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マジケット死守命令

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マジケット死守命令

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2019年12月30日 国際展示場駅 午後0:40

 パメラは今日も駅前でプラカードを持っていた。
「あー。今日はヒマだわ。イイねぇ平和。平和最高!」
 パメラが空を見上げて体を伸ばしたとき、彼女の視界に奇怪なものが写った。
 それはほうきに乗った魔女十数人で吊されて飛んでゆく、1体のゴーレムだった。
 パメラはあわてて無線機に手を伸ばす。
「もしもし、パメラです。準備会本部……もしもし聞いてるの? って、故障? マジで?」
 パメラが気が気付くはずもなかったが、この辺り一帯に大規模な情報錯乱がかけられていたのだ。
 そうこうしているうちに『空挺ゴーレム』はどんどん会場の方へ飛んでいく。
「まったく、今日もなのかぁ〜」
 パメラはプラカードを棄てて国際展示場に向かって走った。

2019年12月30日 国際展示場・地下1階警備 午後0:45

 弧月は防犯カメラの画像を見ながら退屈そうにパートナーの九印と無駄話をしていた。しかしながら九印は頼りになる同志ではあったが、話し相手には心許なかった。
 九印はジョークが理解できない。
「俺は弧月と違って泣いたり笑ったりする生き物じゃないが、望むなら笑うぞ」
 九印が真剣にそう言ったとき、弧月は、
「そういうのがジョークなんだよ」
 と、返した。九印には何のことかさっぱり解らなかった。
 そんなとき、警備室のドアを外から開けようとする音がする。
「え? 何?」
 確かに施錠はしたはずだ。
 だが警備室のドアはガチャリと開いた。
 そしてなだれ込んで強襲をかけたのはハツネの送り込んだ工作員、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)とそのパートナーの機晶姫ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だった。
 先陣を切ったのはジュレール。妖刀村雨丸を抜いて斬りかかる。
 弧月は九印を手に刃を合わせる。
「ドアから一歩も中へ入れるな! 入れれば不利になるっ!」
 九印が叫ぶ。
「残念だったねっ。ボクも入っちゃったよ」
 カレンが横から高周波ブレードを振りかざす。
 だが、弧月の手の中の九印はカレンとジュレールを子供のようにをなぎ払った。
「さっきのはジョークだ。使い方は間違っていないか? 弧月」
「うん。すっごく笑える」
 カレンとジュレールは起き上がって顔を見合わせる。
 弧月が肩で息をしながら少しだけ落ち着きを取り戻した。
 そんなとき、弧月の後ろで7階司令部からのPHSが鳴っていた。

2019年12月30日 国際展示場・7階司令部 午後0:50

 衝撃音がした。
 その瞬間何が起こったのかを理解できた司令部要員はいなかった。
 気がつけばほこりっぽい室内に装甲突撃軍のゴーレムが出現していて、天井に穴が開いていたと言うことだった。
「敵襲―――――ッ!!」
 誰かがそう叫んだときにはゴーレムはあたり構わず機関砲弾を乱射し始めていた。
 直撃を受けた通信設備が火花をあげて発火する。
「リース、警備室に緊急報を。各自武器を取って白兵戦だ!」
 戦部が叫び、何かの時のためにと持ち込んでおいた機関銃で反撃を試みる。もっとも機銃弾が効かないのは前日の戦闘で証明済みなのだが……。

2019年12月30日 国際展示場上空 午後0:55

「ハツネ様、こちら航空総隊。『空挺作戦』成功です」
 魔女のひとりがハツネに戦況を報告していた。
「了解です。直ちに『スツーカ作戦』に移行します!」
 魔女たちは一斉に高度を上げると、東館前の防衛網に向かってうなりをあげて急降下していった。

2019年12月30日 東部戦線 午後0:55

「ジーナっ!!なんなんだこの格好はっ!!」
 林田 樹はパートナーの女の子、ジーナに詰め寄る。
「えー知らないんですかぁ? 『ケモ耳ツインズ・ているンていルず』ですよ? 林田様は『黒ネコ・リシア』、ワタシは『白ネコ・シリン』です。どんなに動いてもパンツは見えませんから大丈夫ですよっ」
「そういう問題ではないっ」
 樹はひらひらふわふわしたものが苦手だ
 ジーナはひらひらふわふわしたものが大好きだ。
「もしかして僕のも何かのアレかな?」
 緒方が話に割り込む。
「あんころ餅のは『ドクトル・ドギー』ですよ。白地に金色ラインの軍服です。いつもとあんまり変わりませんね〜」
「この尻尾とイヌ耳以外はね……ん。なんだこの音は」
 空気を切り裂く音に緒方が空を仰ぐと、何人もの魔女たちが自分たちめがけて急降下してきていた。
 「空だっ! 壕に飛び込めっ!」
 緒方がそう叫ぶ前に魔女たちはほうきに装着した機銃掃射を始めた。雨あられのように銃弾が降り注ぎ、砂煙が上がる。長射程武器を持ったアカリ、ケロ右衛門、薫、樹、緒方はそれぞれの武器で応射する。
 魔女たちは地上ぎりぎりまで近づき『火術』を発動。
 とっさに伏せる。
 地上に爆炎が広がる。
 魔女たちはそのまま反撃の余地を与えることなく一撃離脱していく。そしてまた高度をとり、制圧射を加えながら急降下『火術』。
「みんな、生きておるか?」
 樹が起き上がる。
「うむ。だがヤバいでござるな。これでは手も足も出んでござる」
 そう言ってナーシュ・フォレスターが光学迷彩を発動させる。次の攻撃で差し違え覚悟で魔女を焼き払うつもりだ。
「まったくだぜ。胸くそ悪いくらい良く訓練された魔女どもだ」
 同じく光学迷彩をまとったケロ右衛門がアサルトカービンのマガジンを取り替えながら答える。
「それにしても司令部は何をしているのだ、アカリ、本部はなんと言っている?」
「それが応答しないんだよ」
「警備室は?」
「それもダメ」
「……これはやられたな。誰か、行ってくれないか?」
「俺が行ってやるよ」
「お前は……」
「ナガン ウェルロッド、お忘れかな? 少しばかり派手なつもりなんだけどなぁ」
 ピエロの姿をしたその男はにやりと笑う。樹は何か心に引っかかるものを残しながら、
「わかったお願いする。場所は7階と地下1階警備室、時間があったらやぐら橋も見てきてくれ」
「了解」
 ナガンは走り去った。
「ただ行けばいいんだろう? ただ見ればいいんだろう?」
 もちろん、連絡をつけるつもりなんてさらさら無かった。
 ナガンの手のひらで両軍が踊るのが見たかっただけなのだ。

2019年12月30日 7階行きエスカレーター 午後0:55

 未央とジョセフ、洋兵とユーディットは7階へのエスカレーターを駆け上がっていた。会場全体に響き渡った衝撃音と、7階からのわずかな緊急コールに4人は反応し、駆け上がっていった。
「司令部に何があったんでしょう?」
 そう訊ねる未央に、
「考える必要があるか? 考える必要があるのはよ、どうやったら面倒ごとを片付けられるかってことじゃねぇのかい? お嬢ちゃん」
 と洋兵は答えた。

2019年12月30日 国際展示場駅 午後1:00
 
 国際展示場駅の裏から、ゴーレムたちが姿を現した。
 その数60余り。全機が国際展示場へ向けて進軍し始めた。
 そのあまりの威圧感に、群衆たちはただ唖然と見上げる事しかできなかった。

2019年12月30日 国際展示場・地下1階警備 午後1:00

 弧月と九印は、はるかにレベル差のあるカレンとジュレール相手に互角以上の戦いをしていた。だが、カレンたちにとっては時間さえ稼げばいいのだから、無理に攻撃せず守りに入っていただけなのだけれど。
「どうする? この子たちやっつけちゃう?」
 カレンがジュレールに問う」
「殺すほどのことはない。気絶させてやればよい」
「わたしをなめるなぁーっ!」
 弧月は力任せに大剣・九印を振り回す。
「怒らせちゃったかな?」
 カレンたちは皮肉っぽく笑いながら、剣撃をそらしつつ後ずさりする。 
「弧月、今のもジョークか?」
「うあああああああっ!!」
「弧月っ」
 九印の言葉も耳に入らないかのごとく、弧月は突撃していく。軽々と受け流しながら、じりじりと退くカレンとジュレール。
 が、ふと気がついたら、カレンとジュレールはドアの向こう、つまり部屋の外にいた。
 ばたーーんっとドアが閉められ、かんぬきのように九印がドア前に突き立てられる。
「こういうのが最高のジョークだよっ」

2019年12月30日 国際展示場・7階司令部 午後1:10
 
 急遽駆けつけた未央・洋兵たちの奮戦によってゴーレムは破壊された。
 だが、そのときの爆発で司令室の機材はほとんど破壊されてしまい、司令部としての機能も失ってしまっていた。
「司令部全滅ですな。もはや復旧不能です」
 ゲルデラー博士が未央たちを横目で睨みながらつぶやく。
「す、すみませ……」
「いいや。俺たちのせいじゃねぇ!」
 洋兵がうつむく未央の背中を叩く。
「ええ彼らのせいじゃない。それにここは必ず復旧させるんです」 
 戦部が答える。
「戦部さん、警備室と連絡が取れました!」
 リースがPHSを手に、はしゃいだように叫ぶ。
「こっちもだ! さっきまでの強烈なジャミングが消えた。無線が生き返ったぞ!」
「もしもし、こちら司令部リースです。司令部が襲撃されて大変なんです。ですのでそちらから緊急避難警報を出してもらえますか?」
「司令部より各班、状況を全て報告せよ――Zap」
 リースとアキュラが堰を切ったように交信を始める。
「ちょっとそいつを貸せ……おいこの野郎今まで誰と寝てたんだ? 『お客』は目の前、これから『接待』する。以上だ――Zap」
 無線に出たのは男の声だった。
 言うまでもなく、状況は深刻だった。

2019年12月30日 国際展示場・地下1階警備 午後1:10
 
 PHSを切った弧月は館内放送のマイクをONにした。
 自分しかできない仕事なんだ。
 自分がやらなければ大変なことになるんだ。
 ドアが壊されるのも時間の問題。
 そのあと殺されちゃうかもしれない。
 でも、わたしはやる。
 息を吸い込む。
「マジケット防衛委員会から緊急のお知らせです。現在、国際展示場は青少年健全育成装甲突撃軍による大規模な攻撃を受けています。一般参加者及び出店者の方々は、マジケット準備会の指示に従って、速やかに避難してください。繰り返します……」

2019年12月30日 国際展示場・西館 午後1:15

 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)とそのパートナーの剣の花嫁サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)、そしてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とそのパートナー、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)たちは人気サークルとして壁際に陣取っていた。そのふたつ先の壁際が宇都宮 祥子のサークルだ。どちらも長い行列ができている。
 そんなとき、警備室から弧月の緊急放送が流れた。
 一般参加者は不安げにどよめく。彼ら彼女らが心配しているのは自分の身の安全ではない。並んで数時間、ようやく自分が本を手に入れられるかもしれないというとき、サークルが撤収してしまうのではないかという不安だった。
 現にいくつかのサークルは店じまいを始めていた。
「おまえらーーーっ!」
 エースが叫ぶ。
「俺たちは売り続けるぞーーーーっ!」
 うおおおおおおおと行列から歓喜の声が上がり、拍手喝采に変わる。
「戦争がなんだっ! 健全育成なんちらゃがなんだっ! うちらは描き続けるっ! うちらは本を出し続けるっ! うちらは売り続けるっ! そうだろーーーっ?」
 そうだーとの歓声があがる。
「エース、聞いた話とだいぶ違うではないですか。魔法書のマーケットかとおもったら大半はなんというか、その……この手の本ばかり。地球人の趣味がわたしには理解できない……」
 吸血鬼のメシエがお客さんにおつりを渡しながらつぶやく。
「この手の本って?」
 巫女姿のクエスティーナが訊ねる。
「クエス、それは聞かないほうがいい」
 パートナーのサイアスが止めに入る。
「ふぅん。関係ないんだけどさエース。この巫女装束、丈がみじかすぎじゃない? 胸もなんかどーんって強調されてるし、生地が明らかに薄いし……コラそこの人っ!  写真とらないっ!」
「気のせいだろ。心配するな」
 エースは軽く受け流す。
「薔薇本もいいけど、巫女本もおすすめですよ〜」
 と、クマラがお客に巫女本を差し出す。
 が、謝ってそれはクエスティーナの足元へ飛んでいった。
 一瞬の油断だった。
 クエスティーナがこの仕事をやるに当たって、エースはひとつだけ条件を出していた。
 それは、『本の中身を絶対見ないこと』。
 クエスティーナが反射的に受け止めたとき、そこにはクエスティーナには容認しがたいぐちょエロシーンが満載のページが広がっていた。
「……」
 エースが沈黙した。
「……」
 クエスティーナも固まった。
 やがてクエスティーナは本を置くと、
「つまり私は、この本を、『巫女嫁シリーズ新刊ありまぁす♪』って売っちゃってたわけね?」
「そう、なるかな……」
 クエスティーナはサイアスの中からブラスター銃を取り出す。
「まてクエス! 光条兵器は使うなっ……うぉぉわわわ!」
 後の取り調べで、クエスティーナはそのときの記憶について、一切覚えてないと語っている。

2019年12月30日 やぐら橋要塞 午後1:20
 
 やぐら橋要塞周辺ではにらみ合いが続いていた。
 魔女たちの爆撃によってほとんど全ての罠が破壊されているのにもかかわらず、ゴーレムたちは攻撃を仕掛けるでもなく、散発的にときどき20ミリ砲で要塞の壁をノックするくらいで、それ以上は仕掛けてこない。
「綾乃殿おかしいとはおもわぬか? ヤツら一向に仕掛けてこん」
 綾乃のパートナー袁紹が要塞の銃眼越しにうかがう。
「そうですねぇ。それとなんだか昨日といろいろ違いますし。色も違うし。新型?」
「いや、多分、対酸化皮膜がわりにペンキを塗ってきたんだろう。持ってるウォーハンマーや盾は接近戦向けだ」
 武尊が言葉を付け足す。
「よし、ボクがちょっと探りを入れてこよう」
 そう申し出たのは、黄金に輝くローブをまとった眼鏡の魔導師、エル・ウィンド(える・うぃんど)だった。
「おにいちゃんっ?」
「心配するな綾乃。ボクはすぐに帰ってくるさ」
 そう言ってエルは要塞の見張り台へとのぼっていった。
「そうじゃなくて……なんで上のぼるかなぁ……」

 要塞を攻略戦とする装甲突撃軍の前に、突然、金色の人物が見張り台に現れた。
「ハーレック様ぁ、あのキンキラ光ってるのはなんだぁ?」
 ブルドックのようなドラゴニュートのネヴィルがハーレック中央軍指令に訊ねる。
「敵将じゃろうかのう?」
 機晶姫のシルヴェスターがささやく。
 その黄金色に輝く男、エル・ウィンドは、中央軍全体に向かって檄を発した。

「マジケの星の輝く影でぇ、常識人の声がする。はしたないだの何だとのぉ、イヤミばっかが木霊するぅ。親不孝とは知りながらぁ、オレたちゃ結局ペンをとるぅ。殺されたって死にゃしねぇ、輪廻転生創作是在ぃ。やれるもんならやって見なぁ! オレの名はエル・ウインド! 表現と創作の守護天使だ!」

 そう言ってエルは見張り台から要塞まで飛び降り、ライトブレードを抜いた。
「ほええ……か、かっこいい」
 ファタのパートナー、フィリアが感動する。
「ばかもん。ああいうのは『痛い』というのじゃ」
 ファタが教育し直す。
「悪趣味守るのにお喋りしすぎですねエル、とかいったかしら?」
「なんだと」
 ゴーレムの列の中から将官用の軍服を羽織った女性がふたりの護衛を連れて出てくる。
「腐敗した文化を焼き捨てて何が悪いのですか? 無用な枝葉を切り落として何が悪いのですか? 表現の自由といっても無限に自由なわけではありません。私たちはその表現の腐った部分を切り落とし、群がっているウジ虫どもを踏みつぶしにきただけです」
「お前が大将か。名前は何という」
「私は中央軍指令兼政治将校なの。あなたに話す理由はないわ」
 エルが歯ぎしりをする。
「まあ、せっかく出てきた目立ちたがり屋さんには、可哀想だから私のパートナーのシルヴェスターの相手をさせてあげます。いい?」
 シルヴェスターはこくりと肯くと、高周波ブレードを抜いて前に進み出た。

2019年12月30日 東部戦線 午後1:20

 東部戦線は敵味方入り交じっての大混戦になっていた。
 レオンハルトがハツネの命令を無視し、総攻撃命令を下したからである。
 カオルはロングボウに爆炎破を被せて発射していた。もちろん、装甲部分に当たればはじき返されてしまう。数ミリの隙間を狙ってである。こんなに視界が悪いんじゃコスプレしてきた意味が無いじゃないか、と、意味のない愚痴を言う。
 ふと、煙の向こうに魔女の影が見える。
「もらった!」
 カオルはその影めがけて速射する。
 視界が開けたとき、その影は無くなっていた。
 殺ったんだ。と思った。きっと死んだ。と。
 
 ウィルネストはゴーレムを操っているはずの魔女を捜していた。
 だが、これだけ敵味方が煙幕を張り、流れ弾が多いと探し出すのも容易ではない。ウィルネストは上空を見上げて、
「シルヴィット、何か見えないか?」
 と、叫んだ。吸血鬼の魔法使いシルヴィットは、ほうきで空を飛びながら、何か叫んでいる。何を叫んでいるんだろう。三文字だ。う……し……ろ?
 ウィルネストが振り返ると、ゴーレムが今まさにウォーハンマーを打ち下ろす瞬間だった。
 わずかなタイミングで一撃をかわしたウィルネストはハーフムーンロッドを装甲の隙間に突き立て、ゴーレム本体に直接火術を撃ち込んだ。
 ひとたまりもなく爆発するゴーレム。 
 だが、その爆風に巻き込まれたウィルネストは遠くに飛ばされ、気絶してしまった。

 十六夜 泡(いざよい・うたかた)と、そのパートナー、身長6センチくらいの小さな魔女リィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)は、顔の左半面を隠すマスクを装着し、ふたり合わせてヒーロー『魔闘拳術・ツクヨミ』となる。今日はたまたま売り子として参加していただけだったのだが、攻撃の情報を知って急遽駆けつけたのだった。
 そんなツクヨミに1体のゴーレムが襲いかかる。ツクヨミはギャザリングヘクスで魔力を増強させると、相手に向かって走り出し、リィムがゴーレムに対して氷術を、そして十六夜がすかさず火術をかけて金属強度を弱める。
 そしてすれ違い様、
「烈風正拳突き改っ!」
 と鉄拳を叩き込む。
 ツクヨミの背後でゴーレムが爆発する。
「決まったかな?」
 と、ちょっといい感じに浸っていたとき、目の前に現れたのはうさ耳の少女だった。少女はシャンバラ教導団の軍服をまとい、高周波ブレードを手にしていた。
「あ、もうここは安心だからね」
 と、近づこうとした瞬間、高周波ブレードを突き立てられた。
「え?」
「私はあなたの敵だ」
 そういって謎の少女、レオンハルトの副官イリーナは襲ってきた。
 紋章の盾しか無いツクヨミにはやりにくい相手だった。剣を交えるなら手加減できるが、魔法はそう言うわけにはいかない。
 剣と盾がぶつかり合う中、ふたりの会話は続く。
「えっと、その、あなた何ていうの?」
「なにが?」
「名前」
「イリーナ」
「じゃイリーナ、なんでハツネなんかに協力してるの?」
「レオンハルトのためだから」
「レオンハルトって誰よ?」
「私の上官」
「何でレオンハルトはハツネに協力してるのよ?」
「しらない」
「なによそれ?」
「それが現実」
「私はね、理由もなく戦う人が嫌いなの」
「そう? わたしはレオンハルトのために戦ってるけど。あなたは?」
「私はハツネってバカに説教するため」
「なんて?」
「あなたは昔、手もつなげなかったみたいだけど、それはただ単に勇気が足りなかっただけ。自分ができなかったことをセイシンの乱れだぁーなんて言うのはおかしくない? 話し合いもせずにいきなり軍隊ぶつけてくるあなたが乱れまくってる最低の人間じゃないかってね」
「送信した。殺せって」
「マジムカついた。こっちも本気出すからね」
 今度はツクヨミが嵐のように呪文攻撃を始めたのだった。

「さあて、執事生活三十余年、随分と身体が鈍っておりましてな」
 筋骨隆々とした執事セバスチャンは指の関節をポキポキと鳴らし軽くステップを踏みながらパンチを繰り出す。ボクシングスタイルだ。
「執事とは己の為に戦うべきに非ず、力無き人々の為に戦うべし故に拳を抜くは己では無く、力無き人々の祈り也」
 そうつぶやくと、バーストダッシュで手近なゴーレムの懐に飛び込み、何者をも貫く拳に爆炎破をまとってゴーレムの頭をたたき割る。そして再びバーストダッシュして撃拳。あっという間に2体のゴーレムが燃え上がる。
「まずは2体」
「ほう。相変わらず腕は確かなようであるな」
「その声はっ?」
 セバスチャンが振り返ると、そこにはかつて仕えていたルーヴェンドルフ家で成長を見守り続けていたレオンハルトがいた。
「久しいな。こんなところで何をしておるのだ」
「レオンハルト様こそイタズラにしては度が過ぎますぞ」
 レオンハルトはにやりと笑い、シルヴァとルインからそれぞれ剣を取り出す。
「セバスチャン、お前に剣の手ほどきを受けたことはあったかな?」
「ええ。でもどうしようもない愚図でした」
「じゃあ今も愚図かどうかテストしてもらおうか」

2019年12月30日 東西連絡通路 午後1:25

 レン・オズワルドと椎堂 紗月、有栖川 凪沙は西館から東館へ回ろうとしていた。
「はーいはいはい!ストーップ!止まってーぇ。列は4列、4列でお願いしまーすって、日本でやってたのと何にも変わってないんだよね」
「ま、天国でやったってこのイベントはこうなると思うけどな」
 紗月の不満にレンが答える。
「だいたいゴーレムとか魔女なんて整列させ……」
 凪紗が言葉を閉ざしたのは他でもない。目の前の連絡通路を破壊してゴーレムがどんどん通り抜けているからだ。
「ちっ……あの野郎」
 レンたちは駆け出す。
 少なくとも言葉が通じそうな生き物がふたりいたからだ。
「おいおめーら、こりゃなんなんだよ!?」
 レンにいきなり胸ぐらを捕まれたのはクロセルだった。
「いやぁっ、その……なんていいますか……大行進? みたいな?」
「お前、病院に行きたいのか? それとも棺桶に入りたいのか? どっちだ?」
 クロセルは死亡フラグ立ったーと硬直する。
「アンタねぇ、マジケ潰したいの? そうなの? 何の恨みがあるの?」
 涙声で迫る紗月に、社はうわーおれワルモノやんと思いながら
「あのなぁ、これは実はな、あんたらの為をおもってんで。しょーじきツラい。でも逃げたらあかん」
「ヒドいよ……遅くまで徹夜組の対応して、身も心もボロボロで、それでもがんばってるって言うのに……みんなこのイベント成功させたいってだけなのに……」
「あー。紗月泣かしたな〜」
 凪紗の視線が痛い。
 クロセルと社がなんだかんだしている間に、真っ赤に塗装された精鋭ゴーレムとそれを操る魔女、ルーシェ専用有人ゴーレムからなる『赤騎士』小隊を先頭に、予備兵力のゴーレムは東館へは東西連絡通路を通って、西館へはそのまま大きく迂回して突き進んでいった。
 この情報は司令部でも早くから掴んではいた。
 だが、東部戦線及びやぐら橋要塞に同時攻撃がかけられていてまわす戦力がなかったのだ。

2019年12月30日 野戦病院 午後1:30

 野戦病院には次々と怪我人が運ばれてくる。軽傷者から重傷者まで負傷兵が寝かされている。
 ベッドはそもそも無い。床の上で苦悶の声をあげていた。
 本郷は簡単な手術から応急処置まで、次々と患者を診ていった。
「あの、すみません」
「なんですか?」
 一般参加者らしき人に本郷が答える
「簡単な回復魔法なら仕えるのですけど……」
「お願いします」
 そうやって本郷の野戦病院は次々とスタッフを増やしていった。
 そんなときだった。
「先生、この子死にそうだよ!」
 と、クレアがふたりがかりで連れられてきたのは、他でもない、ハツネの部下の魔女だった。
 周囲がどよめく。
「何をしているんです。最優先です。はやく!」
 本郷は当然のごとく魔女を中に入れ、救命措置を始めた。 

2019年12月30日 国際展示場東館 午後1:35

 逃げ出す人混みに紛れて、壁サークルの本を漁っている男がいた。
 盗み取ってどこかで転売するつもりなのだろう。
「まぁ、これくらいいただければちょうどいいかなぁ」
「何がちょうどいいんですか?」
 男が見上げると、そこには男が見知った顔、赤羽 未央の顔があった。
「洋兵さん、ガッカリしました」
「それじゃ俺に期待したお前にガッカリするんだな! 傭兵は金のために仕事をする。それ以上でもそれ以下でもない」
「武器を棄ててください。あなたを斬りたくありません」
「それよりいいのかい? あっちのほうが派手にかっぱらってるみたいだけどな?」
 未央が振り返ると、スパイとして潜り込んだはずのクロセルと社が、同人誌を持ち逃げしようとしてそれぞれのパートナーともめていた。
「あ。こらーっ」
 未央が一声かけるとクロセルたちは獲物を置いて逃げていった。未央が振り返ると、そこには洋兵の姿は無かった。

2019年12月30日 国際展示場西館 午後1:40

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と、そのパートナー、ゆる族の山城 樹(やましろ・いつき)、シャンバラ人のセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)、機晶姫の樽原 明(たるはら・あきら)が出展している人気サークル『下野毒電波倶楽部』は、戦火が迫る中、依然として客足が絶えることがなかった。
 祥子はペンネーム餃子としてアダルト向けの桜井静香本『静かな秘め事』を出していた。
 そこへ玖朔と睡蓮がやってくる。
「玖朔?」
「やっと見つけたよ祥子。睡蓮、こいつは宇都宮 祥子。教導団の同僚だ。
「は、はじめましてっ」
「何度かあったような気もするけど、初めまして」
 お互いぺこりと頭を下げる。
「それよりさ、逃げなくていいのかよ。聞いた話、だいぶヤバいらしいぜ実際、そこまで来てる」
 銃撃音や爆発音、そして悲鳴ががすぐそばまで接近している。
 ここもじき、戦場になる。
「私は売り続けるわ、何があっても。前日徹夜のコピー誌でも売る。当日その場で製本しても売る。4ページでも6ページでも売る。それが同人誌ですもの」
「意外と魂入ってるな……」
「さすが教導団、なんでしょうか」
「とにかく一冊どうぞ」
 祥子は睡蓮に一冊本を渡す。
「おいくら?」
「お友達からはお金取らないの。これも同人の流儀よ」
「あ、ありがとうございます」
 睡蓮はぱらぱらとページをめくった。そして息を呑んで真っ赤になった。
「ん? どした?」
 玖朔が横から覗き込む。そして大笑いする。
「はっはっは! 睡蓮、これ声に出して読んで見ろよ」
「ええっ?」
「玖朔、それはセクハラよ」
 だが睡蓮はこくりとうなずいた。
「お嬢様学校として知られる百合園女学院。
 その一方で女装した見目麗しい美少年達も多く通っているという。
 そんな美少年の一人は校長である桜井静香に想いを寄せていた。様々な事件に遭遇し立ち向かう静香の姿を見る度に想いは強くなってゆく。
 そうして迎えたクリスマス。
 性別を偽って入学した後ろめたさはあるが押えきれない想いを伝えようと校長室を訪ねる。
 突然の告白に驚く静香だが、彼女もまた故あって性別を偽っていたのだった。
 それでも構わないと、静香様は静香様ですと真摯な瞳で見つめる少年に静香の心が動いた。
 そっと触れ合うだけのキスが徐々に長く深く、絡み合うものになってゆく……まだ読むんですかぁ?」
「がんばれ」
 と、玖朔は言った。
「たどたどしくぎこちないが、懸命に奉仕する様に静香もまたあっという間に……」
 そのときゴーレムの機関砲の流れ弾がコンクリートの壁を掃射した。石壁が砕け落ち、悲鳴が上がる。
 身を伏せる祥子たちだったが、睡蓮だけは黙々と機械的に朗読を続けていた。
「……との呟きに静香自身も驚いたが、二人とも思考がマヒしかかっていた少年は指で掬い口へと運び、懸命に飲み下していった。
 その様子だけで静香は直ぐに回復した。戸棚から蜂蜜の瓶を取り出すと少年を四つん這いにさせ、自分の……」
 今度は魔女の火術で1ページが丸ごと燃えた。
 だが睡蓮はぱんぱんと残り火を消すと、さらに読み続ける。
「少年をソファに横たわらせると、首から胸へ徐々に下へ進み静香は『BAM!!』を這わせる。
 憧れの君の行為に驚きつつもその甘美な快感に成されるままの少年。
 静香の姿を浮かべて『BAMBAM!!』もあったが本人が自分の『BABAM!!』に舌を這わせている現実は強烈だった。あっという間に達してしまい静香のを『BAM!』ってしまう。
 『BAM!』ったことに慌てるが、静香はそっと少年の顔に『BAM!』をつきつける。その容姿からは想像できない『BAM!』並みという言葉が相応しい『BAM!』。
 今度はキミがして。静香の言葉におずおずと『BAM!』を這わせた。
 ……これでいいですかっ?」
 十字砲火の真ん中で睡蓮はページを穴だらけにされながら読み続けた。読み続け、読み通した。
「は、はははは……グッジョブ」
 そんなとき、後頭部に重い一撃が。
「ぐはっ……」
「ジャッジメントだぜ。女の子に公然セクハラさせないっ!」
 玖朔の頭にマジケカタログの背表紙の一撃を加えたのは、マジケ準備会のスタッフ、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だった。
「みんな急いで避難して。ゴーレムがそこまで来てるの」
「嫌よ」
 祥子が首を振る
「困りますよ〜次回もあるじゃないですかぁ」
「私は売り続けますよ。ゴーレムにも悪魔にも」
 祥子は委託されたスケッチブック越しに、進撃していくゴーレムたちをちらりと見つめた。

2019年12月30日 国際展示場周辺 午後1:50

 会場周辺の緑地帯に小さなテントを出している者たちがいる。
 ハツネたちの司令部では、その空域へ哨戒に行った魔女がほぼ必ず行方不明になっているので、最も優秀なパイロット、リンカ・ラーが強行偵察に派遣された。
 リンカが問題の空域に到達すると、そのテントがあった。銃撃してみるか? いや、それで事足りているなら先にやった者がいるはず。それに何だ? あの文字は?
 リンカはテントに急降下していく。
 
 一機の魔女がまたテントの前に降りた。
 天城 一輝(あまぎ・いっき)はテントの幕を開けて出迎えた。
「いらっしゃい。看板を見たのか?」
「あれはいったいなんですか?」
「見たまま。ここなら同人誌見放題だってことだが」
「そんなものを見たがるとでも?」
 リンカはつっけんどんに食ってかかる。コイツが我々の精鋭を。
「お前が初めてじゃない。みんな待ってるんだ」
 奥からもうひとり、女性が出てくる。天城のパートナー、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)だ。
 「あら、新人さん? 見てってよ。今みんなで盛り上がってるとこ。お茶入れるから」
 そういってリンカの手を掴む。
 不思議と逆らう気がおきない。
 知ってみたいという誘惑に勝てない。リンカは他の魔女と同じくテントの中に吸い込まれていった。