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第5章 三つ巴
 
 遺跡の地下。
 機晶姫の工廠跡であるこの遺跡には、大量の機晶姫が眠っていた。
 いくつかはライナスとその助手たちによって持ち出されたといえ、遺跡内にはまだかなりの数の機晶姫が残っている。
「ここか」
 バルゴフが遺跡の一室に足を踏み入れた。
 崩れかけた扉には『中央管制ルーム』というプレートがかかっている。
 バルゴフは中央のコンソールを操作し、遺跡内の動力を復活させていく。
 遺跡が稼動すると共に、眠っていた機晶姫が次々に目を覚まし、起き上がった。
「ははは、ついに手に入れたぞ! 軍隊に匹敵する機晶姫軍団が俺のものに!」
 勝利を確信したバルゴフの元に、目覚めたばかりの機晶姫たちがやってくる。
「まずは手始めに、上にいる邪魔な連中を片付けるか。行け!」
 バフゴフが指示を出すが、機晶姫はその場から動こうとしない。
 苛々と声を荒げるバルゴフに、
「なにをしている! 上のヤツらを片付けろと――」 
『シンニュウシャヲ、ハイジョスル!』
「なんだと!」
 機晶姫が一斉に剣を向けた。


 機晶姫の暴走により、遺跡内は騒然としていた。
 目に付くものに手当たり次第に襲いかかる機晶姫と、バルゴフとその手下の馬賊たちによる戦闘。
 さらにパーツを取りに来た学生たちが乱入し、混乱に拍車をかける。
「だあー、くそっ! なんかいいモンがあると思って来てみりゃこれだ!」
 狭い通路を飛び回る銃弾や剣撃を潜り抜け、国頭 武尊(くにがみ・たける)が馬賊と機晶姫の戦場から退避する。
 隠れ身と光学迷彩によって武尊の存在は気付かれていないが、いたるところで始まった戦いに邪魔されて、満足に宝探を行えないでいた。
「武器や金目のものどころか、見つかるのはガラクタばっかだし、ついてねえな」
 遺跡で見つかるのは機晶姫用のパーツが主であり、それらも機晶姫の暴走でボロボロになっているものが多く、わけのわからない状態に
なっていた。こうなってしまうと、ライナスのような専門家にしか見分けることができない。
「しょうがねえ、これだけでも持って帰るか。少しは金になるだろう」
 戦闘の音が近付いてきたのをきっかけに、武尊は手近なものを鞄に詰め、そそくさとその場から逃げ出す。
 その途中、
「うおっ!」
「きゃっ!」
 武尊は通路の角から飛び出してきたヴェルチェ・クライウォルフと衝突してしまう。
 瞬時に警戒する武尊とヴェルチェだったが、
「あら、同業者かしら?」
「へっ、通りすがりのトレジャーハンターKとはオレの事だぜ!」
 見た目や雰囲気から自分と同じ匂いを感じたのか、武器を収めるふたり。
 そして相手のことを追及することなく、彼らは同じ方向に走り始めた。
「まったく、機晶姫が暴走するなんて当てが外れたわね」
「なんか言ったか?」
「なんでもないわ。ねえ、あなたの持ってる鞄の中身ってなにかしら?」
「へっ、そっちの持ってるモンを先に言ったら教えてやるよ」
 お互いに大した成果がないことを隠しつつ、彼らは出口への最短距離をひた走る。


『隆とソフィアを救うのに必要なパーツは、おそらく遺跡内の医療室にあるはずだ』
 ライナスの言葉を思い出しながら、御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が遺跡の通路を駆ける。
「急ごう! パーツを持って帰るなら少しでも早いほうがいいよ!」
「ええ。ですがセルファ、決して焦ってはいけませんよ」
 わかってる! と怒ったように返事をするセルファ。だが彼女は、それ以上真人を急かしたりしなかった。
 落ち着いているように見える真人が、内心は一刻も早く医療用パーツを持ち帰りたいと思っていることを知っているからだ。
 その気持ちを押し殺し、冷静に行動しているのだということも。
「ありました、医療室です!」
 通路の先で、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)がプレートの文字に歓声をあげる。
「でも開かないよ!」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が力任せに扉を開けようとするが、医療室の扉はびくともしない。
『だが、医療室に入るには中央管制ルームで医療室の扉を開く必要がある。壁を壊すという手もあるが、壊した際の被害を考えると、おすすめはしないな』
「……あとは、向こうの状況次第ですね」
 真人が呟く。ライナスからの情報は、同じく遺跡に入る予定の学生たちにも伝えてあった。
 ここで待っていれば、いずれ扉は開く。
 しかし――
「ナナ、機晶姫が来たよ!」
 接近してきた人影に、ズィーベンが声を張り上げる。
 扉の前に待機している彼らの周りに、暴走した機晶姫が大量に集まり始めていた。
 黙って扉が開くのを待つ、ということは、できそうになかった。


 真人やナナから話を聞き、中央管制ルームを目指していた七尾 蒼也(ななお・そうや)の耳に、悲痛な叫び声が届いた。
「お願いします、話を聞いてください!」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、複数の機晶姫を前に、武器も持たずに語りかけている。
 だが、襲ってくる機晶姫に意志はなく、彼女の言葉に耳を傾ける者はいない。
 機晶姫たちが剣を構え、ヴァーナーに攻撃を加えていく。
 なんとか転がって回避するヴァーナーだったが、それでも反撃する気はないらしい。
 ずっとそうしてきたのか、彼女の体は傷だらけだった。
「うう……」
 痛みでヴァーナーが呻く。
 立ち上がれずにいる彼女に、機晶姫が容赦なく追撃をかけた。
 機晶姫の剣がヴァーナーに振り下ろされる。
 その直前、とっさに進路を変えた蒼也が、ぎりぎりのタイミングで割って入った。
 蒼也のハーフムーンロッドと機晶姫の剣が噛み合う。
「くっ……来い! 俺が相手だ!」
 蒼也が光術で応戦する。生み出された眩い閃光が、機晶姫の体を直撃した。
 しかし、元々前衛向きではない彼は、複数の相手からの連続攻撃を受けてしまう。
「蒼也!」
 苦戦を強いられる蒼也の前に、ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が立つ。
 ペルディータのカルスノウトが閃き、機晶姫の群れを押し返した。
「もう、蒼也はちゃんとジーナさんを守らなくては駄目よ!」
「う……ごめん」
 思わず謝ってしまった蒼也は、ちらりと後ろに目をやる。
「ひどい怪我です……すぐに治しますね」
 蒼也の気持ちなどつゆ知らず、彼らに同行していたジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が、ヴァーナーの傷をヒールで癒していた。
 その間に、ジーナのパートナーであるガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)道明寺 玲(どうみょうじ・れい)イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)も彼らに合流し、機晶姫への対処に当たる。
「暴走する機晶姫、か。これもまた知識の側面のひとつなのやもしれぬな」
 知的好奇心の強いドラゴニュートのガイアスが、機晶姫を見て複雑な表情を浮かべていた。
 それでもやられるつもりはないのか、ガイアスは機晶姫にアシッドミストを唱え、酸の霧を呼び出す。
「それがし、まだまだ戦闘は苦手ですができることはしておくべきですな」
「悪しき魂は成敗!! どすなぁ〜」
 実力不足を自覚しつつも、玲がデリンジャーを眼前の機晶姫に押しつけ、攻撃。
 一撃では倒しきれないものの、怯んだところにイルマが火術を放った。
 連携を活かし、1体ずつ確実に敵の数を削っていく。
 人数で勝れば、決着はあっという間だった。
 壊され、倒れた機晶姫たちの姿を見て、ヴァーナーが目を伏せた。
「どうして……ボクはみんなとお友達になりたいだけなのに……」
 蒼也たちを責めているわけではないのだろうが、その声はその場にいる全員に突き刺さる。
 沈黙が場を支配する。
「あ、あの……ヴァーナーさんも、ソフィアさんのパーツを取りに来たんですよね?」
 その沈黙を破り、最初に言葉を発したのはジーナだった。
 こくりと頷くヴァーナー。
「でしたら、一緒に行きませんか? 私たち、中央管制ルームというところに向かっているんです。もしかしたら、機晶姫さんたちを止める方法も、そこで見つかるかもしれません」
「ほ、本当ですか?」
 機晶姫を止める方法がある。それが気休めに近いということは、一度この遺跡を訪れたことのあるジーナ自身もわかっているのだろう。
 それでも、ジーナは無謀な行為を繰り返すヴァーナーを見捨ててはおけなかった。
「わかりました、一緒に行きます! ボク、機晶姫のみんなはもちろん、隆おにいちゃんとソフィアおねいちゃんも助けたいです!」
 塞ぎ込んでいたヴァーナーが勢いよく立ち上がる。
「……」
 以前に比べて大きく成長したジーナを、蒼也は感慨深げに見つめていた。
「皆さん、早くしないと、また敵に囲まれてしまいますな」
「この壁の傷は覚えてますえ。次の道はこっちどすな」
 情報収集に余念がない玲とイルマがそう促した。
 ヴァーナーを加えた一行が、再び目的地へと動き出す。
 襲ってくる機晶姫たちに手こずるも、走り続ける彼らの目に、やがて『中央管制ルーム』と書かれたプレートが飛び込んできた。


「見つけました! きっとこれです!」
 機晶姫との戦いの最中、医療室を探索していたナナが叫ぶ。
 彼女の手には、ライナスから聞いた特殊な光を照射する機晶姫用の部品が握られていた。
「あとは脱出するだけだよ!」
 機晶姫が医療室に入らないよう足止めをしていたズィーベンが、やや強引に攻勢に転じる。
 医療室前の機晶姫たちは、増援によりその数を増やしていた。
 真人が持参した火気厳禁のスプレーを取り出し、機晶姫たちへ投げ込む。
「本来は馬賊用だったんですけどね。皆さん、下がってください!」
 続けて放ったファイアストームがスプレーに引火し、爆発を起こした。
 その爆発によって、医療室前の機晶姫たちの包囲に穴が空く。
 すかさず、バスタードソードを構えたセルファが突っこんだ。
「行くわよ! パーツは無事?」
「はい、大丈夫です!」
 パーツを抱えたナナを守るようにして包囲を突破する4人。
 だが、出口までの道には、まだかなりの機晶姫が控えていた。
「道がないなら作ればいいだけよ! 私が突破口を開くわ!」
 再びセルファが突撃し、爆炎波を放った。間髪入れず、
「邪魔をするのなら命の保障はありませんよ!」
「サンダーブラストだよ!」
 真人とズィーベンのサンダーブラスト! 降り注いだ雷が、敵を一掃する。
「あの苦難を残り超えた2人なら……今回の苦難だって乗り越えられます。だから、私達は私達の出来る事をしましょう!」
 ナナは体を張って、機晶姫たちの攻撃からパーツを庇った。
 傷を負いながらも、残る全ての力を使い、彼らは一丸となって出口を、いや、隆とソフィアの元を目指す。