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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
 
NONA.闇の両手
 
 
「それじゃ、よろしくお頼みします」
 荒巻さけは、日野晶とともに、そう言って蚕の繭玉をさしだした。中に蛹は入っていないので、重さとしては見た目よりも軽い物だ。
「分かりました。任せてください」
 受け取ったジーナ・ユキノシタが答えた。
「行きましょう、ガイアスさん」
「うむ」
 うながされて、ガイアス・ミスファーンは力強くうなずいた。
 かなり緊張した面持ちで、二人だけで街路を進んでいく。彼らの役割は、バイヤーとの接触だ。その上で、ブローカーの所へ案内させ、一気に全員で踏み込む作戦であった。そのままブローカーを捕まえて懲らしめた後に、すべての悪事を白状させて改心させるという筋書きだ。
「あれが、そのバイヤーのようですね」
「そうであろうな。では、行くぞ」
 バイヤーらしき男を見つけた二人は、意を決して男に近づいていった。
「おい、そこの」
 ガイアス・ミスファーンが声をかける。
「魔糸の材料を買ってくれるというのはあんたか」
「なんだ、お前は」
 厳ついドラゴニュートにいきなり声をかけられて、バイヤーが警戒しながら答えた。
「いや、すまない。無粋な連中とのつきあいが長かったものでな。人あたりが乱暴なのは謝る。今までいろいろな商売に手を染めてきたものなのだが、それで、あんたたちの商売にも興味を持ったというわけでな。手土産といってはなんだが、蚕の繭を売りたいという客を連れてきた」
「客ではありませんよ。私も、お金が欲しいのですから。ああ、私は彼のパートナーです。最初は、繭を売るだけにしようと思ったのですが、それならば仲買をした方がいいんじゃないかということになったのです」
「まあ、そういうことだ。彼女は顔が広いので、他の学生をいくらでも紹介することができる。ああ、もちろん、今回のこの繭はあんたにさしあげよう。親分への売り方を見せてもらえれば、今後の参考にもなるしな。なんなら、客の何割かは優先的にあんたに紹介してもいい。とても一人で全部捌けない人数になりそうなのでな。とりあえずは手付けだ、受け取ってくれ」
 ガイアス・ミスファーンは、男の返事を待たないで、ジーナ・ユキノシタから取りあげた繭玉を先に投げ渡した。
「ふーむ。いいだろう、ついてきな」
 たっぷりと悩んでからバイヤーは答えた。
「決定は、ブローカー様が決めてくださるだろう」
 そう言って、バイヤーは歩きだした。どうやら、すべてを仕切っているのはブローカーらしい。決定権も、その者がにぎっているようだ。
「移動を始めたようですよ」
 空飛ぶ箒に乗った御宮 万宗(おみや・ばんしゅう)が、荒巻さけたちの所にやってきて告げた。そこには、今回「市場の理」と名乗ることにした一団がほぼそろっている。素材を採りに行った何人かが戻ってきてはいないが、待っている暇はなさそうだ。
「ジーナさんたちは、俺とマナさんが尾行しますから、しっかりとついてきてください」
 そう言うと、御宮万宗はまた空中に戻っていった。身体の小さいマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が敵に気づかれにくいだろうということで、メインでジーナ・ユキノシタたちを空飛ぶ箒で追っていく。それを御宮万宗が追い、それを本隊である荒巻さけたちが追っていくという手順だ。
「では、出発しますわよ」
 荒巻さけに言われて、日野晶、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が無言でうなずいた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 そのころ、周藤鈴花も別のバイヤーと接触していた。かかえるほどの綿花に、すぐには払う金がないと言うバイヤーに詰め寄る。
「いいわよ。だったらこっちは別の人にこれを売るだけだわ」
「それは困る……。分かった、直接ブローカーの所に案内するから、ついてこい」
 大量の取引を逃すことをためらったバイヤーは、周藤鈴花にそう言った。
 やったなと、ルーツィンデ・クラウジウスが物陰に隠れたままサムズアップを送る。二人は、彼女たちだけでブローカーを捕まえるつもりだった。本来は、単純に綿花を売りつけた後、バイヤーがブローカーの所に行くのを尾行する予定だったのだが、直接案内してくれるのならその方が楽だろう。アジトさえ突き止められれば、攻略法はいくつかあるはずだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 二組の学生たちがそれぞれの思惑で動く少し前、茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、町中の一角にあるブローカーの大きな屋敷にすでに入り込んでいた。街角で見つけたバイヤーを吸精幻夜で支配して案内させたのだ。
 広間かと思うほど広い吹き抜けの部屋は、エントランスと一体となっていて、受付然とした事務机が一つあるだけの場所だった。装飾品といえば、机の背後にある巨大な水槽と、天井から下がっている金属製の球体で飾られたシャンデリアぐらいしかない。ひどく殺風景で倉庫っぽい建物ではあるが、闇取引をする商人の倉庫兼商談場としてなら、それらしいと言える物なのかもしれない。
「というわけで、あたしたちと手を組めば、ボロ儲け間違いなしなんだよ」
 ブローカーの使っている大きな事務机に座ってめいっぱい大人ぶりながら茅野菫が言った。
 彼女は、自分が仲買となってイルミンスール魔法学校の購買部との直接取引をブローカーに持ちかけたのだった。複雑な仲買をすっ飛ばして、最大の顧客であるイルミンスール魔法学校と取引すれば、粗利はかなりの物となるはずだった。もし、ブローカーがその話に乗ってくれば、茅野菫としてもボロ儲けだ。
「うーん、魅力的な申し出ではありますが……」
 ブローカーと呼ばれている若い男は、困ったように語尾を濁らせた。
 バラクーダや虹色貝の入った巨大な水槽の前に座るブローカーは、悪徳商人だということなのでどんな太った親父かと思われていたが、実物はなかなかに美形の青年だった。綺麗に整えた短めの銀髪は細くて色が薄く、ちょっと線の細い顔立ちは優男という第一印象を与える。だが、よく見れば、無駄な贅肉のない、鍛えられて均整のとれた身体だということが分かるだろう。
「不服なの?」
「まあ、そうですねえ……」
 訊ねる茅野菫に、青年は手練れの商人らしく、簡単には言質(げんち)を与えなかった。
「もう少し、リベートか何かが欲しいということかしら。でも、長い目で見ればかなりお得な取引だと思いますが」
 青年の態度に少し苛ついたパビェーダ・フィヴラーリが言い添えた。
 どう答えたものかと青年が考えあぐねているところへ、ジーナ・ユキノシタたちを連れたバイヤーと、周藤鈴花たちを連れたバイヤーが同時に入ってきた。
「これはこれは、突然のお客さんとはいえ、ずいぶんとたくさんのお土産をお持ちいただいたものだ」
 机の上にうず高く積まれた繭玉と綿花を見て、ブローカーの青年が言った。
 立て続けに部外者がやってきたことを、あまり快くは思っていないようだ。学生たちを案内してきたバイヤーたちの説明を聞いた後で軽く彼らを睨みつけると、壁際に控えている茅野菫たちを案内してきたバイヤーのいる場所へと下がらせる。
 机の上から追い払われる形になった茅野菫は、パビェーダ・フィヴラーリとともにいったん後ろへ下がることにした。意図しない形で、ジーナ・ユキノシタたちと一緒にならぶことになる。
「さて、商談を再開したいんだけどさあ」
「それは難しいかもしれないな」
 仕切りなおそうとする茅野菫に、青年は冷たく言い放った。
「なぜよ」
「君は、大きな勘違いをしているようですからね。それは、他の人たちも似たり寄ったりといったところですか」
 聞き返す茅野菫に、ブローカーはきっぱりと答えた。
「それに、私のことをいろいろと調べてもいたようですね」
 そう言うと、青年は灰色の瞳でジーナ・ユキノシタたちを見た後、バイヤーの男たちを睨みつけた。
「けじめは、つけなくてはいけませんか」
 そう言うと、青年はパチンと指を鳴らした。
 その音にシャンデリアについていた金属球がバラバラになった。だが、二〇個ほどのピンポン球大の金属球は床に落ちることはなく、まるで生き物のように宙を飛び回り始めた。
 クイと、青年がそろえた指先を横に振った。
 ランダムに宙を舞っていた球体のいくつかが流れるように動き、バイヤーたちの周りを立方格子状に取り囲んだ。
「何を……」
 するのかとバイヤーたちが言いかけるのを、青年は最後まで許さなかった。
「消えなさい」
 球体で囲まれた空間に目も眩む閃光が走った。思わず、学生たちが目をかばう。視界が戻ったとき、バイヤーたちの姿はどこにもなかった。ただ、かつて人間だった物の灰が、床に少し残っていただけであった。
 思わず、女性たちの口から悲鳴があがった。
「まずい、もの凄くまずいです!」
 空飛ぶ箒に乗って高窓から中の様子をうかがっていた御宮万宗が、真っ青になって荒巻さけたちに突入の合図を送った。
「いきますわよ、皆様」
 荒巻さけの号令一下、外に待機していた全員が中に突入した。
「控えろ、控えおろう。そこな闇のブローカー、もうどこにも逃げ場所はないのだぞぉ。おとなしく、お縄につけえぇい」
 マナ・ウィンスレットが、時代劇がかった口上を述べた。計画では、ここでブローカーがへへーっと平伏するはずであったのだが。
「やれやれ、これだから地球などという毒に汚染された者どもは……」
 嫌悪するように、青年は小さくつぶやいた。
「ははははは、叱正(しっせい)の騎士クロセル・ラインツァート現形(げんぎょう)!」
 クロセル・ラインツァートが、名乗りをあげて一歩前に出た。
「さあ、もう観念して、ため込んだ魔糸の材料を市場に返してもらおうか」
「ああ、それは無理な話ですよ」
 クロセル・ラインツァートの言葉に、青年は素っ気なく答えた。
「何を言ってるのよ。ずいぶんとため込んで、市場価格をつり上げてたんじゃないの。どうせ、今目の前にある糸だって、値上がりするまで倉庫にしまい込むつもりなんでしょう。分かってるんだもん。さあ、全部出しちゃいなさい。どこにしまってるの?」
 カレン・クレスティアが、すべてお見通しだとばかりに言った。
「この糸ですか」
 そう言って、青年が軽く綿花と繭玉の上に手を翳すと、一瞬にして青白い炎が机の上の糸をつつみ込んだ。
「そんな、燃えてしまうではないか」
 ジュレール・リーヴェンディが言うまでもなく、糸はすべて灰になってしまった。
「そう、だから在庫などという物は残ってはいないのですよ」
 青年は、そう言って軽く肩をすくめた。
「いったい何を考えているのよ」
 ブローカーの意図がまるで理解できなくて、カレン・クレスティアは叫んだ。
「まさか、証拠を隠滅して逃げる気では……」
 ジュレール・リーヴェンディがつぶやく。
「逃がすかあ!」
 突然、高窓を破壊して、空飛ぶ箒に乗った御宮万宗が飛び込んできた。
「召雷!」
 奇襲を最大限利用して、一気にブローカーを捕まえようとする。だが、放たれた電撃は、青年を守るようにして飛び交う球体に吸収されて消滅してしまった。
「そんな!」
 愕然とする御宮万宗の箒の柄を、横から鉄球が激しく打ち据えた。激しい衝撃とともに、完全にバランスを崩された御宮万宗が、きりもみしながらルーツィンデ・クラウジウスの上に落ちてくる。
「きゃっ」
「危ない!」
 しゃがみ込んだルーツィンデ・クラウジウスの前面にディフェンスシフトで飛び出したクロセル・ラインツァートが、なんとか御宮万宗を受けとめて二人を守った。
「一斉攻撃しましょう!」
 荒巻さけの言葉に、一同は同時に火球を放った。この人数の攻撃を耐えきる者はいないと思われたが、室内をヒュンヒュンと音をたてて高速に飛び回る球体が、雷撃同様、火球もすべて吸収消滅させてしまった。それどころか、ジグザク状に高速移動しつつ、学生たちに襲いかかってきたのだ。
「みんな、下がってください!」
 スウェーで球体をなんとか弾きつつ、日野晶が叫んだ。
「いったん外へ退却しようよ」
「そうはいきませんよ」
 パビェーダ・フィヴラーリが玄関へむかうのを見て、ブローカーの青年がすっと手を翳した。音をたてて、建物中のドアや窓などの開口部が閉ざされる。
「ならば、我の強力(ごうりき)で」
 ガイアス・ミスファーンがドラゴンアーツで玄関の扉を破壊しようとしたが、素早く扉前に移動した球体が、彼の拳の一撃と衝撃波を中和し、あまつさえ跳ね返してみせた。自分の技を食らって、ガイアス・ミスファーンが後ろに跳ね飛ばされる。その瞬間、彼の身体から細かい光の粒子が弾け飛んで、そこにいた学生たち全員に降りかかった。
「大丈夫!?」
 なんとか受け身をとって他の者を巻き添えにすることを防いだガイアス・ミスファーンに、ジーナ・ユキノシタがあわてて駆けよった。追撃をかけてこようとする球体を、なんとか受け流して食い止める。
「おや、少しおかしいと思ったら、そういうことですか」
 ガイアス・ミスファーンの背中に呪符の跡を見つけて、青年が顔をしかめた。
「無指向性の範囲魔法なら、消し去ることは無理よね!」
 カレン・クレスティアが、アシッドミストを唱えようとした。それを察知して、球体が殺到する。
「邪魔はさせぬぞ」
 ジュレール・リーヴェンディが、巧みに剣を操ってカレン・クレスティアを守りきる。
「王水よ、飛散せよ!」
 カレン・クレスティアは、最大濃度でブローカーの周囲に酸を叩きつけた。直撃なら、骨も残らないだろう。
 だが、酸の霧のむこうで、立方格子状に整列して回転する球体の作りだすバリアに守られた青年は、まったくの無傷だった。球体の回る範囲以外は、机も床もどろどろに溶かされて有毒の白い煙をあげている。
「まったく、どうして、あなたたちコントラクターは、こうも傍若無人なのか。理解に苦しむ存在ですね」
 疎ましげに、青年が学生たちを睨みつけた。さっと腕を一振りして、酸の作り出したガスを消し去り、床の酸を中和して無害化する。
「少し、お仕置きしますか」
 球体の攻撃スピードがさらに上がった。
「くっ」
 マナ・ウィンスレットをだきかかえるようにして守るクロセル・ラインツァートが、球体の攻撃を防ぎきれなくなって激しく脇腹を痛打された。他の者たちも、男女の区別なく、容赦なく球体に打ち据えられていった。だんだんと追い詰められ、部屋の中央に集められる。そこで、やっと敵の攻撃が止まった。とはいえ、一箇所に押し合うように集められた学生たちの周りを、威嚇するように球体が飛び回っている。気を抜けば、また襲いかかってくるだろう。
「くそう、貴様はいったい何者なのだ。なぜにこのようなまねをする」
 ガイアス・ミスファーンが、青年にむかって叫んだ。
「私ですか、私はそう……」
 青年はどこからか黒曜石でできた鏡のような仮面を取り出すと、それを顔につけた。大きく腕を振った後に漆黒のフードつきローブが現れ、頭から足の先まですっぽりと覆いつくす。
「侵略者を排する、パラミタの意志とでも思ってください。制服が手に入らなくなり、魔法防御が低下すれば、少しはおとなしくなると思ったのですが……。あなたたちには、もっと直接的な警告の方がよさそうですね。さて、ここで消えていただいてもいいのですが、なかなかいろいろとしぶとそうですし、今は一つの畏怖を持ち帰ってもらうのも面白いかもしれません。恥辱にまみれるのも、また一興でしょう」
 仮面のせいで少しくぐもった耳障りな声でそう言うと、青年は、ローブの中から両手を出して広げた。そのてのひらの少し上に、赤と青の球体が浮かびあがっている。
「さて、これなるは、凛々しき青に楚々たる赤。いつか、この二つがあなたたちの破滅となるやもしれません。我が名はオプシディアン。ゆめゆめ、この名をお忘れなきように。では、いずれまた」
 そう言うと、青年は大仰な仕草で深々とお辞儀をした。次の瞬間、まるで最初からそこには誰もいなかったかのように姿をかき消してしまった。
「逃げたの!?」
 カレン・クレスティアが叫んだ。直後に、彼女たちの周囲を包囲していた球体が粉々に砕け散って消滅した。最後に出現した赤と青の球体も割れたが、こちらはその後に青と赤のゲル状の物体が残って空中に浮かんでいた。
「もしかして、あれはマジックスライムなんじゃ……」
 周藤鈴花が、悪夢を思い出してつぶやいた。そのとき、赤と青のスライムが、空中でぶつかり合った。そのまま混ざり合って、紫色のスライムとなる。次の瞬間、それは爆発的な増殖を起こして、建物の中を埋め尽くしていった。