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第7章 花見at隠密科中庭南側


(戦争、戦争、また戦争で息抜く暇もなかったゆえ、たまの非番くらいは息抜きと洒落込むのもよかろう)
「さて、花見をするスペースが空いていればよいが」

 言いつつ、中庭を訪れたレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)
 ともに着いてきたのは、コミュニティ【鋼鉄の獅子】の面々である。
 実習ができるのだから充分に広いのだが、何気に中庭は激戦区。
 到着がもう少し遅れていたら、人数分の場所を確保できなかったかも知れなかった。

「最近疲れてそうだから」
「あ……ありがとう、イリーナさん」
「月島のことは頼りにしてるが……ときには頼ってくれ」

 午前中、隠密科の家庭科室にてお弁当を作っていたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)
 月島 悠(つきしま・ゆう)へと差し出したのは、全体的に桜模様をあしらった可愛いお弁当だ。
 イリーナは、弁当を受け取った悠の手を握ってぐいっと抱き寄せる。
 【乙女モード】な悠は、予想外の展開に恥じらい、戸惑いを見せた。

「出汁巻き、唐揚、鴨テリーヌ、ローストビーフ、チーズ揚げ、ヴルスト、湯で野菜サラダ、乾き物、紅白餅米一口肉饅頭。
 デザートに三色団子、桜餅、苺ババロア、チョコバーなどなど……酒もジュースも茶もすべて大量に持ってきぞ。
 口に合うか分からぬが、存分に食してくれ」

 自身も弁当を展開すると、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は箸と杯を配る。
 ダリルの準備したお弁当だけで、グループの半数のお腹は満たされそうだ。

「ふっふっふ、たまにはそのしれっとしたレオンさんの表情が崩れるのが見たいですわ。
 ということで、飲み勝負をいたしましょう……隻眼の獅子たるもの、引きませんわよね?
 お花見と言えば日本酒ですわ、よい日本酒は悪酔いしないから大丈夫です」
「その挑戦、受けようではないか。
 やるからには全力で行くぞ、後悔するなよ?」
「望むところですわ、わたくしは相当に強いですから負けませんわよ?」

 エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)の挑発を受け、酒飲み対決を受け入れたレオンハルト。
 皆が見守るなかで、両者ともがんがんと酒を飲み進める。

「トゥルペはイリーナが作った『特製・桜古波把亜飲料』をレーゼマンさんに飲ませてあげるであります!
 イリーナが教導団の技術科にあった【古王国神秘のレシピ】って本から作ったものであります!
 レーゼさんが初飲みであります、なぜならイリーナが他の人には『そんな危ない物は飲ませられない』言っていたので!」
「酒か……」

 エレーナとレオンハルトの対決を眺めていたトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)だが、見ているだけでは物足りなくなったご様子。
 どこからともなく取り出した、何とも怪しい酒をレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)の杯いっぱいに注いだ。

「お酒のおつまみなの−!
 シェルティたちはこれー桜パフェ!
 ルインさん、カオルさん、食べよう食べよう!」
(イリーナは小隊の女の子たちと親交を深めて、エレーナは年長組と呑んで、シェルティは年少組で遊ぶの!)
「春はやはり桜ですわね、風流ですわ……」

 酒をあおる大人達へは、イリーナ作のおつまみを渡して。
 シェルティ・セルベリア(しぇるてぃ・せるべりあ)自体は、同じような年齢層を集めて桜パフェを配る。
 シェルティの保護者的存在、ネル・ライト(ねる・らいと)が桜パフェにつぶやいた。

「あ……桜パフェ、1個は梅干味だから」

 すべて配り終わったところで、想い出したようにつぶやくシェルティ。
 はてさて、誰が梅干味を引き当てるのだろうか。


「獅子の戦いは、誰よりも勇壮にして派手……遊ぶときもまたしかり☆
 それにしても桜、綺麗ねぇ」

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、両手にパートナー達をはべらせて、うっとりと桜を眺めている。
 コミュニティのムードメーカーであるとの自負のもと、今日はめいっぱい羽目を外して遊ぶ気まんまんだ。

「俺はザルと言われる……小柄だが、どんどん酒が燃焼する体質と体力が要因かな。
 それに以前、ダリルが調べてくれたんだ、何とか酵素が2種類、ものすごい量あると言ってたな」

 自身の分析結果を述べる夏侯 淵(かこう・えん)は、なかば酔い気味である。
 最も重要な部分が何だったのか、首を傾げるも想い出せない。

「甘露もて、桜の褥にて夢の異郷へと旅立つ……よきかな」

 散る花弁を浮かべた酒に、雅を感じる淵。
 思わず、唄のひとつも詠みたくなるというもの。

「初めまして、【鋼鉄の獅子】の皆。
 開いたのがルカだったので、今はルカの記録。
 仲間になれて嬉しいわ、アコって呼んでね☆」

 ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が、うやうやしく頭を下げた。
 丁寧で物腰柔らかな仕草に、メンバー皆が感心する。

「……はぐっ……オレのは大丈夫だった、まさか花見しながらパフェたべれるとか思わなかったぜ〜」

 甘いものに眼がない橘 カオル(たちばな・かおる)は、パフェが甘かったことに安心。
 がつがつと食べ進めると、おかわりを要求する。

「生クリーム、大好きなんだ」
「このパフェおいしいね☆」
「ほらほら、お料理は逃げませんわよ、落ち着いてゆっくりお食べなさいな」

 またもや当たりを引き当てたカオルと、マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)の食べっぷりは、ネルから注意を受けるほど。
 気を付けないと、2人とも本当にのどをつまらせそうな勢いだ。

「俺もまぜろー!」

 突如雪崩れ込んできたのは、すでにほろ酔い状態の朝霧 垂(あさぎり・しづり)である。
 歩き回っていたところ、中庭に見慣れた集団を発見したらしかった。

「やっぱり桜って綺麗だよね〜これだけ大きな樹の一面に花が咲き乱れて……花の色がピンク色ってのがいいよね〜」
「やっぱり桜って綺麗だよな〜これだけ大きな樹の一面に花が咲き乱れて……花の色がピンク色ってのが良いよなー」

 ほぼ完全にハモっているのは、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)朝霧 栞(あさぎり・しおり)の2人。
 普段からとっても仲良しさんで、喧嘩が絶えない。

「そして何と言っても、花見には『3色団子』だよね!!」
「そして何と言っても、花見には『桜餅』だな!!」

 ほら、今日も始まった。

「3色団子! 3色団子!! 3色団子!!!」
「桜餅! 桜餅!! 桜餅ったら桜餅!!!」

 いまにも取っ組み合いになりそうな至近距離で睨み合う、ライゼと栞……この2人を止められるのは。

「喧嘩をするんじゃない、花見は楽しむところなんだから、喧嘩なんかしてどうするんだよ!
 まったく……ほら、2人とも拗ねてないでこっち来いよ」
「「う……垂、お酒くさい……でも、もうちょっとこのまま甘えていてもいいよね」」

 垂は、両腕から華麗なるげんこつを繰り出した。
 同時にぎゅ〜っと抱き寄せると、両方ともの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「お酒は大好きです……特に美人がお酌してくれたお酒はね、全部飲みほして見せましょう」
「ここはご一緒して、飲むのです……もきゅもきゅ……」

 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は、恋人のナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)へと杯を手渡す。
 ラブラブな雰囲気に包まれて、ゆっくりと酒を飲み干すナナ。

(お酒を飲めばあの硬い表情を崩すことができるかもしれませんし。
 そのまま、お酒飲んで酔った勢いでナナ襲っちゃいましょうか、徹夜でお酒飲んでしまったら理性も飛ぶでしょうし。
 キスまで行きたい〜どうせ無礼講です、がんばるぞ〜!!)

 ルースの考えていることなど知る由もなく、ナナは注がれるままに酒を飲み込んでいく。
 ときおりお弁当にも手を伸ばしながら、楽しいひとときを過ごしていた。

「うぅ、もう駄目ですわ」
「おっと……エレーナ、よくがんばったな」

 杯を空けた弾みに、倒れそうになるエレーナ。
 支えたのは、エレーナの恋人であるダリルだ。
 エレーナの頭を、優しく撫でてやる。

(桜より、エレーナ君が美しい)
「ダリルの髪のような、青い闇に桜が舞って……素敵ですわ……桜も……ダリルも……」

 互いにうっとりしていると、いつの間にか睡魔に襲われるエレーナとダリル。
 頭を預け合ったままで、2人はうたた寝をし始めた。

「ふふふ……俺をあまりなめるなよ……この俺の恐ろしさ、お前らに見せてやるわぁー!」
「……れーくん」
「おぉエランダ……ははは、甘えんぼさんめ!」
「さぁレーゼ、私の帯を引っ張ってください……かけ声は『よいではないかー』です」

 こちらもすっかり酔いの回っている、レーゼマンとイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)
 双方ともすでに正気ではなく、レーゼマンにいたってはイライザのことを死に別れた恋人と勘違いしているよう。
 イライザも、酒の力を借りてレーゼマンにめいっぱい甘えている。

「あーたのしそうだな。ちょっと大人の背伸びもしてみたいが……」
(あの中に入るのはさすがに……)

 酔っ払いどもを眺めるカオルは、何となく好奇心。
 だが自殺行為だということを再認識すると、それ以上の行為を止めた。

「よいか諸君、軍人たる者第一に節制と自制を旨とし、
 いかなる状況にあっても全力でもって対処できるよう、常在戦場を心がけるようにだな……」

 自身では抑えていたのだが、飲まされ酔ってしまったレオンハルト。
 説教癖発動で、戦場の掟をぶつぶつと語り始める。

「レオンさんに問題だよ、戦術の限界とは?」
「『戦略に裏付けられぬ戦術的勝利は戦争の帰趨(きすう)に影響を与えない』だろう?」
「う〜ん、さすがは隊長!」

 酔ったところを見計らって、レオンハルトへと問いを投げかけるルカルカ。
 しかしレオンハルトが速攻で正確な答えを返してきたため、素直に引き下がった。

「さて、脱ぐぜ!!」

 垂の思い切った発言に、ライゼと栞はあたふた。
 何とか2人共闘して、垂が服を脱ぐことは阻止したのだが。

「なんだ、ちゃんと協力できるんじゃないか」
「「本当に酔っぱらってるの???」」

 謀ったようなことを言ってのける垂に対して、ライゼと栞の疑問は最もである。

「♪〜蒼空の大地に声を上げ〜屍山血河を踏み越えて〜戦友と歩んだこの戦地〜掲げよ軍刀高らかに〜我ら〜シャンバラ教導団〜♪」
(今ひとつ物足りませんね、ここはひとつ悠くんに一肌脱いでもらいますか)
「悠くん悠くん、ハイ、マイク」
「……な、なにをするきさまらー!」

 せっかく気持ちよく歌っていたのに、レオンハルトの『MYマイク』は麻上 翼(まがみ・つばさ)にあっけなく奪われてしまった。
 短い歌時間だったが、場を一定程度盛り上げたことは間違いない。
 ところでマイクを奪った翼は、しかし自身では使わず、悠へとたらい回し。

「この前、この曲の振り付け練習してましたよね?
 さぁ、歌と踊りをみんなの前で披露してください」
「えっ、芸を披露しろって急に言われても、私何もできないよ、しかも踊りながらなんて?!?!」
「キャーユウチャーン」

 嫌がる悠だが、いざ曲が始まると結構ノリノリで歌い踊っていた。
 翼の黄色い声援が、惜しむことなく飛んでいく。

「レオン、落ち着け」

 イリーナが、マイクを取られたことに大荒れのレオンハルトをなだめるも簡単には治まらない。
 やむなしと心を決めたイリーナのとった強硬手段は、レオンハルトの唇を奪うことだった。

「もごもご……」
(毎晩一緒に寝てるけど、桜の下で一晩も風流かも知れないな)

 気を失ったレオンハルトを、膝枕に載せるイリーナ。
 寒さにさえ耐えられれば……いつもと違う晩を過ごすのも、楽しそうだと心底思う。

「「クイズ☆どっちがルカでどっちがアコ?」」

 酒につぶれていない者達を対象に、クイズを出すルカルカとルカ。
 服装はペアの巫女服で、手に持つ桜枝も、肩に羽織る白の薄羽衣も、すべてがお揃いで見分けが付かない。
 強化光条剣をもって、2人はいっせいに舞い始める。

「「フィニッシュ、いくわよ!」」

 ルカの投げ上げるりんごを、ルカルカは空中にて細切れにしてみせた。

「「ダリル、これを投げてちょうだい!」」

 2人とは反対側へ座っていたダリルへ、りんごを軽く放り投げる。
 ダリルが桜の樹を背にりんごを投げると、次はルカが剣でもってりんごを樹へ刺した。

「「さぁ、どっちがルカでどっちがアコ?」」

 両手を合わせて向き合うと、再度、皆へ問いかけるルカとルカルカ。
 やれ右だ、やれ左だと、大騒ぎになった。

「ちょっと外す」

 ルカへ言い置いて、ルカルカは一升瓶とともに中庭を出る。
 隣接する教室には、婚約者とそのパートナー達がルカルカを待っていた。
 派閥に属することはしないと、固く決めている鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)
 公私混同はしたくないし、何より恋人がいるからという理由で特定のコミュニティの飲みに参加したくなかった。

「花見は日本独自の風習、四季折々の花を愛でるって素敵ね」
「桜が綺麗ですが、ルカルカがそばにいればなおさら綺麗に見えるのが不思議ですよね」

 寄り添うように立つと、ルカルカは自身と相手の杯へ酒を注ぐ。
 優しく頭を撫でながら、にっこり微笑む真一郎。
 真一郎のパートナー達も気をつかい、少し離れたところへ。
 2人はしばし、誰にも邪魔されない幸せな時間を楽しんだ。

「あ、ルカルカさ〜ん!」

 廊下から、ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)が大きく手を振っている。
 ちょうど真一郎と別れたルカルカは、ミレーヌ達をコミュニティの輪へと招き入れた。

「俺、桜もお花見も初めてだぞ! 桜って綺麗なんだな!」
 思わずカメラのシャッターを切るのは、アルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)だ。
 咲き誇る桜の花に、感動を隠せない。

「レシピと材料はちゃんと調べたから大丈夫だよ。
 いっぱい作ったから皆、しっかり食べてね!」

 ミレーヌが差し出すのは、『道明寺餅』と『三色団子』。
 午前中に、陰陽科の家庭科室で作っておいたのだ。

「俺も手伝ったんだよ! 人並みくらいの料理の腕は持ってるからね!」
「アル兄ったら、手伝うのはいいけどつまみ食いばっかり!」
「そんな、つまみ食いなんてしてないんだぞ」
「……やめておけ、と注意はしたのだよ」

 主張するアルフレッドには、速攻でミレーヌの突っ込みが入る。
 切り返しても、ラヴェル・シルバーバーグ(らう゛ぇる・しるばーばーぐ)の発言により事実が確定。
 つまみ食いをした罪により、アルフレッドの食べる分は最後に残ったものだけとなったり。

「ラヴェルはてきぱき作ってくれて、さすがだよね!」
「料理か……楽しかった」
(しかし……妹は今頃どうしているだろうか)

 ミレーヌの褒め言葉に、静かに感想を述べるラヴェル。
 だが騒がしい雰囲気に慣れていない心は、蒼空学園にてお留守番中の妹を想うのだった。

(獅子小隊の花見だというのに、部外者が水を差してもいけませんからね)
「楽しそうで何より」

 廊下からルカルカを眺めていた真一郎だが、中庭へきびすを返す。
 向かう先は、隠密科の屋上だ。

「姜維とコロマルと過ごすのも、家族で落ち着いて過ごせるから楽しいですよね」
「どうぞ兄者、ゆっくり飲むのだよ。
 姉者、こっちも食べてみて欲しい」
「お、美味しそうじゃん」

 真一郎の発した『家族』という単語に、思わずはにかむ姜 維(きょう・い)鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)
 とにかく気の利く19歳は、真一郎の杯が空いていることに気付きすかさず酒を注ぐ。
 さらに皿が空いていたので、弧狼丸がまだ食べていない料理を取り分ける。
 維作の料理をひととおり平らげると、弧狼丸は維の膝の上に寝転んで。

「陽射しが気持ちいいね」
「姉者、安心して寝るのだよ」
 穏やかな表情にて、瞳を閉じる弧狼丸。
 維の言葉に口元を緩めると、静かに寝息を立て始めた。

「ん〜っと、よし!
 ルカルカとアコに【鋼鉄の獅子・花見奉行】の称号を与えよう、ばんざ〜い!」
「獅子の休日だね」

 正気を取り戻したレオンハルトが、本日のMVPを決定。
 円の中心へと招き入れると、皆でばんざい三唱して祝う。
 楽しそうな様子に、マリーアも破顔するのだった。