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マジケット死守命令

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マジケット死守命令

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2019年12月30日 国際展示場・7階司令部 午後2:00

 司令部には悲観的な情報ばかりがあがってくるようになっていた。
「東部戦線のクリスティーナとは現在連絡取れず。アカリのやぐら橋要塞は依然としてにらみ合いだ」
 アキュラがため息をつく。
「警備室、再び音信不通……」
「敗北、か……」
 戦部が疲れ切ったようにつぶやく。
「別働隊にハツネの司令部を襲撃させるか?」
 と、アキュラが提案するが
「いや、私たちの作戦目的は本を守ることです。単発テロ敵にハツネを殺ったとしても、いくらでも替わりはわいてでます」
「失礼、館内放送は生き返りましたかな?」
 ゲルデラー博士が発言する。
「ええ、復旧してます。なにか?」
「ならば勝てますよ。この戦い」
 ゲルデラー博士はマイクのボリュームを最大に上げ、しばらくの間を取ってから、しゃべり始めた。

「―――諸君、私はマジケットが好きだ」

2019年12月30日 やぐら橋要塞 

 エルとシルヴェスターの1対1の勝負は依然として続いていた。
 レベルで言えばシルヴェスターにとっくに軍配が上がっていいはずなのだ。
 だが、エルのヒロイックアサルトである、攻撃動作が光り輝く効果が、金色のローブによってさらに倍増され、見るのもまぶしい光の戦士になっていた。
 相手の動揺はエルに伝わり、ナルシズムを刺激し、それが肉体に実力以上の能力を発揮させ、相手がさらに動揺するという無敵のフィードバックで、エルはライトブレードと華麗に踊っていた。
 6連ミサイルを切り落とすなんて人間業じゃない。
 そんな中、ゲルデラー博士の演説が流れる。

「諸君、私はマジケットが好きだ
 諸君、私はマジケットが大好きだ」

2019年12月30日 東部戦線
 
 ナーシュとケロ右衛門、そしてカオル、樹、ジーナに緒方がそれぞれ東館シャッター手前の小さな塹壕から顔を出している。
 ここを突破されれば東部戦線は崩壊だ。
 だが敵を撃破しつつ徐々に後退する縦深戦術は功を奏し、敵側のゴーレムに多大な損失を与えていた。
 もう残りのゴーレムは多くないはず。
 そう信じながら爆煙で何も見えない前方を見ていた。

「――アニメ本が好きだ ゲーム本が好きだ SF本が好きだ 特撮本が好きだ」

2019年12月30日 青少年健全育成装甲突撃軍前線司令部

 前線司令部のテントに魔女がひとり入ってくる。
「書記長閣下、敵司令部が何か放送のようなものをやっています」
「ルーシェの機体のカメラの映像をここにまわすザマス」
 ハツネがそう言うと、魔女は敬礼をして出て行った。
 ハツネはモニターを覗き込む。

「――歴史本が好きだ 鉄道本が好きだ ミリタリー本が好きだ 魔法書が好きだ」

2019年12月30日 国際展示場上空

 終夏と、ニコラ、シシルからなる唯一の『空軍』は、今では全員がエースパイロットになっていた。何倍もの敵を引きつけて、逆に撃墜できるくらいに。
 だが、彼女たちも疲労の色が濃くなっていく。
 戦況が絶望的なのは、空から見ている終夏たちが一番よく知っていた。
 こんなときに演説なんて、と白けた想いで聞いていた。

「――蒼空で、波羅蜜多で、薔薇学で、百合園で」


2019年12月30日 国際展示場屋上

 ナガン ウェルロッドは手にしたカメラを弄びながら屋上で寝転がっていた。昨日今日起こったことの惨劇を明日一番に同人誌として売れば儲かること請け合い。そんなことを夢見ながら。

「――シャンバラで、イルミンスールで、空京で、そして日本で」

2019年12月30日 国際展示場・地下1階警備室

 警備室の中で弧月が倒れている。
 ドアを支えていた九印も地面に転がっている。
 カレンとジュレールによってついにドアは突破され、『その身を蝕む妄執』による精神攻撃で気絶しているのだ。
 カレンたちは帰り際、鳴り続けるPHSを踏み砕いていった。

「――地球とパラミタで製作される全ての同人誌が大好きだ」

2019年12月30日 空京ベイニューヨークホテル

 朔や松平たちが見守るなか、ブラッドクロスが弧月のPHSに電話をかけ続けていた。そのたびに消沈した顔で首を振った。
 松平はもう出撃すべきだと言って頑として譲らなかった。
 戦略家の伽羅も心の中ではじりじりと焼け付く思い出はあった。
 そんな彼らの所にまで、演説は聞こえてくる。演説より命令が欲しいのに。

「――だがあえて言おう」

2019年12月30日 国際展示場・7階司令部

「カスであると!」
 司令部に震撼が走る。
 何が言いたいのだ、この男は。
 ゲルデラー博士は無言で皆を制し、言葉を続けた。
「一冊の同人誌が摘発を受け入れてしまったなら、例え何千、何万の同人誌が生き残ろうと、それは形骸でしかない。摘発は恐怖を生み、恐怖は自主規制を生む。『このくらいでやめておけば捕まらないだろう』という呪わしい悪循環が巡り合い、同人そのものが、いや、創作そのものが萎縮していく」

2019年12月30日 国際展示場・野戦病院

 野戦病院は敵味方の怪我人でごった返していた。唯一の医師である本郷が休む暇なく治療に当たっていたが、今だけは全員がこの放送を聞いていた。

「そんな冬の時代が日本にあった。『言葉狩り』の時代だ。テレビやラジオは抗議を恐れて何もしゃべらなくなり、『鉄腕アトム』は子供に暴力的な悪影響を与えるマンガとして、『チビクロサンボ』は黒人差別に満ちた絵本であるとしてつるし上げられた。そんな時代にもどりたいのか?」


2019年12月30日 国際展示場・東館

東館で督戦に当たっていたアマーリエだったが、今までどんなに呼びかけても逃げる一方だった一般入場者が、次第に別の雰囲気を醸し出していることに気がついた。
「そうよ! その通り!」
 アマーリエは叫ぶ。
 だが群衆は追随しない。
「……え?」
 アマーリエが振り返ると、赤く目を光らせた一般参加者たちが、殺気を帯びたて、じわりじわりと前進していた。
「すごい、暴走している、まるで徹夜組みたいじゃない……全隊、列は4列っ! そのままゆーっくりと進んでくださいっ!」 
 アマーリエの指示に一般入場者たちが従う。
「共に戦おう! 無理解な暴力から作家を守れるのは他でもない。諸君ら一般参加者しかいないのだから!」
 ゲルデラー博士の演説に被せるように、アマーリエは叫んだ。
「全軍突撃! 新刊本を一冊も渡すなあっ!」
 その声が堰を切ったように一般参加者はゴーレム部隊に対して突進していく。

2019年12月30日 国際展示場・西館
 同じ現象は西館でも起きていた。
 ロドリーゴを先頭に、マインドコントロールされた一般入場者たちは恐怖を忘れて襲いかかり、次第に装甲突撃軍を圧倒していった。
「『バーサーカー戦術』ね……」
 宇都宮 祥子は出店ブースを依然として確保しながらつぶやいた。
「何それ?」
 準備会のミューレリアが訊ねる。
「兵士達に暗示をかけて恐怖を取り除いて戦闘力を倍増させる戦法よ。成功すればいいけど、失敗したら損害がハンパじゃないわ……あなた準備会でしょ? 勝手にやらせてるの? 正直やり過ぎよ?」
「私は準備会。あの人たちは防衛委員会」
「責任逃れ?」
「わかった。ちょっとコイツでジャッジメントしてくる」
 ミューレリアはマジケットカタログを手に、7階に走っていった。
「さて、今日はまだ売れるのかしら……」
 祥子は他人事のようにため息をついた。

2019年12月30日 青少年健全育成装甲突撃軍前線司令部 午後2:15

 最前線の状況の急変を知らせる報告がハツネの元に次から次へと届き始めた。
 一般客が暴徒化してゴーレムが押しつぶされている?
 戦線が決壊?
 現在退却中?
 そんなバカなことはと思いながらハツネは冷や汗を流していた。
「ハツネ様ぁ」
 モニターからパートナーの機晶姫ルーシェの声がする。
「どうしたザマスか?」
「こ、怖いよ……助けてよ……」
「今どこにいるザマス?」
「ひとりぼっち。みんなやられちゃったよ……」
 涙声でルーシェが助けを求めてくる。
「だれか、赤騎士小隊に最優先命令を!」
「赤騎士、分断され身動きが取れません」
 司令部の魔女のひとりが答える。
「うわぁああっ! 人がぁっ! 人がのぼってくるっ! 燃えてるよっ! うわあぁっ!」
「ルーシェっ!」
 モニター画面が砂嵐になる。
「ルーシェ機、反応消えました……」
「知ってるザマス……」
 ハツネはがっくりと机に身を崩した。
 ハツネは血の涙を流していた。
「ハ、ハツネ様?」
 近くの魔女が心配そうに駆け寄る
「少し疲れただけザマス……ただし、最終手段の用意だけ住ませておくザマス」 

2019年12月30日 やぐら橋要塞 午後2:20

 未だ決着のつかないエルとシルヴェスターの勝負に、ガートルードはいい加減飽きが来ていた。
「あと3分して決着がつかなかったら金色のを狙撃しなさい」
 ぼそっと魔女のひとりに告げると、部隊後方に戻ろうとした。そのとき、やぐら橋向こう、司令部のある方角から何かかがやってくるのが見えた。
「援軍……にしては数が少なすぎますね」
 訪れたのは援軍ではなかった。
「分隊集まれぇっ! ウーラン・ルイフォン!」
 伽羅が命じる。たちまち部隊が陣形を組む。
 襲いかかってきたのはマジケット側が隠していた遊撃隊、雲雀とそのパートナーのエルザルドの2名。伽羅とそのパートナーのうんちょう、崇の3人、合計5名の1小隊だ。
「大軍に対し少数精鋭をもって背後を突くっ。是、孫の代まで語りぐさですぅ縲怐v 
 伽羅たちはたちまちやぐら端半ばまでたどり着くと、逃げ出す魔女たちに襲いかかった。
「行くでアリマスっ! 付いてこいっエルザルドっ!」
 雲雀たちも遅れまじと続く。
 それと同時に要塞に引っ込んでいた防衛部隊が一挙に大攻勢に出てくる。
「まずいですね……狭い橋の上で2正面作戦ですか」
 と、ガートルードがつぶやいたその直後、自軍の中から、
「新たなる学術、芸術、技術は自由なる想像と創造の元に生まれる。故に俺は自由を、ここに集う全ての人のために戦うっ! 不健全を取り除いても、悪影響を取り除いても、有害情報を取り除いても、暗い未来しかやってこないっ! 俺は、今この時、この場にいる全ての自由なる表現を守るものたちのために叛逆するものであるっ!!」
 と、叫ぶ声がした。
 四条とアリスだった。
 彼らの操るゴーレムがくるりと向きを変え、味方のゴーレムに不意打ちを食らわせる。何機かのゴーレムが爆発炎上する。
「ぬをーー貴様ら、うらぎっただなーー!?」
 ネヴィルがゴーレムに体当たりしていくが、サッカーボールのように蹴っ飛ばされ、「ぬひーー」といいながら橋の下へ落ちていってしまった。
 前後を敵に包囲され、内部も錯乱状態。
 ガートルードにとって、状況は絶望的だった。
 この後約10分後、装甲突撃軍中央軍は降伏命令を受諾する。

2019年12月30日 青少年健全育成装甲突撃軍前線司令部 午後2:25

 別働隊は前線司令部をも急襲していた。松平はパートナーの剣の花嫁、フェイトから光条兵器バスターソードを呼び出し、前線司令部のテントを切り裂いて侵入した。
 朔やブラッドクロス、スカサハ、尼崎も後に続く。
「いたなババア!」
 松平が怒声を浴びせると司令部要員の魔女たちがテントから逃げ出し、司令部にはハツネただひとりが取り残される。
「今さら何しに来たザマスか?」
「貴様の首、もらいに来た」
「ふふふ……今さら遅いザマス」
 ハツネは血の涙跡をぬぐって立ち上がった。
「本来であれば有害図書だけを押収する予定だったんザマスが、非常事態につき、『焚書』の魔方陣の発動を決定したザマス」
「なんですって?」
 朔が表情をこわばらせる。
「そう、辺り一帯おおよそ1キロ圏内の本という本を、紙という紙を全て白紙化する禁断の魔方陣ザマス」
「そんな、そんな事する権利がどこにあるんだっ!」
 普段冷静な朔が声を荒げる。
「良い本とか、悪い本とか、誰が決めたか知らないけど、それすら無視して全部消すのかよ? それがアンタのいう『健全育成』なのか? 何もみせないことが『健全』なのか? おかしいだろ? 悪いけど、それ本当にやったら、自分はあなたを斬ります……」
「お斬りなさい。私は全てを失ったザマス」
「このババァがっ!」
 松平が光条兵器に手をかけたとき、モニターから聞き覚えのある声が聞こえてきた。作戦会議の日、「今からイルミンスール魔法学校へ行ってみようと思う」と言っていた、エリオットやクロ―ディア、クロスの3人の声だ。
 3人はしきりにハツネにモニターを見るようにといっている。
 ハツネたちがモニターをのぞいてみると、そこにはイルミンスールの図書館の光景が映し出されていた。
 エリオットは、
「こちらは不逞にして凶悪な反乱部隊だ。イルミンスール図書委員会の寒極院ハツネ書記長殿に、誠意と礼節をもって脅迫の文言を申し上げる。心してお聞きあれ」
 と前置きをすると、一枚の紙を取り出して読み上げる。
「私は現在、イルミンスール図書室の内部に招待されている。もし要求を聞き入れていただけない場合、私は即座に図書室の本という本を天国行きの『真紅の炎の送迎バス』に乗せ、魔法学校&教導団の『青少年不健全防衛軍』の名の下に貴女方の軍に突撃し、市街戦を展開する。もし図書館の本の葬式を挙げさせたくなければ直ちに撤兵せよ。貴女の行為は戦略的には不条理であり、戦術的には破産していて、そして実行面において不可能である。貴女の冷静な決断を望む」
 ハツネはなんだか楽しそうに笑った。全ての同人誌を消してしまおうという人間にとって図書館の本などなんの値打ちがあるのかと。
「良い計画ザマス。でも本当に貴重な魔術書は対火魔法で厳重に閉架されていて、校長の許可でもないかぎり開けられないザマスよ」
「それがあるんですよね」
 にっこり笑うクロスが、
「クローディアさん、カメラさげて」
 と言うと、
 画面の下の方に、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が写った。
「ごきげんようハツネ縲怐Bこれが禁断の書庫の鍵ですよぅ縲怐v
 エリザベートは鍵を片手に手を振っていた。
「校長っ!?」
「ではみんなで行ってくるのですぅ縲怐v
 と、エリザベートたちは重い扉を開けて、封印された書庫に入っていった。
「状況が変わったようだな? 命が惜しくなったか?」
 松平がハツネに刃を突きつける。
「あの中の書物をそこらの安っぽい雑誌と比べること事態が間違ってるザマス。あれは人類の魔法の研究の歴史そのものザマス」
「あーっ。いいものみつけたよっ」
 カメラを手にするクローディアが声を上げる。 
 カメラの前にアップで映し出される一冊の本、そのタイトルは『ゴーレム製造法』。
 著者はなんと極寒院ハツネだった。
 そしてその本には厳重に鎖が巻かれ、封印されていた。
「意外ですね……ハツネさんが発禁書を作ってたなんて」
 クロスがつぶやく。
「それは、私が15の時に書いた本ザマス」
 ハツネが語り始めた。
「私も当時は天才美少女と呼ばれてザマスね……」
「貴様がか?」
 松平が突っ込む。
「突っ込まない」
 朔が松平に突っ込む。
「魔力が発動しなかった当時は、理論上だけで魔法書を描いていたんザマスけども、男の子の友達がいない当時の私は、ゴーレムを友達にしようと考え、一冊の本を作ったんザマス。でもその本は、理論上、余りに不安定で、崩壊時にエネルギーを放出する、つまり爆発するということで禁書にされたんザマス。そういう本は発禁書はいくらでもあるんザマス。厳しい検閲をくぐり抜けた魔術だけが、コモンマジックとして一般に知られているンザマスよ……」
「ハツネ縲怩烽、おしまいにしとけよぅ縲怐v
 モニターの向こうからエリザベートの声がする。
「確かに、私のゴーレムの致命的欠陥は、私のパートナーの命を奪ったザマス。あの本は封印されたままで良かったのかもしれないザマス……」
 松平は光条兵器を収めると、
「もうするべきことはわかっているな」
 とだけ言った。
 ハツネはマイクを手にすると、
「ハツネより全軍へ。直ちに戦闘を停止せよ。武器を棄てて指示を待つザマス」
 そう言って深くため息をついた。

担当マスターより

▼担当マスター

さかもとたけし

▼マスターコメント

またまたお詫びからはじまるコメントに情けなくなる想いです。
まあ、言い訳なのですが、普通は子供がかかる伝染病『百日咳』というのにかかりまして、朝から晩まで咳が止まらないという、でも死ぬ心配は無い(はず)という病気なのです。百日の文字通り、これが三ヶ月続きます。風邪なら三日寝込んでおきて書けばいいのですが、そういう意味ではやっかいな病気にかかったものです。
いうまでもなく季節外れのコミケものなのですが、時代の空気としてはちょうどそんなこんなが叫ばれているなかなので、いろいろとメッセージを込めたつもりです。それはともあれ〆切破りはプロ失格です。本当に申しわけありませんでした。