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空に轟く声なき悲鳴

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12:00 ゴーストタウンと幽霊列車



「こっちは噂の無人駅に着いたぜ〜」

 通信先から、出発の言葉を受け取ったミューレリア・ラングウェイは、意気揚々と状況を説明する。一足先に、噂の幽霊列車の足跡をたどり、廃線となっている線路をたどってたどり着いたのは、『ボタルガ炭鉱』と書かれている駅だった。既に誰にも使われていないようで、駅員などはもちろんいない。駅の改札を越えた所は片田舎の無人駅と表現するのにふさわしく、木造でどこもかしこも傷みがきていた。線路はここ最近使われた様子はなかったのだが、駅の構内に、数人の足跡が見て取れた。だが攫われた機晶姫たちの規模から考えて、ここで乗り降りしたのではなさそうだった。

「幽霊じゃなくって、本当に誰かがここにいたってことなのかな?」
「何かありましたら、連絡しますねぇ〜」

 メイベル・ポーターは通信機を使って百合園の仲間に一声だけかけると、駅の中を調べていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が戻ってきた。その後ろには、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)の姿もあった。

「町の建物はほとんどそのままだが、人は誰もいないようだ。まさしく、ゴーストタウンって所だろう。壊すのにお金をかけるよりも、新しく建てるのを優先したみたいだな」

 拾ってきたビラを見せると、「解体工事、2024年を予定」と書かれていた。駅から見える範囲の建物も、人が住まなくなって久しいのか廃れているのが見て取れた。

「この駅はもう使われなくなってから結構経ってて、管理者は新しい町に引っ越しちゃったみたいだよ」
「引っ越したって、どこにですか?」
「転居先が丁寧に書きおかれていました。ここは旧ボタルガの町、ということになっているようです。新しいボタルガの町が、あの……」

 そういって、フィリッパ・アヴェーヌが町のバックにある大きな鉱山を指差した。

「ボタルガ鉱山の向こうに、あるそうです」
「ちなみに、この線路はボタルガ鉱山に続いているそうだよ。ちなみに走ってたのは鉱山に使うにはもったいないくらいの綺麗な蒸気機関車で、そのフォルムはいまだにシャンバラ地方列車名鑑の上位に位置するくらい凄くいい車両なんだって。あんまり綺麗だから、客車もつけてあって、最後の運行の日には沢山の人を乗せて、鉱山までの道のりを動いたそうだよ」

 セシリア・ライトは百合園女学院の司書の一人(その道では有名な鉄道マニア)に聞いた情報を披露する。本郷 涼介はそれを聞いて唸る。

「それだけ有名な列車なら、誰かがいまだに所有していたりするんだが………そういったことはわからないのか?」
「うん、そう思って聞いたんだけど、ボタルガの町の人たちはそういう意味での価値よりも、長年一緒に働いてくれた仲間として、新しい町に移ってからも大事に倉庫で保管してる……そういってたよ」
「ふむ、幽霊列車が、昔は現役だった蒸気機関車だったとするならば、の話か」
「それが本当なら、町の人が犯人ってことなのか?」
「町の人かどうかはわからないが、噂の幽霊列車がその列車と外見は一致してそうだな」

 ミューレリア・ラングウェイの問いかけに答えたのは、ラルク・クローディスだ。後ろにいる国頭 武尊が手に持っているのは、暴走族から聞き出した情報を基に書いた絵だった。フィリッパ・アヴェーヌが駅長室へ駆けていき、古びたパンフレットを持ってきた。そこに写っている車両は、彼らが持っているイラストと酷似していた。

「実際、同じ列車が作られたって記録はない。その列車が現存しているなら……幽霊じゃなく、実物の可能性が高い」
「ともあれ、ボタルガの町の人に話を聞きましょうかぁ〜」

 メイベル・ポーターはのんびりとした口調でそういうと、携帯電話を取り出した。メモリで呼び出した名前は、今頃別の依頼を受けて新ボタルガの町で聞き込みをしている頃だろう。






 丁度同じ頃、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)はボタルガの元町長の家で聞き込みをしていた。調査隊で作業を分担し迅速な調査を行えるようにするために、あらかじめ携帯電話などの連絡先は交換しておいた。まだ、他から情報は入ってきていない。さらに気合を入れて、慎重に口を開いた。

「この、町の、歴史に、ついて、教えて、いただけませんか?」
「はぁ〜?」

 頭が見事に禿げ上がり、しわくちゃのおじいさんは、枯れ木のような手を耳に添えて、身体を傾けた。会ってかれこれ2時間になるが、ここから情報収集が先に進まないでいた。そのころ、他の家族とカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)はアルバムを見せてもらいながら思い出話を聞いていた。

「へぇ、コレが石炭を運んでいた列車ですか」
「そうなのよ、あんまり立派な列車を作ったものだから、列車好きな人たちが沢山きたのよ。で、観光目当てに客車なんてつけてみたけど、炭鉱で生きていけなくなっちゃったから、線路も廃線が決まっちゃって……今は昔の町をつないでるあの山の入り口にしまってあるわ。年末にお掃除しに行くのが、今では風習になってるのよ」
「すごいなぁ……あ、コレおばさんの昔の写真? 綺麗〜!」
「あら、ありがとう……そうだ、お昼ごはんも食べてく?」
「それなら、あたしが作ります。写真、見せてもらったお礼に。中華料理でよければ〜」

 あらそう? なんて明るい会話が続く中、イレヴン・オーヴィルの携帯電話がなった。すぐに携帯を開くと、見慣れた名前だった。

「おう、メイベルか」
『イレヴンさん、今ボタルガの町ですよねぇ? 調べていただきたいことがあるんですぅ〜』

 聞いてほしい、と言ったいくつかの項目をメモで箇条書きにすると、わかり次第折り返す旨を伝えて携帯をきった。 

「さてと……町長さん、お願いします。コレはもしかしたら、ただの騒音被害だけではないかもしれないんです」
「ほうほう。今日の昼飯は中華か」
「町長さん〜〜〜……」

 イレヴン・オーヴィルが深々とため息をついていると、カッティ・スタードロップお手製のお昼ご飯が運ばれてきた。一息入れることにし、娘さんたちにお礼を言いながら食器を手にすると、温かい食事に口をつけた。そうしていると、窓の外からかわいらしいアイドルソングが流れているのに気がついた。

『みんな〜応援ありがと〜!』

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は着物をアレンジしたふりふりのミニスカ衣装でストリートライブを行っていた。それを聞くや否や、元町長は外へ出てアンコールの掛け声に加わっていた。

「あらあら、お父さんったらアイドルとか大スキなんですよ」
「……明らかに、補聴器無しでも聞こえる聴覚のこっているよな……アレ」

 諦めたように呟いたが、何か情報を得られるかもしれないとのことで、手早く食事を片付けると、アンコールの一曲が終わったところだった。大きなスピーカーを使っているが、選曲のためか音量は絞っているようだった。久世 沙幸(くぜ・さゆき)はスピーカーの調子を見ながら、問題がないことを確認すると、藍玉 美海(あいだま・みうみ)が持ってきたヒーリングCDをスタンバイする。とはいえ、それを流すのはまだ先なのだが。歓声の中、久世 沙幸は満面の笑みで駆け寄る。

「美羽、マイクテストばっちり! ありがとうね」
「ううん、こんなんで役に立てるなら全然だよ〜」

 小鳥遊 美羽はマイクのスイッチを入れて、まだ冷めやらない歓声に向かって声をかける。

『みんなもありがと〜! 実は私この町の騒動を調べるためにやってきました! 何か情報があれば、是非是非、教えてくださいね?』
「おお〜」
「そういえば、昨日もあんたみたいにではないが、歌を歌っている女がいたなぁ」
『歌?』
「ああ、深くフードを被った女でなあ……悲しげだったが、いい歌だったよ」
「その話は本当か!?」

 たまたま近くを通っていた一式 隼(いっしき・しゅん)は、フードの女という言葉を聞いて血相を変えて駆けつけた。聞かれた町人は驚いたが、すんなりと答えてくれた。

「あ、ああ……顔は全然見えなかったんだが……確か、鉱山のほうに行ったよ。列車を見に行ったんだと思って特に気に止めなかったが」
「見慣れない女だったが、たまに列車見たさに観光客が来るからな」
「助かる」

 一式 隼はそれだけ言うと、鉱山のある方向へ一目散に駆け出していった。リシル・フォレスター(りしる・ふぉれすたー)ルーシー・ホワイト(るーしー・ほわいと)は小首をかしげて追いかけながら問いかける。

「ちょっと、どうかしたの?」
「深くフードを被った女……見覚えがあるんでな……」

 鉱山の入り口は誰かが見張っているわけでもなく、簡単な案内板があった。列車がおかれているのは入ってすぐのところらしいが、線路の上に列車はない。代わりに、新しいレールが敷かれ、旧ボタルガの方向へと伸びていた。

 一式 隼はイレヴン・オーヴィルに連絡を入れ、手伝ってくれそうな仲間を募ることにした。

 歌を終えて、アイドル衣装を纏ったままの小鳥遊 美羽と久世 沙幸の所にイレヴン・オーヴィルが大型騎狼のデロデロと、狼のグリグラを連れてやってきた。彼が声を発すると、二匹の獣はとても忠実に従っていた。

「外でおかしなことがあったら、こいつらを使ってくれ。音がする方向も、こいつらならわかるかもしれない」
「そうですわね、一斉に吼える……それなら、吼える方向もあるかもしれませんわ」
「っていっても、夜までやることがないかも……」
「情報がまだ全部集まってないからな」
「何かわかり次第、連絡します」

 相棒である獣達を預けると、イレヴン・オーヴィルは今度は現町長の家へと向かった。元町長から聞き出せたのは、古き良き時代の思い出話ばかりだったからだ。 

「昔話を好む人間ってのは、大体今に不満があるってことだからな」







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「本当に、来るのでしょうか?」

 薄暗くひんやりしたアジトの中で、フードを被ったままの女性が独り言のように呟いた。通信機の先にいる老人らしいしゃがれた声の持ち主は、その呟きを一蹴した。

『移動手段を徒歩に限ってしまえば、到着はまだ先の話じゃろう……』
「なら、もう一度機械を起動させる意味はないのでは?」
『実験体は多いほうがいい』

 また別の声がする。

『いい加減、寺院も我々の研究に協力してくれればいいのにのぅ……』
『一刻も早く、あの兵器を使い我々の長年の研究が間違っていなかったことを証明するのだ』
『そして、増産、改良を重ねて今度は地上を我らの実験場とするのだ』
「……わかりました。では今日は少し早めに動かすことにします」
『任せたぞ』

 通信はそれで切れたようだった。
 アジトの中を偵察していた御薗井 響子(みそのい・きょうこ)はそれを聞いてすぐに他の仲間がいる場所へ戻ろうと音もなく立ち去った。


 もともと作業場だった名残なのか、休憩所のようなところに機晶姫たちは押し込められていた。ベッドなどはもちろんなく、薄い敷物だけが敷かれた粗雑な状態で機晶姫は皆、泥のように眠っていた。

 わずかに意識を取り戻していたのは、アイリス・零式とホワイト・カラー(ほわいと・からー)だった。三人だけではこの状況を打破できなさそうだと判断し、御薗井 響子が先行して偵察にいっていたのだ。
 御薗井 響子は静かに扉を閉めると、誰にも気がつかれていないのを確認して胸をなでおろした。

「大丈夫、でしたか?」
「問題ない……です」

 口下手な御薗井 響子はそれだけ呟いて辺りを見回した。ここに囚われて、携帯電話で時間を確認すると既に昼ごろを回っていた。電話で連絡するよりも、いまはこの状況から全員で逃げることを選択した御薗井 響子は、ケイラ・ジェシータへ連絡しないでいた。

「どんな感じでありましたか?」

 アイリス・零式は小首をかしげながら問いかける。御薗井 響子が戸惑っていると、手をとって微笑む。ホワイト・カラーも見習ってその手をとった。

「友達なら、話しづらくないと思うんです」

 同じ赤い瞳を持つ二人に見つめられ、御薗井 響子も目を細めて小さく頷いた。そして、見てきたものについて話した。状況証拠でしかないが、鏖殺寺院の策略によるものではないかと推測できた。

「いるのは一人だけ。脱出に支障はなさそうです……ただ」

 もう一度、辺りを見回した。
 小さな体のもの、屈強な身体をしたもの、見た目こそ統一されてはいないが、人間に近しいものであったり、遠いものであったり、機晶姫はさまざまな形態を持っていた。

 その機晶姫たちが、一様に意識を失っていた。よりにもよって、戦うことに対して分が悪いメンバーが起きているのだ。

「せめて、大きな武器を持っている人が起きてくださればいいのですが」
「ワタシ達だけ起きているというのも、不思議であります」
「そういえばアイリス様が歌っていたのを耳にして、目が覚めたような気がします」
「ワタシの歌、でありますか?」

 アイリス・零式は少し考え込んで、あ、と小さく声を上げた。

「頭の中がもやもやしていたとき、聞こえたメロディが……あの歌だったのであります」
「あの歌?」
「といっても、お二人は知らないでありますね……」
 
 苦笑しながら目を閉じて、すう、と息を吸い込むと、その小さな唇から悲しげな旋律が洩れてきた。

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 天に舞う光の水は、空の大地を埋め尽くす
 川を流れる炎の壁は、風のその先海を割る
 星が落ちる、陽が滴る
 影が上れば、沈む銀河
 愛すべき仇を、殺したいのは恋人

 あなたを壊し、
 あなたを輝かせた罪
 あなたが放つは破壊の音
 私が歌うのは絶望の呼び声

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 それは少し前、ルーノ・アレエという名前の機晶姫が各学校で知られるきっかけとなった事件でアイリス・零式が教わった歌だった。