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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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第一章 太陽は沈む。追跡劇が始まる

――病魔は日々身体を冒していく。
――怖いのは死、そのものではなくてただ、筆が握れなくなること。
――そんなことは百も承知で、でも、たかだか貧しい絵描きである『彼女』に何が出来よう? 身体からは日々力が失われていく。
――わかっている。でもだから?
――だから彼女は賭にでた。
――『絵の中からも姿を消し、現世でもその存在を隠す』
――偶然に知った絵画の魔法。
――彼女の姿は4枚の絵によって隠されて、再び4枚が揃うことで現れる。
――絵は散り散りになって、長い年月が流れた。
――『猫』だけが、彼女を覚えていて、必死で探した。彼女を治す方法を。
――そして、見つけたのだ。

「――って筋書きはどうかな?」
 ニットのワンピースに、タイツとブーツ。さらにローブ。完璧に着込んだ九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )はすっかり冷え込み始めた空京の空を、空飛ぶ箒に乗って移動している。
「『どうかな』って! 当たってるのよね、その予想!?」
 九弓の箒に、小型飛空艇で併走している小さな影は九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)
「こう冷え込むとそろそろマフラーもとかも欲しいよねぇ?」
「ちょっとぉ?」
「大丈夫ですわ。きっと素敵な映像が取れますわよ」
 九鳥の小型飛空艇。
 二人乗りをしたマネット・エェル( ・ )がにこやかに微笑んだ。
「そう願ってるわよ。こんなものまで用意してきたんだからっ!」
 マネットの背後を振り返る九鳥。そこには、身長15センチ程の彼女達とそう大きさの変わらないハンディサイズのビデオカメラが積まれていた。
 九弓が自分の予想の結果を見届け、記録するために用意したものだ。
「ついでに言えばマネットにも不安があるんだけどね。カンバス・ウォーカーが逃げていったのは、こっちで間違いないのね?」
「はあい。さらにこちらは直線移動です。追いつけるはずですわぁ」
 マネットが指差した方向は、まさに空京の中心街。カンバス・ウォーカーは空京を突き抜けていくつもりのようだ。
「九鳥、口動かしてないで飛空艇のエンジン噴かしなさいな。あたしからどんどん遅れていってるよ」
「完全な積載量オーバーなのよっ! まったく。これで何も起こらなかったら、承知しないわよ!」
「大丈夫ですわ〜。ほら、こんな良い月ですもの」
 躍起になってスロットルを開ける九鳥の後ろで、空を振り仰ぐマネット。
 空には丸くて大きな月が昇っていた。
 それを見た九弓も薄い笑みを口許に浮かべた。
「そうだね。何かが、起こりそうな夜だ」

「ああ、了解だ。このまま中心街を北に、だな」
 【暁の微笑】メンバーにかけていた携帯電話を切り、バイクをスタートさせたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)
 細い路地を抜けながら次第に広い道を目指して速度を上げていく。
「で、どうなったの、エース?」
 バイクにまたがって併走しているパートナークマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が聞いた。
「【暁の微笑】はカンバス・ウォーカーの目的を遂げさせる手助け」
「何かよっぽどの事情でもあるみたいだもんね」
「だからまずは見つけないとな」
「そうだね。できればオイラ、ウォーカーちゃんの話が聞いてみたいなぁ。だってホラ、後でエリザベート校長とか絵の所有者達を誤魔化さないといけないかもだし……。このままお尋ね者ってなんだか可愛そうな気がするよ?」
 クマラが少し顔を曇らせた。
「なーに、俺の笑顔とナンパテクニックでカンバス・ウォーカーの心を解きほぐしてやるさ。イチコロだぜ」
 そう言って、エースは用意してきた薔薇を一輪、口にくわえて見せた。
「エースっ!」
「そんなに感動するなよ、照れるだろ」
「じゃなくてっ! 前っ! 前っ!」
「は?」
 くるっと向き直ったエースの視界に飛び込んだのは小柄な人影。
「おわぁぁぁぁぁぁっ!」
 慌ててハンドルを切ったエースのバイクは横転、ズササササっと派手な擦過音と衝突音をまき散らした。
「エースっ!」
 心配そうなクマラを手で制して、エースは起き上がる。
「いや、俺は大丈夫。それより……そっちの人は……」
 飛び出してきた人影が怪我をした様子はなかった。驚いたようで、ペタリとへたり込んではいるが、その両腕は大切そうに三枚の絵を抱え込んでいる。
 エースが硬直した。
「おまえ、カンバス・ウォーカー?」
 その言葉でカンバス・ウォーカーの身体に力が入り、瞳に意思が戻る。
「いや、えーと、そうじゃない! 捕まえたい訳じゃなくて! えーと、そうだ! ど、どうだろう、キ、キミが今夜見たがっているものを俺にも見せてくれないかな」
 若干訳がわからなくなったらしい。
 今のクラッシュでしわくちゃになってしまった薔薇を取り出してみせるエース。
「いや、エース。そのタイミングは……」
 クマラがため息をついた。
 そこへ――

「カンバス・ウォーカーから離れるにゃ!」

 鋭い声がして、漆黒の美しい毛並みがエースとカンバス・ウォーカーの間に割って入った。
 カンバス・ウォーカーを守るように立ってエースを睨め上げる。
 黒猫姿の吸血鬼シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)だった。
「バイクで追いかけ回すなんてひどいことをするにゃ!」
「いや、ちょっと待て、事故だ事故! たまたま出会い頭に衝突しそうになっただけで、むしろ俺はお近づきになりたくてだな……」
「なお問題だにゃー!!」
 キシャーっと全身の毛を逆立たせるシス。
「金色に輝く大きな瞳に夜の風に靡く印象的なクセっ毛……。そして茶目っ気たっぷりの笑顔……。キュートな怪盗少女には俺様みたいな高貴なマスコットキャラがお似合いだにゃ! 俺様以外はみんな去るがいいにゃー!」
 シスの剣幕に、エースはもちろん、当のカンバス・ウォーカーまでが呆気に取られている。
「あー、えーと、なんだ、ゴメンか。ごめんなさいか。俺はとりあえず謝ればいいのか。いや、謝るの俺か? まぁそのなんだ、あんた、カンバス・ウォーカー。あんた手に持ってる絵の他にとんでもないもん盗んでいきやがったのさ、そういうこと? まぁそこのエロ猫吸血鬼の心をってやつなんだけど。んで、何かな、とりあえずみんなにごめんなさい、なのかな、俺は」
 納得のいかなさに散々首をかしげながら、げんなりした顔で現れたのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)
 全速力でパートナーを追いかけてきたのか、疲労の滲む面持ちで足を引きずっている。
「で、その猫の妄言は置いておいては、俺としてはあんたのやりたいこととか目的とか聞ければと思ってるんだけど……聞こえてないよな」
 ケイの目の前ではエースとシスが顔を付き合わせて言い争っている。
「お前な、ネコ! 個人的な欲望で邪魔してんじゃないぞ!」
「そっちこそ情報欲しさにカンバス・ウォーカーに言い寄るなんて不純だにゃ! 俺様の一途な愛の前に敗れ去るにゃ!」
「バカ言うな! 俺たちはカンバス・ウォーカーの目的を遂げさせてやろうとだな……」
「俺様だってカンバス・ウォーカーの幸せだけ考えてるにゃー!」
 そろりそろり。
 二人の背後で、静かに、しかし素早い身のこなしで逃げ出そうとしているカンバス・ウォーカーの姿があった。
「ああ、逃げていく……」
 しかしもはやケイにはそれを追いかける気力がなかった。
 ポンポンと肩を叩かれて振り返ると、慰めるようなクマラの笑顔があった。
 その手がキャンディーをひとつ、差し出してくれている。
 甘い固まりは、ケイの疲れた身体によく染み渡った。