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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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第7章 攻防


「なんだか、ヤバイ気がするな。……勘だけど」
 砕音がつぶやき、彼に密かに禁猟区のハンカチを渡した片倉蒼(かたくら・そう)にうなずく。
 そして人差し指を立てて唇の前にあて「しー」。周囲にいる者たちは動きを止める。耳を澄ました砕音が声を潜めて言う。
「……一階下。人数、十人超。数人は重い鎧着用。俺を探して、いらだってるみたいだな」
「迎え撃ちに行くのか?」
 イルミンスール魔法学校からの研修生緋桜ケイ(ひおう・けい)が聞くと砕音が言う。
「いや、廊下じゃ狭い。前衛が二、三人出たら、いっぱいだぞ。薔薇学生徒の前衛はナイトがそろってるだろうしな。階段のホールに位置どれば、こちらが広く、上から攻撃できて有利だ。……なんで、こんだけ生徒がいて作戦立てるのが俺なんだか。とにかく相手は、ヘルに操られてるらしい薔薇の学舎生徒だ。殺したり、ひどい大怪我はさせるなよ」
 それぞれの生徒が配置に動く。
 砕音とラブラブ(?)とも噂されるパラ実の大男ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が砕音に言う。
「センセー! 俺から離れるなよ! 大丈夫だ。絶対守ってみせる!」
 砕音は一瞬驚いたようだが、すぐに微笑んだ。わずかに涙ぐんでいるように見える。
「ありがとう。でも気張らないでくれよ」
 その脇を、小さいものが駆けすぎる。身長60cmに満たない、二足歩行の犬のような生き物だ。タマからやって来たアヌビスだと自称するゆる族アヌ山アヌ犬(あぬやま・あぬた)だ。
 アヌ犬は「アヌアヌ〜(アヌビスだから、中の人なんていないよ〜)」と語る。しかし、中の人などいない、というゆる族はむしろ多数派なので、真相は闇の中だ。
 アヌ犬は階段に向けて走っていきながら、謎の言語を発する。
「アヌ! ニシナカネアヌー!!(砕音はダメ野郎だから、やっぱり生徒には手を出さないんだって。だからボクが代わりにやってあげるよ! たぶん死なないから平気だよ!! ちょっとぐらい焦げたり手足が飛んだりするかもしれないけど仕方ないよね」
 アヌ犬が爆薬に火をつけて投げようとするのを、砕音が飛んできて奪いとり、ブチッと導火線を引きちぎる。
「こら。大怪我もさせるなと言っただろ。あと校舎の中で爆薬も使うな。ガラスが割れて、思わぬ被害が出るからな。これは没収」
 砕音は、ヌイグルミのようにアヌ犬を両手に持ったまま、ぶんぶんと揺する。
「アヌヌー!(酔っちゃうよ。中身が出ちゃうよー。あ、中身と言っても中の人なんかじゃなく、おなかの中身がゲロゲローンだよー!)」
 アヌ犬の体から、どこに隠し持っていたのか大量の爆薬がこぼれ落ちる。
「ま、まさかこんなに持っているとは……」
 砕音は冷たい汗をかく。
「アヌアヌ〜(だったら、おわびにボクが汗をふいてあげるよ〜)」
 アヌ犬はかわいい色の小さな布を出して、砕音の汗をふく。砕音はふと嫌な予感を覚えた。
「ちょっと見せてくれないか?」
 その布はハンカチやタオルなどではなく、パンティーだった。
 アヌ犬のパートナーは、砂原かけたことパンティー教団団員一号(ぱんてぃーきょうだん・だんいんいちごう)である。
「こんなモノで、人の顔をふくなー!」


 砕音がアヌ犬から爆薬を取り上げている間に、戦いは始まろうとしていた。
 【専守防衛マスター】ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)はセイバーとして一行の先頭に向かう。一行の中で、セイバーやナイトは一人づつしかいない。
 しかしそのナイト、薔薇の学舎生徒の鬼院尋人(きいん・ひろと)は、隊列も作戦もかまわず一人で前に出ていってしまう。
「お、おい、一人で突出すると危ないよ!」
 ベアは注意するが、尋人は不信感を抱く砕音の近くにはいたくないと、一団から離れようとする。
 大勢の者の気配を感じて、下の階から薔薇の学舎の生徒が何人もあがってくる。
 そこで尋人は困る。彼らが本当に砕音を狙う者か、見た目で判別できないからだ。上がってきた生徒は尋人を無視したが、一団に気づく。ベアやラルク、それに他校生の多い陣容を見て、言う。
「……そのメンツに武装。おまえら砕音を守る気か?」
 一方、ラルクも階段の上から見て、その中に見た顔を見つける。
「おい、そこの二人! センセーのタバコを盗った連中だな! そうか、あれはヘルが根回ししたことかッ!」
 上がってきた生徒の間から、いきなり火術が放たれる。椎名真(しいな・まこと)が光条兵器を盾のように扱い、魔法の火球を弾き飛ばす。
 ベアは光条兵器で斬りかかるも、相手ナイトのランスでいなされる。そのまま突きこんでいこうとするのを、今度はベアがランスを思い切り叩きつけ、地面にぶつけさせる。
 パートナーのベアに呼応して剣の花嫁マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が、気絶させようとホーリーメイスで殴りかかる。だが、そこに別のナイトのランスがくりだされ、マナは攻撃を避けて後退する。
 剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も積極的に敵に戦おうと、前に出て、光条兵器のモーニングスターを振りまわす。
 尋人は相手生徒のうち、少々離れて彼のランスで攻撃できる距離にいた一人に突きかかる。
 相手の制服を引っかけて、別の高い場所の金具に引っかけ直そう、と考えていたが、彼はたいして器用ではない。相手の体をかすって、ランスは壁をつく。
 尋人が敵対してくると知って、すぐ近くにいたバトラーが彼にデリンジャーを撃ち込んだ。
「がッ!」
 鎧の薄い所を狙われたため、銃弾は突き通り、そのショックで尋人は倒れこむ。
「だ、大丈夫ですかぁ?!」
 セシリアのパートナーで、百合園女学院のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がヒールを尋人に飛ばす。しかしローグの生徒が、起き上がろうとした尋人にリターニングダガーで斬りつけ、血しぶきがあがる。メイベルがふたたびヒールを飛ばす。
 ラルクが生徒に向け、アサルトカービンをスプレーショットで撃ち込んだ。しかし相手生徒側の禁猟区が発動して、弾を防いだ。
(これではメイベルのヒールが無駄になるだけだわ!)
 セシリアはそう考え、モーニングスターを振りまわし、強引に相手生徒の間に割って入る。ベアとマナもそれを補佐する形で、隊列を崩して前に出る。
「京子ちゃん、今のうちに彼を保護してね」
 椎名真(しいな・まこと)が光条兵器のクロスボウとデリンジャーで威嚇射撃を行い、彼に守られる形で双葉京子(ふたば・きょうこ)が身をかがめて、尋人を後方に引っぱっていく。ようやく安全な場所まで下がって、彼にヒールする。
 メイベルが尋人に注意した。
「戦場ではぁ一人の兵士の勝手な行動が一軍を危機に陥れる……って言いますぅ。いくら固いナイトさんだからって無茶はダメですぅ」
 薔薇の学舎生徒の黒崎天音(くろさき・あまね)が尋人の血をぬぐう。そして砕音に片手で抱きつくように、もう片方の血に濡れた手を砕音の顔の前に出して言う。
「先生は本当にアントゥルースという名前がお似合いですね。害の無い優しい顔で嘘を吐くし、目の前で生徒が傷ついても……ヘルの提案を飲む気もない。みずからヘルに会いに行けば、もしかしたらこの事態は打開できるのかもしれませんよ?」
 砕音は失笑した。
「おいおい、ヘルが取引に応じるなんて本気で思ってんの? 学友の血が流れたからって、そうビビるな。戦場は始めてなのか? ヒールで完治してるようだから安心しろ」
 砕音に新兵扱いされて、天音は彼から身を離す。
 天音のパートナーのドラゴニュートブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、戦列の後方から火術を放つタイミングをうかがっていた。しかし見かねた様子で天音に近づいて、砕音に聞こえぬように声を潜めて言う。
「砕音の秘密を探るのもいいが、睡眠不足気味だし疲れているんだろう? あまり強引に事を進めない方がいい」
 だが天音はこの時すでに、後で強引な方法に出るつもりだった。


 襲ってきた薔薇の学舎生徒たちは、砕音を守る生徒たちと比べても、実力に遜色はない。
 さらに、相手がヘルに操られているからと手心を加えようとする防衛側に比べ、襲う側は相手が死傷してもかまわない、と容赦なく攻撃してくる。
 位置取りの有利さも、尋人の突出により前線が前に出て、なかば乱戦状態になったために打ち消されかけている。
 乱戦になると射撃や魔法攻撃は難しくなる。
 砕音は「向こうの階段から回って、後ろを取ってくる」とその場を離れようとする。
「俺も行くぜ」
 緋桜ケイ(ひおう・けい)が言った。砕音と片倉蒼(かたくら・そう)の持つ禁猟区が、より強く危険を知らせた。
「センセーが行くなら、俺も行くぜ」
 ラルクが言う。砕音が彼の手の甲に、自分の右手を重ねて言う。
「いや、ここは俺と緋桜だけでいいだろう。ラルクたちは、ここに残ってくれ」
 だがラルクの頭に、まったく異なる内容で砕音の声が響く。
(緋桜に禁猟区が反応してる。誘いこんで対処するから、俺たちの姿が見えなくなったら、片倉と来てくれ)
 ラルクは驚き、それから驚きが顔に出たのを(まずった)とごまかそうとする。しかしケイが言った。
「先生に置いてきぼりを食ったからって、そんなショックな顔するなよ。戦いが終われば、すぐ合流できるんだからな」
「あ、ああ、そうだな……」
 ケイはラルクの驚きを、別なものとして受け取ったようだ。
 砕音とケイは足早に、廊下の向こうの階段に向かう。ラルクは声を潜めて、蒼に今しがた聞いた事を伝える。

 人気のない階段を、砕音とケイはそっと降りる。
「緋桜は踊り場で待ってろ」
 砕音は一人で階段を下っていき、手鏡で廊下の向こうを見ようとする。
 絶好のチャンスに、ケイは雷術を放った。しかし砕音は、ひらりと廊下に出て壁に隠れる。魔法の雷は、階段の先の壁にぶつかった。
 すかさず砕音が顔と腕だけ壁の陰から出し、驚いているケイに拳銃で発砲する。ケイは一撃で倒れ伏した。
 ちなみに廊下に出た砕音は、そこに飾られた美術品の銅像に身を隠していた。
 砕音はケイに近づき、抱き起こす。弾丸は特殊な物だ。ケイはショックで昏倒していたが、傷は無い。さすがに弾が当たった腹部にアザはできたが。
 そこにラルクと蒼が駆けつける。
「センセー、無事みてぇだな」
「おかげさまでー」
 ほっとした様子のラルクに、砕音は笑顔を見せる。
「禁猟区が役立ってるようで何よりです。まさか緋桜ケイさんが操られるなんて」
 驚きを隠せない様子の蒼に、砕音が言う。
「しばらく目を回してると思うけど、正気に戻ってると思うよ。片倉は彼を保護しておいて」
 ラルクと砕音は、背後からヘルに操られた生徒たちに攻撃をしかける事にする。砕音は、着ていた薔薇の学者の制服の上着を脱いで、シャツの姿になる。
 そして二人は、それぞれ銃をかまえて廊下へと姿を現した。砕音が生徒に向かって叫ぶ。
「こらー! おまえら、何やってんだ」
 砕音の存在に気づいて、操られた生徒たちが彼の方に向かおうとする。階段にあがっていた生徒も、向きを変えて廊下に走り出る。
 それを確認し、砕音は雰囲気を変えて怒鳴った。
「おどれら、いい加減にせんとドタマ、ブチ割るぞ!!」
 そして、鬼眼で生徒たちを睨む。
 鬼眼はローグのスキルで、鬼のような目で睨むことで敵全体に畏怖を与える。
 生徒たちはビビッて、一気に動きを鈍らせた。ラルクが彼らの足を狙って弾丸をバラまく。
 続いて階段にいたベアや真、セシリアが背を向けた彼らに迫る。

 襲ってきた生徒たちは、気絶させられたり、降伏して、全員が捕らえられた。念のために、いったん全員が縛られる。
 ケイが操られたことにショックを受けた研修生もいるようだ。
 そこに学舎に戻ってきた南鮪(みなみ・まぐろ)がやってくる。
「性帝陛下、探した……おおおおおぉ! また女子高生!!」
 鮪はパッと見で、まだ気絶して横たわったケイを女子高生と見間違えた。
 マナが笑顔で、車輪のついたイスを鮪の後ろに用意する。ベアがやはり笑顔で鮪の肩を押してイスに座らせる。鮪は不思議そうに言う。
「んん? なんだなんだ?! 俺のありがたい威光に気づいて、玉座でも用意したくなったか?」
 ベアとマナは二人がかりで渾身の力を込め、イスを押し出した。
「愛と友情のーーー場外ホームラァン!!!!」
「うーわーーー!!! あいしゃるりーたああああああん!!」
 鮪はイスに乗せられたまま、地平線の向こう、ではなく廊下の彼方へとものすごい勢いで飛んで行った。
「う……ん……。うるせぇな」
 ケイがその物音で目を覚ます。
「えっ、なんで俺、縛られてんだ?! ん? あれ? 砕音先生を襲ったのは夢じゃなかったのか?!」
 どうやらケイは正気に戻ったようだ。
 他の襲ってきた生徒も、倒された者は正気に返って目覚めはじめる。
 投降した者も、かわいそうだが正気に戻すためと、メイスなどで殴られて手荒に正気づけられた。


「やれやれ……こんな調子じゃ、いつになったらヘルの所に行けるんだか」
 砕音が携帯電話をいじりながらボヤく。
 知人や蒼空学園関係者などに片っ端からヘル・ラージャについて情報を求めるメールを送ったのだが、かんばしい返事は来ていない。
 それを耳にした黒崎天音(くろさき・あまね)が聞く。
「先生はヘルの元へ向かう気なのかい?」
「そりゃ、この状態で会わない訳には行かないだろ。ここで生徒だけで行かすなんて、ありえないしな。……お?」
 砕音の首に、天音のリターニングダガーが押し当てられる。天音が砕音の腕を押さえこみ、彼に言う。
「君には人質になってもらう。まずはヘルに電話してもらおうか。僕はヘルの電話番号なんて知らないからね」
「さっきから散々かけてるけど出ないんだよな〜」
 砕音は言われた通りにかけるが、やはりヘルは電話に出ないまま、空しく呼び出し音が鳴りつづける。
「さっきから、こんな感じなんだよ。誰か俺以外の携帯からかけた方がいいんじゃないか?」
 砕音がダガーを突きつけられながら、何事もないような口調で言う。
 蒼はハラハラしながら事態を見守っていた。砕音は禁猟区で危険は感知していたはずだ。それは禁猟区を施した蒼自身も、危険を感じ取っていたから分かる。
(先生は知っていて何かするつもりなのでしょうか?)
 ベアなどの生徒のうちで腕の立つ者は、捕まえた者の対処でこの場を離れている。だから天音も動いたのだろう。ラルクがすごい目で天音をにらんでいるが動こうとしないのは、砕音から何か言われているためか。
 天音のパートナーブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が来て、砕音が読み上げるヘルの電話番号にブルーズの携帯を使って電話する。
 今度はすぐにヘルが出た。ブルーズは電話を天音の耳元、口元に持っていく。天音は電話の向こうのヘルに言う。
「君のいとしの砕音先生には人質になってもらったよ。
「はあ?!」
 天音はヘルにかまわず、話を続けた。
「最初にまず、この物騒なヤドカリを引っ込めてくれるかい? そして、ここに居るのは君の隠し事への好奇心でいっぱいの奴らばかりだ。ぜひ事の真相を、望む者に与えて欲しいものだね。それが僕への報酬にもなる」
 ヘルは天音を無視して、電話の向こうにいるだろう砕音に大声で言う。
「おーい、砕音? しょーもないお猿芝居、やめてくんない? 今どきの学生生徒なんかより、砕音のが、ずーっと強いのに人質とか、失笑ものだよ? スライムが大魔王を人質に、勇者を脅してるよーな状況よ、これ」
 砕音が急に弱々しい声で言う。
「本当だ……スキをつかれて……」
 電話の向こうで、ヘルは噴き出す。
「ぷーっ! 君が本当に、万が一にもスキを突かれたら、手加減しそこなって瞬殺でしょーに。はいはい、うそうそ」
 天音がふざけた様子のヘルに、脅しを込めて言う。
「そんな事を言ってると、先生がどうなっても知らないよ?」
「僕も知らないよー。って言うか、君、その声の調子からすると、お猿芝居の共演者じゃなくて、砕音のヘタレかぶりにダマされてる方の人か。お気の毒〜。じゃあ、僕はヒマつぶしに忙しいから、もう切るね」
 止めるのも聞かず、ヘルは電話を切った。リダイヤルしても出る気配は無い。
 砕音が若干、不機嫌そうに言う。
「ヘルって奴こそ、なんだかんだ言って、俺と対面するのを嫌がって逃げ回ってるんじゃないか?」
 そう言いながら、ダガーを持った天音の腕をひねりあげ、みぞおちに一撃を叩きこんだ。天音はその場に崩れ落ちる。砕音の動きは見えず、何の対処もできなかった。

 その後、天音と、念のためにパートナーのブルーズも縄で拘束されて、鍵のかかる部屋に閉じ込められる。ブルーズの天音への心配は増した。