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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

リアクション



●届け、焔! 想いは、理をも捻じ曲げるか

 かつてレライアと出会った、洞穴の最深部はまるで、そこだけ時が止まってしまったかのような感覚を冒険者にもたらしていた。
 五感はただ、触れた氷の床や壁に熱が奪われていく感覚だけを伝え、物の動きや音、匂いといったものは何一つ流れてこなかった。
「レラ! どこにいるの、レラ!」
 室内にカヤノの声が響く。その悲痛な叫びさえも、ほどなく凍り付いてしまうような雰囲気に、全体が支配されていた。
「レラ……どうしてこんなことになっちゃったの? あたいがレラのことを守ろうとしてたのって、何だったの?」
「……多分、レライアも、悩んでたんだと思うよ。ただ守られていた自分が、守ってくれる人を心配して、その人のために何ができるだろうか、って」
 呟くカヤノの傍に、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が歩み寄って言葉をかける。
「レライアの思いを受け取ってあげられるのは、カヤノだけだよ。……だからお願い、レライアの思い、大切にしてあげて」
「……思いを受け取れって言われたって、どうすればいいのよ! 助けるって言ったって、何をしたらいいのかわかんないし――」
 カヤノの言葉は、複数響く魔物の咆哮に遮られる。見上げたミレイユの視界に、羽ばたく氷の魔物と、その奥に一際大きな氷の結晶が映り込む。
「カヤノ、見て! レライアはあそこにいるよ!」
「えっ!? ……ホントだ、でも、どうしたら――」
 カヤノが躊躇する間にも、魔物の姿はどんどんと大きくなる。
「行って! 会えばきっと、分かるよ!」
「……ああもう、ホントわかんないわ! 行けばいいんでしょ、行けば!」
 カヤノがレライアのところへ向かっていくのと入れ替わるように、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)がやって来る。
「カヤノとリンネの邪魔は、ワタシがさせないよ!」
 ミレイユの撃ち出した炎が、魔物を撃ち抜き氷の床に落とす。その身に穴の開いた魔物が、しかし徐々にその穴が塞がっていく。
(リングの影響が大きいのでしょうか。……ならば、これでどうですか!)
 再生しかけた魔物が、シェイドの炎を纏った拳の一撃に頭部を吹き飛ばされる。後退したシェイドの先程までいた場所を、デューイの放った弾丸が飛び過ぎ、魔物を穿つ。また床に倒れる魔物だが、やはり徐々に身体が再生を始める。
(止めることしか出来なくても、それでも……!)
 ミレイユが、決して消えることのない焔を胸に燃やして、果敢に戦いを挑んでいく。

 動き出した冒険者に向けて、積み上げられた柱の上に鎮座する球体――中にはレライアの姿が映し出されているようだ――から、冷気が放出される。その冷気はもはや冷たいだの痛いだのを通り越して、冒険者から熱量を奪い去っていくようであった。
「も、モップス、り、リンネちゃん動けなくなりそうだよ?」
「ぼ、ボクもなんだな。と、とんでもない冷気なんだな」
 ガタガタと震えるリンネとモップスのところに、魔物から放たれた氷柱が迫る。
「トト、炎を撃て!」
「うん、分かったよ! いっけーーー!」
 そこに五条 武(ごじょう・たける)トト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)が援軍として駆けつけ、トトの炎が氷柱を砕け散らせる。
「ありがとう、助かったよ」
「これしきのこと、感謝には及ばん! 俺には空京デパートで急遽購入した『ヒィィトテェック』があるからな!」
「あ、そっちの方がよかったかもしれないんだな。ボクとリンネは『ヒィ〜トファクトォ』にしちゃったんだな」
「モップス〜、ちゃんと選んで買ってきてよね〜。リンネちゃんこのままじゃ凍え死んじゃうよ〜」
「安かったからつい、なんだな」
「困っているようだな。ならば、俺たちがレライアのところへ連れて行ってやろう! ……時にリンネ、一つ聞きたいことがある」
「ん? 何かな?」
「君は確かカヤノに、「もし一年中会えるようになったら、この気持ちがなくなっちゃうかもしれないんだよ」と言っていたな。君は何故そう思うのだ?」
「……好きで居続けるのって、いいことだけど、大変だもん。もし好きでなくなっちゃったら、一年中会えることが逆に苦しいよ。だったら、たまにしか会えない方が、ずっと好きでいられる。レライアちゃんを封じようとしたのも、最初はそう思ったからだよ」
 一瞬だけ笑顔の途切れたリンネが、再び笑顔を取り戻して答える。
「でも今は、きっとカヤノちゃんとレライアちゃんなら、大丈夫だって思うよ! だから、まずは助けてあげたい! 二人が一緒に居られるようになったら、それが一番いいって思ってる!」
 そう思えるようになったのはみんなのおかげかな、そう言ってリンネが飛び出していく。

 冒険者に、まるで要塞のようにそびえる氷の建造物から、絶えず冷気が放射される。かと思えば出現した魔物が上空を舞い、地上へ氷の柱を投下してくる。
 予想された光景ではあったが、想像以上に厳しい現実は、冒険者の抵抗力を確実に奪っていく。
(……こうまでなってしまえば、もはや手に入れるのは困難だろう。ならば、封印される所だけでも見ておくとしようか)
 冷気の中、羽織ったコートをなびかせながら、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が魔法陣を展開し、魔力で満たしていく。
「抵抗力を奪い去る? ……温いわ。そんな程度では済まさない、そのまま焼き殺してくれるわ!」
 魔力の満ちた魔法陣から、荒れ狂う炎の嵐が出現し、冷気を含んだ風を押し戻していく。積み上げられた氷の柱まで炎が届き、外面を撫でるように炎が取り巻くが、そこで流石に冷気の力が勝り、炎がかき消される。
(……流石に一度では、焼き殺すに至らないか。堅牢な氷の城は放っておいて、リングの所有者が無防備になったところを狙うのが順当か。それまでは魔力を温存しておこうか)
 心に呟き、メニエスが一旦後方に下がる。それと入れ替わるように當間 光(とうま・ひかる)が、冷気と氷柱の合間を掻い潜り、冷気を放出していると思しき物へスピアの一撃を見舞い、それを破壊する。
「よし、これで一つ! この調子で――」
 次の目標へ矛先を変えた光へ、他の冷気発射口から冷気が放出される。危険と察知した光がギリギリのところで冷気を避け、やはり後方に下がっていく。
(ふぅ〜、あのままあそこにいたら彫像になってるところだったぜ)
 一つ息をついた光が、そういえばと辺りを見遣れば、前に来た時にはあちこちにあったはずの人を閉じ込めていた氷柱が、今は一本もないことに気付く。
(……可能性はいくつかあるだろうが……俺はレライアが解放したんだと信じるぜ。だったら今度は、俺達がレライアを解放する番だ!)
 意思を固めた光の視界に、冷気を受けて動きの鈍くなった冒険者が映る。そして上空には、彼らを狙う魔物の姿があった。
「俺が見てる前で、みすみす仲間を倒されるような真似、させるかよ!」
 言って、光が仲間の援護に入るべく、駆け出していく。

 モップスが冷気の中を必死に駆け、振りかざしたバットで氷柱を叩く。
「……し、痺れるんだな。とてもボクの武器じゃ歯が立たないんだな」
 バットを取り落としたモップスが、冷気の風に押されて地面を転がる。
「も、モップスさん、大丈夫ですか!?」
 ようやく止まったモップスへ、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が心配するように声をかける。
「おいおいモップス、こんなところでくたばるなよ? ただでさえリンネとカヤノがえらく仲良くなって、『カヤノ外』なのにな、ははははは!」

 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ) は ぎゃぐを いった!
 モップス は かたまった!
 緋桜 ケイ(ひおう・けい) は かたまった!
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた) は かたまった!
 ソア は かたまった!

「…………ボクのコントより寒いんだな」
「寒いのかっ!? 俺様のギャグはそこまで寒いのかっ!?」
 モップスの身も蓋もない評価に、ベアが悶えながら地面を転がる。
「……と、とにかく、俺とカナタも手伝うぜ! 援護の方は任せておけ!」
「凍りついた空気もレライアの心も、わらわの炎で融かしてくれようぞ」
「うお、何気にひでえ事言われてるぜ!」
 ケイとカナタが魔法の詠唱を始める横で、まだベアが地面を転がっていた。
「ベアはともかくとして、モップスさんはどうするつもりなんですか? レライアさんを助けようとしているんですか? それとも、封じようとしているんですか?」
「ご主人〜、俺様が悪かった、だから素っ気無い態度を取るのは止めてくれ〜」
 ベアがソアに泣きついて詫びるのを見遣りつつ、モップスが口を開く。
「……ボクはレライアに、二度目は見逃さない、って言ったんだな。だから、レライアに対して、容赦はしないんだな」
 モップスの言葉に、復活したベアが掴みかかろうとしかけ、それをソアが制する。
「……その後のことは、リンネに任せるんだな。ボクは、リンネのすることなら、どんな後始末だってつけてやるんだな」
「……ふふふ、なんだかとっても、モップスさんらしいと思います。モップスさんにしかできないことですよね、それって。……うん、私も、私にしか出来ないことで、リンネ先輩の力になりたいって思います!」
 ソアがぐっ、と拳を握って、ケイとカナタのところへ向かっていく。
「ソア、俺達はいつでも準備オッケーだぜ。後はソアの魔法に合わせて、撃ち込むだけだ!」
「凄まじい冷気じゃが、わらわとおぬしとで力を合わせれば、必ずや押し返せるはずじゃ」
 ケイとカナタの足元には、既に灼熱に燃え盛る魔法陣が展開されていた。二人の間に入って、ソアも魔法陣を展開する。
(私はレライアさんを助けたいです……! それが、私の信じた、私のやりたいことだから……!)
 魔力、そして想いの籠められた魔法陣が両側の魔法陣と融合し、竜を彷彿とさせる炎を生み出す。それは氷の建造物にまとわりつき、熱気を振り撒いていく。
「モップス、行ってこい! 行って一発、強力なのぶちかまして来い!」
 ベアが、炎を纏った弾丸を連射して、氷の柱を穿っていく。それでもなお、氷の柱は傷一つつかない。
「……面倒なんだな。面倒なのに変わりはないんだな。……でも、やらなきゃいけない時も、あるみたいなんだな!」
 モップスが背中からバットを取り出し、柱に向かっていく。叩き付けたバットが折れても、折れても、折れても、次から次からバットを取り出して叩き付ける。
「どんなにカッコ悪くても、ボクにできるのは、これだけなんだな!」
 冷気に押し戻されようとも、降ってくる氷の柱に傷つけられようとも、モップスがバットを振り続ける。そして、九十九本目のバットが折れるのと同時に、氷の柱にぴしっ、とヒビが入る。
 
「「「「「いっけーーー!!」」」」」

 みんなの想いを乗せた百本目のバットが炎を滾らせ、氷柱を打つ。その打撃で、ヒビが全体に行き渡った氷の柱がついに砕ける。
 支えを失った氷の建造物は見る間にその姿を崩し、残ったのは塊となった氷と、その上に辛うじて鎮座する、レライアを納めた球体だけであった。

「あのクマ、やるじゃねえか! よし、もう一働きってところかぁ!?」
 レライアの鎮座する建造物へ射撃を加えていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、弾丸を装填し直して再び建造物に接近を試みる。散弾銃は接近してこそ威力を十分に発揮するが故の行動だが、半壊してもなお吹き荒ぶ冷気に進軍を阻まれてしまう。
「ちっ! あんなんでもまだ抵抗するかよ! しかも寒さが厳しくなってきやがった」
 吹き飛ばされまいと踏ん張りながら、ラルクがさらに接近を試みる。背後ではアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が、どんどんと気温の下がるのを懸念して、火術を暖代わりにして冒険者の身体を温めていた。
「やばい奴はオレに近付け! この寒さで無理な行動は控えるんだ!」
 冒険者の動きが段々と緩慢になっていく中、一人ラルクは散弾銃の射程まで近付くことに成功する。
「……くそっ、銃が上手く扱えねえ。寒さでイカレちまったかぁ!?」
 冷気を直接受け続けていたせいか、ラルクの銃が上手く作動しない。目標は目一杯なため発射されれば外すことはないだけに、ラルクは悔しさを露にして銃を放り捨てる。
「アイン! わりぃが一発、デカイのお見舞いしてくれ。そこを俺がぶん殴ってやる」
「まったく……最近無茶ばかりしてくれるな。……一発だけだぞ? それ以上はオレたちも危険だ」
 ラルクの沈黙を了解と受け取り、アインが魔法陣を展開させ、使用できるギリギリの魔力を注ぎ込む。
「紅蓮の炎よ……その真紅の輝きと共に爆ぜよ!」
 詠唱の言葉と共に生み出された炎が、建造物へ飛んでその一点で大きく爆発する。飛び散る氷片が床に落ちてその一部となり、そして建造物には一点のそこそこに深い穴が穿たれる。
「十分だぜ、アイン! これでも食らいやがれ!」
 全身から闘気を立ち昇らせたラルクが、穴に渾身の一発を打ち込む。奔ったヒビが反対側まで貫通すると、打った点から上下の部分が砕け散り、建造物がより低いものになる。
(もう少し……もう少しで、レライアを無力化できるはずです!)
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)の生み出した炎が建造物を直撃するものの、それは氷を僅かに吹き飛ばすばかりであった。そして、これ以上はやらせないとばかりに、羽ばたく氷の魔物が上空から、冒険者に向けて氷柱を落としてくる。
「皆さんを危険に晒すわけには!」
 満夜が、迎撃せんと放った火弾はしかし、規模も速度も全ての氷柱を砕くには至らなかった。残った氷柱が冒険者を串刺しにするかと思われた瞬間、もう一つの火弾が飛び過ぎ、氷柱を砕いて建造物へ直撃する。再び氷柱を見舞おうとした魔物は、次の火弾に身体を貫かれ、くるくると回りながら落下していく。
「あ、ありがとうございます」
 火弾を放ったのが、ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)だということが分かって、満夜が頭を下げる。
「おまえでは力不足だ。無闇に力を使ったところで、如何こうできる相手ではない」
 言ってミハエルが、建造物に向けて魔力の籠められた火弾を放つ。それは一直線に建造物へ直撃するが、見た目には大した変化もなく、未だに冷気を放ち続けていた。
「……しかし、我輩の力を以ってしても足りぬ、か。この際だ、おまえの力も貸せ。大したものではないが、それでもないよりはましだ」
「は、はい!」
 ミハエルの求めに応じ、満夜が掌に火種を浮かび上がらせ、展開した魔法陣へ放る。
「全ての力を、この一撃に賭けるつもりで撃て」
「はい!」
 頷いた満夜の眼前に、確かな熱量を持った炎が燃え盛る。
「行きます!」
 かざしたワンドの先から放たれた炎が細長い弾の形になって、ミハエルの放った火弾と重なり合いながら、建造物を穿つ。遥か見上げるほど高かった、今は人の背丈の倍ほどに崩された建造物の中心に、確かな穴が出来上がる。
(レライア……カヤノは、まだ少しずつだけど私達を信じてくれるようになったよ。レライアは、カヤノと一緒に暮らしたくない? 生きたくない? 生きたいって思うなら、リングの力に負けちゃ駄目だよ! 絶対に解放するから、最後まで頑張って!!)
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)が、心でレライアに語りかけながら、吹きかけられる冷気に抵抗する。氷術を用いて構築した鎧と、泡の胸ポケットに収まったリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)の火術で抵抗を続けながら、穿たれた穴に一回のバーストダッシュで近づける距離まで進んでいく。
「私も、絶対にあなたを助けることを、諦めないから!!」
 リィムの差し出した小瓶を口に含み、湧き起こる魔力の流れを両の掌に意識して、泡が詠唱を始める。やがてそれぞれの掌から燃え盛る炎を見遣って、泡が爆発的な加速力を以って、空いた穴へと向かっていく。
「ファイアストーム!」
 掌同士を合わせ、穴を塞ぐようにして掌をかざし、炎を流しこむ。流し込まれた炎はまず反対側まで貫き、その穴から建造物全体へ伝わっていく。
 次の瞬間、轟音と爆音と砕音の三重奏が奏でられる中、そびえ立っていた氷の建造物が完全に破砕され、レライアを閉じ込めている球体だけが、氷の床に音を立てて落下する。僅かに入るヒビの音、そして、レライアの瞳が、ゆっくりと開かれる。
「レラ! レラ!!」
 カヤノの必死の呼びかけに、しかし開かれたレライアの瞳は虚ろであり、そして球体にとりついた氷の魔物が、それがレライアの意思であるかのように、カヤノに氷柱を見舞う。
「カヤノ!!」
 カヤノと氷柱の間に、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が割り込み、身を呈してカヤノを守る。次いで飛んできた氷柱はジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の振り抜いた剣から放たれた爆炎で砕かれる。
「……あんた、何してんのよ!? そんな痛い思いしてまで、あたいを守る理由なんてあるの!?」
 ワケが分からないとばかりに叫ぶカヤノに、カレンが痛みを隠して微笑む。
「……君は、ボクの友達だから。友達を守るためなら、どんなに辛くたって、痛くたって、してあげられることがあるってことは、君もよく知っているはずだよ?」
 言って、ふらつきかけるカレンをジュレールが支え、想いを繋げるように言葉を紡ぐ。
「カレンの無鉄砲ぶりには我も呆れる……だが、一人きりになる寂しさや怖さは、我も知っている。……厚かましいとは思うが、我もその友達とやらに加えてくれないだろうか。もう、悲しい思いはさせない……決して!」
「な……何よ! 何なのよ! どうしてそこまで優しくしちゃうの!? あたいにそんな優しくしたって、あたいがあんたたちに出来ることなんて、何もないんだから!」
「……いいえ、ありますよ、カヤノさん。カヤノさんには、レライアさんを救うっていう、カヤノさんにしかできないことがあります」
 カヤノに歩み寄りながら、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が微笑んで言葉をかける。
「私は、カヤノさんも、レライアさんも、犠牲になってほしくないって思います。それがとても大変なことで、私の力ではどうにもならないことなのかもしれないですけど……でも、私は強く、強く想っています」
 想いを告げるフィル、その背中へ飛び向かってきた氷柱が、セラ・スアレス(せら・すあれす)の振るった剣に砕き割られる。
「私は、フィルが大切だから、フィルを守る。カヤノもレライアのことを、私にとってのフィルであるように、大切に想っているのでしょう? その想いを、大切にしてください」
 なおも一行を襲うべく出現しかけた氷柱は、シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)の発生させた炎に取り囲まれ、融けて消えてなくなる。
「言っておくが、わしはアイシクルリングに興味があるだけじゃからな。フィルがどうしてもというから助けてやっているだけじゃ、勘違いするでないぞ」
「何なのよ……あたい、こんなに優しくされたことなんてないもん……どうしたらいいか、分かんないもん……」
 下を向いたカヤノの声に、涙の色が混じる。その小さな頭を撫でるように掌を添えて、カレンが優しく呟く。
「その涙は、レライアに流してあげて。きっと、それでいいんだと思うよ」
 カレンの手に、ジュレール、フィル、セラ、そしてやれやれとばかりにシェリスの手が重なっていく。
「…………だ、だけど、レライアは――」

「今こそ、リンネちゃんにお任せ、だよ☆」

 声にカヤノが振り向けば、魔法陣を展開したリンネ、その魔法陣に自らの魔法陣をくっつけるようにリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が立ち、その護衛を清泉 北都(いずみ・ほくと)が務めていた。
「今からリンネちゃんが、レライアちゃんを閉じ込めている氷を融かしちゃうよ! 後はカヤノちゃん、レライアちゃんに泣きついちゃえ! ……きっと、レライアちゃんは目を覚ましてくれるよ」
「……うん、分かった。えっと……リンネ! お願い……するわ!」
 つっかえながらもカヤノがリンネに呼びかけ、冒険者に守られながらレライアにすぐに向かえる位置へ向かっていく。
「やった、カヤノちゃんに名前、呼ばれちゃった! これでお友達、だね☆」
「……気をつけるんだな。あんまりカヤノに近付くと、レライアに恨まれるかもしれないんだな。彼女はそんなところがあるように思うんだな」
「もー、勝手なこと言わないで、モップス! 寝てないで手伝ってよー!」
「ダメなんだな。ボクはもう精魂尽き果てたんだな。やることはやったんだな」
 うつ伏せに伏せるモップスへ、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が歩み寄る。
「モップスさん、横になっていたら冷えてしまいます。……そうです、これを履けばきっとあったかいですよ」
 言って、ユリが取り出したのは、毛糸のパンツ。……『パンツ』だから見えてます。
「……どうして毛糸のパンツなんだな。そんな小さいの履けないんだな」
「そうでしたね。では、こうしたらどうでしょう」
 言ってユリが、モップスの頭にパンツをかぶせる。
「や、止めるんだな。ボクがとってもオカシイ人に見えるんだな」
「元々だからいーよー。……さーて、リリちゃん、よろしくね!」
「任せておくのだ。一回成功しているから、ばっちりなはずなのだ」
 リリの描いた魔法陣を通じて、魔力が、そして想いがリンネに供給されていく。
「では、ワタシは祈りましょう。祈りは、剣より魔法より強いもの。奇跡を生み出す永遠の光。きっと全てがうまくいくのですよ」
「……もう勝手にするんだな。祈るくらいなら、ボクもやってやるんだな」
 魔法陣の端に屈んだユリが瞳を閉じ、手を合わせて想いをリンネへ届ける。
(ララさんも、想ってください。全てが、上手くいきますようにって……)

「ふぅ、これで何とか守りきったか。イナテミスの方は大丈夫だろうか」
 豪雪の中でも浮かんだ汗を拭って、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)が剣を懐に仕舞う。他の冒険者と協力して、洞穴の入口を守り切った彼女が辺りを見渡していると、ふと、ユリの声が聞こえたような気がした。
「む、気のせいか? ……いや、違うな。きっとユリは、祈っている。全ての無事を、祈っている」
 ララが屈み、自らも祈りを始める。その雰囲気は、そこにいた冒険者に伝わっていき、やがて全員が、皆事の無事を願い始めた――。

「リンネ君とは、まだ連絡が取れないか」
「はい……電波が届かないようです」
 イナテミスでは、カインとパムが、洞穴に向かった一行を心配していた。
「こうなれば、私たちに出来ることは、ただ祈るだけだ。きっと最善の結果を導き出してくれるとね」
「そうですね。ボクも祈りたいと思います。皆さんの無事を」
 言って、カインとパムが瞳を閉じ、想いが届くように祈り始める――。

「なんかすごいの来たよー!! リンネちゃん、今まで使えなかった魔法が、使えちゃいそうだよ!!」
 煌々と輝く魔法陣の中心で、皆の想いを託されたリンネが、詠唱を始める。

「天界の聖なる炎よ、
 魔界の邪悪なる炎よ――


 リンネの得意とする炎熱魔法、『ファイア・エクスプロージョン』の派生系、『ファイア・エクスプロージョン・ツヴァイ』か、リンネのかざした両の掌に、蒼く燃える炎と黒く燃える炎が浮かび上がる。
 それを阻止せんと、レライアのいる球体から冷気が、そして氷塊がリンネを襲うが、北都のつけた鉄甲が氷を打ち砕く。
「リンネさんは切り札、だからねぇ。それに僕の役目は誰かを守り、サポートすることだし。……ソーマ、冷気の方は頼んだよぉ」
「任せな! ……んで、後で出来たらサービスしてくれりゃあ、言うことねぇぜ!」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の巻き起こした炎が、冷気を押し戻していく。
「ぐぉ……こ、こちとら体力には自信ねえんだがな」
「はいはい、頑張ってよぉ。……どうしてもっていうなら、考えてもいいよ?」
 北都のその言葉に、ソーマの瞳が怪しく光る。
「うおおおぉぉぉ!!」
 想い――にしては多分に邪な色を含んでいるようだ――の篭った炎が冷気を完全に押し返し、炎にあぶられたレライアを包む球体のヒビが一層大きくなる。

 ――そして、人の内に秘めたる炎よ、
 今ここに手を取り合い、
 氷雪に凍えるかの者を融かせ!」


 瞬間、三本目の炎、見るものの目を奪うほどに紅い、紅い炎が、リンネを包み込んで燃え上がる。頭の上で両手を合わせ、三本の炎を一本にまとめて、リンネが開放の言葉を口にする。

「ファイア・エクスプロージョン・ドライ!!」

 想いを最も強く伝える手段は何だろう。
 そんな問いがあったなら、彼女はきっとこう答えるだろう。

『想いは、身体を通して、伝わるんだよ――』

「レライアちゃん!
 みんなの想い、受け取って!!」


 炎を纏ったリンネが、レライアのところへ『飛んでいく』。
 一行が見守る中、爆発が生じ、まばゆい光に視界が遮られる――。



「リンネさん……
 わたしの願いを聞いていただいて、ありがとう……」




「そして……」



「さようなら……」







「               
                」








「レラ!! レラってばぁ!!」
「……………………んっ……」
 カヤノから溢れ落ちた涙がレライアの白い肌に落ち、そして瞳がゆっくりと開けられる。
「…………カヤノ?」
「バカ! バカバカぁ!! 起きるなら早く起きてよ! もう絶対に起きないかと思っちゃったじゃない!! ホント、バカなんだからぁ……ううっ、うう……うわあああああああああ!!」
 カヤノがレライアに抱きつき、顔を胸に埋めて泣き喚く。
「カヤノ……うん、ごめんね……わたし、バカだよね……」
 レライアもカヤノを抱き返し、その瞳から雫をこぼして頬を濡らしていく。
「はぁ……カヤノさんとレライアさん、なんて素敵な百合カップルでしょう。いつかわたくしもそのような方を見つけられれば良いのですけれども……」
 カヤノとレライアの様子を、佐倉 留美(さくら・るみ)がうっとりとした目つきで見遣る。そんな留美をラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が呆れながら見守りつつ、自らはふと思案に耽る。
(ううむ……留美のやつはこれでいいと思っておるようじゃが……実のところ、どうしてレライアがリングの力から解放されたんじゃろか。想いの力、などというまやかしごとで片付けていいようには、思えぬのじゃが……)
 ラムールの疑念通り、レライアの指でアイシクルリングはごく普通の指輪として振る舞っているように見える。リンネとカヤノの、そしてここにいる冒険者の想いの力、として処理してしまうには、どこか謎の残る結末、といえよう。……自分で言ってますね、この人は。
(アイシクルリングが女王の遺産であるというなら、何故このタイミングでレライアが目覚め、その所有者となったのでしょう。女王は、その力が我らではとても太刀打ちできない、強大なものであることを知りながら、いつの日か成長してその力を鎮め、利用できるようになると、信じていたのでしょうか。ポータラカのお導き、とでも言うのでしょうか)
 戦闘の余韻が冷め、少しずつ冒険者が動きを取り戻していった中で、狭山 珠樹(さやま・たまき)の思いがそっと心の中に呟かれていった。
「さ、リンネ、帰るんだな。ここにいたらまた寝込むことになるんだな」
「…………」
 魔法を行使し終え、仰向けに横になるリンネのところへ、結局パンツをかぶったままのモップスがやってくる。
(あの時聞こえた声は……誰のだったのかな? エリザベートちゃんでもなさそうだし、まさかあの人が、女王様だっていうの? え、でも女王様はずっと昔に亡くなったんだよね? じゃあ一体何なのかな?)
「……リンネ?」
「……えっ? あ、うん、そうだね、帰ろっか」
 言って、リンネが立ち上がる。
「ととと、うわわ」
 魔法を行使した影響か、ふらついた拍子にモップスの背中にダイブする。
「モップスぅ〜、リンネちゃん疲れたもう歩けない〜」
「何を言ってるんだな。ボクだってもうヘトヘトなんだな」
 愚痴を垂れつつ、それでもモップスがリンネを背負って歩き出す。
「モップス、ちゃんと身体洗ってる? 汚れ目立ちすぎだよ」
「リンネが行方不明になってから、洗う暇もなかったんだな。男の勲章、と言ってほしいんだな」
「ふーん……ま、そういうことならいいよ! モップスもお疲れさま!」
「……リンネも、お疲れさま、なんだな」
 なんだかいい雰囲気っぽいリンネとモップスであったが。
「うぅ、寒いよ〜。モップス、家に着いたら真っ先にお風呂、沸かしておいてね! あ、今日だけ背中、流してあげよっか?」
「遠慮するんだな。どうせ「中はどうなってるかな〜」って背中のチャックを開けるつもりなんだな?」
「ぶぅ〜、リンネちゃんがいつもそんなことをすると思わないでよね! ……中はどうなってるかな〜?」
「ぎゃー、や、止めるんだな!」
 ……結局いつものリンネとモップスであった。