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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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第6章 ヤドカリと罠


 校庭では薔薇の学舎生徒の清泉北都(いずみ・ほくと)、【ワルドゥティーン】に参加する薔薇の学舎生徒クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)、その師匠ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が校舎の窓枠から、樹木の枝にワイヤーを渡していた。
「この高さで押さえていてねぇ」
 北都が二人に指示を出し、ワイヤーを止めていく。
 ワイヤーの高さは、ヤドカリが引っかかる高さ1.8mに設置。ワイヤーが引かれれば下に落いた爆薬が爆発する仕掛けだ。これを誘爆しない程度の距離をおいて設置する。
 ワイヤーと爆薬の関係性については、北都の方がちゃんと考えていた。
 その一方で、ローレンスが北都にアドバイスする。
「爆弾は、地中には埋めない方が良いでしょう。まちがって生徒や、応援に駆けつけた方が引っかからないとも限りません。こうして目に見える形で置いておいた方が分かりやすいですし、ヤドカリの頭脳ならば警戒する事もないと思いますよ」
 設置する爆薬の置き方については、ローレンスたちの方が適切だった。
 当初、クライスは校舎内にこの罠を設置しようとしたのだが、わざわざ校舎内に設置する意味を彼が答えられず、校舎を確実に破壊する上、校舎内にいる生徒が人食いヤドカリに襲われる可能性が増し、さらにはヤドカリを誘導する者が左右に逃げにくい事などを砕音に指摘された。
 また、ヤドカリの誘導役を買って出たパラ実の国頭武尊(くにがみ・たける)はバイクでリヤカーを引いて作戦に参加する旨を表明している。リヤカーを引いたバイクで、それが通るには狭く段差もある校舎内での作戦は考えられない。
 そのためクライスは、校庭にトラップを作ることになったのである。
 クライスはトラップを設置しながら、師匠に言う。
「ほら、やっぱり罠に対する知識も必要だったじゃない」
「不本意だが、実力で勝てぬならば仕方あるまいか……」
 ローレンスはため息をつく。
 彼らの上方では、北都のパートナーの守護天使クナイ・アヤシ(くない・あやし)が空を飛びながらヤドカリの動きを監視していた。上から見るだけでなく、禁猟区も使っている。
「人食いヤドカリはこちらには近づいておりません。【荒ぶる鋏】の皆様が囮になって惹きつけてくださっています。ただ相手も生き物。いつ不測の動きを見せるか分かりませんから、注意は怠らないようにお願いいたします」
 クナイが言う。その天使の姿を見て、北都はふと考える。
(美術展示室で天使像事件を起こした怪盗133ってミヒャエル君でしょ。弁償問題はどうするのかなぁ?)
 しかし北都は、すぐに注意を目前のトラップに戻した。


【戦乙女の手作り弁当お届け隊】の面々は、玄関ホールで作業に励んでいた。
 先程、全校放送したアイリスと彼女のパートナーあーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)が屋上で回収してきた目覚まし時計を運びこむ。
 目覚時計と爆薬+起爆装置をセットにした簡易トラップを作成しようというのだ。
 蒼空学園生徒の筐子は、母校での砕音の罠の授業を思い出しながらトラップを作る。
「仕上げは佐々木さんに任せるから、ワタシたちは音響装置をセットしに行くね」
「はい。後はワタシがやっておくよぉ。スピーカーの入った倉庫の鍵はこれだからねぇ」 薔薇の学舎生徒の佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)が鍵を差し出す。
「では、私たちは魔法の箒で先に行って準備していよう」
 イルミンスール魔法学校の水神樹(みなかみ・いつき)は弥十郎から鍵を受け取り、パートナーの剣の花嫁カノン・コート(かのん・こーと)と共に魔法の箒に乗って飛んでいく。筐子たちも駆け足で倉庫に向かう。
 弥十郎は彼女たちに代って、トラップの仕上げにかかる。
 彼は玄関に行く前に調理実習室で、校内で手に入る限りの肉を集めていた。料理だと考えれば多くの量だが、ヤドカリの体の大きさと数を考えると、心もとない。普段は捨てることになるワタや骨も使って水増しするしかないだろう。
 弥十郎はそれぞれの肉塊を、各トラップに使う大きさに切り分けて玄関ホールに運んだ。そしてヤドカリを惹きつけるために、罠装置のそれぞれに肉片をくくりつけた。

 一方、樹とカノンは倉庫から大型スピーカーやコードの束を出し、後から来た筐子やアイリスと共に表に運び出す。スピーカーは一台ではなく何台も用意するので、みな汗だくになる。
 スピーカーはそれぞれ距離をおいて、沼から校庭の外れの空き地まで置かれた。
 当初は、空き地でなく講堂を使おうとしたのだが、わざわざ講堂を使う理由が無いという理由で砕音から許可されなかった。
 スピーカー設置が終わる頃に、トラップに肉片を付け終わった弥十郎が、それらを空き地に面した校舎の三階に運ぶ。窓から顔を出し、下にいる仲間に声をかける。
「こっちは準備できたよぉ」
 筐子とアイリスは、離れた安全な場所に置いたAV機器のもとへ行き、樹とカノンは箒で弥十郎のいる場所まで上がる。
 筐子は準備完了を確認し、放送を開始した。腹の底に響くような音楽がスピーカーから大音響で流れる。
「……あれ?」
 予想に反して人食いヤドカリの反応は薄い。のそのそと動きまわるヤドカリは、どちらかと言えばスピーカーから離れる傾向にある。
 ヤドカリは温度と嗅覚、振動で周囲を感知する。
 スピーカーを通した音は、生物が立てる物音とは違う。特に学校行事で使うようなスピーカーであれば、音質は期待できない。
 それに大音響は、むしろヤドカリを警戒させてしまうようだ。
 また彼らは、じりじりしながらヤドカリを見ているうちに気づくが、ヤドカリは普通に向きを変えて歩いている。人間が角を曲がるほどスムーズとはいかないが、巨体でカラを持っているにしては案外と器用にくるりと向きを変える。
 彼女たちは、砕音が説明した以下の点

・直線なら時速40kmで走行。カーブや角は苦手。

 を、ヤドカリがいつでも角を曲がれないと理解していた。しかし実際には、走行時にカーブや角を曲がるのが下手、という意味である。
 カノンが言う。
「ヤドカリ、動かないな」
 【戦乙女の手作り弁当お届け隊】の一同は困惑する。
 守護天使仁科響(にしな・ひびき)がパートナーの弥十郎に言う。
「ええと、普通のヤドカリとは違うと思いますが、大きくても形は似ていますし、ヤドカリっぽいならヤドカリなのかもしれないですし……」
「つまり、どういう事なのかなぁ?」
 弥十郎に言われ、響は図書館で得た知識を口にする。
「生き物なら、動いているものを捕食する性質があるんじゃないでしょうか?」

 弥十郎は寮の部屋に戻って、地球から持ってきたラジコンカーを持ち出す。念のために、電子レンジで暖めた肉片を結びつけた。

 沼からあがり、なるべく空き地に近い所にいるヤドカリの前を、ラジコンが走りまわる。しばらくヤドカリは微動だにしない。が、やおらハサミをラジコンめがけて振り落す。外れた。
 モーター音を立てるラジコンカーに、ヤドカリはにじり寄る。ラジコンは空き地の方に走っていく。ヤドカリは目標を見失ったのか、別の方角に進もうとする。戻ってきたラジコンがヤドカリの前を横切る。ヤドカリがふたたびラジコンににじり寄る。
 そんな風にして、弥十郎は辛抱づよくヤドカリを空き地に導いた。ヤドカリはそこに置かれた肉付きトラップに気づき、巨体の下にある大きな口で飲みこんだ。
「ナラカでもお腹一杯たべなよ」
 弥十郎が言う。トラップが発動し、爆発が起きた。ヤドカリは体液を散らして動かなくなった。
「やっと一匹かぁ。次、行くね」
 弥十郎の操縦でラジコンカーがまた、別の巨大ヤドカリの前まで走っていく。そして先程と同じように、またモンスターを罠の方まで導く。
 だが今度のヤドカリは、ラジコンに突進して飲み込んでしまった。バリバリと音を立てて、ラジコンを食ってしまう。
「あああ〜、ワタシのラジコンがぁ」
 弥十郎が悲しげな声をあげる。

 【黒薔薇の勇士】北条御影(ほうじょう・みかげ)はヤドカリの体に傷をつけて、共食いを狙えないか試みていた。だが凶暴な彼らも同族は襲わないようだ。
 ちなみに彼のパートーナーで、自称パンダのゆる族マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)は、無責任な声援を御影に送った後「じゃあ後は宜しくアルよ!」と言い残して、安全な場所まで、さっさと一人で逃げていた。
 マルクスが去る前に
「これさえあれば何が来ようが大丈夫アル!」
 と御影に、マルクス曰くラッキーアイテムの金ダライを押し付けていった。御影が金ダライを放りだしたのは、言うまでもない。

「佐々木、罠への誘導役なら俺がしようか?」
 御影は、ラジコンを食われて途方に暮れている弥十郎に声をかけた。
「それは助かる。お願いするよぉ」

 筐子や樹は肉付きのトラップを、もっと沼に近い場所に移動させる。誘爆しない距離をおいて、肉付きトラップを設置した。
 御影は白馬にまたがり、戦場を駆け抜ける。背後には飛びかかられない距離をおいて、人食いヤドカリを引きつけている。
(あれが罠か)
 御影は罠を踏まないよう慎重に迂回した後、一気にスピードをあげて白馬を走らせ、ヤドカリを振りきった。
 人食いヤドカリはエサを見失ったが、すぐ近くに落ちている肉の匂いをかぎつける。
 爆発が起きてヤドカリはその場に崩れた。
「さあ次、行くぜ。さっさと終わらせてやる!」
 すぐに御影が、白馬で次のヤドカリを誘導してくる。ヤドカリは同族が近くで爆死死していても何も気にすることなく、肉にかぶりついた。爆発。
 一時は暗礁に乗り上げたかに見えた【戦乙女の手作り弁当お届け隊】の作戦だが、御影の活躍によって、堅実にヤドカリの数を減らしていった。


 校舎の端に面した場所では【ワルドゥティーン】の面々が、穴を掘っていた。
白い制服を身にまとう藍澤黎(あいざわ・れい)は、その制服が汚れるのもかまわず、懸命にシャベルを操って穴を掘る。
(泥に塗れようと理不尽な蹂躙に、薔薇は棘を落とさぬ! 現在の状況を良しとしない者は、その手を挙げ行動せねばならない。それが、薔薇の学舎に脚を踏み入れた者の責務なのだから)
 蒼空学園の大男ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)も、
「力仕事なら比較的得意な方なので、任せてくれよ」
 と穴掘りに加わっていた。
 二人とも力には自信があったが、巨大ヤドカリ数匹を落せるだけの穴となると、すぐには掘れない。
 そこに黎のパートナー、守護天使フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が十人程の体格の良い学舎生徒を連れてくる。
「穴掘りの助っ人を連れて来たで。バロムが口、利いてくれたんや」
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)から作戦の事を聞いていたバロムは、フィルラントに作戦は順調に進んでいるのか聞いた。そして穴掘りが難航しているらしい事を聞くと、屋上に避難していた体育会系の生徒に発破をかけに行ったのである。
 どうやら大事な大会を控えているからと、体力はあるのに、ヤドカリと戦うのを避けて避難していた者もいたようだ。
「人の命がかかってるんだぞ! 人命より記録を取るのか?! ……せめて罠を作るぐらい手伝ったらどうだ!」
 バロムに怒鳴られ、何人かの生徒が【ワルドゥティーン】の穴掘りに協力する者が現れた。それがフィルラントが連れてきた生徒たちである。
 イルミンスール魔法学校の姫神司(ひめがみ・つかさ)がその人数を見て言う。
「この人数なら、二班に分かれて、もうひとつ穴を掘る方が効率がよかろう」