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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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3-03 街道を駆け抜けろ

「オークスバレー陥落?」
 その報を、三日月湖の西に広がる平原で、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は聞いた。兵たちの訓練中のことだった。
 平原に集められた教導団一般兵ら。まだLvも1だ。
 ただ今、クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)の立案した実戦形式の訓練メニューに基づき、紅白戦を繰り広げているところ。「この兵士たちを着実にスキルアップさせて、ソフソ・ゾルバルゲラ隊くらいまでは底上げしなくてはなりませんわ。実力差を埋めるのですわ」
 また、互いに、ジーベックとパートナー契約を結びながら黒羊郷行きには同行いきできなかったことを、
「どれほどに残念だったことか……どれほどに残念だったことか……」
「口惜しい……口惜しい……」
 とそれぞれに呟く麻生 優子(あそう・ゆうこ)桐島 麗子(きりしま・れいこ)
 麻生優子は、ヴァルナはじめノイエ・シュテルンの仲間たちに遅れをとらぬようと、桐島麗子は、今後はヴァルナや優子などではなく自分こそがジーベックに一番と評価されるようにと、各々、その訓練の様を木陰から覗いて、
「ふむふむ。こうこうこういった部隊に使えそうね……」
「むむっ、今の一隊の動きは、ああじゃなくこう動かせば、敵の背後をつけますわね……」
 麻生優子は部隊運用を、桐島麗子は戦術指揮をそれぞれに勉強中なのだった。
「ヴァルナ!」
 クレーメックの声を聞き、ただならぬとすぐさま飛んで駆けつけるヴァルナ。
 木陰から飛び出してくる麻生優子に桐島麗子。
「優子、麗子」
 クレーメックは、簡潔に説明する。
「な、なんですって」
 三人声を揃える。
「谷間の治安意地に赴いていたマーゼン隊からの急報だ」
 また、その谷間でも、オークスバレー方面の襲撃と関連があるのか、幾つかの小勢力や山鬼残党が暴れ始めているとのこと。
「谷間の小勢力か。それについてはさほど問題ないだろう。……彼女に任せよう」
 ここで再び戦場へ呼び出されることになるその女性とは、勿論……



 教導団三日月湖本営トイレ。
 バンダロハムの戦い以降、山鬼壊滅の立役者といえる戦功を上げながら、命令違反から自ら申し出て、トイレ掃除に従事していた、ノイエ・シュテルン香取 翔子(かとり・しょうこ)
 トイレの噂話には、地獄耳。香取はすでにオークスバレー陥落を聞きつけていた。そして……
「来たわね!」
 とうとう、香取に、戦線への復帰が言い渡された。トイレから戦場へ! 激戦地へ。
「ジーベック、行きましょう。ウズウズしていたところよ!」
「…………(恐いな)。うむ、一刻も早く、オークスバレーへ」
 訓練中の兵には、避難してくる民間人の保護にあたらせることにする。
 麻生優子は、「では私が保護を担当するわ。治療は任せて」
 桐島麗子は、「この周囲も警戒が必要かも知れませんわね」一隊を率い、周囲のパトロールに回る。
 ヴァルナは、「わたくしは、ジーベックさんと共に参りますわ。情報収集はわたくしにお任せを、旧オークスバレー奪回が可能かどうかを探りますわ」
 優子、麗子、「えっ」「あっ私も……」
「優子、麗子。では、ここは頼んだ」
「え、ええ」「は、はい。ジーベック……」
 クレーメックとヴァルナは、香取隊と、谷間へ行ってしまった。
 優子、麗子、「……また、先を越された?」



 さてここで、三日月湖から旧オークスバレーへの道を遡って見ることになるが、まずは谷間(谷間の宿場)である。
 アム・ブランド(あむ・ぶらんど)がとくにその情勢を調査にあたっていた。
 谷間には、多くの種族が住み着き、危険も多かったが、最も勢力の強かった山鬼が滅んだことで、均衡が崩れ、今まで大人しかった魔物が暴れ出したり、山火事の件もあり谷間をあとにする一族も多く、その様相を変え始めている。だが、山鬼にとって代わるほどの一大勢力はもうなく、こういった名もない小勢力や魔物は、やがて教導団に治められる運命にあるだろう。
 谷間の宿場はごく限られた狭い範囲ではあるが、入り組んでいるため、通り抜けるのに二、三時間は要するところだ。三日月湖へは、山あいを道なりに進み、また二時間弱で到達する、といった具合。
 谷間に兵を展開させ、治安維持にあたっていたマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)
 アムはマーゼンに、「谷間に残る小勢力の誰か一人に肩入れするのではなく、勢力間のパワーバランスを上手く利用して、"自分以外の誰かがトップに立つよりも、教導団の下でこの地域の均衡が保たれる方がよい"と思わせるように仕向けるべき」との進言をしていた。だが、谷間の残る勢力図を作り上げるのは容易でなく、そのほとんどが、山鬼ほどにも知能や社会性において及ばないようなほとんど獣や魔物の種族が何十とあるという様相であった。火事に遭ったことで、その多くは、奥地へと去りつつもある。
「むう。しかし、そういったものは除外すれば、あとは取るに足りないような小勢力が幾つかといったところか」
 そんな折の、旧オークスバレーからの急報であった。
「オークスバレーを守っていたソフソ・ゾルバルゲラ両部隊長は、我が隊の兵士たちの元の上官。先立っては、彼らの動きによって、我らの恩人であるロンデハイネを救出できたのだから、我々にとっても二人は恩人にあたる。
 まだ生きておられるのであれば、何としてでも救出したい」
 熱い弁舌を振るったマーゼン、無論、その根は冷徹な軍人。
「オークスバレーが落ちたとなると、次は三日月湖までの街道地帯が最前線となるな」
 もし旧オークスバレーから敵が更に侵攻してくれば、そのときに最後の砦となるのはこの谷間か。
 しかし、そうはさせぬ。食い止め、可能ならばただちに奪回を図る。
 マーゼンは剣を抜き放つ。
「オークスバレーへ!」
 兵が動いた。
 やがて谷間に香取隊が入ると、知能を持つ幾らかの小勢力はその後続々、恭順の意を示しに赴いてきた。
 "山鬼を壊滅させた香取隊"。その武名は谷間中に轟いていたのだ。
 マーゼン配下としてこの地に残った本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)は、そこにわずかに含まれていた山鬼の残党に、山鬼の宿の再建を許し、街道地帯に留まれるように取り計らう一方、性懲りもなく犯罪行為を続けようとする者は厳しく取り締まることをよく言い聞かせた。
 更に、だが今後教導団には決して敵対しないことを誓約するのであれば、自警団組織として組み入れることも考えると告げる。これは、他所からの犯罪者の流入を防ぐため、彼ら山鬼を自警団として公認し、治安維持活動に活用しようというものだ。本能寺は、地球でいう任侠組織のようなものを念頭に置いている。
 こうして、谷間の宿場は、香取の武名と、マーゼンの厳粛な法の施行によって教導団(ノイエ・シュテルン)の治安の下に置かれることになっていく。



 三日月湖〜旧オークスバレー間の地理について若干のおさらいを進めることにもなるが、遠征軍は、旧オークスバレーを出て三日月湖に到着するまでに途中、谷間の宿場での宿泊を入れて二日の旅程を要しておりそれなりの距離があるわけだ。
 旧オークスバレーを出て谷間に着くまでに広がっていたのは草原地方。ここはまったくの草生い茂る草原そのままであり、目印は、遠くそびえる山々の影。それを目指して日中いっぱい歩くと、谷間の宿場に到達するわけだが、草原には、草原狼のような魔物やぶち猫団といった追い剥ぎ集団が住み着いており、旅人たちを襲った。こういったものらについては住処が特定しておらず、どこにでも出没するので厄介である。

 街道一帯を担うことになったノイエ・シュテルンのうちで、この最もオークスバレー寄りを担当していたのが、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)
 すなわちオークスバレー陥落の第一報にあたることになったのも、彼だ。
 しかもこの折、草原地方から盗賊団の一党がオークスバレーの方面に向かった、との通報を受け、若干名の兵を率い追っていたところだったのだ。
 彼は、オークスバレーからの敗残兵にじかに会い、かつ、それを追撃に出ていた敵部隊と一戦を交えることにもなった。
「なっ、どこの軍勢でしょうか」
 黒羊旗ではない。
 が、山鬼などの魔物勢力や野伏せり集団ではないどうやらどこかの国の正規部隊のようだった。
「私は教導団ノイエ・シュテルンのゴットリープ・フリンガー! あなた方は何処の部隊であるか、退かれるがよい」
 ゴットリープは剣を抜き放った。
「私たちの留守の間に本拠オークスバレーを奪ったこの盗っ人ども。許されませぬよ」
「ほざくな、若造」
 おそらく、深追いしてきた一小隊なのだろう。数は多くない。しかし、こちらも同様。
 しばしにらみ合う両者。温和なゴットリープも、ここは負けじ、敵を威圧する。
 すると、敵の後方から、まだ教導団の敗残兵が駆けてくる。
「うわっしまった。敵、す、すでに回られていた?! 戻れっ」
「む。逃すか。討て!」
「そうはいきませんよ」
 ゴットリープは、意を決して敵勢に襲いかかる。
「私は、教導団のゴットリープです! すぐに、ノイエ・シュテルンの本隊が到着します、皆さん、こちらへ!」
「く、何。もう本隊が来るか、ええい、一旦、退けィ!」



3-04 そこはすでに敵地

 三日月湖〜旧オークスバレー間のおさらい最終回。
 旧オークスバレーの東の外れに位置するプリモ温泉を発って、しばらくの間は、オークが峡谷を占拠する以前は幾らかの賑わいがあったが今はぽつぽつと家が立ち並ぶばかりの寂れた街道が続く。ここはそれでもまだ、街道と呼べるくらいに道が姿を残しているが、それからしばらく、小一時間も行けば道と呼べる道もなくなり、丘陵を越え、川を渡ると、草原地方に達する。
 ここはオークの支配の解けた今は、とくに支配するものもないただの寂れた街道というだけであった。
 が、ちょうど旧オークスバレー襲撃の折、ここを通り抜けようとしていた一隊があったのだ。

 敵をひとまずは退けた草原地方の隅で、敗残兵に話を聞くゴットリープ。
「え、では、大岡殿の一隊がまだ、敵地に……?!」
 そう。
 三日月湖〜旧オークスバレー間の行き来が始まり、その輸送隊の護衛の役割に任じられたのが、これまでも第四師団で戦ってきた大岡 永谷(おおおか・とと)一行であった。
 旧オークスバレーからの貴重な物資を運ぶ、大規模な輸送部隊であった。
 旧オークスバレーが敵の手に落ち壊滅的な今、これは何としても、守り抜きたい。永谷は……
 敵の追っ手に追われていた。
「まさか、いきなりとはな……ついてない?」
 バンダロハムの戦い後、三人揃ってインフルエンザにかかっていた永谷一行。それも完治し、パルボンに預かったパルボンリッターをひとまずは護衛の兵に引き継ぐことになり、大任に抜擢されてのことだったが。
「追いつかれますよ」ファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)が馬を駆って言う。「わたくしたちや、パルボンリッターだけならよいでしょうが、この規模の輸送隊。こんな速度では」
「トト〜」
 荷車に乗っかっている熊猫 福(くまねこ・はっぴー)。福の禁猟区のお守りのおかげで、敵の接近に気づくことができたのだが。
 地味な任務ではあるけど、トトはそういうの好きだもんねえ。と、それに、無意味に子どもに芸をするのは嫌だけどこういうのは歓迎かも、と思っていたのだが。
「けど……トトががんばって功績立てれば、ご飯の質もあがるかもだもんね。
 まずはこれをきりぬけるよう、あたいもがんばるよ」
「戦うしかございませんか。わたくしの腕にかかれば、あのくらいたやすいものですよ。
 ペットは、安心してなさい。それにふさわしいことはしてあげますから」
 フィディはブレードを抜く。
「……。仕方ない、戦うか」
 永谷も、ブライトスピアを構え、向きを変える。



 ゴットリープは、草原地方から、旧オークスバレーに続く街道に出る橋のたもとまで隊を移動させた。
 旧オークスバレー陥落……
 となると、この先は、もう今や敵地となる。どれくらいの敵がいるのか。
 谷間にはマーゼン、三日月湖にはクレーメックがいる。だが、ここに着くまでには時間もかかるだろう。
 状況はまったくわからない。
 旧オークスバレーの砦は全滅しているのだろうか? ソフソ・ゾルバルゲラ両指揮官は? 敵は、すぐに軍を進めてくるのか。それに、大岡永谷の護衛するという輸送部隊が、街道に出た辺りで襲われたという。それも今頃はもう、すでに敵の手によって……?
 もう、日が暮れる。
 レナ・ブランド(れな・ぶらんど)は、敵地への潜入を進言した。
「えぇ、でも……」
 兵は、同行させない。少人数の方が目立たないし、もし敵地で大部隊と遭遇すれば、壊滅させられるかも知れない。あるいは、敵が草原地方に攻め入ってくるなら……この橋のたもとに兵を展開しておいて、食い止める必要があるかも知れない。
 ジーベックなら、どうするだろう?
 しかし状況がまったく見えないでは、動きようがない。
 ゴットリープは、レナの進言を入れ、兵をここに残し、敵地となった旧オークスバレーへの潜入を試みることにした。