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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『追撃・3』

 夜風のように吐息の混じった儚い歌声が、三階の廊下に響いていた。
 大きな天窓からは硝子色の月光がいっぱいに降り注ぎ、廊下をまるで昼間のように明るく照らす。
 ミラは白魚のような左手をすうと持ち上げて、天窓から降る月の光に浸した。
 小指にはまったブラッドルビーが、ひときわ赤く輝きだす。
 水面に油を垂らしたように、月光の中で異質な赤がふわりと浮かび上がり……それだけだった。
 ミラの左手を覆うように広がった血色の光は、それ以上大きくなることもなく、細い光の線を描くこともなく、ただそこでわだかまるだけ。
「……」
 ミラは歌を止めて、切なげ溜息を吐いた。
「三階でも駄目でございますか。……それなら」
 ミラはくるりときびすを返し、三階から二階へ降りる階段に足をかけた。
「あれだけいたお仲間は、置いてきちまったのかい。ま、こっちとしちゃ好都合だけどね」
 ミラの行く手に立ちふさがり、新しいタバコに火をつけながら千代が言った。
 千代の左右には、エヴァルトとミュリエル、優と零が固め、その後ろには二十人ほどのスタッフが、階段を詰めるようにして行く手をふさいでいる。
「あらあら。あなたたちとはよくお会いしますねえ」
 ミラは柔らかく微笑んで、千代たちに小さく頭を下げた。
「……ミラ」
 優の隣から離れ、千代の隣に並んで、零がまっすぐミラを見上げた。
「手荒な真似は本当にしたくないの。……ねえ、あなたの手から、指輪をオーナーに返しに行って」
「お断りします」
 柔らかな笑顔を崩さないまま、ミラは即答した。
 零の表情に、ふっと陰りが射す。
「……あなたは、長い間地球をさ迷って、やっと前のオーナーさんと巡り合えたのよね? きっと、すごくすごく大事な人だったんだよね? ……私も、その気持ち分かるのよ」
 ぎゅっと、零はきつくこぶしを握った。
「その人を失ったら、どれほど辛いかもわかってるつもり。……だからこそ、私はあなたにもう一度幸せになってほしいの。そのためには、あなたはその指輪を使ったらいけない。絶対にいけないのよ! お願い、その指輪をオーナーに返して」
 零の目が、真摯に、まっすぐに、ミラを見据えた。
「あなたを一番想ってくれてる人は、あなたが一番想っているひとは、いなくなったかもしれない。けど、前のオーナーさんがいなくても、あなたを心から想っているひとが……」
「夫は死んでなどおりません」
 ミラは平坦な声で、零の言葉を遮った。
 ぐっと、零が奥歯を噛む。
「……っ、いい加減に現実を見なさい! 前のオーナーさんは死んだのよ! あなただって本当はみんな分かってるんでしょ!」
「あの人は、死んでなんかいません」
 零をまっすぐ見据えて、ミラがひたひたと階段を降りてきた。
 口元には微笑を浮かべたまま、けれど、その真っ赤な瞳はもう笑っていない。
 口の端から覗く牙が、月光に照らされてぎらりと光った。
「だめだね、言葉が通じない。水無月、説得するのは諦めな」
 千代が携帯灰皿でタバコをもみ消し、脇の下に提げたハンドガンに手をかけながら言った。
「けど……っ」
「淑女の時間はここまでだ、力づくでいくよ!」
 ジャケットを翻し、千代がハンドガンを抜き放った。
 ゆっくりと階段を下りてくるミラの膝に、狙いを定め、千代は引き金を引き絞った。
 ――がんっ。
 発射されたゴム弾が、あさっての方向に飛んで行って壁に当たった。
 ハンドガンも、あさっての方向にくるくると飛んで行く。
「――ッ!」
 千代は、蹴りあげられた右手をかばいながら飛び退った。
「――ミーたんに手は出させないよ」
 フリルのついた純白のスカートが翻る。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のサファイアブルーの眼差しが、千代達をまっすぐ見据えた。
 美羽の後ろではコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、ミラを背中に隠している。
「どいてよ。私たちはミラを止めなきゃいけないの」
 強い口調で言う零を、美羽はむっとした顔で見返した。
「キミたち、オーナーさんの刺客なの? どうして、オーナーさんになんか協力するのさ」
「今ここでは話せないの。でも、ミラのためなのよ」
「うそだね! だって私聞いたもん、前のオーナーさんがミラさんに贈った指輪を、オーナーさんが奪おうとしてるって!」
「何を言ってるの……あなた」
「とぼけないでよねっ! ともかく、ミーたんに手は出させないよっ!」
 スカートを翻し、美羽の蹴りが一閃する。
 零はあわてて身を引いて、ぎりぎりで蹴りを避けた。
「……っ、あなた、パンツみえてるわよ!」
「いーんだよっ! 今日のパンツは積極的に見せていきたいやつだから!」
 恥ずかしげもなく宣言した美羽を、
「ちょっと美羽……」
 コハクが小声でたしなめた。
「ひとりで止められるもんなら、止めてみればいい!」
 千代が叫び、スタッフたちを振り返った。
「こんどこそミラを捕まえるよ! 総員突撃!」
 片足を高く振り上げて、美羽がスタッフたちを見据える。
「いくらでも来いッ!」
 突撃する、二十人のスタッフたち。迎え撃つ、たった一人の美羽。
「ひとりじゃないよ!」
 その場にいた全員の視界を、煙幕ファンデーションが突如奪った。
 ハルバードが一閃し、三人ほどのスタッフを一気になぎ払う。
 ふた振りの槌が荒れ狂い、スタッフたちを次々に階下へ殴り落とす。
 両端から刃の生えた両剣が、嵐の如くスタッフたちの足元をすくう。
 一瞬ののち、煙幕ファンデーションが晴れると、倒れ伏した二十人のスタッフたちと、彼らを見下ろす、ハルバードを抱えたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)、長柄の槌を構えた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)、両剣を構えた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が立っていた。
「一体何なんだ……? 次から次へと……」
 エヴァルトが、ミラを守るように並んだ生徒たちを見上げて、怪訝な顔で首をかしげた。
「何なんだもなにもないよ! オーナーの悪事が白日のもとにさらされただけさ!」
 ミルディアが、びしっとエヴァルトを指さした。
「前のオーナーさんが命を賭けて作り上げたブラッドルビーを、私利私欲で奪い返そうとするなんて、オーナーもひどいことするよな」
「まあ、そういうことなので、ミラさんを渡すわけにはいかないんですよ」
 遙遠と霞憐が、お互いの槌をかつんと軽く打ち合わせながら言う。
「まあ、俺はべつに、そこまで崇高な理由じゃねえけどさ」
 如月 正悟が、こめかみをぽりぽりかきながら苦笑した。
「自分の恋はからきしだから、せめて他人の恋だけでも何とかしてやりたいんだよ。たとえ、それが不毛な恋でもさ」
 エヴァルトが、ミュリエルを背中に隠しながら、ミラを取り巻く生徒たちを面倒そうに見上げた。
「あっという間に形勢逆転だな……。どうするよ、千代さん」
「どうするもこうするも、私らは私らの決めたことをやるしかないだろう!」
 ぎゅっと拳を握りしめ、千代は構えを作った。
「ミラを止める! 私らはそう決めたはずだ!」
「……いや、俺には別にそこまでの熱意はだな……いいや、いいか。わかった」
 エヴァルトも拳を固め、ミラたちに向きなおる。
 優と零も、倣うようにミラの前に立ちはだかった。
「まだやるつもり? 素直に通してくれた方が、怪我しないで済むよっ?」
 足を振り上げて見せた美羽に、
「そのセリフ、そっくりそのままそっちに返すわ」
 千代は不敵に笑って見せた。
 ――瞬間。
 耳をつんざくような破壊音と共に、天窓が粉々に砕け散った。
「ヒャッハー! お宝頂きに来たぜェ―――ッ!!」
 ガラスの破片をきらきらと反射させながら、スパイクバイクで飛び込んできた国頭 武尊(くにがみ・たける)が、後ろからミラを抱き上げた。
「せっかくだからコイツごと貰って行くぜ! あばよォ!」
 片手でミラを抱き上げたまま、武尊がスパイクバイクで階段を駆け降りる。
 さすがの美羽や千代たちも、道を開けるしかなかった。
「ごめん美羽……ミラ、さらわれちゃった……っ」
「いいから、怪我ない!?」
 コハクと美羽の悲鳴のような声を背中に聞きつつ、
「ヒャッハー!」
 武尊が階段をバリバリと荒らしながら駆け降りていった。

 ※

 武尊のバイクが階段を降り切り、広いロビーに到達する。
 されるがままに抱えられたまま、ミラは武尊を見上げた。
「あのう、わたくしは二階から屋上へ上がりたいのですが」
「済まねえがその要望には答えられねえな。なんせお前はお宝だからよ」
「まあ。殿方からお宝だなんて言われたのは、ずいぶん久しぶりでございます」
 ずれた会話が続く間にも、スパイクバイクは速度を増してロビーを突っ切っていく。
「パラ実生を舐めやがった結果がこれだぜ! 噛みしめろよ、オーナー!」
 目の前に見えてきた月楼館の正面出口へ、スパイクバイクが突っ込みかけた、瞬間、
「――そう簡単には、行かないわ!」
 突如横から突っ込んできたクコ・赤嶺(くこ・あかみね)の軍用バイクが、武尊のスパイクバイクを弾き飛ばした。
「うおわっ!?」
 弾き飛ばされ、スピンを始めたスパイクバイクを、
「ちっ……あぶねえじゃねえか!」
 武尊は巧みなアクセルワークで、転ばすことなく立ちなおらせた。
 月光に銀髪を輝かせたクコが、真紅の隻眼で武尊を見据える。
 またがった軍用バイクが、今にも再び武尊に襲いかからんと、唸りを上げていた。
「おまえが抱えているのは、ミラ・カーミラね? 悪いけど、こっちに渡してもらうわよ!」
 武尊もスパイクバイクを唸らせて、クコをまっすぐに睨みつけた。
「わりぃが、ミラはともかく指輪を返す気はねえんでな。腕ずくでも通らせてもらうぜ!」
 スパイクバイクが爆音を上げ、クコの軍用バイクに向かってまっすぐに突っ込んだ。
「霜月!」
 クコが、武尊をまっすぐに見据えたまま叫ぶ。
「――いきます」
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、居合い刀型光条兵器に手をかけて、スパイクバイクの前に飛び出した。
 瞬間、スパイクバイクの前輪が真っ二つに切り裂かれる。
「ぬおっ!?」
 スパイクバイクは今度こそ体勢を立て直せず、ひとりでに霜月を避けるようにスピンして、クラッシュした。
 バイクから投げ出された武尊は、
「逃がすかお宝ァ!」
 ミラを抱き込んで守りながらロビーに叩きつけられた。
「あっ……」
 ミラの微かな叫び声が、ロビーにひときわ大きく響く。
 バイクから投げ出された拍子に、ミラの小指から外れた指輪が、高々と宙を舞っていた。

 ※

 中央階段から身を乗り出して、五月葉 終夏(さつきば・おりが)はロビーの様子をうかがった。
 ミラと武尊がバイクから投げ出され、血色のルビーが宙を舞う。
 ――かつん。
 ブラッドルビーのピンキーリングが、ロビーに落ちて乾いた音を立てた。
 武尊の腕から抜け出して、ミラがぽてぽてと指輪に駆け寄った。
 だが、
「お宝は俺のもんだァ!」
 あとから駆けだした武尊の方が圧倒的に速い。
 ミラはあっという間に追い抜かされ、武尊がリングに飛びついた。
「金づるゲット! ヒャッハー!」
 高々と、武尊が拾い上げたリングをかかげた。
「……大人げないなあ、あんな小さな女の子相手に」
 終夏は「よいしょ」と、足元に置いておいた段ボール箱を持ち上げた。
「ちょっと作りすぎちゃったと思ってたけど、これは意外に正解だったね」
 再び階段から身を乗り出し、武尊の頭上へ慎重に狙いを合わせて、
「女の子を救う悪戯ほど、気持ちのいい悪戯もないよね……っと」
 終夏は、段ボール箱を投げた。

 ※

「こりゃあいいもん手にれたぜ! ヴァイシャリーあたりの成り金に、高い金ふっかけて売り飛ばしてやるかァ!」
 リングを品定めする武尊の方を、着物のせいで歩くしかないミラが、ぽてぽてと歩いてくる。
「その指輪、返してくださいまし」
「返す? そりゃまたどうして? これは俺が……うん?」
 ミラが、ふと足を止めた。
 武尊がふと、中央階段の方を見上げた。
 突然降ってきた段ボールが、武尊の頭を直撃した。
「ぐはっ!?」
 指輪を取り落とし、武尊がぶっ倒れる。
 武尊の石頭に当たって壊れた段ボール箱から、中身がばらばらと転がり出た。
「……あら、これはこれは」
 ミラがぽつりとつぶやいた。
 段ボール箱から転がり出て来たのは、血色の石をはめ込んだ、大量のピンキーリングだった。配色から、形から、ミラのしていたピンキーリングと瓜二つの代物である。
「いたずら成功―。これで、そう簡単には指輪、盗めないだろ?」
「ちっくしょう……舐めた真似しやがって……。なんだ、こりゃあ」
 周囲に散らばった大量のピンキーリングを見て、武尊は目を丸くした。
 終夏が、いたずらっぽくくすくすと笑う。
「こりゃあ……こりゃあ……どういうことだ、リングが増えた!」
 武尊は手近なところに落ちていたリングをひとつかみ持ち上げると、ポケットに押し込んだ。
「こんだけありゃあ、俺は孫の代まで遊んで暮らせるぜ! ヒャッハー!」
 武尊はポケットいっぱいに指輪を詰め込むと、一目散に正面玄関へと駆けだした。
「あばよ手前ら! バイクはくれてやるよ! これだけリングがありゃ、修理するまでもねえ、新しいのが何十台でも買えるぜ! ヒャッハー!」
「ねえ霜月、あいつ追いかけた方がいいかな!? もしあいつが持って行った中に本物が入ってたら……」
 軍用バイクに飛び乗って、クコがあわてた様子で言った。
 だが、霜月はいたって冷静に、ミラを指さして言う。
「いいや。追わなくてもいいでしょう」
 クコは、霜月が指さしたほうに目をやった。
 ミラがリングの山の中から、まったく迷うこともなく一つのリングを取り上げて、大切そうに指にはめた。
「うそ……どうしてわかるのかしら……?」
 クコの言葉に、霜月はちょこんと首を傾げただけだった。
 ミラは指輪のはまった小指を、しばし、割れた天窓から降ってくる月光に照らした。
 やがて、はっと思いついたように、
「ああ、そうでした。屋上へ行きませんと」
 いつもどおりの声で言って、ぽてぽてと中央階段を上り始めた。
 お決まりの童謡を、夜風のような声で口ずさみながら。

 ※

 月明かりの届かない、夜に浸った二階の廊下を、ミラがぽてぽてと歩いてゆく。
 ミラの歩いた後の床には、ぽつぽつと、赤い染みが残っていた。
 ミラがゆっくりと足を進めるたびに、だらんと垂れた右手から、ぽたぽたと滴り落ちた血が、床を濡らしていた。
 けれどミラは平然として、童謡を口ずさみながら、ただ、左手の小指から伸びる細い細い光の糸に引き寄せられるようにして歩いていく。
 バイクから転げ落ちた時に痛めた右腕など、気にもつかないように。
 口ずさむ歌の中では、細い糸でつながった二頭のラクダが、王子と姫を乗せて、月光の中を歩いていた。
 ミラの指から伸びる細い糸は、闇に霞んでどこにつながっているかも分からない。ミラの行く廊下には、儚げな月の光すらない、暗闇だった。
「――見つけたわよ、ミラ」
 背後からかけられた声に、ミラはふと足を止めて振り返った。
 暗闇の中でも、目の覚めるような輝きを放つリカインの金髪が揺れる。
 リカインの後ろには、キューと華花の姿もあった。
「――こんどこそ、逃がさないでありますよ」
 さらにその向こうから、剛太郎とコーディリアも歩み出てきた。
 剛太郎の手には、軍刀型の光条兵器が握られている。
「先ほどは、あなたの実力を見誤っていた。この剛太郎、あなたを捕えるには全力を出さねばならぬと悟ったであります。光条兵器の出力は落としてあるが、多少の痛い目は覚悟していただきたい」
 ミラは、リカインや剛太郎たちをぼんやりと眺めて、微かに笑った。
 その白い頬には、まるで暗闇に浮かび上がる幽霊のように、血の気がない。
「あらあら。あなたたちとはよくお会いいたしますね。けれど、わたくしは急ぎますので」
 ミラはきびすを返し、右手から鮮血を滴らせながら、廊下の終わり……屋上へ上がる階段へ向かって歩き出した。
「待てっ!」
 駆けだそうとした剛太郎を、リカインが制する。
「駄目よ。下手に追いかけるとどうなるか分からないから」
「ですが、このままでは……」
「――待ち伏せ。なかなかうまくいったようでございますね」
 かつん、かつんと、屋上に至る螺旋階段をかかとで高く打ちならし、クナイが廊下にやってきた。純白の手袋を、きゅっと手にはめる。
「結構うまくいったねえ。そろそろイベントも近いし、捕まってくれるといいんだけれど」
 クナイに続いて、北都も階段を下りてくる。
 行く手を遮るように立った二人に、けれどミラは気にした様子もなく歩いてゆく。
「しめた! 挟み撃ち!」
 パチン、とリカインが指を鳴らした。
「えっと、キミは右から行って! 私は左から突っ込むわ! 壁に隠し扉があるかもだから逃げられないように! キューは私と来て! 華花は後ろを固める! いい!?」
 キューと華花が、勢いに押されるように「おっ、おおっ!」と返事した。
「……あなた、自衛隊に来たらさぞよい指揮官になるだろうな」
「キミ、返事は!」
「いっ、イエス・マム!」
 剛太郎は声を張り上げて、背後のコーディリアに「ここで待つように」とジェスチャーした。
「さあ……危うく殺されかけた借りを返させてもらうわよ!」
 ふふふ、と不敵に微笑んで、リカインが駆けだした。
 一歩遅れて、キューと剛太郎が駆けだす。
「もらった!」
 リカインが背後からミラに飛びかかる。だが、ミラは音もなく横に避けて、リカインの足を引っかけた。
「うわおっ!?」
 リカインの身体は空中で一回転して、床に叩きつけられる。
「リカ!」
 リカインの後を埋めるようにして、キューがミラとの距離を詰める。
 キューが伸ばした手がミラの背中に触れるより一瞬早く、ミラは振り返った。
 振り向きざまにミラが右手を振るう。飛び散った鮮血が、キューの目に飛び込んだ。
「うわっ!?」
 一時的に視界を奪われたキューの手を、ミラは軽々しゃがんでかわす。
「覚悟するであります!」
 キューの背中に隠れるようにして飛び込んできた剛太郎が、ミラの足めがけて威力を抑えた光条兵器を振るう。
 ミラは軽々ジャンプして、迫りくる刃を避けようとして、
「つっ……かまえたっ!」
 後ろからリカインに羽交い絞めにされた。
 光条兵器が、ミラの両ひざを捉える。着物が薄く裂け、ミラの足に電撃に似た痛みが走る。
「一時的な麻痺であります。しびれはすぐに……!?」
 ミラは足を振り上げて、剛太郎の光条兵器を踏みつけた。
 不意の反撃に驚いて、剛太郎は光条兵器を取り落とす。
「なぜ、足が動くでありますか……!?」
 ミラは頷くようにして頭を下げ、思いきり振り上げた。
「きゃっ!?」
 背の小さいミラの後頭部が、リカインのあごに音を立ててぶつかる。
 一瞬ひるんだリカインの腕をかいくぐり、ミラはまたぽてぽてと歩きだした。
 わき目もふらず、左手の小指から伸びる光の先へ。屋上へ向かう階段へ。
「……く、逃がさん、であります!」
 剛太郎が光条兵器を構え直して駆けだす。
 振われた光条兵器は、ふりあげられたミラの左手に受け止められて止まった。
 血がにじむのも構わず、ミラは左腕で光条兵器の刃を押し返した。
 気押された剛太郎が、刃を引く。
 光条兵器で裂けた着物の袖から、血のにじんだ細い腕が露出した。
 その小指には、血よりも赤い光の糸が輝いて、まっすぐ空を差している。
「……」
 北都とクナイは、ぽてぽてと歩いてくるミラを、息をのんで見据えた。
 頭突きで割れた後頭部から血が滴り、ミラの白髪はメッシュを入れたように赤く染まっていた。両腕からは歩くたびに血が流れおちて、血がにじんだ両脚はおぼつかない。
 それでも、ミラはただ、赤い光の糸に引きずられるようにして、ゆっくりと、歩を進めていくのだった。
「……どうしてそこまで」
 ぽつりとつぶやいたクナイに、ミラは柔らかく微笑み返した。
「夫が待っていますから」
 ぽて、ぽて、と歩み寄ってくるミラに、北都とクナイは、どちらともなく道を開けた。