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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

リアクション

 ホレグスリの魔の手が及んでいない数少ない施設の1つ。図書館。
 閲覧用の机では、何人かの他校生が黙々と調べ物をしていた。ページを捲る音と、誰かが書架の間を歩く音しか聞こえない空間で、風間 光太郎(かざま・こうたろう)は読んでいた西洋魔術の本をばふんと閉じた。
「……なんか、変ではござらんか?」
 その視線は、図書館の入口へと注がれている。
「どうしたアルか、サル。もう読書に飽きたアル?」
「いや、そうじゃなくて……」
 幻 奘(げん・じょう)の軽口を受け流して、入口に近付く。妖しい空気が扉の隙間から漂ってきている気がする。桃色の流線で描かれたハートマークが、煙みたいに室内に侵入しているような――
「!」
 廊下を少しだけ見た光太郎は、慌てて扉を閉めた。リュート・シャンテル(りゅーと・しゃんてる)が近付いてくる。
「何があったんだい? 実は僕も、さっきから気になっていたんだよ。ただ、見てはいけないような気がして……」
「いやいやいやいや、本当に見ない方がいいでござるよ」
 扉を守るようにして首を思い切り振る光太郎に、リュートは怪訝な顔を向ける。
「でも、危険な事態になっているのなら確認しないと。異常な気配がぷんぷんするし」
「いやいやいやいや、異常といえば異常でござるが、危険は特に無いというか、ここが1番安全というか……」
「なになに、何ですかぁ〜?」
 書架の間からは神代 明日香(かみしろ・あすか)が近寄ってくる。
「マジで何かあるアルか?」
 幻奘も机を離れる。落ち着いて座っているのは、もうアリア・ブランシュ(ありあ・ぶらんしゅ)だけだった。
 詰め寄られて、光太郎は仕方なく場所を開けた。廊下の状態を確認した一同が、絶句する。
「ここは……学校だよな? 図書館だけどこかの公開宿泊施設にワープしたとかじゃないよね?」
「…………」
 答える者は誰もいない。
「――アリア! 逃げるよ!」
 リュートは中に戻って座っていたアリアの手を引くと、図書館を飛び出した。アリアには目隠しをさせたいところだが、それで躓かれても困るのでそのままで歩く。
「……? リュート?」
組んずほぐれつしているカップルの間を抜けながら、彼は思う。
(風紀乱してる奴多すぎるだろっ、少しはTPO弁えろっつの!)
 この状態は――恐らく、惚れ薬でも飲まされたのだろう。自分達が被害に遭う前に、早く脱出しなければいけない。
 2人は、校門を目指すことにした。

 一方、光太郎と明日香は学校内でまだまともそうな男子生徒をつかまえて事情を訊いた。
「はわあー、エリザベート校長がそんなことをー」
 明日香の瞳は輝いている。ホレグスリが実在したことに興奮しているのだ。
「じゃあ、私は解毒剤を探してみますー。その前に、本物も手に入れておきたいですねー。あなたは、どーしますー?」
「面白そうだから、事件に参加してみるでござるよ」
 ビデオを撮ってみようかなどとは口が裂けても言えない。
「ということは、別行動ですねー。あとでまた会うことがあったら、よろしくですー」
 お辞儀をして去っていく明日香を見送ると、光太郎は早速ビデオカメラを出して校長室に向かった。
「校長! こんな面白事件を1人で楽しむなんて勿体無いでござるよ!」
 幻奘は幻奘で、よこしまなことを考えてほくそえんでいた。
「今日、朕は愛の国の礎を築くアル! 『もてノート』が埋まるのが楽しみアル〜!」

 アーデルハイトの特別講義を終えた他校生達が食堂にやってくる。
 蒼空学園の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、食事に手をつけるのも忘れてカップル達を観察していた。アーデルハイトが講義の最後に『校内でホレグスリが出回っているから気をつけるのじゃぞ』と言っていたがこういうことだったのか。それにしてもどれがホレグスリなんだろう、と正悟は、更に周囲に目を凝らす。薬を手に入れて素面の人間に片っ端から飲ませれば、被害に遭うのは防げるはずだ。
 ヤられる前にヤっちまえ作戦である。
 ついでに、可愛い女の子と仲良くなれたら最高だ。
「ん? あの小瓶……」
 その時、後ろから回ってくる腕があった。
「好きだよ……」
 ハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)は特別講義が終わった後、パートナーのクハブス・ベイバロン(くはぶす・べいばろん)と一緒に食事をしていた。今日のスープは、何故か一段と美味しい。アーデルハイトの言っていたホレグスリの話が気になった。薬で人を好きになってしまえば、こんな自分でも人に触れることができるのだろうか。そう、例えば、あそこの黒髪の少年、講義の時から気になっていたんだ――
 あれ? でも本当に、今なら抱きつくこともできそうな……
 というか、抱きつきたい!
「好きだよ……」
「な、なんだ!?」
 溢れる想いのままに、正悟を抱きしめる。
「兄さん!? なにやってるんですか、すみません、すぐに離しますので……」
隣に座っていたクハブスが立ち上がって、慌てて腕を掴んでくる。
「いやだ!」
 ハーボクラテスはその手を振り払って、正悟の正面にまわった。服の中に手を入れ、背中を撫でる。
「僕、君に好きになってもらえないと……死んじゃうかも」
 手の動きに合わせて、正悟が喘ぎ声を漏らす。その彼の口に、冷めかけのスープを注ぎ込んでやりながら、もう片方の手で愛撫を繰り返す。
 好きな人に触れるのがこんなに幸せなことだったなんて、知らなかった――
「ねえ、僕の事を好きになって、僕とずっと一緒にいて、僕を好きになって。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。ねえ、大好きだよ、僕を受け入れて!」
「うん、いいよ……」
 正悟が熱っぽい眼差しで応える。理性のどこかが、俺は女好きだと訴えるのだが身体が言うことをきかない。
 その様子を、クハブスは混乱した気持ちで眺めていた。ハーボクラテスが、他人と密着している。自分ではなく。それ以上に、兄のような存在であるハーボクラテスに嫉妬心に似た感情を抱いているのに驚いた。そして。
「ねえ、僕と死ぬまで毎晩一緒に月を見て!」
 ここで、キレた。
「……あなた達なんて大嫌いです!」
 背を向けて食堂を出て行こうとするクハブス。それを見て、ハーボクラテスがやっと彼に意識を向ける。遅まきながら自分の言葉を思い返し、追いかける。
「ま、待って、僕が悪かったよ! 置いていかないで!」
「知りません! 兄さんはその人とよろしくやってればいいでしょう!」
「今日は俺と一緒にいるんだよね? どこにもいかないよね?」
 ……なんだかもうメチャクチャである。

「はーっはっは、この混乱ぶりは素晴らしい! 惚れ薬の量産に成功すれば間違いなく売れる! これは研究のし甲斐があるな。未だ実用化されていない伝説の薬だぞ、逃げる?使う? おろか者め、格好の研究材料だ、イルミン生がこれを研究せずしてどうする!!」
 四条 輪廻(しじょう・りんね)は1人高笑いして昼食を摂っていた。しかし、スープを口に入れた瞬間、その笑みが固まる。明らかにいつもと味が違う。これは、まさか――
 スープを凝視し、次に、エリザベートから普通に貰い受けたホレグスリの瓶を取り出す。
 まさかまさかと思いながら、瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。続けて、スープに鼻先を持っていった。
「!」
 椅子ごと、スープから距離を取る。
「待て慌てるな、これは校長の罠だ! ……って、すでに手遅れではないか俺」
 今考えれば、食堂のお姉さんの態度はやけににやにやしていておかしかった。女性とは手すら繋いだことのない輪廻がパニックになるのは早く、誰も見てはいけないと思うほどに視線は人影を追ってしまう。そんな彼の目に留まったのは、斜め前に座っていた頬に刺青のある銀髪ポニーテールの少女、鬼崎 朔(きざき・さく)だった。
(いや、恋愛なんか専門外であり研究したこともなくこんな状況で誰かと目があったらアウトっていうかもうアウトだろどうしようこれどうなるんだ?)
 慌てる輪廻を余所に、朔はこちらに顔を近づけてくる。どうやら、彼女もホレグスリを飲んでしまったらしい。妖艶な動きでテーブルをまわりこんでくる朔に対して、湧き上がってくる気持ち。これが恋心というやつなのか? 今まで体験したことがなく、それすら分からない。彼女の背後では、テーブルの脚に隠れた黒髪ポニテの少女がビデオカメラをかまえているし、もうなにがなんだかである。
 その黒髪ポニテ、尼崎 里也(あまがさき・りや)は期待に胸を膨らませてカメラを覗いていた。
(おお、こんなピンクな気配を醸し出す朔は初めてですな! 間違いありません、この後はいやらしい展開になりますぞ! おお、そこ、そこ! 安心召され、朔! 私がどこに出しても恥ずかしくない“びでお”にするので、ささっどうぞ! 存分に暴れなさい)
 朔は、激しく打つ心臓を押さえながら輪廻にしなだれかかった。
(これが、恋……! だったら、今こそ自分のこのあり溢れる思いをぶつけなければ! 物理的にも、精神的にも!!!)
「あっ! ちょ、ちょっと待つのだ!」
 椅子からずりおちて逃れながら、輪廻は言った。元々、女性には赤面してしまう彼の顔は、人生最大級に赤くなっている。傷ついたような表情をする朔に、輪廻は目をぐるぐるにして続ける。
「い、一緒に……買い物など行かないか? 実は……頼まれていたものがあるのだが……お、俺には……よく分からん品で、良かったら……選ぶのを手伝って……ほしいのだ」
 朔の顔がぱっ、と明るくなる。
「自分でよければ……」
 恥ずかしそうにしている彼女を見て、里也は心底がっかりした。
(なんと、これからが本番だったというのに……まあ、これまでの動きも充分にえろかったし良しとしますかな)