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第9章 明日の明日

 パーツが届くや否や、メイベル・ポーターやクレア・シュミットが総出で治療のための準備を始めた。
 研究室を片付けたり、必要な道具を揃えたりなどだ。
 黒崎 天音など、勉強と見学のために訪れていた者もそれを手伝った。
 隆はあの後、熱を出して昏睡状態に陥っていた。ソフィアの意識も、あれからずっと戻らないままだ。
 いつの間にか研究室の前には、今回の件に関わった多くの学生たちが集まっていた。
「ライナスさん! 他にできることはありますか!」
 朝野 未沙の必死な表情に、医療用パーツの分析をしていたライナスが、口を開く。
「パーツはこれで間違いない。この病は機晶石の交換を行った際の反動によるものだからな。これを使って彼女の体を調整すれば、治るはずだ」
「では……」
「だが、調整には疲労や苦痛が伴う。実際に調整するのはソフィア君だが、隆君の方にも影響がないとは言えん。今の彼らの体力で耐えられるかどうか……」
「なんとかする方法はないんですか?」
 ロザリンド・セリナが訊く。
「……おそらく、治癒魔法をかけてやれば、疲労や苦痛は和らぐだろう。どこまで効果があるかはわからんが」
「だったら、私が協力しよう」
「ま、治療が成功してもらわないと困るしね」
 クレアと天音が前に進み出た。
「あたし、みんなに呼びかけてきます! 治癒魔法を使える人はきっともっといるはずですから!」
「人手は多いほうがいいです。もちろん私も治療に参加します」
 未沙とロザリンドが、研究室前の学生たちに声をかけていく。
 すべての準備を整えた後、ライナスが厳かに告げる。
「では、治療を始めよう」

 ――そうして、治療は問題なく成功した。

「う……」
「気がついたかね」
 目を覚ました隆に、ライナスが声をかけた。
 部屋にはライナスの他にも、隆を心配したたくさんの学生が詰めかけていた。
「あなた、は……?」
 まだ起き上がることができない隆は、横になったまま、消え入りそうな声でそれだけを言った。
 だが、ライナスはそれで全てを悟り、
「やはり覚えていないか。治療は成功したはずだが……病の後遺症かもしれんな」
「やま、い?」
「自分の名前はわかるかね?」
 問いかけに、しばらく考え込んだ隆だったが、やがてふるふると首を振る。
 その仕草に、見守っていた学生たちから落胆の声が漏れる。
「あの……僕が、なにか……?」
「いや、君は気にしなくていい。とりあえず――」
 その時、部屋にノックの音が響いた。
 扉を開け、入ってきたのは未沙とメイベルに付き添われたソフィアだった。
 彼女は隆よりも後遺症はないようで、足取りも記憶もしっかりしている。
「あの、隆の具合はどうでしょうか?」
「そのことだが――」
 説明しようとしたライナスを遮り、隆が呟いた。
「ソ、フィア?」
「わかるのかね!」
 ライナスが珍しく声を荒げる。
 満足に動かない体で、隆は必死にソフィアに向けて手を伸ばす。
 すぐさまソフィアも駆け寄った。
「隆!」
「ソフィア、ソフィアだ……」
「私のこと……わかるんですか……?」
「わかるよ、他のことはなにひとつわからないけど、君のことだけはわかる……」
 気が付くと、隆とソフィアは抱きあって泣いていた。
 力いっぱい抱きしめ、そして二度と忘れまい誓うように、ふたりはお互いの名前を呼び続けた。
 

 邪魔をしないようふたりを残し、ライナスと学生たちはそっと部屋を出る。
 廊下で、ロザリンドがぽつりと呟いた。
「間宮さんが、ソフィアさんのことを覚えていて、よかったです」
「……自分の名前を忘れているのに、パートナーの名前だけは覚えているとはな」
 やれやれと苦笑するライナスに、未沙が言う。
「それだけ、隆さんもソフィアさんも、お互いが大切だったんでしょう」
「まさに奇跡ですぅ」
 再会の場面を見たせいか、メイベルが目に涙を溜めている。
「奇跡……か。ならば君たちは、もっと自分を誇っていい」
 え? と頭に疑問符を浮かべるロザリンドたち。
「奇跡が起こったのは彼らだが、奇跡を起こしたのは君たちだ。彼らふたりだけでは、決してこうはならなかった。そう、他の皆にも伝えてくれ」
 珍しく饒舌なライナスに、未沙は目を丸くする。
 それから、いたずらっぽい笑顔を浮かべて、
「それ、ライナスさんが直接、みんなに言ってあげたらどうですか?」
 ガラじゃない、と、そう言ってライナスはそそくさとその場を離れる。
 普段は無骨な荒野の研究所に、明るく楽しげな笑い声が響き渡った。

担当マスターより

▼担当マスター

宮田唯

▼マスターコメント

こんにちは、宮田唯です。
『明日を見たあとに』いかがでしたでしょうか。

前作『明日を見るために』から続投した方もそうでない方も、
楽しんでいただけたら幸いです。

アクションやリアクションでの強化パーツのアイデアは、量産のしやすさや
より多くの人に必要とされているかどうかの観点で何点かアイテム化されます。

ご存知の通り『明日を見るために』は私が書いたシナリオではありません。
他の方が書いたシナリオを受け継ぐというのは、私にとって初めての経験でした。
新鮮であったと同時に、終わって振り返ってみれば、
楽しさ半分、苦労半分といったところでしたね。

キャラクターに関して、
ソフィアはあまり出番がありませんでしたね。
隆は隆で……まあ、追い詰められていたということで許していただけたらと思います。
書いてて一番楽しかったのがライナス! いい人(吸血鬼)ですね、ライナス!
最終的にライナスが一番美味しいところを持っていったような気もしますが、気のせいです(断言)!
なぜなら蒼空のフロンティアにおいて、主役は参加してくれた皆さんですから!
(と、こんな風に言っておけばなんとかお茶を濁せますかね?)

そんなこんなで隆とソフィア(あとライナス)は今もパラミタで生きています。
いつかまた、皆さんと彼らが交わる明日が来るかもしれませんね。

そういうわけで、参加してくださったプレイヤーの皆様、ありがとうございました。
またの機会によろしくお願いいたします。