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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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●豪雪を抜け、いざレライアの解放へ

 イナテミス解放のために向かった一行と時を同じくして、『アイシクルリング』の影響に囚われた『雪の精霊』レライア解放のために、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)、それに『氷の精霊』カヤノを始めとする一行が、『氷雪の洞穴』を目指して豪雪の中を進んでいた。
「さむーーーい!! モップス、その着てるの……やっぱいいや」
「ボクを一目見てから言わないでほしいんだな。これでも気を使ってるつもりなんだな」
 その豪雪の中、リンネがいかにも寒そうに身を縮こまらせ、モップスの背中に回り込む。
「ふふん、この程度の寒さで音を上げるなんて、人間はだらしないわね」
 カヤノだけが、流石氷の精霊とばかりに平然とした様子で、一行の先導を担っている。……寒がりな氷の精霊や雪の精霊、暑がりな炎の精霊も、パラミタ内のどこかにもしかしたらいるのかもしれないが。
「ほら、さっさと付いてきなさい! こうしている間にもレラは苦しんでいるかもしれないんだから!」
「……リンネ、ボクは本当にカヤノを連れてきてよかったのかと思うんだな」
 まるでエリザベートのようにワガママっぷりを発揮するカヤノを前にして、モップスが小声でリンネに告げる。
「どうなるか分からないのに、カヤノちゃんを置いてはいけないよ。……もちろん、レライアちゃんも一緒にいられるようになれば、それが一番いいんだけどね」
 リンネが呟いて、今はおそらく洞穴の奥で一行の到着を待っているであろうレライアのことを思う。……カヤノとレライア、かつてのセリシアとサティナのように、互いが互いのことを想い合うが故に、自らを差し出す者たち。
(絶対うまくいく、その想いが絶対じゃないのは分かってるよ。でも……想いもしなかったら絶対うまくいかないもんね。レライアちゃん、待っててね。今、レライアちゃんを解放してあげるからね!)
 胸に絶対消えない熱い思いを秘めて、リンネが洞穴を目指して進む。

「別にボクはキミを信じた訳じゃないんだからね! タツミが力を貸すって言うから、仕方なく来たんだからね!」
「あたいだってあんたの力借りるなんて一言も言ってないじゃない! 言いがかりはよしてよね!」
 降りしきる雪をも吹き飛ばす勢いで、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)とカヤノが口喧嘩を展開していた。
「うむうむ、喧嘩するほど仲が良いとも言うしのぅ。仲良きことは美しき哉」
「「よくないっ!!」」
 菩提 達摩(ぼーでぃ・だるま)の呟きに、そこだけはティアとカヤノの声が重なった。
「ふぉっふぉっ……巽、おぬしはどう思うかの?」
「老師のおっしゃる通りだと思います」
 尋ねられた風森 巽(かぜもり・たつみ)が、達摩の意見に賛成の意思を示す。
「なっ!? タツミまでそんなこと言うの〜? うう、タツミがボクに優しくないよ〜」
 巽の言葉を受けて、ティアが落ち込む素振りを見せる。
「あんたもかわいそうねえ。それに比べて、レラはいつもあたいに優しいんだもん!」
「むむ、今のは聞き捨てならないよ! タツミの方がよっぽど優しいよ!」
「レラの方に決まってんじゃん!」
「タツミだよ!」
「レラだよ!」
 再び、巽とレライアとどっちが優しいかで口喧嘩を始めるティアとカヤノに、達摩が微笑み巽が苦笑する。
「だいたい、アレ見たところでどこが優しいって言うのさ!」
「今はそんな風に言えるかもしれないけど、女装したタツミを見たらそんなこと言えないよ!」
「ちょっと、ティア! 何言ってるのさ!」
「ふぅーん……」
 ティアの発言に慌てる巽を、カヤノがじとーっと見つめる。
「じゃあ、今度その女装とかいうのをあたいに見せてくれたら、その時にまた考えてもいいわよ」
「キミ、言ったね? その言葉、忘れちゃダメだよっ!」
「え、えっと、ティア? ……な、何か勝手に決められてる気がするんですけど?」
「ふぉっふぉっ……巽、これも修行じゃ」
 どうやらまた女装させられそうな展開に、巽がため息をつき、達摩が優雅に微笑んで見守っていた。

「葉や枝をつけて帰ってきたときは、また私に無断で何かをしでかしたのかとヒヤヒヤしましたよ。……今回みたいな人助けなら、私も大歓迎なんですけどね」
「ユーノ、それじゃまるで僕がお騒がせ者みたいに聞こえるじゃないか」
「違うと言うんですか? それに今日は、ニコさんから不満や弱音といった言葉を聞きませんね。このような悪天候だというのに」
「ヒドイなあ、ユーノは。……まあ、気まぐれだよ、気まぐれ」
 ユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)の問いに、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)がはぐらかすように答える。
(カヤノとレライアを一緒に居られるようにしてあげたい……なんて、恥ずかしくて言えるわけないじゃないか)
 本音をそっと心の内に隠して、ニコが前を行くカヤノに追い付き、声をかける。
「ねえ、もしまたレライアと一緒になれたら、どうするつもりなの?」
「どうする? それって何よ、どういうこと?」
 首を傾げるカヤノに、ニコが言葉を続ける。
「もしよければ、レライアと共にイルミンスールで暮らさないか、ってこと」
「……あんた、変わってるわね。あたいもレラも、あんたたちの敵じゃないの? それなのに一緒に暮らそうなんて、人間って分からないわね」
「はは、人間が分からない、ってのは僕も同感かな。ほら、立場が変われば人も変わるって言うしさ。いつまでも敵だ敵だって言ってたって、しょうがないじゃない」
「…………」
「考えてみてよ。あ、もちろん、レライアを助けることが先だけどね。僕も微力ながら協力するよ」
 黙り込むカヤノに告げて、ニコがユーノのところへ戻る。
「……ニコさんがあのようなことを言われるなんて……私、少し感動しております」
「聞いてたの? だからホント、気まぐれだってば」
 涙まで見せるユーノに、ニコがやはり本音を隠して応えた。

「この調子だと今日は、リンネが皆を引っ張ることになるだろうな。……俺はそのことが非常に気がかりなのだ」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の呟きに、話を合わせていたモップスが頷く。
「アルツールの懸念ももっともなんだな。できれば抑え役になってくれると、ボクとしては助かるんだな」
「うむ、任せておくがいい。もっとも、この吹雪の中ではそうそう突飛な行動も取れんだろう。……僕にはこの程度の寒さ、何の障害にもならんがな」
 モップスの言葉に、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が威勢のいい声をあげる。見ている方が寒くなりそうな格好ながら、本人は何の苦でもないようであった。
 モップスとシグルズがそのまま会話を交わし始めるのを背後に、アルツールが前を行くカヤノに追い付き、声をかける。
「……なんか用?」
「カヤノといったか。……よければ、俺の養子にならんか」
「……はあぁ!?」
 素っ頓狂な声をあげるカヤノに、アルツールがあくまで真剣な表情を浮かべて続ける。
「今のところ、俺は一人身だ。子供一人くらい養う余裕はある。それにイルミンスールには、君たちのことをよく知る者もいる。レライアのことも、きっと相談に乗ってくれるはずだ。そうなればレライアと一緒に暮らすことも可能になるかも知れん。……もちろんその時には俺が二人の面倒を見てやる」
「……ホント、調子狂うわね。リンネといい、みんなバカばっかりよ」
「ふっ……君の言うこともあながち間違いではないだろうな」
 息をつくアルツールの脳裏に、自らのことを『父』と呼んでくれるであろう者の姿が思い浮かぶ。
 カヤノの言った『バカ』は、こと『親バカ』という意味において、的を得ているようであった。

「フロイライン・アシュリング、何にせよ貴女は今回の『切り札』だ。今のところは大人しく我々に守られてもらって、決めるのは最後にしてもらいたい」
 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)がリンネに近付き、告げる。
「うん、何かごめんね? あれ、今日は眼鏡、かけてないんだね?」
「まあな、この寒さでは凍結が怖くてな、外している。絶対に必要というほど視力がないわけではないのでな」
「そうなんだー。でも、今の方が似合ってるかも!」
 そんなリンネとエリオットのやり取りを、後ろでメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)がどうにも腑に落ちぬといった表情で見つめていた。
「なーんか調子狂うなあー。リンネちゃんがちょ〜っとシリアスしてるから、エリオットくんまで普通になっちゃってる気がする!」
「そうね、違和感ありまくりね。ここは雰囲気を和らげるためにも、私たちも会話に混ざりましょう」
「我輩も言いたいことがあるでな、一緒させてもらうぞ」
 クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)も加わり、三人がリンネとエリオットの間に割り込んで口を開く。
「リンネちゃん!」
「わぁ! な、何かな?」
 驚いた様子のリンネに、メリエルがたたみかける。
「あのね、普段からおちゃらけてる人が急にシリアスやったって全然面白くないの! 普段どシリアスな人がたま〜にギャグやるから面白いの! わかる!?」
「……突然出てきて何かと思えば、お前、何のつもりで言っているんだ」
「えっと……ギャグマンガの基本の説明、かな?」
 エリオットに問いかけられたメリエルが、少しためになる知識を披露する。……参考にします。
「気をつけないとダメよ? 今は涼しい顔してるけど、エリオットには『ヘテロクロミアのロイエンタァ〜ル』みたいなところがあるから、下手すると学校全体を敵に回しちゃうかもしれないわ」
「ほう……クローディア、その口に『ファイエル』の言葉を叩き込まれたいのか?」
 掌をクローディアに向け、エリオットが冷ややかな瞳で呟く。
「やあね〜、冗談よ。じょ・お・だ・ん♪」
 はぐらかすクローディアの横で、リンネが「……ろいえんたぁーる?」と首を傾げていた。
「そうだ、安心なされよ。この男の通った後にはぺんぺん草すら生えなくなる。奴のそんな破壊力がある限り、もはや誰をも恐れるに足りぬ」
「よってたかって……卿は私を一体何だと思っているんだ」
 エリオットが頭を抱えて呟く。その横で、リンネが可笑しそうにお腹を抱えて笑っていた。
「あはは……なんか、一緒にいて楽しそうだよね、みんな! ……うん、元気出た! ありがとねー!」
 リンネの言葉に、エリオットを始めとした面々が「……なんかいいことしたっけ?」と首を傾げたのであった。

「さ、寒いね〜……ボク、寒いの苦手だよ〜……」
 進軍を続ける一行の中で、防寒具をしっかりと着込んだファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が、それでも全身を震わせながら懐に提げたお茶で身体を温めようとする。
「わわ、手が震えてうまく注げないや」
「では、私がお注ぎいたしましょう」
「あっ、ごめんねユノちゃん、ありがとう〜」
 ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)がファルから水筒を受け取り、中のお茶を注いでファルに手渡す。彼女は機晶姫ということもあってか、ファルよりは身軽な服装であった。
「はぁ〜、あったまるよ〜。あ、コユキも飲む?」
「…………」
 ファルの呼びかけに、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は何かを思案しているようであった。
「コユキ?」
「……あ、ああ、すまない、考え事をしていた」
 二度目の呼びかけに応えた呼雪が、ユニコルノの注いだお茶を受け取る。
「呼雪様、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、カヤノとレライアのことをね」
 呟いて、お茶を口にした呼雪が、器をユニコルノに返す。
「精霊というと、もっと摂理に則した存在なんだろうと思っていたが……案外、人間と変わりないんだな。まあ、全ての精霊がそうというわけではないのかもしれないが、少なくともカヤノは、ただレライアを助けたいという願いのために、人を利用しようとした。……だが、その報いは必ず自分自身に跳ね返ってくる。それを我が身で全て受けようとしてしまったレライア……愚かしい結果なのかもしれないが、だが、大切な人と一緒にいたいという気持ちは理解出来なくもない……」
 呼雪が、まるで自らの事と照らし合わせるように、呟く。
「うーん……コユキの言うことは難しくてボク、よく分からないけど……ボクはね、カヤノちゃんにもこのお茶のようなあったかい心があるって、信じてるんだ。だから、ボクはカヤノちゃんがレライアちゃんのところに行けるように、力を貸したい。……ユニちゃんはどう思う?」
 ファルから器を受け取り、水筒に戻したユニコルノが呟く。
「私は……呼雪様やファル様の言うような、人の心、温もり……分かりません。ですが……それはとても、素晴らしいものと判断します。それが見られるのであれば、是非お目にかかりたいと思います」
「うん、決まりだね! ボクたちはカヤノちゃんに力を貸す! それがきっとボクたちの出来ることだよね!」
 ファルの言葉に、呼雪も頷いて応えるのであった。