、音域の幅が広いわけでもないのにどこか懐かしい。山に登ってからは霊が騒めいていた。神と悪が交互に混じりあうように彼の脳を犯してきた。自らの音楽と同じように、どこか狂気が必要だと思っていた――
「神から授かった才能と命を無駄にするな。お前にはお前の使命があるはずだ」
 織龍のパートナーであるニーズ・ペンドラゴンは怒鳴る。
(……使命? 私に何が?)
 数年前に開かれたコンサートは熱狂に包まれていた。曲を聴き終えた貴族達はナルソスを英雄として扱い、音楽家に莫大な富と名誉を与えた。街に帰って来た時、質の良い生活をおくれない友人が哀れに見えて仕方がなかったので、金を恵んでやったが、皆、離れていった。ゾッとするような冷たい瞳で見下すように離れていった。
(私は孤独だ……)
 嫌な事、辛い事があると、不思議と音楽に命が宿った。ナルソスはそれを神からの授かり物として受け止めた。才能と狂気は隣りあわせだった。まるで、現実と幻想の境目を漂っているように虚ろな世界を送っていた。
『罪と罪 罰と罰』
 英雄と呼ばれる人間は、己の正義を貫くために法や規則を破り、人さえも殺める資格を持つと言う。書物にはそのような事が書かれていた。
(美しさ? ……いや、本当は、ただこの現世が嫌になっただけかもしれない……)
「貴方には稀代の音楽家とまで言われる才能がある。それを使えばそんな人達を助けられるかもしれないのに……」
 ナルソスを大嫌いな織龍の言葉は彼の『心』に響く。そして、彼は起き上がり言ったのだ。
「大崎君。ありがとう、私はどうやら目が覚めたようだ……」
「ナルソス先生!?」
 起き上がった彼は歩き、誰かを探していた。美しい笛の音のヌシをだ――