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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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【2019修学旅行】穏やかな夜に

リアクション


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 大浴場には行かずに、部屋のお風呂に交代で入った後、旅館の浴衣姿で少女達はテーブルを囲んでいた。
「アユナ、体調大丈夫か?」
 メリナ・キャンベル(めりな・きゃんべる)は、赤い顔のアユナ・リルミナルを気遣う。
「うん、大丈夫」
 そう答えるものの、彼女はこのところずっと元気がない。
 怪盗舞士を探していた頃は、あんなに元気で笑ってばかりいた娘だったのに。
「額に何かされました、よね。あれからずっと体調が悪いのですか? あの日の翌日、アユナさん熱を出して学校お休みしましたよね」
 稲場 繭(いなば・まゆ)も心配そうな目でアユナに声をかける。
「ううん、何ともないよ。ちょっと風邪引いただけだと思う……多分」
「それじゃ、おやつでも食べようか。小腹が空いてきたしな」
 メリナは鞄を引き寄せて、中からビニール袋を取り出す。
 その大きな透明のビニール袋の中に入っていたものに、アユナと繭は目をぱちくりと瞬かせた。
「なあに、これ?」
「お菓子、ではありませんよね」
 アユナと繭は不思議そうにビニール袋の中に入っている狐色で細長いものを見るのだった。
「パンの耳だ。……知らないのか?」
「パンの耳? んん? 確かにパンの耳だ。これがおやつ? ペットの餌じゃなくて?」
「そうだ……というか、おやつと言われても特に思いつかなくてな……」
 メリナは今でこそ百合園女学院にいるが、貧民街で育ち、貧しい生活を送っていた。
 その彼女にとってのおやつは、パンの耳だったのだ。
 くすりと、アユナは笑って。
 パンの耳を1つとって食べ始める。
「美味しいよね、砂糖と一緒に炒めて食べるともっと美味しいよ。あと、蜂蜜とかジャムとかつけると柔らかい部分より美味しいって感じるよ、アユナも」
「そうですね」
 繭も微笑みながら、1つ戴くことにする。
「メリナちゃんにはアユナのおやつあげる! これも美味しいんだよ。……昔食べられなかった分、沢山沢山食べてね」
 アユナは自分の鞄から取り出した高級チョコレートをメリナに差し出した。
 小さくて腹の足しにはならなそうだな、と思いながらも、メリナはありがたく戴くことにする。
「ん、甘くて美味しい」
 そして、3人で微笑み合う。
「ね、そろそろお布団敷こう? 今日は2人ともこの部屋で寝よう? アユナ、1人はヤダし……でも、皆と一緒も、今はいや、なの……」
「ん、そのつもりだ。一緒の布団で寝よう」
「アユナさんがよろしいのなら」
 メリナと繭はそう答えて、3人でテーブルを片付けて、一緒に布団を敷いて、寝る準備をするのだった。

 布団を2つだけ敷いて、メリナとアユナは同じ布団に入り。
 繭はアユナが布団からはみ出てもいいように、布団をくっつけて直ぐ隣で休むことにした。
「悩んでいるのなら、話して下さいね。一緒にいますから」
 電気を消して、繭がそう言った後。
 アユナは天井を見上げながら、ゆっくりと口を開く。
「さよなら……って言葉が、頭から離れないの。なんかね、また会える気がしない。遠い、遠い人だから……」
 メリナがアユナの手を探し出し、優しく握り締めた。
 アユナは直ぐに、握り返してくる。彼女の手は軽く、震えていた。
「どうしたらいいのか、分からない、の……。でも、アユナには言われたとおり動くことしか、出来ないから」
 声に涙が滲んでいく。
 メリナは腕を彼女の背に回して、後からアユナの身体を抱きしめた。
「大丈夫ですよ、アユナさんは一人じゃありませんから」
 囁くように、繭がアユナに声をかけると、アユナは涙をぬぐって、頭を縦に振った。
「多分必要ないと思いますけど……念のために、顔を隠せるマスク用意してあります。顔を隠せばある程度だれだかわからなくなる……と、思うから」
「ありがと、ね。ごめん、ね……」
「謝ることなんて、何もありませんから」
 繭の言葉に、アユナはこくりと頷く。
「アユナはメリナにとって大切な友人だ。この先何があろうともメリナが守る」
 そして、メリナはアユナの頭を軽く優しく撫でて、言葉を続ける。
「……できれば覚えておいて欲しい」
「アユナも、メリナちゃんのことも、繭ちゃんのことも、大事に思ってるから。本当に、本当に……」
 しゃくり上げた彼女の身体を抱きしめながら、メリナは小さな声で歌を歌い始める。
 少女の透明な声が、部屋に響き渡って。
 安らかな空気を作り出していく――。

○    ○    ○    ○


 アユナ達が休む部屋の前で、真口 悠希(まぐち・ゆき)は溜息を1つ、ついた。
(心配ですが、ボクがお風呂や寝るのを一緒する訳には……)
 他の友人達が一緒だと知っていたので、そっと悠希はその部屋の前から立ち去った。
(舞士さまに従いアルバムを盗めば、静香さまを裏切る事に……。でも、白百合団に入ればきっと静香さま達にその事をお伝えする事になり、アユナさま達を裏切る事に……。ボクは一体どうしたら……)
 深く迷いながら、悠希は大切な人……桜井静香が休む部屋の前で立ち止まる。
 静香には、白百合団員が付き添っているはずだ。白百合団に入ればもっと静香の役に立てるはずだけど。
 迷いながら、悠希は戸をノックした。

「地元や言うさかいおちつく思てましたけど、こないな落ち着かへん京都は初めてやわぁ」
 その数分前に、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は堂々と静香に付き添って、静香が休む部屋へと入っていた。
「落ち着くと思うけど? やっぱり日本は平和でいいね」
 静香は座布団の上でぐっと身体を伸ばした。
 エリスは旅館の浴衣姿だが、静香はがっちり寝間着を着込んでいる。
「パートナーに振り回されて大変やからなあ。校長せんせもやろ?」
「……ん、だからこそ今日は落ち着く、かも。いや、ラズィーヤさん一緒でも勿論楽しいんだけどね。大切な人だし!」
「うちのパートナーも同じような気質でなあ。ティアが校長せんせの事も苛めてみたい言うてはりました」
 ティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)は、ドS女王様気質の剣の花嫁だ。
「苛めはダメだよ、苛めは……うん。校長として許しません」
 静香は遠い目をする。
 その様子に軽く笑みを浮かべながら、エリスは言葉を続ける。
「壱与様の方は、校長せんせは凄い隠し事してはる言うてましたけど、そないなことあらしまへんて返したったんですけど占いで判るて。どうなんどす?」
 邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)は、本当に女王な英霊だ。こちらにもエリスは散々振り回されている。
「……ひ、1人1人とじっくり話をすることなんてできないから、言ってないことはあるけど、別に隠し事なんて……っ」
 言いながら、静香は目を逸らす。
 怪しい。
「はいはい、そろそろお布団敷いて休みましょう。校長苛めはダメですよ。何かの際にはラズィーヤ様に電話で報告することになっていますから」
 エリスはにやりと目を煌かせるも、白百合団のミズバに止められてしまう。
「それじゃ布団敷こうか。僕は窓側がいいな」
「あのっ」
 声を上げたのは、校長と一緒の部屋がいいと申し出たアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)だ。
 アピスはまだ7歳の女の子である。
「い……隣、で寝てもいいでしょうか?」
「勿論、どうぞ」
 静香が微笑み、アピスは不安気ながらも微笑み返した。
 寂しい経験をしてきたアピスは、過去のことを思い出し、寂しさと不安を覚えてしまう日があった。
 だから、本当は一緒の布団で、と言いたかったけれど、皆の校長である人を独り占めはできないし、迷惑かけてしまうと考えて。隣で、と言ったのだった。
「もっと話しを色々したいですんで、是非一緒の布団で眠りましょ」
 しかし、アピスが遠慮した言葉を、エリスがいとも簡単に口にした。
「い、いや僕は1人がいいんだ。えっと、寝相とか凄いから!」
 近付くエリスを静香は慌てて押し返す。
 コンコン
「ん? はーい」
 ノック音が響き、エリスは静香から離れて、戸を開けに向かった。
「あ、あの、ここ静香さまのお部屋ですよね」
 廊下にいたのは悠希だった。
 悠希は部屋の中に静香の姿を見つけると少し赤くなりなりながら、こう言うのだった。
「人が沢山なのは苦手で、静香さま、どうか……! 一緒にボクと寝……じゃなかったっ、ボクも一緒のお部屋で休ませて頂けないでしょうかっ!?」
「うん。悠希さんが側にいてくれると、僕も安心だし」
 にっこりと笑みを見せる静香に、悠希は安心感を覚え、深く頭を下げて感謝の意を示し部屋に入るのだった。
「布団敷いたら電気消しますよ。校長とご一緒するのですから、生徒達の見本として恥ずかしくないよう、振舞って下さいね」
 ミズバの言葉に、少し不満気ながらもエリスは静香の頭の上の位置に布団を敷いて横になり、窓側には悠希が布団を敷き、その隣に静香、静香の反対側の隣にはアピスが。
 そして、ミズバは廊下に近い場所で眠ることになった。

 電気を消して数十分経っても、アピスは寝付けずにいた。
 近くの部屋からの物音もしなくなって。
 周りの皆は安らかな寝息を立てていて――。
 暗くて、静かで……怖い。
 強気に振舞っているアピスだけれど、孤独を感じていき怖くて、怖くて……。
 アピスの目に涙が浮かんだその時。
 突然エリスが小さなうめき声を上げて、静香の方へと転がってきた。
「あたっ」
 頭にエリスの腕が当り、静香が身を起こす。
「う……うう……」
 エリスは夢を見ていた。
 一般民衆なんか食べられない様なセレブなお菓子を『絶対』に買って来いと要求するティアに。
 お土産に甘すぎず辛すぎず酸っぱすぎずしょっぱすぎないお菓子を献上しろと無茶苦茶な注文をつける壹與比売が夢の中に現れて、エリスを苦しめていた。
 ……尤も、これはただの夢ではなく、現実に要求されたことなのだが。
「風邪引くよ」
 静香はまず、エリスの身体を押して布団に戻し。掛け布団をかけてあげて。
 それから自分の布団に戻って、アピスに手を伸ばした。
「手、繋ご」
 涙を浮かべている彼女に気付いたのだ。
 アピスは静香の方を向いて、両手を伸ばして静香の手を握り締めた。ぎゅっと。
 そして、目を瞑る――。
「……」
 緊張して眠れずにいた悠希は一部始終を見ていた。
(やはりこんな心優しい方を裏切る訳にはいかない。何とかお二人とも裏切らないで済む方法を探そう)
 1人、決意をして、皆が眠るまで見守り続けた。