リアクション
第五章 本当の恐怖の幕開け
日が暮れる──……いよいよ本番が始まった。
優菜は、カナンと晶と七海、四人で並んで座って夜話会を見ることにした。
「……一件落着してくれて良かった。これでゆっくり怪談話を楽しめるんですね」
隣にいるカナンにだけ聞えるように優菜は小声で話す。
「そう思わない、兄さん──え?」
カナンの様子がおかしかった。
「兄さん震えてる……寒いの? 顔色も悪いような……何か拾い食いでもしたの?」
「そ、そんなわけないだろっ!」
「しーっ! 静かに。何でもないなら最後まで一緒に楽しみましょうね」
「ぼっ、僕はいつも通りだよ! 何でもないに決まってるだろ? う、美しいお嬢さん達の声が聞けるなら喜んで……」
一人目が登場する。
カナンは、自分の顔が青ざめていくのがよく分かった。
心の中で必死に救いを求める。
ちらりと目に入った晶と七海は、楽しげに話を聞いていた。
「やっと…夜話…会…」
晶の目が輝いている。
「忘れ…ない…よう、に…真剣……に…聞く…よ」
しかし。
ものの数分でうとうとし始めた晶に、七海は苦笑した。
優菜が渡してくれたストールを、晶にかける。
「アキはお休みか……今回は色々頑張ったもんね、お疲れ様」
こっそり囁いて顔を上げると。
カナンがガタガタ震えて小さくなっていた。
「……カナンちゃん顔色悪いね。また女の子につられて優菜ちゃんに怒られたの? の?」
(こここここ怖いんだよぉおおおおぉ!)
爽やかな笑顔で尋ねてくる七海に、殺意を覚えるカナンだった。
「すごく楽しそうに話を聞かれるんですね」
満夜がクレイに声をかける。
「怪談話は好きですよ。聞いていて楽しくなりませんか?」
クレイの横顔は、本当に『怪談夜話会』自体を楽しんでいるように見えた。
「無事に本番を迎えることが出来て、この会が開催されることになって、良かったです」
「本当ですね」
まるで楽しい物語でも聞くような目をして、怖い話が繰り出されている舞台をクレイはじっとみつめた。
夜話会は何事も無く始まり、つつがなく進行されている。
「あれ……?」
何故か、ピアスの順番が一番最後、『トリ』に変わっていた。
小道具の鞠を返したがために、代用品が間に合わなかったのか……はたまた何か考えがあるのか……
ピアスが出てきた瞬間、何故か口笛や歓声が上がった。
場の空気が一瞬にして明るいものへと変貌する。
怖い話を聞いているんじゃなかったのだろうか?
ピアスは片手を上げて歓声を静止させると、椅子に座った。
視線を、皆に向ける。
──あれ? そういえば衣装が昨日と違う。もしかして違う話を……?
『まず、今からこの話を聞こうとする人……話を聞きたくなければ、目と耳を塞いで下さい──』
なんだか風変わりな出だしで、ピアスが話し始める。
『……用意はいい? 責任は持たないからね、いいのね、始めるわよ?』
一体、どういう話なのだろう?
これも話の一部なのだろうか? それとも演出の一種?
みんなの頭に「?」マークが飛び交った。
『準備は出来たみたいね。………じゃあ、始めるわよ』
蝋燭の明かり、薄暗い闇の中で、ピアスはもう一度こちらに意味深な視線を向けると、息を大きく吐いて、静かに語り始めた。
『これは……私が地球にいた頃に聞いた話です……』
ピアスの顔は白く、不気味に浮き立って見えた。
『ある大きな家の一室に、誘拐された一人の少年が監禁されていました。
部屋の中は真っ白で、あるのはベッドと机と簡易トイレ、そしてその机の上には、日付が内蔵された時計が置いてありました。
初めはわけもわからず呆然としていた少年ですが、やがて事の重大さを理解しました。
そうです──自分は誘拐されたんだと。
少年は唯一の出口であるドアを必死になって叩きました。
「開けて、助けて」
……と。
ですが、一向に返事はありません……』
ピアスは細く息を吐いた。
『泣き疲れた少年は、いつしか眠ってしまいました。
これは悪い夢だ、明日になればきっと目が覚めて、またいつもの朝がやってくると……
しかし、再び目を覚ましても、状況は変わっていませんでした。
真っ白な壁、高い天井の小さな窓から差し込むわずかな光、冷たくて無機質な──
そして、ドアの下には小さな開閉扉がつけられており、そこから毎日決まった時間に食事が届くのでした。何も語らず、何もせずに。
薄いパン、薄いスープ、同じメニューが毎日毎日……
少年は指で床に文字を書きました。助けてと。
何度も何度も。
しまいには指の皮が剥け、爪が剥がれ、何も写さなかった言葉は、血の文字へと変わっていきました。
真っ白だった部屋には、徐々に色がついていきました。
赤黒い、血の色に……』
話が佳境に進む。
隣のパートナーの腕をつかむ者、耳をふさぐ者、それぞれがそれぞれの行動をとっている。
『10日が過ぎ、20日が過ぎ、少年の体調にも変化が現れ、立つことも困難になってきました。
少年はドアにもたれかかり、ドアノブに手をかけ、回します。
「あけて、助けて…開けて、開けて……」
蚊の鳴くような小さな声で何度も何度も何度も──』
ピアスは、まるで自分がその少年のような口調で語り続ける。
「……苦しい…よ、外に出して、誰かタスケテ……」
『ドアノブに手をかけたまま、少年は息を引き取りました。
誘拐されてから……一月後のことでした』
ピアスがゆっくりと顔を上げる。
『実はこの犯人、精神に異常を来たしている人物で、些細な事で警察の立ち入り調査があり、臭気に気付いた警官がその部屋に入ってみると……見るも無残な……』
ピアスは言葉を詰まらせました。
『それだけでは無いのです。少年が息を引き取るまでの一部始終の映像を、犯人はずっと録画し続けていたのです。
「開けて、あけて……」
消え入りそうな声で囁きながら、ドアノブを握る少年の姿が……』
ピアスが少年の動きをやってみせた。
『……以上で私の聞いた話は終わりです』
その言葉を聞いて、皆の緊張が一斉に緩んだ。終わった。
ほぉっと安堵のため息をもらす。
だが。
『ちなみに──』
「?」
『ちなみに、この話を聞いた人は、少年が監禁されてから亡くなった一ヵ月後の今日、その少年との時間軸がリンクして、何度開けようとしても開くことのなかった少年の部屋のドアと繋がってしまうそうです』
「…………え?」
『その少年との空間が繋がり、部屋から出られた少年は、最初に目撃するあなたを犯人だと思い込んでしまう』
皆はごくりと、唾を飲み込んだ。
『その後は……唯一手に持つことが許された金属、食器用のフォークで目を潰され、崩れた少年の手によって首を絞められ殺害されてしまうとのこと。部屋の中は、まるであの部屋のように血で赤く染まってしまうそうです』
「…………」
「私はこの話を、友達何人かと一緒に聞きました……で、そのうちの一人は、実はもう死んじゃってるのね。
この話とは関係ないと思いたいし実際本当に一月後に起こったかも定かじゃないんだけど、金銭目的の奴に家に入られて……殺されたの。
地元のテレビでも取り上げられたんだけど、室内の様子が一瞬映し出された時に、血痕が目に入って……
血の量は話に比べたら全然少ないけど、後で考えたら、何か関連があるかもって怖くなった。私の所に少年は来なかったけど──…」
ピアスは顔を俯かせる。
「この話は本格的で、ある意味ヤバイから言わない方がいいって……ずっと思ってたんだ」
ゆっくりとピアスは顔を上げる。
「でも言っちゃった、てへっ☆」
ウィンクしながら舌を出した。
「…………………………」
「あぁ! 忘れてた。これには回避する方法があってね、それは──」
その言葉に皆はほっと胸を撫で下ろした。
だが──
ピアスは舞台袖に向かって、急に話し始める。
「え? もうそんな時間? そっか残念時間切れかぁ〜。それでは皆様、私のお話はここで終わりです」
「……」
「尚、今日聞いた怖い話は他言無用。面白おかしく吹聴したりしていると、彼がすぐにでもやって来るよ?
今日から一ヵ月、皆さんの短い命が少しでも良いものであるよう祈ってます。ドアノブ……そうだなぁ、例えばお風呂とかトイレとか……」
ピアスは、わざと一人になりそうな箇所を例に上げる。
「ドアノブが、がちゃがちゃってなったら注意だよ☆ トイレとかお風呂とかトイレとかお風呂とか…──じゃねっ!」
ぺこりとお辞儀をすると、そそくさと舞台の袖に引っ込んでしまった。
そしてピアスはそのまま逃亡。
実家の所用で急いで帰らなければいけないらしい。
高級車が迎えに来ていた。さすが百合園のお嬢様──……って。
「……え? え? ええ?」
会場が一気に明るくなる。
早く帰れ、出て行けと言わんばかりに、会場整理の係りの人が出口はこちらと声を張り上げている。
それはつまり、もうこの件については終わりということで。
つまり回避方法は教えてくれないということで。
「うおおおををぉをおおおぉぉおおををおおおい!!!!!!」
これで終わりかい!!!!!
終演後の皆の突っ込みが、まるで犬の遠吠えのように聞こえた。
皆の心の中に重い重い石を落として、怪談夜話会は終了した───
今回こちらのシナリオを担当致しました雪野です。
夜話会にご参加下さいまして、ありがとうございました。
読み終わられた後、でしょうか?
もしかして……微妙なイヤ〜な気分になられていらっしゃったりしていませんでしょうか?
書いておいて何ですが、私はこの『なる話』が苦手です(笑)。
実はこのシナリオはこれで終わらせる予定でした。
しかしこのまま終わらせるのもなぁ……と思い、話を完結させることにしました。
2回目は、この出来事から一ヵ月後の話になります。
ご参加、ありがとうございました。