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蒼空歌劇団講演!

リアクション

「やるじゃねぇか……、あの野郎」
 英希の外道な働きぶりに、感嘆の声を漏らす大鋸だった。
 だがしかし、油断大敵である。ボフッと何かわさわさした一撃を彼はお見舞いされた。何か枝的な物で小突かれたらしい。見れば、そこに立ちはだかるのは一本の木。いや、正確に言えば、木役のカガチであった。
「……なんだ、てめぇ?」
「木だよ」
 それはその通りであるが、たぶん質問の意図はそう言う事ではない。
 質問を繰り返そうとした大鋸の顔に、またしてもカガチはボフッと一発ぶち込んだ。
「て、てめぇ……」
「トゥリー!」
 ネイティブな発音と共に、ボフボフボフとドラムを打つように枝で大鋸をはたきまくる、カガチ。
 すると、デロデロデロデロ……とRPGのエンカウント音が流れた。


 木(レベル21 アクティブモンスター)が現れた。
 コマンド?



 気の利いた演出をくれたナレーションと音響に、カガチも思わず親指をおっ立てた。 
「俺様の邪魔をする木……じゃねぇや、邪魔をする気だな……」
「そんな事言われても、俺木だし……、わっ!」
 大鋸が一蹴り入れたら、カガチはあっさり転んでしまった。
 かぶり物の所為で、思うように身動きが取れない。そればかりか、攻撃を受けた時にバランスも取れない。
「し、しまった! その上、かぶり物が邪魔で起き上がれない!」
 青ざめるカガチの頭上に、ブォンブォンと不吉な血煙爪の音が聞こえてきた。
「そうか木か……、今年のクリスマスツリーはてめぇで決まりだな……」
「ちょっ、わんちゃん、たんま! って、クリスマスツリー!?」
 てっぺんにお星様を付けられた己を想像し、それも悪くないかな……、と思ったのは完全に気の迷い。
 そんな彼の窮地を救ったのは、大鋸の背中にピシャリと打ち付けられた一発の鞭だった。
「いい加減にしろよなっ!」
 巧みに光条兵器の鞭を操るのは、朝霧垂(あさぎり・しづり)だ。
「いででで……っ!」
 垂が二度三度と鞭を打つと、容易く衣装は破れてしまった。なんだか妙に破れやすい。どうも縫製が甘いようだ。この縫製の甘さには作為的なものを感じる。大鋸のドレスにこんな仕込みが出来る人間と言えば、衣装担当の白菊珂慧。それを裏付けるように、珂慧は舞台袖から剥かれていく大鋸をガン見している。
「けして、そういう目で見てるわけじゃないよ。これは美術的な芸術的なアレなんだよ」
 誰に向かって言い訳したのか知らないが、珂慧は熱心に舞台を見つめていた。
 そうこうする内に、大鋸はガーターベルトに、布切れと化したドレスをぶら下げてるような状態となった。完全に変質者の類いであるが、肩にぶら下がった一本の布が、大鋸のお宝を奇跡的に隠蔽していた。
「見えるか見えないかのこのギリギリ加減……、最高に芸術的だよ、わんちゃん先輩」
 自分の世界へ旅立ってしまった彼はそっとして、舞台に話を戻そう。
 垂の鞭によって、大鋸は力つき、ごろんと床に倒れた。
「王子役になれなかったぐらいで、こんな事しちまいやがって。いいか、脇役だって大事なんだぞ!」
「大きなお世話だ! 何しようと俺様の勝手だろうが!」
「ほー、そう言う態度なら、こっちにも考えがあるんだぜ?」
 垂がそう言うと、パートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が登場した。
 ちなみにライゼは王妃(魔女)、垂はその召使いと言う役柄で舞台に上がっている。大鋸に王妃役のあるべき姿を見せるため、あえてこの役で登場したのだと思われる。
「ふぇっふぇっふぇ。そんなに息巻いてたら、喉も渇くしお腹も空くじゃろうて……」
 不気味な笑い声を響かせて、ライゼはアップルパイとリンゴジュースを差し出した。
「ここらで一息つかんか? ふぇっふぇっふぇ」
「俺の手作りのアップルパイとリンゴジュースだ。どうだ、美味そうだろう? 人間を作るのは食べ物って、昔から言われてるからな。この絶品料理を食べて、お前も心を入れ替えるんだな」
「……なんかクセぇぞ、この料理?」
 残念な事に垂に自覚はないのだが、彼女の料理は一級品の殺人兵器である。
「妙な臭いがすると思ったら……、なんだその不気味な料理は?」
 ふと、そこを通りかかったトカゲのジゼルは目を見開いた。
 ライゼの姿を一瞥し、彼女は考える。王妃=大鋸=ワル、大鋸=リンゴで悪事を働こうとした=リンゴは危険なもの。リンゴ料理らしきそれからは、なにやら異臭も漂ってる。まず間違いなく危険。
「そんな危険なリンゴは、私が食べてやる……、ばくばくばくっ」
 アップルパイを一つ奪って食べると、悲鳴もなくジゼルは倒れ動かなくなった。
 ジゼル・フォスター、再起不能(リタイア)
「……お、俺様は絶対食わねぇぞ!」
「む〜だ〜だ〜よ〜、舞台を台無しにしようとした罪、存分に『味わって』ね〜☆」
 ライゼの手で、無理矢理口に入れられたそれは、一瞬で大鋸の意識を奪った。
 ……や、やべぇ。気が遠くなってきた。全身に力が入らねぇ……。俺様死んじまうのか……。何かが見える、ああ、俺様がガキの時に死んじまった愛犬のペスじゃねぇか……。はは、なんだ、俺様と遊んで欲しいのか?
「お母様、気を確かに」
 そこに登場したのは黒雪姫の美羽。正しくはジ・エンド・オブ……やっぱり無駄に長くなるから、やめておこう。彼女はヒールを唱え、三途の河をうろうろしていた大鋸をこっち側に連れ戻した。
「……はっ! あ、危ねえ! もってかれる所だった!」
「あまりの美味さに昇天しそうだったか?」
「ふぇっふぇっふぇ、まだ食べられそうだねぇ」
 だが、再び垂とライゼの魔の手が伸びる。そりゃあ、完全に確保されてるんだから、こうなる。
「うおおお……、ん? なんだ、ステファニー、ステファニーじゃねぇか!」
「あら、また? 今、回復させてあげるからね」
「……はっ! やべえ! 今度は昔飼ってたシーモンキーまで出てきやがった!」
 そこへ再び魔の手が伸び、また美羽がヒールを唱える……、終わらないのが終わり、とはこの事か。
「大丈夫よ、お母様。私の力が続く限り回復してあげるからね」
 ニッコリ微笑む美羽、さすがに大鋸も真の敵が誰なのかようやく気付いた。
「てめぇが一番質悪いわ!」
「えへへ……、わんちゃんはいじめがいがあるなぁ」
 敵は内に有りとはよく言ったものである。彼女、小鳥遊美羽は間違いなくドSであった。


「ずるいぞ、わんちゃんばっかり目立って!」
 そんな叫びとともに、舞台上段に突如現れたのは、嘉川炬(かがわ・かがり)だった。
「青空の勇者カガリただ今参上です!」
 青空の勇者なるいかにも騒動を鎮めに来たかのような役柄の彼女だったが、やり始めた事はそれとはかけ離れたものであった。鞄から取り出した、大量の火炎瓶を無差別にばらまき始めたんである。敵も味方もおかまいなし。当然の凶行を前に、敵も味方も舞台の上をただただ逃げ回るしかなかった。
「あっはっはっは、踊れ踊れ〜」
「ちょっと炬ちゃん。こんな真似して何考えてるの? 頭湧いてるの?」
「炬さん……、助けに来てくれるのはありがたいんですが、その……無差別攻撃はどうかと」
 争っていたヴェルチェと優希だが、これにはたまらず一緒に抗議にやってきた。
「おや、雑魚キャラがあぶり出されて来ましたね〜」
「ざ、雑魚キャラって、あたし?」
 目を白黒させるヴェルチェに向かって、またも火炎瓶を放り投げる、炬。
 間一髪、優希がファイアプロテクトを発動させ、恐るべき火炎瓶攻撃を防いだ。
「や、やめてください、炬さん。このままじゃ、劇場が燃えてしまいます」
「暴れたいなら、そっから降りて直接挑んで来なさいよ。卑怯じゃない」
「卑怯〜? マジのガチバトルで何言っちゃってるんですか〜、負け犬の遠吠えですか〜? にゃははは〜」
 そう言うと、楽しそうに炬は火炎瓶を撒き始めた。
「……完全にテロね。あの子、劇場を消し炭にするつもりなんじゃないの?」
「い、いくらなんでも、そ、そんなまさか……」
 とその時、ジャジャーンと言うどこかで聞いた効果音が鳴り響いた。
 この効果音で現れるのは、舞台の異端分子排除人、またの名をデウスエクスマキナ。
「まさかの時の鏖殺寺院異端審問!!」
 舞台上段に登場したゲルデラー博士率いる彼らは、颯爽と悪魔的動作で炬を取り囲んだ。
「我らの武器は……いや、長いから省略。ミスター・ラングレイ、罪状を読み上げよ」
「おまんは舞台の進行を邪魔したでよ。よって……」
 ゲルデラー博士が言い終わる前に、突然ロドリーゴから悲鳴が上がった。
「にゃははは〜、ガチバトルで前口上は命取りじゃないんですかぁ〜?」
「よ、余の衣装に火がっ!」
 足下で割られた火炎瓶で衣装に火が燃え移り、ロドリーゴは水を求めて舞台袖に引っ込んで行った。
「ま、待て、ロドリーゴ!」
「……博士、この状況はまずいのではないですか?」
 素に戻ったアマーリエが言うと、ゲルデラー博士は深刻な顔で頷いた。
「ああ、わかってる。ロドリーゴがいなくては、異端審問が続けられんからな……」
「いえ、そう言う事ではなくて……」


「……どうしよう、もうこれ何の話なのかよくわかんないよ」
 舞台で暴れまくる彼女に恐怖しつつ、愛美はぼそっと呟いた。
 巻き込まれると怖いので、舞台袖で様子を伺っているがここにもいつ飛び火するかわかったもんではない。一緒にいたジュリエット姉妹はどこかに姿を隠してるし、路々奈とヒメナは、自分達が混乱をおさめてヒロインになろうと舞台の混乱に飛び込んで行ってしまった。舞台でまともな人間ベストファイブに入るであろう、王妃役のリカインもなんとか騒動を止めようと、セスタス装着で炬に挑みに行ってしまった。
「……私もここにいる場合じゃないね。彼女を止めに行かなくちゃ!」
「いや、愛美はこっちだ」
 愛美を止めたのは、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)だった。
「なるべく離れたほうがいいぜ。巻き込まれたら大変だからな」
「でも、舞台を放っておけないよ」
「……気持ちはわかるけど、駄目だって。ルカルカから友達の話を聞いたか? 実は俺も同じ友達から、あんたを守るように頼まれてんだ。だから、あんな危険な所にみすみす行かせるわけにはいかないぜ」
 レイディスが手を引いて、奥へ行こうとすると、舞台から奇妙な笑い声が聞こえて来た。
「……ほら、なんかヤバそうな声が聞こえて来ただろ?」
 レイディスの指摘する通り、確かにヤバイ者がやってきていた。
 ワイヤーアクションで浮遊するように、天井から舞台へやって来たのは、東方の三博士だった。メルキオールの野武、バルタザールの金烏、カスパールのシラノからなる三人組。前半ではそこそこお行儀の良かった彼らだが、今回もそうであるとは限らない。むしろ、お行儀の良い人間はこのシーンで出て来たりしない。
「ぬぉわっはっはっはっは!!!」
 野武は高らかに笑い声を上げて、眼下で争う役者たちを見下ろした。
「こんな事もあろうかと、姫を密かにストーキングしておったのだ!」
「青、見守り、見守り」
 小声で金烏が訂正すると、野武は「ん?」と片眉を動かした。
「……もとい、見守っておったのだ!」
「さあ、我らが必殺の『東方葵花破軍星大法』、受けるが良い!」
 三人声を揃えて言うと、舞台上空で三人は横一列に並んだ。
「セットアップ!『メルキオールは自律自爆を提議する』」
「『バルタザールは自律自爆を承認する』」
「『カスパールは自律自爆に反対する』」
「『自律自爆が否決されました』……おい、カスパール、ふざけるものではない」
 自爆と言うあからさまにヤバイ単語が飛び出して来て、舞台上の役者たちの顔がこわばった。
「『メルキオールは再提議する』」
「『バルタザールは承認』」
「『カスパールは承認』」
 流れるように台詞を紡ぎ、最後にはやはり声を揃えてこう言うのだった。
「自律自爆が可決されました! 自動モードにより自爆します!」
 勢い良く引き抜かれるスタングレネードのピン。
「見よ! 東方は紅に……」
 野武が言い終える前に、舞台は閃光に包まれた。