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第三章 灯台内部の波乱 2

「……これが、『魔法の水晶玉』かぁ」
 最上階。台座に載っている、直径三十センチほどの透明な球体を見ながら、英希がつぶやく。
 球体は、光を失っていて、ただのガラス球にしか見えない。
「そうじゃ。その玉は、もう魔法が切れてるからの。新しいのを設置すれば、いいわけじゃ」
 イーハブは背負っていた鞄から、同じ大きさの水晶玉を出す。
 しかし、イーハブが出した水晶玉は、玉の中心が星のように輝いていた。
「へぇ。この、水晶玉には、魔法が注入されてるんだよね? 今は何の魔法がこめれれてるの?」
「……光術じゃが」
「例えばさ、この水晶に光術以外の魔法をこめることは可能なのかな?」
「……む、どういうことじゃ?」
「つまり、雷術をこめたりもできたりするの?」
「面白いことを考える小僧じゃな。ふむ。試したことはないが、可能なはずじゃ」
「ふーん。なるほど、なるほど……」
 英希は眼鏡を上げ、イーハブが持っている水晶をマジマジと見る。
「でも、こんな光では灯台の光には、程遠い思うんだけど?」
「それは、台座の方に仕掛けがあるんじゃ。光を増幅するカラクリになっておるんじゃ」
「なるほど……。それじゃ、制御する機械を作れば、大砲として使えるかも……」
 笑みを浮かべて、頭の中で構築式を組み立てていく英希。
「壊れたんじゃなくて、ただの電池切れかよ」
 面白くなさそうにつぶやいたのは、ウィルネストだった。
 同じく、つまらなそうに口を尖らせるパラミタ 内海。
「気が済んだかぁ〜。わしは、もうこんなカビ臭いところはイヤにゃー」
「そうだな。何か、変わった魔法でも使ってると思ったのに、拍子抜けだぜ」
「よし〜。じゃあ、帰りはおぶって欲しいのじゃよー」
「……なんでだよ」
「身体をこれ以上汚すわけには、いかんのじゃよー」
「ヤダよ。疲れるし、俺が汚れるだろ」
「お主は、汚れても構わんのじゃよー」
「……」
 イーハブは、そんな生徒たちのやり取りを見ながら、やれやれとため息をつく。
 そして、土台の水晶と新しい水晶を入れ換えようとした時だった。
 イーハブに迫る影が突進してきた。
 それはまさに疾風というほどの、鋭く速い動きだった。
「イーハブ殿!」
 そう叫んで、イーハブを庇ったのは剛太郎だった。
 剛太郎の肩を、鋭い槍がかすめていく。
 咄嗟に、剛太郎は影に向けて銃を放つが、避けられてしまう。
 イーハブはバランスを崩し、床に倒れる。その拍子に、手元から水晶が零れ落ち、転々と床を転がる。
 その水晶を拾い上げたのは、一匹のハサギンだった。
 通常のハサギンより、一回り小さいハサギン。その横には、自分の身の丈を超えるほどの大きな槍を持ったハサギンが立っている。
 剛太郎は、目を細めて槍を持ったハサギンを見る。
 通常のハサギンよりもふた回りは体格が良い。
「大将のお出ましでありますか……」
 ピタリと槍を構えるハサギンには、全く隙がない。
「なかなかの、実力者みたいですね」
 剛太郎の頬と、背に冷たい汗が流れ落ちる。
「い、いかん!」
 イーハブが叫ぶ。水晶を持った、ハサギンが部屋から出て行く。
「お、追うんじゃ!」
 イーハブの声がまるで戦いの合図だったかのように、槍を持ったハサギンが突進してくる。
「くっ!」
 剛太郎は銃を構え撃つが、槍で弾かれていく。
 突進しながら、迫るハサギン。剛太郎の右腕を、ハサギンの槍が突き刺さる瞬間だった。
 金属音が響き、槍が地面を突き刺していた。
 槍を叩き落としたのは、ネイジャスのハルバードだった。
 さらに、床を砕く粉砕音が部屋を反射する。
 ハサギンに向かって、ユピーナがウォーハンマーを振り下ろしたのだが、かわされてしまったのだ。
「いいっ!いいぞっ!燃えてきたっ!」
 ユピーナが笑みを浮かべる。
「ここは、私たち任せて、水晶をお願いします」
 そう言って、微笑んだのはセスだった。
「ね? アイリ、ネイジャスさん?」
「仕方ないだろ」
「ヤジロと一緒に戦うっていうのは嫌ですが、困ってる人を放ってはおけません。付き合ってあげますよ」
 ヤジロとネイジャスが並び立つ。
「さ、お早く」
 セスがそう言うと、「追いかけるって言うのも、中々面白いじゃないか」と毒島が逃げたハサギンを追う。
「さ、いきましょう」
 剛太郎がイーハブを伴って、部屋から出て行く。
「ふあぁぁ。私も行くよ」
 慌ててアリアが、部屋を出て行った。


 チムチムがフライングボディーアタックをかます。
 階段に群がっていたハサギンがドミノ倒しの要領で、倒れ、潰されていく。
 階段下で立ち上がり、チムチムがガッツポーズをする。
「やったアル」
 階段の上の方では、ハサギンを殴りつけているレキが歓声を上げる。
「すごい、すごい。やるね、チムチム。ボクも負けないよ」
 ニコッと笑うレキ。


「敵もなかなか、考えているようですね」
 剛太郎のつぶやきに、イーハブが頷く。
「知能が低いと思って、油断したわい」
 最上階の部屋を出ると、そこはすでに戦場と化していた。
 どうやら、ハサギンの目的は、新しい水晶を奪う事だったらしい。
 最上階で、水晶を出す瞬間を狙われたのだ。
 剛太郎とイーハブは、歯噛みしながら、戦場を突っ切る。
 本当であれば、自分も戦闘に加わりたいのだが、今は奪われた水晶の奪還が第一なのだ。
 階段を駆け下りるイーハブの横顔は、張り詰め、屈強なハンターを思わせるオーラを放っていた。
「皆は、大丈夫かのう?」
 イーハブは戦っている生徒たちの姿を心配そうに見る。
「……」
 その横顔を、目を細めて見ている剛太郎。
 イーハブは、そんな視線に気付いたのか、おどけて見せる。
「まあ。男はどうなっても、いいんじゃがな」
 その言葉をかき消すように、壁の粉砕音が鳴り響いた。
 壁の穴から、ゾロゾロとハサギンたちが群れをなして出てくる。
「む、急いでる時に、限ってうっとうしいのう」
 イーハブが舌打ちをして、止まり、剛太郎が銃を構えた時だった。
「わ、私、ここでサハギンを食い止めますね……」
 アリアが、イーハブと剛太郎の前に、剣を構えて立つ。
「さ、先を急いでください」
 アリアがハサギンの群れに突っ込んでいく。
「む、しかし……」
「見失うぞ!」
 遠くから声をかけたのは、毒島だった。
 水晶を持った、素早いハサギンに着いていってるのは、毒島だけだった。
「……イーハブ殿?」
 剛太郎が、つぶやくと、イーハブはグシャグシャと頭を掻く。
「ええか。無理するでないぞ」
 イーハブはアリアの背を見て、そして、走った。
「……」
 無言で、その後を追う剛太郎。

「さあ、私が相手だよ」
 アリアが、大勢のハサギンに向かって言う。
 ハサギンの槍をかわし、ブライトグラディウスを突き立てる。
 間を置かず、次のハサギンがアリアを襲う。
 槍を打ち落とし、反すグラディウスで薙ぎ斬る。
 そうしてる内に、また、次のハサギンがアリアに襲い掛かった。

 階段を駆け下りる、イーハブと剛太郎。
 だが、イーハブがピタリと立ち止まる。
「どうしたでありますか?」
「……」
「早く行かないと、見失ってしまいますが」
「……」
「灯台を復旧するのが、今回の任務のはずです」
「……ふん。今回失敗しても、またくりゃいいわい」
 イーハブがそう言うと、踵を返し、階段を登っていく。
 その後ろ姿を見て、剛太郎は微笑む。
「思った通りの人物のようですね」
 剛太郎はイーハブの後を追い、階段を駆け上がっていく。
 そして振り向き、ハサギンを追う毒島に向かって叫ぶ。
「お願いします!」
 すると、毒島は振り返らずに、グッと親指をあげた。

 壁を背に立つアリア。手に握られているブライトグラディウスが小刻みに震えている。
 肩で大きく息をしているアリアは、見るからに疲弊していた。
 アリアの前には、ハサギンがひしめきあっていた。
 ハサギンは、ニヤニヤと笑って襲い掛かろうとはしない。
 アリアは流れる汗をグッと拭う。
「くぅっ、流石に複数相手は辛……きゃああああああ!?」
 不意に、ハサギンが三叉槍を突き出してきたのだ。
 何とか、避けることに成功するが、槍の先端がアリアの服を切り裂いた。
 胸元を引き裂かれ胸元を露わにされ、顔を真っ赤にするアリア。
 すると、今度は左右のハサギンが同時に槍を突き出してくる。
 ブレザー、ブラウス、スカートと次々衣服を引き裂かれ、ついにはブライトグラディウスも弾かれてしまう。
「……こ、来ないで……あ、やぁ……」
 ハサギンがアリアを押し倒す。
「いやぁ……、や、やめて……」
 ハサギンの顔が、アリアの顔に迫る。グッと、目をつぶるアリア。
 その時だった。
「そこまでです」
 低いが、通る声が部屋に響いた。同時に、ドン、という銃声。
 アリアが目を開けると、上に乗っていたハサギンがバタリと横に倒れた。
 代わりに見えたのは、すまなそうな顔をした剛太郎だった。
「遅れて申し訳ありません」
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
 剛太郎の横から駆け寄ってきたのは、イーハブ。
「あ、あの……、どうして……」
「自分の任務は、人を守ることですから」
 ビッと敬礼する剛太郎。そんな様子を見て、イーハブが笑みを浮かべる。
「こんな魚どもに、嬢ちゃんの身体はもったいないからのう」
 剛太郎は上着を脱ぎ、アリアにかける。
 その時、背後からハサギンが襲いかかってきた。
「あ、危な……」
 アリアが叫ぼうとした瞬間、ハサギンは吹っ飛んでいた。
「……全く、剛太郎さんは、わたしくしがいないとダメのようですわ」
 手を腰に当て、笑っているのはソフィアだった。
「そのようですね」
 応えるように笑う剛太郎。
「それでは、作戦開始といくでありますか」
「ですわね」
 剛太郎とソフィアの連携により、次々と倒れていくハサギンたち。
「……すごいです」
 アリアがポソリとつぶやいた。
 

「当らないなら、無用であろう?」
 ユピーナがウォーハンマーを捨て、両拳を胸の前でガンガンと当てる。
「ネイジャス行くぞ!」
「はいはい。わかりましたよ」
 ハルバードを構えるネイジャス。
「アイリ、私たちはサポートにまわりましょう」
「ああ。そうだな」
 セスと、ヤジロが二人の後方で、ハサギンを睨んでいる。
「私達に当てないでくださいね、ヤジロ」
「それもいいかもな」
「アイリ……?」
「冗談だ」
 心配そうに見るセスに、ヤジロが半分真剣な顔で言う。
 そんなやり取りの中、ユピーナがハサギンに向かって奔る。
 ハサギンが槍をユピーナの顔に向かって、突く。
 ユピーナは僅かに首を倒し、槍をかわす。が、かすかに頬が斬れ、血が頬を伝う。
 傷に構うことなく、ユピーナは拳をハサギンに向かって放つ。
 大きく後ろに下がるハサギン。
「それで逃げたつもりですか?」
 ユピーナの背後から、ネイジャスが現れハルバードで突く。
 ハサギンは槍を回転させて、ハルバードを弾く。
 そのまま、さらに後方へと下がるハサギン。
「それで逃げたつもりか?」
 ヤジロがサンダーブラストを放つ。
 ヤジロは素早いハサギンに対し、単体の攻撃の雷術ではなく、範囲が広いサンダーブラストを選んだ。
 避けることができず、ハサギンの身体は雷撃に晒される。
 ビクビクと振るえ、棒立ちになるハサギン。
 そこに、ユピーナの拳がハサギンの顔面を捉える。
 壁際にまで吹っ飛ぶハサギン。
「チェックメイトです」
 ネイジャスのハルバートが、ハサギンの胸を深々と貫いた。
 ハサギンは前のめりに倒れ、そして、動かなくなった。

 
 毒島は大きく舌打ちをした。
 足は完全に毒島の方が速いのに、一向に差は縮まらない。
 それは、まさしく地の利だった。
 水晶を持ったハサギンは、灯台の中を知り尽くしているようだった。
 様々な障害物を軽やかにかわしていく。
 毒島も軽やかに進んでいるのだが、どこに何があるかを知っているのと、知らないのとではどうしても、コンマ数秒の差が出てしまう。
 それが、追いつけない大きな要因だった。
「追いつきさえすれば、三枚に下ろしてやるのにな」
 だが、そこで毒島は、ハッとする。
「ちっ、もう一階か!」
 外に出られると、さらにやっかいなことになる。何とか、灯台の中で捕まえておきたかった。
 ふと、毒島は前方に人影がいるのを見つける。
 ハサギンの前方に立っている人影。
「止めてくれ!」
 毒島が叫ぶが、人影は向かってくるハサギンに道を譲るようにして身を翻した。
「なっ!」
 ハサギンが人影とすれ違い、駆け抜けていく……。かと思われた。
 ハサギンの頭がゴロリと、身体から落ち、人影の数歩先でバタリと倒れる。
「……」
 毒島は目を見開く。
「これでいいんだろ?」
 水晶を持ち、笑みを浮かべていたのはカイルだった。

 
「うむ……」
「わ、我のせいではないのだよ……。戻った時にはこうなっていたのだ」
 慌てるように言う毒島に対し、ふう、とため息を吐き、手元の水晶を見るイーハブ。
「まあ、そうじゃろうがのう。困ったわい」
 戻ってきた水晶は、ほとんど取り替える前の水晶と変わらないほど、光を宿していなかった。
「魔物に触られることによって、どうやら魔力が抜け出してしまったみたいだのう」
「それなら、また、こめればいいだけの話だよね?」
 英希が言う言葉に、イーハブは首を横に振る。
「ただ、光術を放てばいいわけじゃないんじゃ。しかるべき方法をとらないと、光を注入することはできんのじゃよ」
「……そうなんだ。じゃあ、どうするの?」
「一度、帰らねばならんかのう……」
「何とかならないのか?」
 ヤジロが言うと、イーハブは困ったように頭をコリコリと描く。
「こればっかりはのう……。ワシにも、どうにもならんのじゃ」
「……ちょっと、見せてもらってもいいかのう……」
 そう言って手を出したのはプトレマイオス派 グノーシス文書(ぷとれまいおすは・ぐのーしすぶんしょう)だった。
「う、うむ。別にいいがのう……」
 イーハブが戸惑いながらも、グノーシス文書に水晶を渡す。
 受け取った、グノーシス文書は、ジロジロと水晶を眺める。
「ふむ、ふむ。成る程、備蓄エネルギーの放出は我々が魔法を使う時にいつも行っている事じゃからのう」
「本当か? おぬしは、一体……何者じゃ?」
 水晶を見ながらつぶやくグノーシス文書を、首をかしげながら見ているイーハブ。
「今回は物質のそれに干渉、コントロール出来るかという事かのう。なるほど、面白い構造じゃ」
「ど、どうじゃ? なんとかなりそうかのう?」
「……構造は何とかわかったんじゃがのう。一人では難しいかもしれぬ」
「どういうことじゃ?」
「簡単にいうと、魔力が足りん」
「……そうは言われてものう。おぬし以外に、そんな知識を持ってるやつは、おらんぞ」
「やり方を教えてくれ!」
 そうったのは、ヤジロだった。
「そうは言われてものう。普通の魔術士では、難しいと思うがのう」
「それは、聞いてから判断するぜ」
 ニッと笑うヤジロ。
 それを心配そうに見ているセス。
 グノーシス文書は、ヤジロをジッと見て、そっと耳打ちを始める。
「……ああ。……なるほど、じゃあ……」
 二人で、ボソボソと話しているのは、ただ黙って見ているしかない一同。
「代々召喚術士の家系で、精霊や幻獣の力を借りてるからな」
「なるほどのう。それで、随分と詳しいわけじゃ」
 グノーシス文書は、両手で水晶を掲げるようにして持つ。その水晶にそっと手を添えるヤジロ。
 二人は同時に、魔法を発動させる。
 すると、水晶が明るく光り始める。
「おお!」
 イーハブが目を見開いて、水晶を見る。
 水晶が輝き、部屋全体を光で包んだ。
 やがて、光が水晶の中へと収束していく。
 水晶は、イーハブが持ってきたときよりも、強い光が宿っていた。
「これじゃ、この光じゃ!」
 イーハブは、グノーシス文書から水晶を受け取り、マジマジと見つめる。
「キラキラ、綺麗アル」
「うん。そうだね」
 チムチムとレキが、水晶の光に見惚れている。
 イーハブは、さっそく台座の水晶と、光り輝く水晶を載せ換える。
 すると、台座から光の筋が真っ直ぐと延びた。


 
 船の上

 外は、すでに日が落ち始めて、夜の帳がおりようとしていた。
「あ、あれ、見てよ!」
 リンネが灯台を指す。
 灯台から光が伸び、海の彼方を照らしている。
「成功したんだ!」
 船の上に歓声が上がった。