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学生たちの休日

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学生たちの休日

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「おや、エル、どこへ行くのだ?」
 世界樹の外へ行こうとするエル・ウィンド(える・うぃんど)を見かけて、ギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)が声をかけた。
「おや、ギルですか。こんなところで会うとは。ちょっと、ザンスカールの町にまで、夕食の食材でも買いに行こうと思ってね」
「それは、ちょっと楽しそうだな。よし、私も同行しよう。もちろん、異存はないだろう?」
 決めつけられてエル・ウィンドは一瞬考えたが、たまにはパートナーとのデートもいいものだと、軽い気持ちでOKした。
 世界樹からザンスカールの町まではそこそこ歩くのだが、異性のパートナーと雑談しながらの道中は楽しくもあり、気がつけばすでに中央通りを人波に紛れて進んでいた。
 ザンスカールの町はイルミンスールの森の中にあるため、他の町に比べたらかなり特徴的だ。
 木造のアンティークな家が多いのは言わずもがなだが、自然木その物を家の一部として取り込んでいる家も多い。ザンスカール家がヴァルキリーの一族ということや、空飛ぶ箒に乗れる魔法使いが住人に多いせいもあり、一般住宅の中には巨木の上に造られた物も多かったりする。
「それにしても、エルの制服も、だいぶくたびれてきているな」
「まあ。最近は、戦いに巻き込まれることが結構多かったですからね」
 特注の黄金色の制服のほつれを確かめるようにして、エル・ウィンドは答えた。自分の服装の趣味を押し通すのはいいが、その維持は意外と大変なのである。
「ギルも、そろそろ服を新調したいのでは?」
 エル・ウィンドは、ギルガメシュ・ウルクに訊ねてみた。
 銀と見まごうようなシルクのドレスとマントがいつものギルガメシュ・ウルクの出で立ちであるのだが、それはエル・ウィンドに負けず劣らず高価で贅沢な物だ。普段から着古していたのでは、維持費も馬鹿にならない。
 そんな話題をお互いにふったものだから、自然な流れで洋服店に足がむいてしまう。
「何か気に入った物があれば、買ってあげますよ」
 いつも世話になっているからと、エル・ウィンドはギルガメシュ・ウルクに言った。
「それは嬉しいな」
 嬉々としてギルガメシュ・ウルクが様々な服を物色したが、既製服では今ひとつ女性としての彼女のプロポーションにぴったりと合う物がない。
 普段は学校の購買に特注して購入するくらいだから、ふらりと入った一般の店でお気に入りの物と同じ物を探すのは無理な話だろう。
「まあ、ちょっとした外出用の物としては、このような物かな」
 金糸の縁取りのあるシルクのマントを手にして、ギルガメシュ・ウルクが言った。試着して軽くターンしてみれば、美しい金髪とともに裾がふわりと広がって美しい弧を描く。
「普段着としては素敵ですよ」
「よし、これがよい。決めた。まさか、買えないというようなことはないよな?」
 ギルガメシュ・ウルクに言われて、エル・ウィンドはちょっと苦笑した。
 財布の中から虎の子のゴルダ札を何枚も出して、エル・ウィンドが支払いを済ませる。
「財布の中身が、とっても淋しいことになりましたねえ」
 ちょっと懐に寒風を感じながらも、エル・ウィンドに後悔はなかった。
 一休みもかねて、新規開店らしいバイエルン料理のレストランで昼食をとった後、帰り道で今度はアクセサリーの話題となって、また品物を見ようということになった。
「おや、あれは……」
「どうかしたのか、エル」
 何かトラブルかと、ギルガメシュ・ウルクが一瞬目を輝かせた。最近は、戦闘がなくてつまらない。
「いや、知り合いを見かけた気がしたんですが。まあ、たぶん人違いでしょう。さあ、おみやげを見に行きますか」
 エル・ウィンドは人波から目をそらすと、アクセサリー屋にむかって歩き始めた。
 
「クロセルぅ、早く入るのだ」
 レストランのショーウインドゥに張りつくようにしてケーキのサンプルを見つめながら、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の頭の上で言った。
「そんなにあわてないでください。ほら、よだれで人の頭をぬらさないでくださいね。いったい、どれを食べるつもりなのですか」
「右の端から、左の端までに決まっているのだ」
 自分の頭の上を見あげるクロセル・ラインツァートに、マナ・ウィンスレットがきっぱりと答えた。
「太りますよ」
 言いながら、やれやれというふうにクロセル・ラインツァートはショーウインドゥのガラスに映った自分の姿を見た。珍しく、トレードマークの仮面をつけていない。今日はオフなのだから、正義の味方もお休みというわけだ。
 なんだか、久しぶりに素に戻ったというか、逆にいつもとは別人になったような気もする。それでなくても、マナ・ウィンスレットからは仮面の方が本体呼ばわりされたこともあるくらいだから、誰かに目撃されてもクロセル・ラインツァートだとは分からないかもしれない。
 そもそも仮面とはなんだろうかとふと思う。
 黒衣に仮面ということでオプシディアンに間違えられてイルミンスールの森で難度か殺されかかったこともあるが、仮面とは自分を偽る道具でしかないわけではないだろう。偽るのではなく、隠すことによって普段なら持ち得ない何かを……。
「クロセルぅ。ここ、お昼はビュッフェもやっているのである。カレーも、あるみたいであるぞ」
「なんですとー!」
 マナ・ウィンスレットに思考を邪魔されたクロセル・ラインツァートであったが、その言葉にキラーンと目を輝かせた。彼は、甘い物が苦手である。それでも、パートナーを喜ばせるためにとケーキの甘い匂いにも我慢していたのだが、カレーがあるならば充分に耐えられる。できれば、香辛料たっぷりの本格カレーをたくさんナンに載せていただきたいところだ。カレーポリマーを作ろうとした某氏が聞いたら、きっとお友達握手を求めてくることだろう。
「入りましょう」
「わーい」
 クロセル・ラインツァートは、マナ・ウィンスレットと一緒に、迷わず店の中へと入っていった。
 
「あれ?」
「どうしたのだ、ジェーン。早く来るのじゃ」
 ふと立ち止まってあほ毛センサーをくるくる回すジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)に、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は声をかけて急かした。
「ちょ、マスター。今、ジェーンさんの視界にマナを見かけたのでありますが、クロセルが一緒ではありませんでした。見知らぬ男と一緒だなんて……浮気でありますでしょうか?」
 たくさんの荷物を両手でかかえたまま、ジェーン・ドゥが地上を滑るようにして、ファタ・オルガナの許に追いつく。
「いや、あやつらは別につきあっているわけではないと思うのだがのう。それよりも、今度は、あの骨董屋に入るぞ」
 他人のことなどどうでもいいと、ファタ・オルガナは目に入った古めかしい店に突撃していった。
 重苦しいドアを押し開けると、からころんとカウベルが来客を告げる。だが、別段それで店員が出てくるというわけではなかった。不用心と言えば不用心なのだが、のんびりとしたザンスカールの裏通りの店らしいと言えばそれらしい。
「おおっ、これはすばらしいのじゃ」
 陳列台の上におかれたティーセットにさっそく目を奪われ、ファタ・オルガナは飛びつくようにそれ手に取った。
「ふうであります」
 短時間の浮遊移動の限界に達して、地上に降りたジェーン・ドゥが持っていた荷物を床において一息ついた。おかれた荷物の重みか、彼女自体の重みか、木製の床が軋んでおとをたてた。
「うむ。古めかしくて、それでいて今も色あせてはいない。実にいい味わいじゃ」
 ティーセットの持ち具合や、唇に触れる部分の厚みなどを確かめながら、ファタ・オルガナはうっとりするように言った。白い陶器の素肌に青い帯で描かれたルーン模様も、ティーポットとおそろいで品がよく、魔法使いに似合いそうだ。
 そのティーセットがディスプレイされていたテーブルには、演出なのか売り物なのか、白と黒の大理石でできたチェスセットと、分厚い革のブックカバーのついた古書がさりげなく、今さっきまで誰かがここにいて使っていたかのようにおかれていた。
「おい、店主はおらぬのか。このティーセットはいくらじゃ」
 ファタ・オルガナが叫ぶと、ようやく店主らしき老人が出てきた。
「いらっしゃいませ」
「これはいくらじゃ」
 ファタ・オルガナの言葉に、店主がパチパチと算盤を弾いて見せた。
「こ、これは……」
 金額を見て、ファタ・オルガナがちょっとたじろぐ。
「店主、これはもうちょっと安くならんのか。ほれ、このぐらいに……」
「いやいや、御冗談を……。このくらいでありましょう」
 算盤の珠をがっつりと弾くファタ・オルガナに、店主が珠を弾き返した。
「せめて、これぐらいでは……」
 負けじと、ファタ・オルガナは再び珠を弾いた。
「では、勉強いたしまして、これでは」
 中を取るように、店主が珠を弾き直す。
「買った!」
 ファタ・オルガナの叫び声に、ジェーン・ドゥが、また荷物が増えるのかと陰でため息をついた。
 そのとき、店内のどこかにあるのだろう柱時計がボーンと時を告げた。
「おや、もうこんな時間か。そろそろ紅茶でも飲んで一休みとするさね」
 ジェーン・ドゥが疲れているのを悟って、支払いを済ませたファタ・オルガナは言った。
「よろしければ、お試しになりますか」
 店主が、ファタ・オルガナが買ったばかりのティーカップを軽く掲げて言った。
「それは悪くないのう」
 ファタ・オルガナの了解を得て、店主がお茶の支度をする。
 店内にある売り物らしいアンティークテーブルの上が片づけられ、お湯とビスケットが出された。
「オレンジ・ペコですが、よろしいですね」
 ティーポットに紅茶の葉をスプーンで入れながら店主が言った。
「これはお客様の分、これはそちらのお嬢様の分、これは私の分、そして、これはサプライズ……」
 店主が、四杯の茶葉をポットに入れてからお湯を注ぐ。
 砂時計が時を返し、お湯を琥珀の飲み物に変えるささやかな魔法がポットの中で繰り広げられていった。