イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

リアクション公開中!

エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

リアクション


第15章 それぞれの陰


 タシガン郊外にある貴族の別荘。
 薔薇の学舎生徒の早川呼雪(はやかわ・こゆき)はぼんやりと外の風景を眺めていた。
 事件の顛末はすでに携帯電話で、パートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)から聞いている。
(俺はなぜ帰らないんだろう……?)
 呼雪は自分自身に問う。監禁されている訳ではない。逃げる気になれば、いつでも屋敷を出ることができた。
(奴の真意や真相が知りたい、理解出来なくとも。仕方のない奴だけど、放っておけないんだよな……)
 呼雪はヘルが戻ってくるのを待ち続けた。

 窓枠に座り、うとうとしていると部屋の中に突然、人の気配が現れる。
「あれ? 待っててくれたんだー」
 ヘルは嬉しそうに呼雪を片腕で抱きしめる。呼雪は彼を見上げ、言った。
「ずいぶんと、やられたようだな」
 砕音に打ち砕かれた右上半身や腕は、すでに再生していた。だが色素がまったくなく、その部分だけ髪も肌も真っ白で、右の瞳も赤い。
 しかしヘルは能天気に、再生部分を指して言う。
「ああ、これ? せっかくだから色を変えてみようかと思ったんだけど、何色にするか決まらなくてねー。とりあえず色素を入れずに放ってあるから、真っ白なんだ」
 ヘルは棚のオブジェの間に、ココにもらったオルゴールを置く。
「ここも新居が決まったら引越さないとなー。まっ、金持ちの一般人を洗脳して差し出させるだけだから、簡単なんだけどね」
 そう言うヘルを、呼雪は悲しげな瞳で見る。
 ヘルは死ぬこともない、いわば不老不死。容貌や外見を望むままに変えられ、人の心を思うままに操ることができる。
(何もかも簡単に手に入れられるが故の虚無なのか……自身の望みも分からなくなってしまったのか……)
 そう考えていると、ヘルに背後の寝台に押し倒された。
「二ヶ月間の苦労がパアになってブロークンハートの僕をなぐさめてよー」
 ヘルは勝手な事を言いながら、呼雪の唇を奪い、服の下に手を入れてなでまわす。
「あっ……」
 呼雪は思わず声をもらすが、少し戸惑ってもいた。
「……俺から……しなくていいのか? さっきは……」
 言いよどむ呼雪を、ヘルは強く抱きしめる。
「さっきはさっき。今は、かわいがりたい気分なのっ。甘くても、めちゃめちゃ気持ちよくさせてあげるからね〜」

 結局、ヘルが宣言した通りになった。
 呼雪はヘルの巧みな動きに翻弄され、甘い声をあげ続ける。無意識に体が動いてしまい、我慢できない。ヘルが彼の耳たぶを舐めながら、ささやく。
「かわいいよ、呼雪。こんなに僕を欲しがって……」
 ヘルは呼雪の黒髪に手をかけ、自分の方を向けさせて唇を合わせる。呼雪は、ヘルがいつになく不安げな瞳をしているような気がした。
 ヘルが身を震わせて、呼雪にぎゅっと抱きついてくる。体内に熱いモノを感じて、呼雪はヘルの名前を何度も呼びながら自身も登りつめていく。
 この時だけはヘルが自分を必要としているような気がして、呼雪はなぜか、それが嬉しかった。


 暗い室内に、呼雪の歌声が優しく響く。
 急場で楽器を用意する時間もなかったので、せめて子守唄を歌い聞かせる事にしたのだ。
 ヘルがベットに寝転がったまま、呼雪を見上げて言う。
「ねえねえ、呼雪さぁ、僕の愛人にならない?」
「いきなり、ふざけた事を言い出すな」
 相変わらず呼雪の返事は冷たい。ヘルはシーツに「の」の字を書きながら言う。
「え〜、イイと思ったんだけどなー。……気が変わった時にそなえて、白輝精に連絡できる電話番号は教えておくよ」
「鏖殺寺院幹部の番号か。当局に教えるぞ」
 ヘルはシーツにつっぷした。
「ぶ! なんて事をたくらむかね、君は。一応、その番号もまず部下の部下が振り分けて、マズイ奴が接触してこないように対策は練ってるからね」



 倒れた砕音は、タシガン市内の病院に運び込まれた。ここでは地球や空京の病院に比べると、魔法による治療が主となる。
 砕音には、高位の魔術師や聖職者による魔法薬や術が施された。それにより危険な状態は脱したが、彼の意識は戻らない。容態も芳しいとは言いがたい。
 タシガンの医師たちには、砕音の病は解明できなかった。できる処置はすべてしたので、後は彼自身の回復力頼み、という状態だ。

 病室。魔法陣の中に置かれたベッドに、砕音が寝かされている。ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が彼に付き添っていた。
(目ぇ覚ましてくれよ。俺はセンセーに伝えたい事があるんだ……)
 ラルクは砕音の手を取り、ぎゅっと握った。その脳裏に、ある風景が広がる。

 そこは重苦しい闇が広がっていた。
 上下左右、全方向が暗闇におおわれ、平衡感覚がつかめない。
 気づくとラルクは、そんな闇の中に立っていた。
(なんだ、ここは? えらく真っ暗だぜ。……おっ、灯かりか?)
 闇の中に一点、青い輝きがある。上下に細長い光だ。
 近づいてみると、それは細長い窓だと分かる。青は、窓のほとんどを埋める青空だ。輝く陽光がまぶしい。
 目をこらすと、その窓の下の暗がりに何かある。ラルクはさらに窓に近づいた。突然、「何か」の見当がつき、最後は駆け足になる。
 それは幼い子供だった。体を丸めて横になり、動く気配が無い。
「ボウズ、どうした?! ……うぉ?」
 子供を抱き起こそうとしたラルクが戸惑いの声をあげる。
 その子は4、5歳程の少年で黒髪。痩せて、やつれた様子だ。呼吸も弱々しい。左足首には足輪がはめられ、周囲の闇が凝ったような暗黒の鎖につながれている。
 苦しげに目を閉じたままの少年の容貌に、ラルクは見覚えがあった。
 砕音が携帯電話に保存していた家族写真。そこに写った幼少期の砕音に、窓の下の子供は酷似していた。ただ写真に比べて、さらに幼い。
 ラルクは改めて考えてみる。
(こいつぁ……精神世界とか心象風景とか……砕音の心の中って事か?)
「おい、センセー。目ぇ開けてくれよ。迎えに来たぜ」
 ラルクはそう言いながら、少年を揺する。その動きで少年のシャツがはだけた。服のボタンが取れたままだったのだ。血色の悪い肌に、アザや火傷がいくつもある。火傷は、タバコを押し付けてできたものだろう。
(そういや親に虐待されたって言ってたな……)
 ラルクを大きく息を吐く。そして先程から何か嫌な感じのしている、少年をつなぐ鎖に手を伸ばす。
「あちッ?!」
 ラルクは手に痛みを感じ、反射的に引っ込める。
 改めて観察すると、鎖からは非常にまがまがしい力を感じた。少年の足首にはめられた足輪は肌に密着し、足に溶け込んでいるように見える。
 対して暗黒の鎖が伸びる先は、得体の知れない闇に消えている。いや、むしろ闇につながっているのかもしれない。
(どうすっかなー?)
 ラルクはあぐらをかくと、少年を抱き上げる。あやすように抱いていると、先程は苦しげだった少年の表情が、しだいに安らかになっていく。


 突然、世界が戻る。
「おお?!」
 ラルクが驚いていると、握ったままだった砕音の手が動いた。
「目ぇ醒めたか、センセー」
「んん……。……これ、まだ夢か?」
 目を開けた砕音はまだ、ぽやんとした表情で言う。

 目覚めた砕音に、付き添う生徒たちが彼が倒れた以降の事を説明する。
 行方不明だった生徒も連絡がつき、瀕死で救助された者も命は助かったと聞いて、砕音は安心したようだ。
 また、この病院の医師が砕音の病が分からずに困っていた事も聞き、彼は観念した表情で語り始める。

「……これは病気というより後遺症だからな。
 俺には昔、アナンセの前に守護天使のキュリオっていうパートナーがいたんだ。あいつは俺にとって、親であり兄弟であり親友であり恋人だった。
 仕事もキュリオと一緒で、アフリカに派遣されたんだけど……。あいつはバリバリ働いて飛び歩いてるのに、俺はろくに学校の子供の相手もできないし、すれ違いばかりの生活で。
 NGOで学校の先生をやっていたルイーズって女性教師に悩みを相談しているうちに、いい雰囲気になって……キスぐらいはする仲になってた。
 キュリオは彼女に嫉妬したのか、ゲリラが学校を襲うのをワザと見過ごしたんだ。そのせいでルイーズはゲリラになぶり殺しにされ、子供たちも駆けつけた政府軍とゲリラの戦いに巻き込まれて死んだ。
 後になって、それを知った俺は、キュリオを問い詰めたんだけど……。あいつは『あの事件が起こったせいで、僕たちが支援する政府軍が国際世界のお墨付きを得てゲリラを掃討できるからいいじゃないか』って言ってね。そもそもゲリラを生んでるのは、その政府による民族浄化のせいなんだけど……。
 それをキュリオから聞いた俺はブチ切れて、何かわめき散らしながら、あいつを銃で撃ちまくったんだ。あいつ……抵抗もせずに、悲しそうな顔をしながら死んだ。
 俺は、パートナー殺しさ。
 だから、これはパートナーが死亡した後遺症。中にはショック死するケースもあるって言うけどね。魂のレベルで傷が付いてるとも説明された。俺はそこに精神的なショックも入ってくるから、ややこしいんだ」

 砕音が言葉を終えると、病室がしんとなる。砕音は困った様子で言う。
「えー、お葬式じゃないんで、こう湿やかな雰囲気になってもな。イタイとか重いとか、つっこんでみなさい」
 それに、ラルクが何か言いたげだ。周囲の生徒たちは、それを察して「用事を思い出した」などと言って病室を辞する。
 砕音だけは理由が分からず、きょとんとしている。
「潮が引くように人がいなくなったな?」
 ラルクは意を決して、口を開いた。
「俺、人質になっちまって迷惑かけといて、こんな事言っていいのかどうか考えたんだけどよ……。やっぱりセンセーの辛そうな顔見たくねぇし……恋愛しないってのは悲しすぎるからよ。
 改めて言うぜ。俺はセン……砕音が好きだ。付き合ってくれ!!」
 ラルクの声が、病室に大きく響く。砕音はびっくりしたようだ。
「ま、待て待て、ラルク。おまえが人質に取られたのは俺の責任だぞ。それに今も言った通り、俺はイタイし、重いし、怪しいし、裏で何をやってるか分かんないぞ? おまけにパートナー殺しだしな」
 砕音は及び腰だが、ラルクは諦めなかった。
「いいか? 俺は砕音がどんな存在であろうが受け入れるつもりだぜ?」
 その言葉に、砕音は思わずラルクを見上げる。心をわしづかみにされたような気がした。
 砕音はどんな顔をしていいか困り、また下を向く。
「……その、俺なんかでいいなら……お願いします」
「好きだぜ、砕音!」
 ラルクは思いきり、砕音を抱きしめた。
 二人はしばらく、そのまま抱き合っていたが、砕音がふと言う。
「……ドアの向こうに、ものすごーく人がいるような気がするのは俺だけか?」
「セ、砕音がそう感じるなら、確かにいるんだろーな」
 二人に言われて、壁の向こうから、あわてた気配が伝わってくる。ラルクがドアに向かうと、バタバタと足音が遠ざかっていく。砕音は思わず、ふきだした。
 ラルクはその笑顔に少々安心しながら、砕音に言った。
「そうだ、砕音、何か食うか? 意識が無い間、なんも胃に入れてないからな。今、抱きしめた時に、ちょっと薄くなっちまったような気がしたぞ。何か食べるモン、買ってこようか?」
「言われてみれば、そうだな。頼む」
 ラルクが買物に出ていくと、入れ替わるように、ラルクのパートナーアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が病室に入ってきた。
「すまないな。迷惑だったら無視してもいいからな? まぁ、それでもいいって言うんだったら……よろしく頼む」
 ラルクの育ての親に頭を下げられ、砕音はあわてた。
「いっ、いや、俺の方こそ、こんなのでよければ……。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします……」


 意識が戻って自分で食事が取れるようになると、砕音はすぐに回復した。
 薔薇の学舎に戻ると、残っていた罠の授業を行なう。

 そして研修が終わり、研修生と砕音が自分たちの学校に戻る日が来た。
 授業で使った金ダライなどの備品用コンテナを乗せた馬車は、すでに飛空艇の船着場に向けて出発している。
 研修生一行を見送りに集まった薔薇の学舎の生徒たちの中から、【ワルドゥティーン】の藍澤黎(あいざわ・れい)が砕音の前に進み出る。
「以前、パラ実生に逆らって仕返しを受けるのが怖いのか、などと文句を付け、申し訳なかった。教師としても人としても、色々教わりました。短い間でしたが、貴殿に教えを受けられて光栄でした」
 砕音は照れて困ったように笑う。
「いやいや、俺の方こそ色々と実力不足で、皆に助けられたよ。こちらこそ、ありがとう」
 黎と砕音は固く握手をした。


 そして研修生たちが去り、薔薇の学舎も夏休みを迎えた。




担当マスターより

▼担当マスター

砂原かける

▼マスターコメント

 リアクション完成が大変に遅くなってしまい、皆様にはご迷惑、ご心配をおかけいたしました。誠に申し訳ございません。

 当シナリオはシナリオ段階では、バロム、シモン、智彦、ヘル、タシガンの一般市民大勢に死亡の可能性があったので、誰も死亡していないことに驚いております。

 今回、GAのティアーズ・ブレイド、荒ぶる鋏、ワルドゥティーン、戦乙女の手作り弁当お届け隊、縞騎士中隊に参加された方には、それぞれのグループ名の称号をお付けしていますのでご確認くださいませ。

 また念のために注意させていただきますが、他のシナリオでは爆弾やそれに関連する物を当シナリオのように簡単に手に入れる事はできません。
 特に「罠の授業で使う爆薬を学校で仕入れて〜」というアクションはまず間違いなく失敗するはずですので、ご注意ください。砕音が大量の爆薬類を持っていた事の方が、異常です。

 なお砕音とヘルは、8月末に開始予定の私が担当する別シナリオにも登場いたします。今回シナリオでできた人間関係は、引き続きそちらのシナリオでも適用されますのでご注意くださいませ。