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リアクション
第四章 終わり
「これは……」
ちょっとした準備があり、説得組の中で最後にリフルの元にやってきたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、リフルの状況を見て目を見張った。
「驚いたな。まさかあのゲイルスリッターを押さえ込めるとは……む、あれは?」
アルツールは、リフルの目の様子がおかしいことに気がつく。瞳の色が灰色から紅に、かと思えば紅から灰色にと目まぐるしく変わっているのだ。
「リフル君の瞳の色は、確か普段が灰色。そしてゲイルスリッターと化したときが紅……そうか! 何らかの原因で今リフル君の洗脳が弱まっているのだな。それで本来の力を発揮できていないのだ。これはチャンスだぞ。シグルズ、やってくれ!」
「分かった」
アルツールの合図で、彼のパートナーシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が何かの袋をリフルの頭上へ放り投げる。
「はっ」
そしてその後を追うように宙へと跳び上がると、爆炎波で袋を派手に叩き斬った。袋の中に入っていた液体が、リフルへと降り注ぐ。
「……これでいいのだな、アルツール?」
着地したシグルズが、アルツールを振り返る。
「ああ、上出来だ」
「まったく、君も面白いことを考えるものだ。そして、それを実行に移すところがまたなんともな……」
やがて、液体から発せられる匂いが周囲を包み込む。
「この匂いは……」
それは、みんなに馴染みの深いものだった。
「ラーメン……?」
「その通り。シグルズが今リフル君にかけたのは、ラーメンのスープ。それも『神竜軒』のものだ。理由は分からないが、リフル君の洗脳は今不完全だと思われる。この匂いで彼女の潜在意識を引き出せるかもしれない。彼女を元に戻すなら今しかない!」
アルツールはそう言うと、さらにブルーローズブーケを取り出す。
「ブルーローズブーケよ! 貴様が剣の花嫁を守るというのなら、今こそその役目を果たしてみせよ!」
アルツールの言葉を聞いて最初に動いたのは、イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)だった。
「リフルさん、こんなこともうやめるじゃん!」
イーディは両肩を掴んでリフルを揺する。リフルを押さえ込んでいた四人は、いつでも再び押さえ込めるように注意しながら力を抜いた。
「ぐ……」
「あなたの名前は、リフル・シルヴェリア! ゲイルスリッターなんて名前じゃないじゃん!」
「うるさい……!」
リフルがイーディの両手を振り払う。
「この、いい加減にするじゃん!」
次の瞬間、イーディがリフルの頬を打った。
「みんなでラーメン食べたり、遺跡に行ったりしたじゃん……そういうことを、いい加減思い出すじゃん……!」
その目からは涙がこぼれる。彼女の心は、リフルの頬の何倍も痛みを感じていることだろう。
イーディに端を発して、次々と生徒たちがリフルに駆け寄っていく。
『アナタ、何ヤッテルノヨ!? 皆ドレダケ心配シテタト思ウノ!? 早ク学校ニ来テ、イツモノぼけットシタ顔デ、オナカ空カセテナサイヨ!』
橘 カナ(たちばな・かな)は福ちゃんにそうしゃべらせた後、桔梗の花を差し出して言った。自分の気持ちを素直に言うのは苦手。それでも福ちゃんの力を借りずに。
「リフル、これ……。桔梗、好きなのかなって思って。これは造花だけど、本物の桔梗が咲く季節になったら、みんなで一緒に見に行こうよ」
震える手で、リフルが花を受け取る。
「今日は髪型も違うし眼鏡もしてないけど、私のこと分かる?」
次にそう呼びかけたのはシャミア・ラビアータ(しゃみあ・らびあーた)だ。
「最初会ったときは逆立ちしてたっけね、私。その次は木から飛び降りた。変な人だって思ったでしょ。いくらあなたが無表情でも、それくらい分かるよ。……私、あなたの友達になりたかった。ううん、なりたいの!」
「う……うう……っ!」
リフルが頭を抱えて苦しそうにうめく。
「私はリフルのことが大好きだよ」
久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、リフルの頭を抱きよせて自分の想いを伝える。
「他の人から見ればくだらない日常なのかもしれないけど、リフルと他愛もないおしゃべりをしてみたりとか、一緒に甘い物を食べたりとか、そういう時間が私にとっては宝物なの。忘れちゃった? 私のおすすめのお店、リフルも気に入ってくれたじゃない。また一緒にあそこのチーズケーキ食べに行こうよ」
藍玉 美海(あいだま・みうみ)は静かに言う。
「リフルさんはいつも寡黙でしたけれど、照れた表情や、美味しいものを食べているときの表情、それに、古代シャンバラ史を説明しているときの真剣な表情……どれも素敵でしたわ。また私に色々な顔を見せてください」
「さ……ゆき……みう……み」
リフルが二人の名を口にしたのを聞いて、月島 玲也(つきしま・れいや)がたまらずリフルを抱きしめる。
「お願い、リフル! 優しいリフルに戻って! 鎌の洗脳なんかに負けちゃ駄目だよ!」
いつも玲也の肩に乗っているフェネックのシンは、玲也のパートナーヒナ・アネラ(ひな・あねら)の後ろに隠れていた。
「シン、あなたにも分かるのですわね。今日の玲也が昨日までの玲也とは違うということが……。わたくしも、あんなに感情を露わにした玲也はこれまでに見たことがありませんわ」
ヒナは、玲也の後ろで祈るようにエールを送る。
「リフルさんは玲也に初めて温かい感情をくださった方。玲也、あなたの気持ちは痛いほど分かります。愛、感謝、好意、敬意、真心。想いはきっと伝わりますわ。どうか頑張って!」
玲也の想いがとめどなくあふれ出す。彼は周りの目も気にせず、ただひたすらに叫び続けた。
「屋上で僕と一緒にシンを可愛がってくれた時の優しい目。洗脳に苦しみながらも、僕を突き飛ばして逃げてと叫んだ時の辛そうな顔。あれが本当のリフルでしょ!」
そのとき、ヒナの背後に隠れていたシンがリフルの肩に飛び乗り、彼女に頬をすり寄せ始めた。
「キュイ、キュイキュイ」
「ほら、シンも言ってるよ! また遊んでほしいって。リフルの手で撫でてもらって気持ちよかったって!」
「温かい……屋上……玲也、シン……」
「リフルさんの意識が戻りつつある。それを貸していただけますか?」
リフルの様子を見て、樹月 刀真(きづき・とうま)がソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)の持っていたリフルのチョーカーを指さす。
「これですか? どうぞ」
「ありがとうございます」
刀真は、チョーカーをリフルの目の前に突き出して言った。
「これを君にくれた人は、君が人を殺すことを喜ぶような人ですか? 友達と一緒に過ごしている君より、人を襲う君を喜ぶような人なのですか?」
「アムリアナ……様……!」
「俺は君と一緒に勉強したり、神竜軒でラーメンを食べたり、遺跡に行ったりしたことが楽しかった。そして、これからも君とそうやって楽しく過ごしていきたい。君はどうです?」
「私は……私は……!」
刀真は遺跡で撮った集合写真をリフルに見せ、
「目を覚ませリフル! 此処にいるみんなが君を待っているんだから!」
――リフルに口づけをした。
周囲が息をのむ。
何十秒にも感じられた一瞬の後に二人の唇が離れると、リフルは消え入りそうな声で言った。
「……して」
「何です?」
刀真は必死で耳を傾ける。
「星剣を……壊して……」
「ですが、リフルさんへの精神的負担は?」
「大丈夫、普通の……剣の花嫁に……戻るだけ」
「それは、あなたが十二星華でなくなるということではないですか!」
「早く……! 私が星剣の……ディッグルビーの防御力を、限界まで落とすから……お願い、私の理性があるうちに……!」
刀真に即決することはできなかった。リフルを想えばこそ。
「それは俺たちの仕事だな」
「ここまできたらやらないとね」
そう言って歩み出たのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と高村 朗(たかむら・あきら)だった。
「……お願いします」
刀真は二人に深々と頭を下げる。
「じゃあ始めようぜ」
「今度こそ成功させないと、かっこつかないね。――いくよ。いち、にの……」
「「さん!!」」
エヴァルトと朗のソニックブレードが、同時に星鎌ディッグルビーを捉えた。
ピシリ
ディッグルビーにひびが入る。亀裂はあっという間に全体に広がり、星剣は粉々に砕け散った。残骸は砂のように崩れ落ち、やがて跡形もなくなった。
リフルの体が輝きに包まれ、彼女は制服の姿へと戻る。ようやく、リフルの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「っと、これは?」
刀真の持っていたチョーカーの宝石部分が桔梗の花に変化し、突如女王像の破片が出現する。それは左腕に相当する部分だった。
どうしたものか分からずにリフルの方を見た刀真は、言葉を失う。リフルの表情が一変、苦痛に顔をゆがめていたのだ。
「ああああああっ!」
慌ててリフルに駆け寄る生徒たち。が、突如背後から声が聞こえてきた。
「洗脳の媒介である星剣が破壊されて、欠落していた記憶が一気に流れ込んでいるんだね。混乱、自責……これから大変だよ」
生徒たちが振り返る。そこにいたのは、ミルザムを襲ったあの女だった。
「ま、キミはもういらないからどうでもいいや。こっちはちゃんともらっていくね」
「あ!」
女は蛇腹剣で刀真のもつ女王像を奪うと、その場から去ろうとする。
「待て、お前は何者だ!」
「ボクかい? ボクは蛇遣い座の十二星華。あ、ボクを入れると十三人だから、十三星華になるのかな? いや、山羊座はもう壊れちゃったから、やっぱり十二でいいのか。うん、ちょうどいい。じゃ、またね」
女はそう言って、姿を消した。
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