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学生たちの休日

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学生たちの休日

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    ☆    ☆    ☆
 
「それにしても、この買い物の量は半端ではないであるな」
「いや、まったくアロンソの言う通りだ」
 今日空京を歩く男の大半の例にもれず、山ほどの荷物をかかえたアロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)はため息混じりに言葉を交わした。二人とも、かかえた荷物で前がよく見えない状態だ。
 もともと力があるアロンソ・キハーナはいいが、エリオット・グライアスとしては、ゆっくりと自室で本でも読んでいたかったところだ。
「ほら、がんばって歩いて。こんな天気のいい日は、部屋に閉じこもっているよりも、こうして町に出た方が何倍もよかったでしょ」
 感謝しなさいとばかりに、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が言った。
「メリエルは、私を殺すつもりか」
 エリオット・グライアスはつぶやくように言ったが、メリエル・ウェインレイドが聞こえないふりをして無視をした。
「大丈夫ですよ。何かありましたら、私がヒールしますから」
 代わりに答えたのは、クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)の方だ。
 その心づくしはありがたいが、そうなる以前になんとかしてほしいものである。
「次は、アクセサリー屋さんですよ」
「おーっ!」
「ちょっと待て、まだ買うつもりか!」
 荷物の陰からエリオット・グライアスは叫んだ。前がよく見えないので、人を避けるのも大変だというのに、まだ荷物を増やすつもりなのだろうか。
 本気でエリオット・グライアスが逃亡を考え始めた頃、彼らの行く手から奇妙に着飾った二人が歩いてきていた。
「ちょっと、この格好はすーすーしすぎですわ」
 マイクロミニスカートのおしりを必死に手で押さえながら、藍玉美海は言った。
「なにを言ってるのよ、私の普段の格好なんだから、大丈夫なんだもん」
 フリフリのリボンがふんだんについたマキシドレスを着た久世沙幸が言い返した。プロポーションは大人っぽいセクシーなドレスなのだが、腰の大きなリボン結びをはじめとする少女趣味的な意匠が、ちょっとアンバランスな感じだ。一方の藍玉美海は、いつもと違って開襟シャツにマイクロスカート、その上からジャケットを羽織るというカジュアルな服装になっている。
「だいたい、美海ねーさまがふざけすぎて着てきた服を破ってしまうから、買った服で帰るはめになったんだもん。さあ、それで公園を散歩しようよねっ」
「それは勘弁ですわ〜。きゃっ」
 突然吹いてきた風に、藍玉美海が小さく悲鳴をあげた。
 メリエル・ウェインレイドとクローディア・アンダーソンが、思わずスカートの前からのぞいたねこさんパンツに両手を合わせて拝んだ。
「わーん」
 藍玉美海がダッシュで逃げていった。久世沙幸にこういうことをするのは大好きで衆目も気にしないのだが、自分が逆の目に遭うことにはまだ免疫がついていないらしい。
「ああ、待ってよ、美海ねーさま!」
 あわてて久世沙幸が後を追いかけていく。
「今、何かすばらしい展開があったようなのだが」
「いいえ、何もありませんでしたよ」
 訊ねるアロンソ・キハーナに、クローディア・アンダーソンはにっこりと微笑みながら答えた。
「しかたない。ここは我が輩のたぐいまれなる妄想力で……」
 言いかけたアロンソ・キハーナを、メリエル・ウェインレイドがスパコーンとスリッパで叩いた。
「余計なことは言わない方が身のためのようであるな」
 エリオット・グライアスは、そうアロンソ・キハーナにささやいた。
「ありましたよ、アクセサリー屋さん。さあ、入りましょう」
 クローディア・アンダーソンが、探していた店を見つけて言った。
「よーし、買うぞー!」
 メリエル・ウェインレイドの歓声に、男たち二人は、がっくりと肩を落とした。
 
「ねえねえ、これ、かわいくないかなあ、おにいちゃん」
 アクセサリー屋でペンダントを見ていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、手に取った物を本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)に見せた。シルバーの鎖の先に、瑪瑙をあしらったロケットがついている。
「いいんじゃないかな。さっきまでは、私の趣味の買い物につきあってもらったから、それは私が買ってあげるよ」
「わーい」
 喜ぶクレア・ワイズマンとともに本郷涼介は精算を済ませた。
「さて、一息つくとするか。店は予約してあるから、そこに行こうぜ」
 ペンダントのつつみをクレア・ワイズマンに手渡しながら、本郷涼介は言った。
 慣れた道行きで、一軒の和風喫茶に入る。
「このお店は……」
「さあ、どうぞ、クレア・ワイズマン」
 ちょっと驚くクレア・ワイズマンに、本郷涼介が手をさしのべる。
 この和風喫茶は、二人にとって思い出の場所だった。まだ文通仲間だった頃、始めて会う約束をし、そしてそれを本当のこととした初めての場所だったのだ。
「懐かしいなあ」
 あれから再会を約束し、それがパートナー契約のきっかけとなり、イルミンスール魔法学校に二人そろって入学して今に至る。
 それから、二人そろって数々の冒険にも出かけ、空京にも何度も足を運んだ。けれども、二人そろって、さしたる理由もなくこの店に入ったのはあのとき以来だ。
「ねえ、これからはちょくちょく来ようよ。約束」
 そう言って、クレア・ワイズマンが小指を突き出す。
「機会があればな」
「そんなもの作ればいいんだもん」
 互いの小指を絡めながら、二人は約束を交わした。
「ねえ、お兄ちゃん。こうしていると、私たち恋人同士に見えるかな」
 ふとクレア・ワイズマンが口にする。
「うーん、そうだなあ……」
 本郷涼介が予想外にまじめに考え込んだので、言った本人が赤面してあわてた。
「そ、そうだ、もうすぐクリスマスだよね」
 あわてて話題を変える。
「イルミンスールの森のクリスマスって、どんなんだろうね」
「きっと、世界樹を豪華に飾りつけるんじゃないのか」
 答えてから、本郷涼介はその大きさと手間を考えてちょっと頭をかかえた。エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長のことだ、生徒総出で飾りつけをさせるかもしれない。いったい、どれだけの手間と労力と物資が必要になるのだろうか。それを思うとちょっと頭が痛かった。
「楽しみだよね」
 本郷涼介の心配など気にもとめず、クレア・ワイズマンは彼と二人で過ごすクリスマスに心を馳せていた。
 
「いい雰囲気のお店だね」
 同じ和風喫茶でやっと遅い昼食代わりのティータイムをとりながら、紫桜遥遠が満足そうに言った。どうやら、空京デパートまで我慢できなかったらしい。
「そうですね。この抹茶ロール絶品ですよ、遥遠」
 よほどおなかがすいていたのか、緋桜遙遠はあっという間に抹茶セットのケーキをたいらげてしまった。
「もう、遙遠ったらはしゃぎ過ぎ。他の人に迷惑だよ」
 紫桜遥遠が落ち着いた態度でたしなめる。実際に食べ物を目の前にするまでとは正反対だ。
「まあまあ、たまのデートですから。落ち着いたら、次に行きましょう」
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ねーたん、ほんとうによかったお?」
 林田 樹(はやしだ・いつき)の背中に張りついたカエル型ゆる族の林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、ちょっと不安そうに訊ねた。知らない人が見たら、カエル型のリュックにしか見えない。
「いいのだよ。まったく、あの二人は、どちらが私と出かけるかで、朝から喧嘩をしていたのだからな。私はバイクの部品を買いに行くと言っているのに、映画だ冬服だの。つきあっていたら、時間がいくらあっても足りないであろう。それより、このプラグはどうかな。今使っている物よりも、信頼性が高そうだが」
 林田樹は、煩わしいとばかりにさらりと話題を流した。朝からどちらが林田樹について行くかで喧嘩を始めたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)は、あっさりとおいてきぼりにしてきている。
「うーん、ねーたん、さっきのみせのほうがやすかったお」
「そうだったか? コタローはよく見ているな。よし、では、ちょっと戻るとしよう」
 よしよしと背中の林田コタローの頭をなでると、林田樹は道を戻り始めた。
「よう、そこの胸の大きなお姉ちゃん。暇だったら、オレと一緒にお茶しないか」
 道を歩く林田樹に、不意に坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)が声をかけてきた。久々の休日ということで、ナンパに命を燃やしているのだ。
「せっかくだが、遠慮する。行くぞ、コタロー」
「そんなこと言わないでさあ。胸が特別大きいお姉さん」
 スルーしようとする林田樹の行く手を、坂下小川麻呂が華麗なるステップで阻んだ。
「うるさい! 騒々しい! 喧しい!! 邪魔だ、雑兵め!!」
 気に障った林田樹が叫んだ。
「なんで、そんなところでナンパされていますかぁぁぁぁぁ!!」
 その声に呼応するかのように、遙か彼方からジーナ・フロイラインが怒濤の勢いで走ってくる。
「なんだなんだ」
 その勢いに、坂下小川麻呂が驚いて振り返った。
「僕の樹ちゃんに何かしたら、タダじゃおかないということだよ〜」
 いつの間にか、坂下小川麻呂の眼前に現れた緒方章が、すっと身を沈めながら言った。
「食らえ、奥義、蘭学アッパー!」
「ほげあ」
 強烈なアッパーカットを食らった坂下小川麻呂のガタイのいい身体が宙に舞う。
「必殺! 乙女きーっく!!」
 そこへ、空中でジーナ・フロイラインの前方回転伸身必殺キックが炸裂した。
 くるくると回転しながら猛スピードで吹っ飛ばされた坂下小川麻呂が、物の吹っ飛ぶ盛大な音ともに裏路地の奥へと消えていった。
「ふっ、林田様に手を出そうなんて、なんて命知らずです」
 大きく広がったワンピースのスカートの裾が、ふわりと降りてきてジーナ・フロイラインの脚を再びつつみ隠す。
「そう言うことだな。さあ、樹ちゃん、僕と映画に行こう」
 すっくと立ちあがって、緒方章が林田樹に言った。
「違うの。林田様は、ワタシと買い物に行くの!」
 ジーナ・フロイラインが、叫んで間に入った。
「ああ、もう分かった、分かった。みんな一緒に、ランチにでも行こう。その前に、部品だけは買わせてくれ」
 さすがに、林田樹が折れた。せっかくおいてきたのに、ここでまた朝のごたごたを繰り返されたのではたまらない。
 なんとか、買い物を済ませると、一同は和風喫茶に入っていった。
「プリンパフェ〜」
「俺は、クリームあんみつ」
「こた、ばにああいう、たべうー」
「お前たち……」
 甘い物が苦手な林田樹は、抹茶で必死に耐えた。
「それにしても、ここカップルが多いな」
 緒方章が、離れたテーブルにいる本郷涼介たちを見て言った。
「だめですよ。人の幸せを邪魔しては。ワタシと林田様との幸せも邪魔されてしまいます」
「誰と誰の幸せだ、ごらあ」
 うっとりというジーナ・フロイラインに、緒方章がかみついた。
「喧嘩したら速攻で帰るぞ」
 あーんと大きな口を開けた林田コタローにアイスクリームを食べさせていた林田樹は、すかさず二人を黙らせた。