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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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●9:貫かねばならぬ仁義

「あははー、やっぱり雑魚は面白くないな〜。ねえ、君がボスだよね? 君なら少しはボクを楽しませてくれるよね?」
 斬りかかっていった空賊が、鏡 氷雨に振り上げた腕とそして頭を撥ね飛ばされ、蒸気のように血液をほとばしらせながら部屋の外へ放り出される。
「ヴィンターリオ・シュヴァルツの抹殺がボクの任務……邪魔するなら容赦はしない」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)の突きを受けて、胴体とオサラバした空賊の首が部屋の中に転がり、中に詰められていた諸々の何かが床を彩っていく。
 もはや気流に流されるだけとなったヴィルベルヴィント号の操縦室では、血気盛んな冒険者が最後の抵抗を見せる空賊を一刀のもとに切り捨て、ついに剣を抜き放ったヴィンターリオを手加減なく殺すつもりで迫る。
「……へっ、どうやら女も持っていかれたようだし、ここで俺は殺されるらしいし、全くいいところ無しだな。ギリギリまで、俺一人だけでも逃げられるって踏んでたんだが……どうやら俺のやり口を知ってるヤツがいたみたいだな」
 自嘲するようにヴィンターリオが呟く、彼は自分の船に万が一の時に身を潜め、逃げ出せるように作られた仕掛けを施していた。それは注意をしていなければ発見できないものであったが、以前に一度ヴィンターリオが事件を起こした時に遭遇していた荒巻 さけ(あらまき・さけ)が、事前に何らかの対策を施していることを見越して日野 晶(ひの・あきら)と協力して調べ上げ、それらの対策を無力化していたのだ。
「これでもう逃げられないはずですわ。大人しく捕まっていただきましょう」
 外で手錠を手に立ち塞がるさけと晶、ヴィンターリオは四面楚歌、打つ手なしといったところである。捕らえられるどころかその身を切断され、目下の海に消えるのも時間の問題と思われた。
「もうやめて! 何も殺さなくたっていいはずだよ!」
「あ、歩ねーちゃんの言うとおりだよ!」
 今この時まで状況を見守っていた七瀬 歩と七瀬 巡の言葉も、二人には聞き入れられない。彼らとて好んで殺人鬼に身をやつしているわけではない、しかし依頼を受けたものとして、貫かねばならぬ仁義というものがある。それを曲げてしまうことは、今日この時はよくてもいつか多大な犠牲を払うことに繋がりかねないのだ。
「どうする? 彼らにお帰り願うことも、好きにさせるのも、歩くん次第かな」
 微笑む桐生・円の横では、ミネルバ・ヴァーリイが今か今かと待ちわびるように闘気をほとばしらせている。
「……あたしは……言ったことを曲げたくないです!」
 その言葉を引き金として、ミネルバが手近にいた風天の懐に飛び込んでいく。
「アハハハハハハ!」
 絶えることのない笑い声をあげながら、しかし繰り出される拳は流れる風をも切り裂かんばかりに鋭く、そして重く風天に襲い掛かる。だが風天も人離れした動きでそれらを避け、攻撃で出来た隙に剣の一撃を打ち込んでいく。今二人の間に割り込むことは、悪魔か死神に魅入られるのと同じ意味であるように思われた。
「風天さんっ! ああっ、そんな、危ないです!」
(ちょっとちょっと、そんなこと言ってるリースの方がよっぽど危ないって! ほら見えちゃう、パンツ見えちゃうから!)
 愛する人が危地に陥っているのを心配するあまり、リースは今自分が非常にキワドイ恰好をしていることを忘れて、二人の一挙一動に飛んだり跳ねたりしていた。ノワール・クロニカの忠告も虚しく、事あるごとにリースのパンツは周囲にさらけ出されることとなったが、そんなことに注目がいかないほどに、状況は緊迫していた。
「……これで!」
 攻撃を大振りしたミネルバの空いた脇に、風天が致命の一撃を叩き込む。常人ならば突かれた衝撃だけで命を落としてもおかしくない一撃のはずだったが、一瞬硬直したミネルバが口元に笑みを浮かべたかと思うと、刺さった剣を掴んで引き抜……かずに何と自ら奥へ刺し入れる。この動きには流石に対応出来ず、風天の姿勢が前に崩れたのを見逃さず、拳の一撃が風天を船外へと吹き飛ばす。
「ふむ、そろそろ戻ってくる頃だろうか。帰ってきたら、外道どもを潰した褒美にぎゅ〜と抱きしめてやろう。「も、もう止めて下さいよ……」とか顔赤くして言うんだろうな、そうやって恥ずかしがるところも嫌がりはしないところもかわいーな、ははは――」
 船外で飛空艇に乗り、風天の脱出を援護しようとしていた白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)の視界に、今まさに槍玉に挙げていた風天が船から真っ逆さまに落ちていこうとする姿が映る。
「……へ?」
 突然の事態に面食らうセレナだが、パートナーの危機であることを即座に行動に移し、ギリギリのところで飛空艇に風天を回収することに成功する。そして、風天を吹き飛ばしたミネルバも、床に大の字になって崩れ落ちていた。
「ごめんなさい……今は……引いてくれませんか……」
 氷雨の放った銃の一撃を浴びながら、渾身の一撃で氷雨を気絶させた歩が、紅く染まったモップの柄をリースに向ける。その、誰も何も言葉を発することのできない雰囲気の中、次に動きが見られたのは両側の扉ではなく、天井だった。

「ちぇすとーっ!」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の可愛らしげな声からは全く想像の付かない、炎の闘気を纏った蹴りの一撃が、天井をぶち破って人一人が出入りできるほどの穴を開ける。
「おいおいマジかよ……いくら壊されても変わらないけどさ、何も天井をぶち破る必要なんてないんじゃね?」
「すみません! 美羽さんはそういう人なんですっ」
 美羽が開けた穴から覗き込むように、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がパートナーの非礼を詫びる。とにかく目立ちたがり屋の美羽からすれば、これもまたアリと思っているのかもしれない。
「まったく……私は目立つつもりなんてこれっぽっちもないのよ。キミたちに関わると調子が狂いっぱなしだわ」
 声が降り、天井から床にとん、と足を着けて、ハルバードを携えたフリューネが姿を現す。呆れたように呟く彼女の最大の誤算は、その特徴的な外見を始めとして行動の全てが与える影響が、彼女の予想以上に大きかったことである。もっとも、一部の要素は彼女にあるわけではなく、特に外見については彼女の意図するところとそれを見た者の思うところの乖離が大き過ぎたことが要因としてあげられるかもしれなかった。……つまるところ、フリューネの外見をツッコむアクション多すぎ。いや、マジで。
「フリューネ・ロスヴァイセ……お前に遭った空賊団はもれなく壊滅させられる、『騎乗の白き悪魔』……!」
「……それ、今考えたとかじゃないわよね?」
「空賊共が集まる掲示板では知らないヤツなんていないくらいに有名だ。これだから情弱は困るぜ」
 ハン、と鼻息を荒くするヴィンターリオに、言われた言葉の意味が分からずフリューネが首を傾げる。
「フリューネ! 今思いっきり「お前バカだな」って言われてるよ!」
「……………………」
 美羽の助言を耳にして、フリューネが無言でハルバードを振りかざし、ヴィンターリオに迫る。
「お、おい!! ここは騎士らしく正々堂々一騎打ちで勝負、という流れになるんじゃないのか? まあ、そんなことされてもどうせ俺が負けるのは目に見えてるから意味がないっちゃないんだが――」

「うっさいわね!!」

 鈍いような音でなく、何故か金属バットでボールを捉えたかのような音が鳴り響き、ハルバードのフルスイングをくらったヴィンターリオが操縦室の壁に激突し、壁を突き破って船外へ吹き飛ばされていった。
 
 こうして、事件は解決した。
 シュヴァルツ団の保有する飛行船ヴィルベルヴィント号、そしてアジトは粉々に破壊され、もはや再び活動を行うことは難しいであろう。
 そして、義賊『騎乗の白き悪魔』……もとい、『騎乗の白き乙女』フリューネ、彼女に協力する者たちの英雄譚が、また一つ刻まれたのであった――。