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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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●4:思惑渦巻く蜜楽酒家
 
 空を翔ける空賊がその羽を休める地、蜜楽酒家。
 普通の生活をしている限りは必要のない情報が飛び交う地であり、周囲は絶対中立区域として、タシガン空峡を根城とする空賊の全てに知られている。ここで目立った行動を起こすことはすなわち、全ての空賊に目をつけられることに等しい。
 空賊にとって最も重要で、そして最も慎重にならざるを得ない場所であった。
 
「シュヴァルツ団〜? んだよアイツら、ワケ分かんねえモン使いやがって、空賊を何だと思ってやがる」
「んなこと言ったっててめえ、ここにもあんだろが。案外便利だぞ」
「ばっかやろ、空賊ってのは己のカンだけで空を渡り歩くって決まってんだよ」
「別にそうと決まったわけじゃないんじゃね? 便利ってんなら使えばいいだけだろ」
 蜜楽酒家ウェイトレスとして、酒場を訪れていた空賊に給仕をしていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)は、空賊の何人かが話に挙げた端末に視線を向ける。そこには見慣れた物より大分大きいサイズの端末が無造作に置かれていた。ここの主人を務めるマダム・バタフライはというと、我関せずといった態度で空賊の何人かと話を合わせていた。おそらく用意だけはしておいて、誰が使っても構わないようにしているのだろう。絶対中立を掲げる――の割には、フリューネに対して甘いところがあるように思われる――マダムなりの計らいと言えようか。
「あの、シュヴァルツ団のことなんですけど」
 歩が話を元に戻すと、空賊たちは自らの記憶を頼りに口を開く。
「アイツらは強奪ってより、効率っての? 20人程度の規模で、でっけえ武器とかねぇけどさ、商船に取り付いて短時間で積荷を奪って去っていくって流儀みてえなの。何か空賊らしくなくて、俺は気に入らねぇな」
「ま、頭は回る方なんじゃねえの? それを鼻にかける態度が気に入らねぇけどな。何が「情報を制したヤツが空を制する」だよ、そんなんだから何時まで経ってもあんなんだよ」
 中には賛同する声もあるにはあるが、基本的にはシュヴァルツ団は、空賊たちにあまり受け入れられていないようである。腕っぷしと行動力で空を駆け回っていた者たちからすれば、こういった類のモノは苦手なのだろう。
「おっ、噂をすれば、ってヤツだぜ。あいつがシュヴァルツ団のボス、ヴィンターリオ・シュヴァルツだ。珍しいな、こんなところに一人で来るなんて」
 空賊の一人が鼻で指した先、金髪の髪をなびかせ、男が椅子の一つに腰を降ろす。
「円ちゃん、あの人だって!」
「ああ、分かってるよ。じゃ、話でもつけてこようかね」
 歩に頼まれる形で同行していた桐生 円(きりゅう・まどか)が、顔見知りの態度でヴィンターリオに接触を図る。
「やぁ、久しぶりだねヴィンターリオくん、彫像の件でご一緒したが覚えてるかい?」
「ん? ……あぁ、お前か。あれは最悪だった、偽の情報にまんまと騙されたからな。……だがもうあの時の俺じゃねぇ、今日だって特大の獲物を手に入れた。これでもう一つ獲物を手に入れりゃあ、こんなネコババ生活からもオサラバよ」
 特大の獲物、とはシズルのことであり、もう一つの獲物とはおそらく、商船に偽装した船が積んでいる『高価な積荷』のことであろう。
「そいつはいい。……で、なんだが、少しばかり彼女の話を聞いてやってくれないか」
 そう言って円が、近寄ってきた歩に話を振る。
「初めまして、ヴィンターリオさん。あの、突然で申し訳ないのですが、あなたのところにこれから、蒼空学園の方たちが攫われたシズルさんを助けに向かうと思います」
「……何?」
 険しい表情を浮かべたヴィンターリオへ、歩がこれまで知り得た情報を伝える。
「あの校長サマ、返信を渋ったと思えば……! まてよ、てことは、あの後来た情報は、俺をここに誘き寄せるための……チクショウ!! 」
 何かを呟いたヴィンターリオが、荒々しく杯を空け、席を立とうとする。
「シズルさんをどうするつもりですか!?」
「お前には関係ねぇだろ。……それとも何か? 今ここで俺を殺して女を助けるとでも? それがどんな意味を示すか、お前だって知らねぇわけじゃねぇだろ?」
 ヴィンターリオの言葉に、歩が拳を握り締め、しっかりとヴィンターリオの顔を見据えて答える。
「……あたし、誰にも死んでほしくないんです。もちろんあなたにも」
「……ハッ! 何を言うかと思えば、下らねえ。それじゃあやってみろよ、お前がどれほど夢見てんのか、すぐに分かるぜ」
 ヴィンターリオの挑発に、しかし歩は引き下がることなく、船への同行を願い出る。円も、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)を連れて、歩の後を付いていったのであった。

「……何だか面倒な事態になっちゃったわね。リネンの偽情報に釣られて、シュヴァルツ団をここで捕捉出来たのはいい話だけれど」
 歩と円がヴィンターリオと出て行った後、一部始終を耳にしていたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が呟き、席を立つ。
「ど、どうするの?」
 隣に座っていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が問いかける。シズルだけでも厄介なのに、これ以上人質が増えるようならさらに厄介なことになる。
「……彼女たちは彼女たちで、やってもらうしかないでしょ。臆せず付いてったってことは、何かあるってことよ。私たちはシャーウッドの森空賊団として、悪行を働く空賊団を退治する、それだけよ」
 ヘイリー率いる『シャーウッドの森空賊団』は、かつてフリューネとも共同戦線を張ったことのある空賊団で、今回も特別に飛行船を貸し与えられ、ここ蜜楽酒家から様子を伺っていた。事前にリネンが偽の情報を流すことを提案し、それは環菜の働きかけもあってヴィンターリオのところへ届き、シュヴァルツ団をここに誘き寄せる結果となった。しかし、ヴィンターリオはこの宙域から離脱を図るだろう。歩が反撃があることをヴィンターリオに話し、ヴィンターリオはそれらの情報を環菜が撒いた餌だと思い込んでしまったから。
「リネン、ユーベルに連絡取って。シュヴァルツ団の船を追うわよ」
「う、うん」
 ヘイリーに急かされて、リネンが船で待機しているユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)に連絡を取る。他にも船には、今回の作戦に賛同した者たちが集まっていた。連絡を受ければ、即座に準備を始めるだろう。
「マダム、フリューネに伝言、お願い! ……『あたしは行くけど、どうする?』」
 ヘイリーの言葉にマダムが手を振って答え、そして二人は蜜楽酒家を後にした。

 足早に自らの船であるヴィルベルヴィント号に辿り着いたヴィンターリオは、船の前で団員が数名の男女と押し問答を繰り広げているのを目撃する。
「おい、何だこの騒ぎは? ここは蜜楽酒家だぞ」
「お、お頭! ですがこいつらが、船に乗せろと言ってきて」
 団員とでは話がつけられないと踏んだか、男女のうちの一人、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がヴィンターリオに振り向いて口を開く。
「あんたが噂に名高いシュヴァルツ団の団長かい? あたいは祥鈴(しょう・りん)、見ての通りの野良英霊さ。あたいを捨てた男、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が空賊狩りに興じてるってんで、少し世話になりたくてね」
 そう話す彼女、もちろんそれは事前にウィルネストと口裏を合わせた上での架空の話である。
「これでも元は白打一つで名を轟かせた女侠さ。どうだい? 乗せてくれたお礼くらいはするよ?」
「……フン! 勝手にしやがれ!」
 もはやヴィンターリオには、誰が味方で誰が敵なのかの判断ができなくなっていた。今の彼は、いち早くここから離脱を図ること、万が一追いつかれた際に振り払えるだけの力を望んでいた。情報を強みに今まで渡り歩いてきたシュヴァルツ団には、これといって目立った武装というものはなく、正面からぶつかり合えばいくらと持たないほどの実力なのである。
「流石、話が分かるね。それじゃ、お邪魔させてもらうよ」
 微笑んで祥子、そして他に囮となって船に乗り込むのを選択した者たちが続々と船に乗り込んでいく。
「はいはいありがとね〜。あ、この子も人質として使えるんだったら使っちゃっていいよ〜。う〜ん、でもこの本はちょっとダメかな〜、色々とアブないからね〜」
 自らが所属する運び屋の仕事を偽って、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が魔導書形態のノワール クロニカ(のわーる・くろにか)を小脇に抱え、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)を縄で繋いで引っ張りながら、ヴィルベルヴィント号へ乗り込んでいく。
(うぅ……弱い子を演じるためっていっても、やっぱりこのチャイナドレスは恥ずかしいなぁ……)
 ふるふると身体を震わせ、扇情的な衣装に身を包んだリースへ、空賊たちの品定めするような視線が注がれる。その視線を感じ取ってさらに縮こまるリースに、まるで勇気付けるかのように肩に置かれる手があった。その手は、『紅眼の空賊』を名乗り、自らに変装を施したレン・オズワルド(れん・おずわるど)のものであった。
(まずは首尾よくいったか……琳、後は頼むぞ……)
 彼の持つ銃型の端末は、自らの位置情報を発信し続けていた――。