イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【2019修学旅行】穏やかな夜に

リアクション公開中!

【2019修学旅行】穏やかな夜に

リアクション


第5章 白百合団の夜

「土産物屋の木刀で本当にいのか? イルマにはつまらんものだと思うが」
 そんなことを言いながら、白百合団、副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は同じ形の木刀を1つ1つ手にとって感触を確かめている。
「真剣の購入は出来ませんし、珍しがってくれると思います。それにしても、木刀1本にそんなに拘らなくてもよろしいのに」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)は、軽く笑みを浮かべた。
 見回りも兼ねて、近くの土産物屋巡りにと、ステラは言葉巧みに優子を誘い出していた。
 あまり乗り気ではなかった優子だが、ステラがパートナーのイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)の土産の木刀を選んで欲しいといったら、途端乗り気になり、意気揚々と木刀選びをし出したのだった。
「ま、こんなところだろ。ただ、形稽古をするのなら、きちんと木刀職人に作ってもらった方がいい」
 優子が選んだ木刀を受け取って、ステラは小さく吐息をついた。
「あとは、和菓子は定番の生八橋ですが、他に何かお勧めはありますか?」
「イルマは甘い菓子が好きなのか?」
 優子の問いにステラはイルマの好みを思い浮かべる。
「確か、甘いものは嫌いではなかったはずです。ただ、ひたすら甘い物は苦手なようですね」
「なるほど。そうだな……持って帰るのなら、豆菓子がお勧めだ。顎も鍛えられる」
 ……この人は鍛えることしか考えていないのだろうかと、ステラは思わず苦笑する。
 兎も角、木刀と色とりどりの豆菓子を購入してステラと優子はその店を出るのだった。
「お付き合いありがとうございました。……それから、先日の件、形式的なものとはいえ、騒動の責任を背負わせることになってしまい、すみませんでした」
「いや、あれは全面的に私の責任だ。キミ達は何も間違ったことはしていない。私の統率力が足りなかっただけだ」
 優子は微笑んだ。特に、気にしてはいないように見えた。
「っと」
 優子の携帯電話から音楽が流れる。メールが届いたようだ。
「悪い、ステラ。少し散歩してきてもいいか? 鈴……団長によろしく伝えておいてくれ」
 メールを見てそう言った優子に、ステラは軽く頷いてみせた。
「優子さんも、少し羽を伸ばした方がいいですよ」
「すまない。キミ達にはいつも感謝してるよ」
 ポンと、ステラの肩を叩いて、優子は京の街へと消えていった。

○    ○    ○    ○


 百合園女学院の宿とイルミンスール魔法学校の宿の間にある公園の前に、優子は呼び出された。
 合流した崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)と、イルミンスールの譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と共に、老舗の甘味屋へと入る。
 当然のように、広い個室を借りて、和室の部屋で3人は寛ぐのだった。とはいっても、育ちのいい亜璃珠と優子は足を崩しもせず、背筋を伸ばし両手で湯呑を持ち、上品にお茶を飲んでいる。
 剣を腰に下げている時とは随分と雰囲気が違うと、大和は密かに思うのだった。
「とりあえず、お疲れ様。指揮官として色々大変だったでしょう」
 空京の近くの島での戦い、ヴァイシャリーの廃屋での戦いと、味方に死者の出兼ねない、優子自らも負傷する大きな事件が連続して起きていた。
 寧ろ、起きたというよりも、事件に身を投じていったのは、優子やここに集ったメンバー達なのだが。
「ん。ありがとう」
 亜璃珠の労いの言葉を、優子は素直に受け取った。
「謹慎の件に関しましては、強行作戦敢行の後押しをした私にも非はありました。すみませんでした」
「いや、あれはそうなることも覚悟の上、その方法しかないと判断した。多分、キミ達の案と協力がなければ、私の謹慎程度ではすまなかったはずだ。綾がそういった行動に走ったこと、あのような事態を招いたことも私の責任なのだから。キミが気に病んだり気にしたりすることではない」
 優子はごく自然に強い瞳で微笑んだ。
 なんてことはない、とでも言うように。
「全て自分の責任、ですか……」
 大和は湯呑をコンとテーブルの上において、優子を真直ぐに見詰めた。
「優子さん……貴方が百合園学園生としての矜持を持っていることも、白百合団の副団長であり、その胸に誇りを抱いていることも理解はしているつもりです」
 優子もトンと湯呑を置いて、大和に強い信念を感じさせる真直ぐな目を向けた。
「……ですが……立場が貴方を孤独にさせる、そんな瞬間が無いかとても心配なんです」
 優子は何も答えず、何の表情も表さず、大和を見続けている。
「貴方の立場に甘えは許されない
 貴方の立場に迷いは許されない
 貴方の立場に失敗は許されない
 そして貴方は心配されることを許さない……」
 一旦息をついて、大和は瞳を細め、気遣うような目で優子見る。
「貴方が皆の心配をするように、皆も貴方が心配なんです。俺だって貴方が心配です……。百合園学園とか、白百合団とか、副団長であるとか関係なく……」
 優子の眉がかすかに動き、僅かな戸惑いを表す。
「神楽崎優子個人の友として貴方を支えることは迷惑でしょうか?」
 大和の言葉に、優子は少し沈黙をした後、ゆっくりこう語りだした。
「私は、大和のことを……友だと思っている。あの時、私の無謀な作戦に、協力し、亜璃珠達と共に、知恵を貸してくれたこと、命を賭して尽力を尽くしてくれたこと、そんな相手を、友だと思わないわけはない。が、私はキミに友だと言ってもらう資格はないし、支えてもらう資格もない」
「資格?」
 怪訝そうな言葉に、優子は頷いてお茶を一口、飲んだ。
「私は他校生のキミが無茶をしても、危険な目に遭っても――死にかけていたとしても、助けに行くことはできない。白百合団の副団長という立場故に、私情で百合園を離れることはできない。友を見捨てるかもしれない私は、任務以外でキミと親しい親交を持つことは許されない」
 “そういった彼女の考えが、彼女を孤独にする”
 大和には彼女の未来の姿が思い浮かんでしまう。
「……貴方が俺のことを友と思ってくれているように、勝手に俺が貴方を友と思うことは自由ということですね」
 優子は軽く眉を顰めた。
 大和は彼女の返答を待たずして、言葉を続けた。
「答えは要りません。貴方を苦しませてしまいそうですから。……今日のところは」

 それから少し、談笑をした後。
 21時少し前、3人は甘味屋を後にし、百合園女学院生が泊まる宿へと戻ることにする。
「……まあ、色々ボロはあるけど、善かれ悪しかれ自分の信念に忠実な人は好きですよ」
「そうか」
 亜璃珠の言葉に、苦笑交じりの笑みを優子は浮かべる。その笑みは楽しそうでもあった。
 彼女の言葉は少しキツイが、優子はそういった亜璃珠のはっきり物を言うところに好意を持っているようだ。
「これからもよろしくお願いしますね」
「ん。よろしく」
「お待たせしました」
 会計を済ませた大和が合流をする。
「ご馳走様でした」
「ありがとう」
「いえいえ。美しいお二人とご一緒できて光栄でした」
 大和は顔には出さないがちょっと元気がない。というのも格好つけて美人な百合園生2人に奢りはしたのだが。
 彼女達が普通に選んだ店というのが、茶1杯、注文した甘味1品、両方軽く1000円超えだった。個室料も数千円かかり、僅か1時間の談話で万札が飛んでしまった。
「さて、それじゃ、お風呂にでも行きましょうか。露天風呂、とても素敵だそうですよ」
「風呂か……貧弱な身体してたら、沈めるぞ亜璃珠」
 優子が軽く笑みを浮かべた。
「あら、誰に向かってそんなことを仰るのかしら? といいますか、優子さんは腹筋割れていそうですわよね」
「……愚問だな」
「ご一緒できなくて残念です」
 大和がそう言った後、3人は声を上げて笑い出した。
 それから。旅館の前まで共に歩いて、笑顔で別れたのだった。

○    ○    ○    ○


「優子さん!」
 旅館に戻って直ぐ、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は呼び止められた。
「少し、お時間いただけますか?」
 白百合団のフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)だった。
「どうかしたか?」
 優子は亜璃珠を先に行かせて、フィルと共に歩き出す。
「ずっと、言いたかったのですけれど、なかなか機会がなくて……」
 フィルはずっと心配していたことを、思い切って口に出す。
「この間の――早河綾さんの事件の時のこと、本当に申し訳ありませんでした。私達が無茶をしたせいで、優子さんが謹慎になってしまって……。私達が謹慎になるならともかく、優子さんを結果的に巻き込むことになってしまったから」
 言って、フィルは立ち止まり深く頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
「いや、あれは私の責任だ……。ったく、ホントにキミ達は優しいな。私はやっぱり、白百合団を誇りに思う」
 その言葉にフィルは顔を上げた。
 見上げれば、優子の穏やかな笑みがあった。
 自分達のことを、嫌いになってはいないかと、少し不安に思っていたフィルだけれど。
 そんな気持ちは全て吹き飛んだ。
「あ、あの……」
 手を繋いで、皆で庭園を……とまでは言えないけれど。
「団員達で集まって、少しお話しませんか? 花火貰ったそうですし!」
 これからも一緒に百合園を守っていくことになる団員達だから。みんなで絆を深め合っていきたいとフィルは強く思うのだった。
「ん。行こうか」
 肩を抱くように、フィルの肩を後から叩いて、優子はフィルと一緒に裏庭へ向かって歩き出す。

 裏庭では、優斗隼人が差し入れた線香花火を低学年の生徒達が楽しんでいた。
 先生の他に、白百合団のミズバ・カナスリールも付き添いながら一緒に楽しんでいる。
「ミズバさん」
 声に振り向くと、縁側に氷川 陽子(ひかわ・ようこ)の姿があった。
「少し、話しを聞かせて下さい」
「はい」
 ミズバは陽子の側へと近付いて、一緒にその場に腰かけた。
 子供達が小さく騒ぐ声も、ぱちぱちと控え目な光と熱を放つ花火も、とても可愛らしかった。
「早河綾さんのことですが……」
「はい」
 早河綾――それは、ミズバの友人であり、白百合団の一員だった少女だ。
 パラ実と思われる男性に騙されて、パラ実生と思われるグループの一員として過ごしていた少女。
 彼女は、検査の為として病院に今も入院しているはずだ。
「近況を少し、教えてはいただけないでしょうか?」
「酷く怯えているようで、あまり話そうとしないのでわかりませんけれど……。このままじゃすまない、などと口走ることがあります。でも、ご両親とはやはり何も話していないみたいで。他人の家のことだから、私にも良くわからないのだけれど……綾、養女だから。このまま、親子の縁、切るってことになっちゃわないかと、凄く心配になります」
「あなたには、少しは心を開いて下さっているのでしょうか?」
 ミズバは首を左右に振った。
「だけど、何か話したそうでもあるから。旅行から戻ったらまたお見舞いに行くつもりです」
 首を縦に振った後、陽子は質問を変えることにする。
「桜井静香校長ですが、彼女に関しては何か気になる点や、怪しい点などなかったでしょうか?」
「とくには」
「事前に入浴を済まされたそうですか、何かに警戒されているとか?」
「お風呂はいつも1人で入ってらっしゃるようです。お体に自信がないのではないかという噂はありますけれど、真偽は確かではありません。一緒に入って確かめてみたかったのですが、私も拒否されてしまいました」
 軽く、ミズバは笑みを見せた。
「私達も混ぜてもらってもいいでしょうか」
「仕事、任せっぱなしですまない」
 フィルと優子が現れ、ミズバと陽子は立ち上がった。
「いえ、一緒に楽しんでますから」
「十分休ませていただいていますわ」
 ミズバと陽子は2人を迎え入れて、4人で並んで座り、子供達が花火を楽しむ姿を見ながら、仕事の話しを交えつつ談笑をするのだった。
 ちらちらと光る線香花火はとても可愛らしく、綺麗で。
 遠くから見ているだけでも、とても楽しめた。
 心が和んでいく。
 なにより小さな百合園の女の子達が。
 守らなければいけない子供達が笑顔だったから。