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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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【2019修学旅行】穏やかな夜に

リアクション


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「困ってるんです。おやつ代どころか、もう電車賃もないのっ!」
 蒼空学園のあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)は、旅館の受付で従業員に手を合わせて頼み込んでいた。
 彼女はいつもの姿――段ボールを被った姿だった。
 パラミタの貨幣の価値を勘違いしていた筐子は、ここに来るまでの間に、所持金を殆ど使い果たしてしまったのだ。
 このままでは自分の学校の宿にも戻れないし、パラミタに戻ることも出来ないかもしれない。
「中には入りません。門番として使って下さい。百合園女学院とはいえ、契約者が泊まっているとなると、契約者の警備員くらいは必要でしょ?」
「警備の方は白百合団の方が定期的な見回りを行なってくれていますし、当旅館では、臨時のバイトも募集してはおりません。どうかお引取り下さい」
 段ボール姿の筐子をどう扱ったらいいのか困り果てながら、旅館の従業員達はそのような台詞を繰り返し頭を下げるのだった。
「それじゃ、荷物持ちとか! メイドが一緒じゃなくて、皆困ってるんじゃない?」
 ビンゴや談笑をしている百合園生達を筐子が見回した。
「あの、それじゃ付き合ってもらっていいかな? お土産買いに出ようと思ってたの」
 そう反応を示したのは、庭園から戻った瀬蓮だった。
「うん、是非!」
 筐子は救いの女神の出現に、急いで歩み寄って両手で彼女の手を握り締めた。
「土産か、俺も一緒に行ってもいいかな?」
 同じく、受付で交渉を行なっていたイルミンスールのレオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)が、瀬蓮に声をかけた。
 彼は庭園に興味があり、散歩が出来ないか交渉を行なっていたのだが、こちらも宿泊客以外には開放していないと断られてしまったのだ。
「うん、一緒に行こっ。よかった、1人で外に行くの寂しいなって思ってたの」
「宜しくね、ご主人様!」
「宜しく」
 筐子とレオナーズは、嬉しそうに微笑む瀬蓮と一緒に夜の街へ出て行くのだった。

 旅館で貰った周辺の地図で確認し、3人は土産物店へと向かう。
「瀬蓮ね、お友達と庭園歩いてきたよ! 幻想的ですっごく綺麗だった。明日の出発前にも歩いてみたいなー」
「受付で聞いたんだけど、あの旅館って、一泊十数万もするんだよね……。ワタシは一生縁がなさそうだよ」
 筐子は段ボールの中で苦笑した。
「俺は、いつか特別な日に、特別な人と泊まれるといいな。せめて庭園だけでも歩ければと思ったんだけどね」
 レオナーズは残念そうに小さく笑みを見せた。
「っと、どっこいくのっ?」
 響いた明るい声に3人が振り向くと、汗を拭うミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)の姿があった。
「ふわー、汗かいちゃった。ちょっとジョギングするつもりだったのに、楽しくなって思い切り回っちゃったよ」
「日中観光で歩き回ったのに、元気だね」
 瀬蓮の言葉に、ミルディアは強く首を縦に振った。
「全然足んな〜い。ちゃんと身体動かさないと、かえって身体痛くなっちゃうしね。で、どこに行くの? あたしも一緒に行ってもいい?」
「瀬蓮お嬢様はお土産屋さんに行かれるのです」
 筐子が執事を気取って言い、皆の間に笑みが零れる。
「うん、一緒に行こう。みんなで選んだ方が楽しいだろうしね」
 レオナーズがそう答え、瀬蓮と筐子が先を歩き、その後からレオナーズとミルディアが続き、大きな土産物店へと入っていく。

「それにしても、凄い格好だね。それ自体キーホルダーだと可愛いかも。これとか少し似てる!?」
 ミルディアはロボットのキーホルダーを、段ボールロボ姿の筐子と並べてみる。
「確かに、意外と人気出るかも」
 レオナーズがうんうんと首を縦に振る。
 地球で一緒に歩いていると、周りの目を引いてしまう筐子だが! 確かに、マスコットとしては、人気が出てもおかしくはない。
「キーホルダー製造するだけの資金があればー。でもそんな資金があったら、もっと高級な段ボール着れるなあ」
「あ、お金あっても、段ボール被るんだ?」
「訳ありのようだね」
「うん。で、で、でも大丈夫! び、貧乏なんかに負けないんだからね。な、涙なんか流れてないんだからね……」
 ミルディアとレオナーズの言葉にじーんとして、筐子はちょこっとだけ涙を浮かべる。
 負けるな筐子、頑張れワタシ〜っ! と、筐子は心の中で自分を応援する。アイリスと一瞬防師(いっしゅん・ぼうし)は、元気にしてるかな……と、切なげにパートナー達のことをも思い浮かべながら、そっと涙を拭った。
 だがしかし、彼女はこの時はまだ知らなかった。
 アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が筐子のツケで、筐子をうらやみながら特別メニューのデラックス・京風ランチ定食を楽しく食べて過ごしていることを。
「んと……。はい、ちょっと大きいけどお願いね。筐子が荷物持ちしてくれて、とても助かる〜」
 瀬蓮は早速買ったものを、筐子に預けるのだった。
「あたしは、ご当地ゆるキャラのキーホルダーでも買おうかな?」
「俺はこれを……この辺りの名物みたいだからね」
 ミルディアはゆるキャラのキーホルダーをとり、レオナーズは抹茶味のお菓子を選んだ。

 購入するものが決ってからも、店の人も交えて会話をしたり、お菓子を試食したり、お茶をご馳走になったり。
 楽しい時間を過ごした後、4人は店主に礼を言って、店を後にした。
「あっ、時間!」
 時間をすっかり忘れていたことに気付き、ミルディアは慌てて腕時計を見る。
「よかった、まだ門限まで時間あるー」
 ふうと息を付くと、皆が笑みを浮かべていた。
「じゃ、ロビーにこれ運んでおくね」
 筐子は一足早く、瀬蓮の荷物を持って旅館のロビーに向かう。
「今日はありがとう」
 旅館の前で立ち止まったレオナーズの言葉に、ミルディアと瀬蓮は微笑みを返した。
「少しの間だったけど、とても楽しかった。あたしは、今時の女の子同士の話題には付いて行けないこともあって……でも、お菓子は別ね♪」
「瀬蓮も、レオナーズとご一緒できて楽しかったっ」
 旅館の前で手を差し出して、3人は握手を交わした。

○    ○    ○    ○


「あ、いたいたおーいこっちだよー★」
 蒼空学園の弥隼 愛(みはや・めぐみ)は、イルミンスールの沢渡 真言(さわたり・まこと)の姿を見つけ、大きく手を振った。
 隣に立つ、山田 晃代(やまだ・あきよ)は微笑みながら上品に頭を下げる。
「お待たせしました。……おや?」
 携帯電話で連絡を取り合って、百合園女学院の宿泊先である旅館の前で待ち合わせた3人だが、真言は晃代の姿に軽く首を傾げる。
「どうかした?」
 晃代は百合園の制服のままだったのだ。その姿のままでも、可愛らしいことに変わりはないのだけれど……。
「宿泊先で浴衣を借りてこられなかったのですか?」
 そう真言は晃代に問いかける。
 確か、この旅館では宿泊客に浴衣を貸し出しているはずだ。
 ここに来る途中ですれ違った百合園生や、旅館から出てくる百合園生達も、皆様々な浴衣に身を包んでいる。
「山田さんの浴衣姿を見てみたかったんですが」
 少し残念そうに言う真言に、晃代はこう答える。
「時間もなかったし……」
「それじゃ、せっかくだから着替えてこよーよ。あたしも一緒に浴衣姿で回りたい〜」
 愛はぐいっと晃代の手を引っ張った。
「んー、それじゃ着替えよっかな」
「あきちゃんに着せる浴衣は何がいいかなぁ〜♪」
 愛は晃代の手をぐいぐい引いて、鼻歌交じりでロビーに向かう。
「楽しみですね。2人共、足元に気をつけて下さいね」
 早足になる2人の後に、真言も続くのだった。

 数分後。
 晃代はピンク色の花柄の浴衣を着て、愛と真言と共に再び旅館の外へと出た。
「やっぱり可愛い〜っ、あきちゃん」
 月下に映し出された晃代の浴衣姿に愛は嬉しそうな笑みを浮かべる。
 晃代が着ている浴衣は、愛が選んだものだ。……ちなみに、着替えは更衣室で晃代1人で行なった。
「愛さんの方が可愛いよっ。空色の浴衣、とっても似合ってる」
「はい。2人ともとても可愛らしいです。ご一緒できて光栄です」
 真言も微笑みを浮かべて、3人、並んで歩き出す。
 ぱらぱらと人の姿も見かけ、土産物屋には百合園生やその他旅行者達の姿も見えた。
「近くにある甘味屋さん、いくつか調べておいたんだ♪」
 晃代が旅館でもらった地図を広げる。地図にはいくつか赤い丸記がつけられていた。
「ここ、試食できるみたいよ」
「こっちのお店はその場で作ってくれるみたいですね」
 愛も真言も興味深く地図を覗き込む。
「いろいろ回ってみようね」
「それじゃ、あの店から!」
「趣のあるお店ですねー」

 京都のちょっとした和菓子を1個だけ購入して、3人で分けたり。
 店先の椅子に座って、談笑しながら団子を食べたり。
 饅頭の製造をガラス越しに見学して、楽しんだり。
 迷わない範囲で3人は旅館の周辺を仲良く歩き回る。
「やっぱり抹茶は飲みたいよね〜☆」
 小さなお饅頭を食べ終えて晃代が辺りを見回す。
「うんうん、甘いものと一緒にね!」
 今、お饅頭を食べたばかりだけれど、愛はもっと甘いお菓子を楽しみたかった。
「そうですね、ゆっくりお話が出来る場所にしましょう。あそこはどうでしょうか?」
 真言が指差した場所は、少し高級そうな木造の店だった。
「うん、結構有名な甘味屋みたいだしねっ」
 晃代は地図で確認をした。
「それじゃ、あそこにしよー!」
 愛が明るく声を上げた。

「……害虫やゴミが散乱していたらしくて、大変なようでした」
「そうそう、鏖殺寺院も関与してたみたいでね、あたし達だけでホント手に負えるんだろうかって皆、心配してたよ」
 甘味屋のテーブル席で、真言と愛は、一緒に受けた依頼、白百合団のミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)の別荘の解体に向かった時のことを、晃代に話すのだった。
「ミルミさんって、白百合団団長のパートナーのミルミさんよね? そんなに大変なことになってるんだ……。害虫退治って気持ち悪そうだよね」
「私はテント張りの手伝いや、お嬢様方のお世話をしていただけなのですが……」
 真言は、抹茶パフェに入っている抹茶アイスをスプーンで掬い、愛に目を向ける。
「下見に行ったらね、不良っぽい人がわんさか出てきて、そっちの退治の方が大変だったよ」
 愛は真言に勧められた湯葉プリンを堪能している。
「そうなんだ。学院は平和だけど、色々事件があるんだね」
 晃代は抹茶ケーキを一口、口に入れた。僅かに苦味のある甘い味が、口の中に広がっていく。
「百合園は比較的平和ですよね」
 真言の言葉に、晃代はこくりと頷く。
「蒼空学園は校長先生がしっかりしてそうだけど、厳しそうだよね」
「近付かなければ大丈夫だよ。目に留まっちゃうと、下僕扱いされるけどね。イルミンは別の意味でやっぱり世話が大変そうだよね?」
「そうですね……。こちらも目に留まったら下僕扱いされます」
 真言がそう答えて、3人笑みを溢した。
「少し、戴いてもいいですか?」
 真言が愛の湯葉プリンに目を向ける。
「うん、あたしはあきちゃんのケーキ食べてみたいな!」
「それじゃ、僕はパフェのバナナもらおっかなっ」
 頼んだものを食べあったり、お茶のお代わりを頼みながら、少女達は店の閉店時間である21時まで談笑を続けるのだった。