イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

ミリアのお料理教室、はじまりますわ~。

リアクション公開中!

ミリアのお料理教室、はじまりますわ~。

リアクション

 料理教室が開かれてしばらく経っても、ミリアの人気は絶えることなく続いている。本人は笑みを絶やさず相手をしているが、流石に人数が多いこの状況で、一人で担当するには荷が重い。
「さあ、今日は皆さんでピザを作りましょう。皆さんでわいわい楽しみながら作れば、食べるのも楽しみになりますよ」
 そんなミリアの手助けをしようと、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が生徒の何人かと共にピザの作製を始める。強力粉、オリーブ油、塩、砂糖にぬるま湯を加えたものを捏ね、ピザの生地を作っていく。
「おぉ〜、ここはピザを作っとんのか〜。うぅ〜腹減ってくるなぁ〜出来たらちょうつまみ食いしたくなるなぁ〜」
 鼻を蠢かせて、料理が出来上がるのを楽しみに待っていた日下部 社(くさかべ・やしろ)の視界に、ミリアの手ほどきを受けながら調理台に向き合っていた茅野 菫(ちの・すみれ)の姿が映る。
「おっ、顔見知りはっけ〜ん……ってちょ、おま、なんつう恰好しとんのやぁ!?」
 近づいた社がツッコミを入れた菫は、髪を下ろし、ピンクのフリフリエプロンに身を包み、上下下着を『まさか裸エプロン!?』と勘違いさせるようにチョイスした恰好で、サンドイッチの作製に取り組んでいた。
「え? これ、男の子が喜ぶって本に書いてあったわよ? お料理するときはこの格好がいいんでしょ?」
 当の菫は、自分の恰好が少なからぬ注目を浴びていることなどお構いなしといった様子である。
「ミ、ミリアさ〜ん、いいんすかこれ?」
「菫さんが困らないというなら、いいんじゃないでしょうか〜」
 社がミリアに泣きつくが、ミリアは笑みを浮かべたまま了承する。
「ミリアの許可ももらったことだし、張り切って作るわよ。あたしにも料理が作れるんだってこと、見せてあげるんだからっ」
 真面目な顔をして、初めて持つ包丁を恐る恐る下ろしていく菫の頭には、ミーミルやヴィオラアナタリア、そして大好きな『お兄ちゃん』ことエル・ウィンド(える・うぃんど)の顔があった。
「菫さん、その思いは大切にしてくださいね〜。料理に込められた思いは、食べてくれた方をとっても幸せにしてくれるんですよ〜」
「そうなんか〜。ウチもミリアさんの料理で幸せになりたいわ〜。なぁミリアさん、俺のために料理作ってや〜」
「うふふ〜、さあ、どうしましょう〜」
 社の甘えるような口ぶりに、ミリアが微笑んだまま手を頬に当てて、考えるような仕草を見せる。
「おにいちゃんがピザを作るから、じゃあ私はデザートピザを作るよ」
 涼介が生地を練っている間、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)がデザートピザに載せるリンゴを薄くスライスしていく。色が変わらないように塩を振った水に漬けられたリンゴへ、少女のものと思しき手が二つ伸びる。
「えへへ〜、切り立て新鮮なリンゴ、いっただっきま〜す」
「いっただっきま〜す」
 リンネとカヤノがリンゴを頬張ろうとして、
「こらっ」
 ぺし、と頭を叩かれる。
「いたいっ!! ご、ごめんなさいミリアちゃん、つい……あれ?」
 ミリアだと思って謝罪の言葉を口にしたリンネは、相手がフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)であることに気付く。
「リンネさんやカヤノさんがつまみ食いをしないように見張っていて正解でしたわ」
「ちょっと、それじゃあたいとリンネが悪者扱いじゃない!!」
「あら、その手に持っているのは何かしら?」
 フィリッパに痛いところを突かれ、カヤノが言葉を無くす。
「あっ、カヤノ〜、またイタズラしてたんだね!」
 そこにティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が、結果として追い打ちとなる言葉をかける。
「何よ何よ、よってたかってあたいを悪者扱いして、もう知らないっ!!」
「あらあら〜、ごめんなさい、少し言い過ぎたわ」
 涙を滲ませるカヤノに、フィリッパが申し訳なさそうに呟いてカヤノの頭を撫でる。
「何だかよく分からないけど、カヤノ、暇ならちょっと手伝ってよ。タツミもボクももうてんてこ舞いなんだよ」
 ティアが指し示す先では、風森 巽(かぜもり・たつみ)がミリアの元で、料理器具や食器の貸し出し、食材の受け渡しの手伝いを行っていた。
「ミリアさん、キャベツは冷蔵庫ですよね?」
「ええ〜、もしなかったら、倉庫にあると思います〜」
 ミリアの声を聞いて、巽が冷蔵庫を確認するが、中はほぼ空の状態であった。
「ふぅ……これは倉庫まで取りに行かないといけないかな……ティア、この場は任せたよ」
 ティアにその場の応対を任せ、巽が普通のエプロンを外し、倉庫へと向かう。
「ボクはタツミの傍で、貸し出した食器とか、足りなくなりそうな食材のチェックをしてるんだよ。カヤノ、ちょっと応対しててよ」
「……分かったわよ。料理しないっていうなら、あたいにも出来そうだしね」
 ちょっと反省したのか、カヤノが素直に頷いてティアと一緒に応対に向かう。
「ごめんね、フィリッパちゃん。リンネちゃんも反省するよ〜」
「分かっていただければ嬉しいわ。楽しく賑やかなのは、メイベルも嬉しいでしょう」
「あれ、そういえばメイベルちゃんは?」
 リンネの問いに、フィリッパが一点を指し示す。そこではミリアとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の指導を受けて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が料理に必要な諸々を学んでいた。
「はい、ではこの鍋が煮えるまでの間に、使った道具を洗ってしまいましょう〜」
 ミリアからは、料理の際に行う様々な作業を出来る限り効率良く、順序立てて行えるための知恵を教えてもらう。一つの作業の間に空いている場所でもう一つの作業をする、そんなことも料理には必要なスキルであった。
「メイベル、料理には知恵も技術も必要だけど、一番必要なのは愛情だよ。作り手が如何に食べる人のことを思って作る、これを忘れないでいればきっと上達するよ」
 セシリアからは、調理器具の扱い方といった技術を教わりながら、心を込めて作ることの大切さを同時に教わる。
「料理って奥深いですねぇ。何だか楽しくなってきちゃいますぅ」
 小皿に取った料理の味見をしながら、メイベルの表情は生き生きとしていた。
「うんうん、ミリアちゃんが料理のことを魔法のようだって表現するの、なんとなく分かるような気がするな〜」
「リンネさんも今からでも挑戦してみればよろしいのでは?」
「……あはは、考えておくよ〜」
 フィリッパの言葉にリンネが苦笑交じりに答える。
「あっ、これタツミが置いてったエプロンだね。じゃあこれをこっそり持ってきたエプロンドレスと交換して……っと」
「ちょっと!! 誰が勝手に酒持ってっていいって言ったのよ! ちゃんとあたいの許可取りなさいよね!」
 ティアが何やら画策したところで、カヤノが酒を持って逃走を図った生徒へ皿を投げつけようとする。
「カヤノ、皿はダメだってば」
「大丈夫よ、割れたら氷でくっつければ」
「いいわけないよ! もう、氷氷って、そんなに氷が好きならカキ氷でも食べてるといいよ!」
 いつもの彼女たちの押し問答も、この中では賑やかさの内の一つでしかなかった。

「えっと、キャベツはあった……後これも足らなかった……」
 倉庫に辿り着いた巽が、足らなかった食材を傍にあった籠に載せていく。あっという間に籠いっぱいの食材が積み上がる。
「これを持っていくのか……いけるかな、っと!」
 籠を持ち上げる巽の手元から、上に載せたキャベツが転がり落ちる。
「わ! ……ふう、間一髪だよ」
 キャベツが地面に落ちる音の代わりに、少女の声が聞こえてくる。
「その声……愛沢?」
「……風森? 顔が見えないから誰かと思ったよ」
 キャベツを手にした愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)の視界には、籠に積まれた野菜で身体のほとんどを隠した巽が映る。
「重くはないんだけど、かさばっちゃってね。少し持ってくれると嬉しいかな」
「うん、いいよ」

 顔が見えるようになった巽と並んで、小さな籠に野菜を入れて持つミサが歩く。
「そっか、風森は気が利くね」
 巽から話を聞いたミサが感心したように頷く。
「これだけの人がいたら、何かしら物に関するトラブルは起きるさ。それを未然に防ぐのも必要かなって思ってね」
 それはどこか、ヒーローの仕事に通ずるものがあるのかもしれない。そして、こういう場においては大切なことである。
「ミサは何を作ろうと?」
「えっと……まだ決めてない。何か周りの人の見てると凄くて、邪魔しちゃうかなって思って……」
 ミサの思うように、確かに優れた腕前を持つ人は居るものの、ミサ自身の腕前も決して悪いものではない。
「そっか、残念。何か作ってたら食べさせてもらおうと思ったけど。さっきから動きっぱなしでお腹空いちゃって」
「…………そ、そうなんだ。大変だね」
 巽の言葉を聞いて、ミサが思案にふける。
(……これって、暗に何か作ってほしいって頼まれてる!? えっでもどうしよう、俺に作れてお腹に溜まりそうなのって……)
「……愛沢?」
「……へ? ああうん、大丈夫、何でもないよ」
 巽に取り繕って対応したミサの頭の中では、巽に作る料理の候補がいくつか浮かんでいた。

「ミリアさん、足りなかった食材を冷蔵庫に入れておきました」
「ありがとうございます〜」
 冷蔵庫に食材を収めた巽とミサが、ミリアに報告をして一息つく。
「さて、エプロン…………」
 かけてあったエプロンを回収しようとした巽の手が、ぴたり、と止まる。手の先に視線を向けたミサに、何やら随分とひらひらした、エプロンというよりはドレスに近いようなデザインのエプロンがかけられていた。
「風森……やっぱり……」
「ち、違う!! これはティアがすり替えたんだ! 決して趣味とかじゃなくて――」
 慌てて弁解する巽、そして張本人であるティアはこの場にいない。
「替えは持ってきてないし……どうしよう……」
「みんな料理に夢中だし、着ても分かんないと思うよ?」
「いや、でも――」

 しばらくして。

(はぁ、今回も結局着せられるのか……エプロンドレスの話をしたのがまずかったかなあ……)
 フリルをひらひらさせながら、料理に勤しむ生徒たちの合間を縫って巽が皿や器具、食材を運んでいく。
 その様子を見遣って、ミサがうん、と頷いて調理場に向かった。

「兄さまも姉さまも頑張っておられますわね。では私は、冷たい飲み物でも用意しましょうか」
 涼介がピザを、クレアがデザートピザの準備に取り掛かっているのを見遣って、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が二人同様、普段羽織っているローブの代わりに着けたエプロンをなびかせ、冷たいスムージーに使う果物を冷凍室へと運んでいく。二人がピザを作り終わる頃には、果物もカチカチに凍り付いていることだろう。
「ドラゴンの皮って歯ごたえありそうですよね。実際どうなんでしょうか?」
「あなたの言うように、ドラゴンは硬いイメージがありますがぁ、ちゃぁんと柔らかいところもあるんですよぉ。騎士が全身鎧を着込んでいるみたいなもんですぅ。もちろん、柔らかいところも魔法的な防御がされていてぇ、簡単には剥がせないんですけどねぇ」
 まな板の上にドラゴンの皮を敷き、包丁を握り締めたルイ・フリード(るい・ふりーど)に対して、エリザベートがどこか得意気にドラゴンの特徴を語る。ドラゴンも生物である以上、骨格があって筋肉や臓器があって、それを包み込む伸縮性のある――つまり柔らかい――部位がちゃんとある。その上にドラゴンは魔法的な防御を施し、硬い鱗で頭と四肢、腹部以外を覆うことで身を守っているのだ。
(ドラゴンの皮……眼鏡が無くてよく見えないけど、聞くだけだとまるで薬の材料……ん? 薬?)
 エリザベートとルイの話を聞いていた四条 輪廻(しじょう・りんね)が、傷だらけの手をはたと止め、眼鏡の無い瞳をキラリ、と光らせる。
「そうか!! 料理がダメなら薬を作ればいいじゃない!!」
 パートナーに料理を覚えてくるように言われているにも関わらず、一度スイッチが入ればもう止まらない輪廻、研究オタクであり実験オタクの血が騒ぎ出して思考が溢れ出し、それまでぼやけていた視界すらクリアになる。
「生物は炭水化物、タンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラル、水を補給することで存在し、そしてそれら栄養素は糖、アミノ酸、脂肪酸、さらに突き詰めれば炭素、水素、窒素、酸素、リン、硫黄、カルシウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム、カリウムなどで構成されているポン!」
 有機化合物などの化学分野にからっきしの人にはまったく分からない単語を口走りながら、いつの間にか発動した超感覚の証拠である尻尾をもふもふさせつつ、超絶的な速度で食品を調理、もとい化合させていく。
「おや、面白いことになっとるのぉ。ちょいと見物させてもらおうかの」
 興味を示したアーデルハイトにすら気付かず、輪廻の料理、もとい実験は続いていく。
「ワタシも負けていられません! ドラゴンの皮を使った料理の数々、ご賞味あれ!」
 輪廻の様子にハッパをかけられたか、ルイもその鍛え上げた筋肉を余すことなく生かし、豪快でありつつ手間をかけた料理を仕上げていく。
「新鮮な春野菜を軽く味付け、炒めた餡をドラゴンの皮で包んで揚げた『ドラゴンの皮の包み揚げ』完成です!」
「美味しいですぅ〜!」
「外はカリっとしていて中はふっくら、春巻きのようですね〜」
 出来上がった料理をエリザベート、そしてミリアが試食し、二人とも笑顔を見せる。
「ドラゴンの皮から出たゼラチンで固めた餡を包み込んだ、『ドラゴンまん』完成です!」
「一つの食材で二つの使い方をしていて、ルイさんはお料理上手なんですね〜」
「美味しいですぅ〜!」
「ミリアさんにそう言っていただけるなんて感激です! おいしい料理は皆を笑顔にする魔法です、おいしい料理をたくさん作れるミリアさんは立派な魔法使いです」
「私の代わりにイルミンスールの校長になりますかぁ?」
「そんな〜、お二人とも大げさですよ〜」
 変わらず微笑むミリア、それでもどこか嬉しそうであった。
「…………で、出来たぞ。一粒九万メートル、お腹も魔力も勇気も全回復! 大丈夫、イルミンスールの薬品だよ!」
 そして、何か燃え尽きたような、それでも満足気な表情で呟く輪廻の前には、七色に光る粒、地球では既に数百種類にまで膨れ上がったサプリメントのような代物が置かれ、彼の周りにはそれのために犠牲になった食材が山と積まれていた。
「研究には犠牲がつきものではあるが、これはちと非生産的ではないかの?」
「そ、そうですね……だけど、改良を重ねればきっと量産化も可能なはず! よし、早速家に帰って実験の続き――」
 意気込んで実験の続きをしに帰ろうとした輪廻は、肩を優しく叩かれる感触に振り返る。
「ダメですよ、ちゃ〜んと後片付けをしましょうね」
 ミリアのその、『微笑んでいるはずなのに何か鬼気迫るような、例えるなら背後に『ゴゴゴゴゴ……』と効果音を挟みたくなるような』微笑みに、今の輪廻が抗えるはずもなく、
「…………はい」
 大人しく従うのであった。
「その代わり、というのもおかしいですけど、ちゃ〜んと一品、料理が作れるように教えてあげます〜」
 後片付けを終えた輪廻は、ミリアの丁寧なアドバイスを受けて、卵料理の基本である『厚焼き卵』の作り方を覚えたのであった。