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リアクション
「消えちゃった……」
ミレイユは残念そうに呟いた。
「はい……消えましたね」
シェイドが静かに答える。
「あの子と、仲良くなるつもりだったんだけどな。すんごい怖い話とか知ってたら教えてもらって」
「怖い話ですか……」
「だってさ──」
振り向いたミレイユの視線が、シェイドに向けられたまま固まる。
「な、なんですか?」
「ううん……ずっと思ってたんだけど、やっぱり似合うなぁ。ワタシが着るより合ってるんじゃない? それ」
「ばっ、馬鹿なこと言わないで下さい!」
(何故、こんな事に……)
百合園の制服を制服マニアの人からわざわざ借りてやって来た。
よくよく見なくても、自分の学校の制服のままで来ている学生がそこかしこにいる。
そんな人とすれ違うたびに、脱ぎたいとずっと思っていたのに。
しかし、もう遅い──
「早く帰って着替えよう……」
泣きたい気分を堪えて、シェイドは大きく溜息をついた。
鞠を戻したおかげで少女の怒りが治まり、憑依されていた生徒達は我に返った。
「……え?」
座布団の力が弱まっていく。
次第に床が近づいて来て……未沙は慌てて座布団から飛び降りた。
「ざ、ざぶ! ざぶさん!! どうしたの? しっかりして!」
まるで息も絶え絶えなペットが、最後の力をふりしぼって、ご主人に別れを告げるような感覚。
「いや、行かないで!」
「お姉ちゃん、こっちも!」
「こっちもです!!」
未羅も未羅も、悲鳴に似た声をあげた。
未沙は座布団を抱きしめた。
わずかに感じられる反発が、まだ生きている証拠だ。
「ざぶさん! 楽しかった! これからもずっと一緒にいたいよ!」
なんと。
座布団に乗っていたほとんどの生徒達が、同じような台詞を口にして、自分の世界に浸っている。
「いかないで!」
やがて。
反発は無くなり、力の抜けた普通の座布団へと戻ってしまった。
「ざ、ざぶ……?」
未沙の目から、わずかばかりの涙がこぼれる。
「ざぶ〜〜〜〜〜!!!」
座布団チームが泣き崩れる。
が。
その光景を傍で見ていた他の生徒は、ただただ呆れて──
「熱くなるのはいいけどさ……ただの座布団じゃん」
「それ……色んな人がお尻に敷いてたんだよ?」
「ここ結構長いし、座布団の交換はいつしてるのか分からないから、あんまり抱きしめない方がいいよ」
「ダニがいたりして」
その言葉に、皆は一斉に座布団を投げ放した。
「ふぅ〜〜いけないいけない、ちょっと騙されたわ」
「これも霊の仕業ね」
「怖いわ……憑依現象って。心を持っていかれる……」
あまりの手のひら返し、変わり身の早さに、見ていた者達は苦笑した。
「あれ? 座布団が動かなくなっちゃったよ」
夜麻が驚いた声を出す。
「聞いてなかったのか、ヤマモト。もう事件は解決したみたいだぞ、怨念の仕業ってヤツか……ね。怨念…怨念がここにおんねん…」
「…………」
「待て、違うんだ、お約束だろこれは! 誰かが言わなきゃならないことなんだよ!!」
「どうでもいいよそんなこと」
「ど、どうでもいいって……!」
「僕は事件を解決しに来たんじゃなくて、怪談と怪奇現象を楽しみに来たんだもの。ってゆーか、解決させちゃったの? もったいない」
「本当だよね、もうちょっと乗っていたかったよ」
ファニーが唇を尖らせる。
「大丈夫ですか……急にすとんって落ちたから、痛くなかったですか?」
「全然平気!」
フィールに満面の笑みを向ける。
ファニーは立ち上がると、座布団が落ちて乱雑に並んでいる座敷部屋を眺めた。
「……楽しかった」
「そうだね」
夜麻も感慨深そうに呟く。
またこんなチャンスは訪れるんだろうか?
宙に浮く感動──小さな世界での危険なバランス操作。
「どこのゲームセンターのアトラクションより最高だった!」
ファニーの言葉に、フィールは可笑しそうに笑った。
「──もう終わりですか……」
ガートルードは吐息をもらしながら呟いた。
「その様じゃのう……ちと残念じゃが」
シルヴェスターが座布団を名残惜しそうに見つめる。
「久しぶりに汗をかきました」
「本当に」
目を閉じれば、さっきまでの夢のような時間を思い出すことが出来る。
「あ〜ぁ、座布団がバラバラですね」
「そうじゃのう」
「後片付け、始めますか」
「遊んだ後はきちんと片付ける、これ世の常識じゃ」
二人は頷いて立ち上がると、座布団を綺麗に並べ始めた。
「これで夜話会が問題なく開催されるんですね……」
ヴァーナーは、部屋の隅にぺたんと腰を下ろしてほっと息を吐いた。
「良かった……あれ?」
ふいに。
誰もいないと思っていたすぐ隣に、人の気配を感じ──
驚いて顔を上げると、そこには服が破られ、血で赤く染まった桜の姿が浮かび上がっていた。
ヴァーナーに向かって不気味な笑みをもらす。
「はわっ…はわっ……はわわっ………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
桜はゲラゲラ笑いながらその場を後にした。
「ぽぽ…ぽぽっぽっっぽっぽ〜ハトぽっぽ〜…♪」
残されたヴァーナーの精神は、限界を超えた……
「あ、桜ちゃん!」
走り去っていく知り合いの桜を見つけ、ルカルカは声をかけた。
「え? 誰か知ってる奴か?」
振り向いたダリルの目には、血だらけのサイコな恐怖が──
「ぎいやああああああぁあああぁ!!」
「ちょっ、失礼でしょ? ルカルカの知り合いだよ?」
「──ぁあぁぁあああああ……って知り合い?」
「そう!」
「そ……そうなのか…?」
ダリルは走り去った桜の姿を思い出し……ブルっと身体を震わせた。
講堂から出た所で、アルトと着ぐるみ桜が待っていた。
「上手くいきましたわ。光学迷彩も、赤い塗料も、自分の服をわざわざナイフで破ったことも!」
嬉々として語る桜に、アルトが微笑しながら言った。
「こんなことで少しは気が晴れましたの?」
「え?」
「いいえ、……むしろ桜ちゃんは悲しいはずですわ。本当はあの中で自分も談笑したかったのに、そんな…惨めな姿なんですものね?」
「………」
「桜ちゃん…惨めですわ。惨め。惨め、ミジメナンデスワ! ゲハゲハッ、ゲッゲハッゲッ…」
咳こみながら、着ぐるみ桜も責め立てる。
「そ……そんな、虐めなくたって……うぇえぇえええぇえ〜ん」
ぼろぼろの姿で、更にぼろぼろになりながら桜が泣き出す。
「……でも、わたくしだけはいつも桜ちゃんの友達なんですわよ……。ね?」
「アルト……!」
微笑みながらアルトが桜を優しく慰めた。
悪魔の心を隠しながら──
「これで本当に終わったの?」
有栖は呆然としながら呟いた。
「終わったみたい……ですわね」
ミルフィが微笑しながら言う。
「……」
「? どうしたんですか?」
「えっと……その、さっきは、ごめんなさい」
「……さっき? 何か謝られるようなことされたんですか?」
「うぇ!?」
「何をなさったんですか?」
恥ずかしがって真っ赤になる有栖を見ていると、抱き締めたくてたまらない衝動にかられる。
「分からないなら、も、もういいです!」
赤くなりながらくるりと背を向ける。ミルフィは有栖の手を掴んだ。
「きゃっ……」
「さあ帰りましょう! 本番は明日ですね、楽しみですわ」
満面の笑みを浮かべた。
「いたた……」
身体を起こし始めた百合園お姉さまに気付いて、芳樹と真紀は駆け寄った。
「大丈夫でありますか!?」
「大丈夫かっ!?」
ハモる言葉に、二人は顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべる。
「もしかして、私また……」
生徒は頭を抱えて小さく唸る。
「気にしないで、君が無事に元に戻ってくれたことが、僕の幸せだから」
「え……?」
「自分……少しだけ貴殿に触れてしまいました。押さえるためには仕方なかった……」
「…えぇ……?」
二人は、お姉様に何かを言ってほしい旨を猛烈アピールした。
感謝されたい! 感謝感謝!
「……あ、そ、そう? あ…ありがとうね」
そそくさと。
まるで怯えているかのようにお姉様は離れていった。
「あれ?」
「それほど感謝されない……なぜ?」
「いくら真紀が女性でも、身体に触れたという言葉は何か怪しくて引くんじゃない?」
「あのキモイ台詞、私なら逃げるわ」
サイモンとアメリアの鋭いツッコミに、がくりと肩を落とす芳樹と真紀だった。
◆
「──本当悪かった!」
ピアスが深々と頭を下げた。
原因が自分のせいだと分かったので、申し訳なさそうな顔をする。
しかし──百合園のお嬢様にしては言葉遣いが悪い。
「本当ですよ、せめて何かを借りる時は許可を頂いて、いわくありそうな物は背景を確認して下さい」
「肝に銘じます……」
皆に平謝りしたピアスは、用具室の鞠と巾着の入ったガラスケースの前に、飴玉をいくつか置いた。
きっとお供え物の代わりとでも思っているのだろう。
かなり曖昧で適当のようだが、本人なりに反省しているらしい。
「それじゃあ皆、今日はどうもありがとう。もう何も起こらないと思うよ、きっと、多分」
皆は顔を見合わせて乾いた笑みを交し合う。
「あの〜」
満夜がおずおずと手を上げた。
「明日の夜話会ってどうなってるんですか? 入場券とか」
「…………」
ピアスはにかっと笑った。
「明日の本番、もちろん皆には特等席で見てもらうから楽しみにしてて! 残念ながら座布団はもう宙には浮かないけどね」
「そんなこと分かってますよ〜」
今度は皆、心から声を上げて笑った。
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