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雪下の幻影少女 

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雪下の幻影少女 

リアクション

【2・幻影少女を追え】

 警備室のモニターのひとつに、数十分前の校長室の様子が流れていた。

 壁からすり抜けてきた少女、それを見て携帯を落とす環菜。
 そのあと何かしら話している様子のふたりだったが、唐突に少女の方が激昂したように映った。かと思うと少女の身体から吹雪が放出され、そのまま驚いて硬直してしまっている環菜の姿を覆い隠していく。そして少女は再び壁をすり抜け外へと消えて行き、吹雪が収まった後には環菜は雪像となっていた。
 その一分ほど後にルミーナが駆け込んできていた。

「ああ、そこまででいいです」
 と、そこでにゃん丸は、警備員の青年に映像を止めさせた。隣にはリリィの姿もある。加えて神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と、そのパートナーのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)も、そこに来ていた。
「やっぱり幻影少女の仕業だったようだねぇ。正体はプラズマ娘かX線少女……それとも十二星華の刺客か? 校長も最近恨み買ってるからねぇ……」
 などと考えをまとめつつ、頭の中では同時進行で雪の巨像と少女の出現との間にも関係がありそうだと睨むにゃん丸。
「壁をすり抜ける必要があるってことは……普通に移動はしてる。つまり、いきなりテレポートはしないってことだよな?」
 そうとわかれば、一旦見つけさえすれば包囲するのは容易と考え、
「リリィ、ここは任せる。見つけたら先回りできるルートを連絡してくれ」
「うん、わかった! 包囲する時はあたしもそっちに行くからね!」
 包囲の準備のため駆けていくにゃん丸と、それを見送るリリィだった。
「さてと、どこにいるのか? はっきりさせましょう。捕まえと追い込みは任せてと……」
 その様子を確認しつつ翡翠は自身も警備室の操作を始めていく。
 警備員の青年は一瞬それに対し口を開きかけたが、緊急事態との連絡は受けているので結局何も言わぬままモニターに目線を戻した。
「なんか、高みの見物とは、いい性格しているよな〜。絶対、敵にしなくねえよ? お前」
 その代わり、レイスがそんな呟きを漏らしていたが。
「褒め言葉として受け取っておきますよ。それよりほら、見つけたら連絡しますから」
 だから校舎のどこかで待機しといてください、と言いたげに手をヒラヒラとさせる翡翠に、あとひとつふたつ文句でも述べようかと考えたレイスだったが、結局溜め息をひとつついて警備室を出て行った。
 そして。
 実はこのとき、警備室のドアの陰に隠れてモニターを眺めていた人物がひとりいた。それはマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)で。
「……なるほどね。少女を怒らせれば、攻撃され雪像にされてしまうってことか」
 彼はなにやら怪しげな笑いを浮かべながら、足早にその場を立ち去っていった。
「ふふふ……雪像だらけの学園ってのも素敵だよね」
    *
 所変わって蒼空学園の中庭。
 そこにはニセカンナ状態のリカインと、華花とソルファインの3人がいた。
「それじゃハナ、大変だと思うけど氷術お願いね」
「ん! わかった、リカ姉! オラ頑張るぞ! 静かな青よ!」
 リカインから、寒くしていれば現れる確率がまた上がるかと言われた華花は辺りの壁や地面に氷術を放っていく。
「きっと仲良くなれるよな……今からとっても楽しみだ。どんどんいくぞ〜」
 そうやってSPが切れるごとにリチャージを受けつつ、氷術を大放出した結果。数分後には辺り一面が雪景色ならぬ氷景色になっていた。
 そこに雪がちらつく様子は、なんだか幻想的な光景で3人はしばし見入っていたが。

スゥ……

 と、校舎の壁をすり抜けて現れた少女に一瞬で空気が張り詰めた。その風体も、放送にあった通り学園の制服に白い肌と髪の少女と一致している。
 3人は本当に壁抜けして出てきた少女に驚きを顔に出していたが、少女の方もなんだか驚いた顔をしていた。
「どういうこと? アナタは確かに雪にした筈なのに」
 幻影少女は意外と普通に質問をしてきていた。ただ、そんなことより喋った内容の方にリカインは心中喜んでいた。どうやら自分がニセモノと気づかれていないようである。
「その理由が知りたいなら、少し私と話をしましょうよ」
 興味を惹かせて話ができないかと近づくリカインだったが、少女はビクッと身体を震わせると、まるで地面を滑るように移動して逃げようとした。
 が、そこに、ソルファインが回り込む。
「……ああ、下手に声をかけると逃げてしまうなんて今までどんな境遇に身をおいてきたのでしょう……。でも僕は大丈夫」
 ソルファインは悲しげに目を伏せると、その直後身に着けていた装備を、この寒さにも関わらず捨て去り。結果残すはスク水、すなわちブーメランパンツ一丁となっていた。
「この通り武器は何も身につけてはいません。さあ、安心してあなたのことを教えてはくれませんか?」
「きゃああああああああああああああ!」
 ブーメランを間近で目の当たりに少女は、顔をその瞳の色と同じくらい真っ赤にして物凄い勢いで逃げ去ってしまった。
「ああ……逃げられてしまいました。やはり余程辛い目に遭ってきたのでしょうか」
 なぜ逃げられたか本気でわかってないソルファインに、リカインと華花はさすがに少し冷ややかな視線を向けるのだった。

 ちなみに。
 いつのまにかリカイン達から離れている鞆絵はというと。
「さて、騒動が収まるまでに皆さん体が冷えてしまうでしょうからあたしは温かいお料理でも用意しましょうかしらね」
 などと言って、食堂を借りて時期もののみぞれ鍋としょうが湯を作っていた。
「これだけだと苦手な方がいるかも知れないから、お饂飩と蜂蜜レモンも用意しておきましょ」
 鼻歌交じりに用意を進める鞆絵。
 その傍らでは再び隼が氷を確保し、取って返ししていた。

 閑話休題。
 リカイン達は少女を逃がしてしまったものの。少女を追う生徒はまだ他にもいた。
 そんな生徒に分類されるメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の三人は。このときマッシュから話を聞いていた。
「ということで、幻影少女はすぐに逃げてしまうから話をするにしても、まずはちょっと怒らせてみるがいいよ。それが逆に効果的らしくてね」
「なるほどぉ、参考になりました。ありがとうございますぅ」「これで対策はばっちりよね!」「それではまず、罠を張って待つとしましょうか」
 そして何やら不敵に笑いながら去っていくマッシュの様子に気づかない三人は、メイベルとフィリッパのトラッパースキルで一階の廊下に罠を張って待ち構えていた。窓を開けて寒くするのも忘れてはいない。
 そうして物陰に隠れて待つこと十分弱。
 やがてまだ少し顔を赤らめた例の幻影少女がふらふらと現れた。噂にもあった通り、常に学園を徘徊しているのは本当だったんだと得心する三人。
「よぉし、今ですっ!」
 トラップの中心に少女が入ったのを見計らい、罠を発動させるメイベル。
 すると少女の頭上から、お札や聖水、更にはカイロや湯たんぽなど、幽霊と雪女両方の対策が満載の仕掛けが降り注いでいった。
「やったですぅ。まんまと罠にかかりましたっ!」「ふふん、僕達にかかれば赤子の手を捻るより簡単だね!」「あらあら、大変ですわ。まさかこんな罠に本当にかかるなんて」
 マッシュに言われたことを参考に、姿を現して挑発を行う三人。もっとも、地があまりそういう悪言に慣れたキャラでないのでややぎごちなかったが。
「こ……のぉっ! やってくれたわね! いい度胸してるじゃない!」
 しかし少女の怒りが沸点に達するには十分だったようで、ついに身体から吹雪を放ち始めていき。お札やカイロをそのまま三人へと飛ばし返し吹雪で三人を包んでいく。
「これは一体なんなんでしょぉ……? こんな攻撃してくるなんて聞いてませんよぉ」
「まずいよ、身体が動かない!?」「この吹雪、普通のものとは違うようですわ……!」
 幻影少女の攻撃になすすべなく慌てるばかりの三人の意識は次第に薄れ始めて、しかも環菜のように徐々に身体が雪像と化しはじめていた。
 そんな様子を、隠れ身のスキルを使って、影から眺めているマッシュ。
「ふふふ。計画通り……ん〜、石化に関わらずやっぱり人が固まるのはいいね〜! ゾクゾクするよ……ん?」
 と、自身の特異な快楽を噛み締めていたマッシュの後方から誰かが走ってきていた。
 それは翡翠から連絡を受けたレイスである。両手にはなぜかバケツを抱えている。
『そっちは大丈夫ですか? 現在、一階A棟の廊下にいるようですよ』
「ああ。なんか騒がしいし、誰かやりあってるみたいだ」
 そしてマッシュには気づかず、吹雪に囲まれ雪像となりつつある三人を目撃し、息をぬむレイス。驚くのも一瞬、レイスはこんなこともあろうかと用意していた熱湯を、バケツもろとも一気にぶっかけた。
 かけてから「あ、けっこう高温だけど大丈夫だろうか」と思っていたが。
「あれ……私達、どうしたんですぅ?」「なんだか、変な気分だよ……」「わたくしも……頭がボーっとしますわ……」
 だがそんな予想はいい方向に裏切られ、どうにか三人はすんでのところで事無きを得たようだった。いつの間にか吹雪も収まっている。
「……ふぅん。完全に雪像になる前ならああいった対処でも大丈夫なのか? あと一歩で完璧な雪像になってたのに、惜しいな」
 一部始終眺めるだけ眺めていたマッシュはそんなことを呟くのだった。

 そして。肝心の幻影少女はというと。
「まったく、ひどい目にあったわ」
 悪態をつきながらまたその場の壁を抜けて、学園の外へと出てきていた。
 玄関口に近いその場からは、雪の巨人が真正面に見えた。

ズウゥゥゥン……!

 その巨人の右腕が生徒達の攻撃を受けて落ちたのを目撃し、ぐっと唇を噛み締める少女。
「見っつけた――っ!」
 と、そのとき少女に向かってどこからか爆炎波が放たれた。
「っ!?」
 威嚇だったらしく、当たりはしなかったがその攻撃に警戒心を強める幻影少女。攻撃を仕掛けてきたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。こんな時期でもミニのスカートを翻し、手には星輝銃を構え、しっかりと狙いを定めていた。
「動いたら今度は当てるよ!」
 美羽はそう警告し、じりじりと距離を詰めていく。
「迂闊だったな。逃げた後で油断しすぎてたかな」
「ううん、それ以前に悪意を強く抱きすぎなんだもん。ディテクトエビルを使って探索してたら、すぐに居場所がわかっちゃった」
「なるほどね、次から気をつけることにするわ」
「その前に、環菜校長を雪像にした理由と、元に戻す方法を教えて! でないとホントに撃つから!」
「ん? 心配しなくても、もうあの人は元に戻ってたみたいだけど」
「え? そ、そうなの?」
 ニセカンナの誤解をしたままの少女としては、ただ単に事実を述べただけだったのだが。美羽の方は事情を知らないゆえに驚き、隙が生まれた。
 そこをついて少女は再び逃走を図ろうと後ずさり、校舎へ戻る為駆け出そうとしたが。
「おっと、そう何度も逃げられると思わない方がいいよ?」
 校舎の中では、隠れ身で身を潜めていたにゃん丸が突如姿を現していた。
「もしもし? ああ。サンキュー、おかげで接触できた。リリィもすぐこっちに……あ、もう向かってる? それじゃあまた後で」
 そして携帯を切るにゃん丸。どうやら逃げそうな方向も事前に調べておいたらしかった。
 校舎の中と外で、出入り口を挟んでにらみ合うふたり。
(さて。ここからはどうしようかなぁ。ま、うちの学校の制服着てんだ。話ぐらい通じるでしょ……)
 しかし見た感じまだ落ち着いて話ができそうにないかと思ったにゃん丸は、廊下にどこから持ってきたのかコタツと猫を配置し、手招きをしていた。
(よし! これで隙を見せたら皆で包囲して、じっくり話を聞くとしよう)
「…………」
(あれ? ま、まさかの無反応!?)
 そうやってトボけたことをやってるにゃん丸は無視することにした少女だったが、
「ふぅ、やっと見つけました」
「すまないが、我輩達とも少しお話してもらえるだろうか」
 時間を無駄に稼がれたせいで朱宮 満夜(あけみや・まよ)ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)もやってきてしまい、結果的には四方を完全に囲まれる形となり完全に逃げるに逃げられなくなっていた。
「私たちは本当に話を聞きたいだけなんですから。そう頑なに逃げようとしないでください。そもそも、逃げるくらいならどうしてあなたはこの蒼空学園に現れたのですか?」
 満夜のその質問に、初めて幻影少女が戸惑いの表情を示した。
「なにか理由があるんでしょう? それを教えてください、私たちにできることなら協力しますから」「私だって、話さえ聞かせてくれればこんなことしないんだから」「君、俺達に出来る事だったら力になるぜ」
 満夜に続き、美羽とにゃん丸も後押しする。
「…………」
「もしかしてあなたは友達が欲しくて学園に来たんじゃないですか? それなら――」
「うるさいっ! アンタ達には、関係ないっ!」
 立て続けの問いかけに、少女は思わず満夜に手をあげようとした。が、攻撃を警戒していたミハエルがその振り上げた少女の右手を先に掴んでいた。
「そういう行為は見過ごせないな」
 告げつつ、密かにミハエルはその手から伝わるあまりの冷たさに若干驚いていた。
「離してっ! 離さないと、容赦しないんだからっ!」
 そのまま駄々っ子のように暴れる少女は、再び身体から吹雪を出そうとしたが、
「ちょっとー! いくら正体不明だからって、よってたかって女の子を追いつめるってのはないんじゃない?」
 そこへ到着したリリィが、幻影少女に助け舟を出していた。
「まがりなりにもうちの制服着てるのよ! デリカシーってものは無いの? あんたらは。ごめんなさいね〜。下品な山猿ばっかりで。怖かったでしょ〜。事情があれば話してくれないかな? 力になれるかもしれないわよ」
 リリィはミハエルの手を離させてやり、そしてその手をなでなでとさする。その表情には笑顔すら見える。が……
「で! なんでうちの校長凍らせたのよ!!」
「ひっ!?」
 突如豹変して、手を思い切り強く握るリリィ。
 その変わりっぷりに、美羽や満夜とミハエルは「ええええええええ!?」と驚愕する。
「キ、キミ! そいつが一番怖えーぞ!」
「にゃん丸、うるさい!」
 そして幻影少女の方も、変貌ぶりに完全に萎縮して涙目になってしまい、
「だ、だって……あの人が悪いんだよぉっ! ワタシを蒼空学園の生徒として、認めないなんて言うからあっ!」
「え? それってどういうことなの? 答えなさい! あらいざらい白状するの! 詳しい事情も、元に戻す方法も!」
「あぅっ! ご、ごめんなさいっ! ちゃんと教えますからぁっ! キスです! 雪像になった人にキスすればいいんですぅっ! た、ただその……」
「なに? 聞こえない!」
「ひゃぅうううっ!」
 さっきまでの強気な口調はどこへやら。幻影少女はすっかり怯えて、しまいにはすすり泣きをし始めてしまうのだった。