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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚

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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚
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3.見霽かす幽邃
 
 
「どうやら、すでにクイーン・ヴァンガードらしき者たちが、中に突入しているようですな」
 いったん上空に上がったリア・リム(りあ・りむ)の報告を聞いて、ルイ・フリードが、シニストラ・ラウルスに言った。
「先を越されたか。それは、やっかいだな」
 やれやれと言う感じで、シニストラ・ラウルスが言った。
 女王像の欠片が得意先であるストゥ伯爵の手に渡ったと聞いたとき、海賊たちの頭領であるゾブラク・ザーディアは、そのまま放置するようにと命令を下した。錦鯉などのいい買い手であり、逆に、アルディミアク・ミトゥナ用の黒蓮の売り手でもある伯爵は、海賊たちにとっては仲間の一人といってもいい存在であった。そこに保管されている限りは、取り返すのは容易だと考えたのだ。もちろん、ゆずってもらえばいいという考え方もできるが、そこはコレクターである伯爵が素直にお宝を渡すとは思えなかった。必要になったら、盗み出すのが手っ取り早い。それで関係が悪化したとしても、単に一顧客である、後で修復すればいいことだ。仮に、完全に関係が壊れたとしても、極端に困るものではない。
「そろそろ出発した方がいいのではないのか」
 リア・リムが、ルイ・フリードをうながした。
「では、ワタシは新装備の準備があるので」
「あまり離れられても困るな。そんないい物があるのなら、先行してもらおう」
 海賊たちの許を離れてクロセル・ラインツァートと合流しようとしたルイ・フリードであったが、シニストラ・ラウルスはそれほど甘くはなかった。
「分かりました。では、先に進みましょう」
 へたに逆らって疑われても困ると、ルイ・フリードは先発を了承してパワードスーツの準備に入った。
「そんなに焦ることないと思うんだもん。同じコレクターを装って、正面から伯爵へ会いに行けばいいと思うもん」
 みんなを落ち着けるように歌を歌いながら、合間に騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が言った。
「そうもいかん。へたに、ゴチメイの仲間やクイーン・ヴァンガードとでくわしても面倒だからな。それに、周り中がほしがっていると分かったら、伯爵が変に独り占めしようとか、値をつり上げるとかしかねないからな」
「まったく、元はあたしたちの物なのにねえ」
 困った話だと、デクステラ・サリクスが、シニストラ・ラウルスに言った。
「正面以外から潜入するとして、なんだか、濠に見たことのある花がびっしりと咲いているんだが」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が、気になっていたことをシニストラ・ラウルスに訊ねた。
「あれは近づくな。あれだけ密集していると幻覚作用があるんでな。もっとも、乾燥させた物を燃やさなければ、それほど強い効果はないはずなんだが、いかんせん数が多すぎる。今回は、輝睡蓮も持ってきていないことだしな」
 言ってしまってから、シニストラ・ラウルスはしゃべりすぎたかと、チラリとアルディミアク・ミトゥナの方を垣間見た。
「なんだ、輝睡蓮って」
 桐生円が、悟られないようにオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)に訊ねた。
「気付け薬に使われたりする薬草ですが。黒蓮の対極にあるような花ですね」
 オリヴィア・レベンクロンは、桐生円にささやいた。
「ふーん。後で翡翠にも教えておかないとね」
「それはいいことを聞きましたわ」
 耳ざとく会話に首を突っ込んできていたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)がにやりと笑った。
「はいはーい、ミネルバちゃんはシニストラちゃんについていくんだもん!」
 桐生円たちの動きを悟られないように、わざと海賊たちの気を引くようにミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が手を挙げて騒いだ。
「じゃあ、あたしはアルディミアクの姐御についていくじゃん」
「姐御って……」
 なんだそれはという顔で、アルディミアク・ミトゥナがメイコ・雷動(めいこ・らいどう)を見た。ちょっとくすぐったそうに、ヒラニプラでもらった赤い蓄光石のイヤリングをいじったりしてみる。
「それで、女王像の欠片は間違いなく城にあるみたいだけれど、どうやって中に入るんだい?」
 一応トレジャーセンスで確認したヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が、シニストラ・ラウルスに訊ねた。ここからでは、まだ城の中にあると分かるだけで、具体的な部屋の位置までは分からない。照合すべき見取り図とかがないし、城の詳細な構造を知らないのであるから当然と言えば当然だ。
「まずは裏手に回り、城壁を飛び越えて中に潜入する。飛べない者は、俺たちがディッシュで運んでやろう」
 シニストラ・ラウルスが、かかえ持ったフライングボードを示して言った。
「あくまでも、目的は女王像の欠片をクイーン・ヴァンガードたちに渡さないということだ。忘れるなよ。この城は、長居は無用だ」
 何か含みを持たせて、シニストラ・ラウルスが言った。
「もし、ココ・カンパーニュが中にいたら、私は好きにさせてもらう」
 それはゆずれないと、アルディミアク・ミトゥナが言い放った。
「いや、今回は目的を達したら、すぐに撤退しろ。この城の霧は変なんだ。長居するものじゃない」
 再度、シニストラ・ラウルスが釘を刺した。
「時間を優先するのであれば、手分けした方がいいだろう」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)が、提案した。本来は、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)を稀少タイプの機晶姫として囮に使い、正面から伯爵に近づくつもりだったのだが、海賊自体が面が割れているのではしかたがない。まだ交渉の余地も残っているとは思うが、ここでもめるつもりはなかった。それよりも、アルディミアク・ミトゥナにべったりのノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)のために、アルディミアク・ミトゥナを少しでも海賊たちの目から離したいという思いもあった。
「そうだな。お前たちには散ってもらうとしよう。今回、俺たちは女王像の欠片が発見できたら一気にそれを回収するためにまとまっていることとする。いいな」
 シニストラ・ラウルスは厳命した。
「決まっているなら、早く出発しようぜ」
 手間取りすぎだと、トライブ・ロックスターが急かした。
「よし、移動だ」
 シニストラ・ラウルスが命令する。
「行くそうですわ」
「分かりました」
 白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)に言われて、桐生円たちと話していた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が答えた。
 まとまって移動した一行は、予定通りに城壁を越えて城の裏庭にあたる場所に順次降り立っていった。だが、順調だったのは、わずかにそこまでだった。
「何よ、この霧」
 すでに身長よりも高い所まで覆い隠している霧に、デクステラ・サリクスが軽く悪態をついた。方向感覚がまったくつかめない。
「活性化してやがる。クイーン・ヴァンガードの連中め、すでに何かやらかしたか。お前たち、なるべくまとまって行動しろ。ちっ、すでに声が聞こえているかもわからんか。とにかく建物の中へ入れ。そこの方がまだましだろう」
 シニストラ・ラウルスは、見えない仲間にむかって命令した。
 
    ★    ★    ★
 
「結局、ついてこられたのは、お前たちだけか」
 シニストラ・ラウルスは、オリヴィア・レベンクロンとミネルバ・ヴァーリイと騎沙良詩穂の姿を見渡して、口をへの字に曲げた。デクステラ・サリクスはまだ大丈夫だとして、アルディミアク・ミトゥナとはぐれてしまったのは痛い。
「お宝を探しつつ、仲間も捜すぞ。気を引き締めていけ」
「おー」
 シニストラ・ラウルスの命令に、ミネルバ・ヴァーリイだけが元気に答えた。これには、さすがのシニストラ・ラウルスも苦笑いを漏らすしかなかった。
 建物の中は多少ましだとはいえ、霧の深さはさほど変わりがない。充分に腰から胸ぐらいの高さまで霧が充満している。
「あれ? そこにいるの、アルちゃんじゃない?」
 霧の中に垣間見えた人影をさして、騎沙良詩穂が言った。
「そう見えたな、行くぞ」
 シニストラ・ラウルスが、急いでそちらへとむかった。
「お嬢ちゃん」
 追いついたデクステラ・サリクスが、アルディミアク・ミトゥナを呼び止めた。
「はい、どちらさまでしょうか」
 ちょっと戸惑っているような表情で、アルディミアク・ミトゥナが答えた。
「おい、お嬢ちゃん、なんでそんな懐かしい格好をしているんだ!?」
 あっけにとられたように、シニストラ・ラウルスが訊ねた。今目の前にいるアルディミアク・ミトゥナは、セーラー服姿で髪を二つに分けて縛っている。
「なんで、アルちゃんったら、そんな格好してるんだもん?」
 訳が分からなくて、騎沙良詩穂が首をかしげる。
「アルちゃん? 私は、シェリル・アルカヤと申しますが。人違いでは。そうそう、よろしければ、蒼空学園がどこにあるか教えていただきたいのですが……」
 アルディミアク・ミトゥナは、慎重に言葉を選んでいるふうに語った。
「霧め……」
 シニストラ・ラウルスにとっては、懐かしいはずだ。それは、彼が空京で初めてアルディミアク・ミトゥナと出会ったときの姿ではないか。
「去れ、お前に用はない」
「そうですか。では」
 ぺこりとお辞儀をすると、アルディミアク・ミトゥナは霧に溶け込むようにしてそこから姿を消した。
「どうしたのかねえ〜」
 なぜ追い払ったのかと、オリヴィア・レベンクロンがシニストラ・ラウルスに訊ねた。
「ちゃんと説明しなかった俺が悪かったな。この霧は、触れた者の記憶を読み取って、それを実体化するんだ。へたに意識すると、それが目の前に現れるんで、言わなかったんだが……」
 失敗だったかと、シニストラ・ラウルスは眉を顰めた。
「あれは、俺がお嬢ちゃんをスカウトしたときの記憶だ……」
 あえてスカウトという言葉で誤魔化しながら、シニストラ・ラウルスは言った。
「じゃあ、こんなのを想像したら……」
「馬鹿、変な物を想像するな」
 シニストラ・ラウルスが騎沙良詩穂に言ったが遅かった。通路いっぱいの大きさの巨大なカブトムシが現れる。
「戦っても意味がない。構わず逃げろ!」
 シニストラ・ラウルスが叫んだ。
 
    ★    ★    ★
 
「参ったねえ。確かに建物の中へ入れたと思ったんだけど、ここはどこだい」
「なんだか、森の中のようにも見えるな」
 キョロキョロ周囲を見回すデクステラ・サリクスに、トライブ・ロックスターが言った。
「みんな、どこに行っちゃったのでしょう?」
 ここまで分断されるのは想定外だと、白乃自由帳も戸惑いを隠せなかった。
「えっ、なんだ?」
 ふいに服を引っぱられて、桐生円が振り返った。見れば、子供の獣人が二人、彼女の服にしがみついている。
「ねえ、連れていかないで」
「俺はやだ!」
 上目遣いに、二人の子供は桐生円たちを睨みつけている。猫と狼のタイプの獣人の子供だ。
「ちょっと、何よそれ! なんであたしが……」
 それを見て、デクステラ・サリクスが絶句した。
「そこまでだよ。その子たちをお放し!」
 突然、凜という声が響き、デクステラ・サリクスたちはそちらを振り返った。見れば、豪奢な赤毛の娘が、腰に手をあてて立っている。その後ろには、何人もの獣人たちを従えていた。
「頭領……」
 思わず、デクステラ・サリクスがつぶやく。
「空京だかなんだか知らないが、訳の分からない町の建設に、そんな子供までかり出すことはないじゃないか。さっさと尻尾巻いて帰りな。おっと、あんたたちにゃ、そんなりっぱな物はついていないんだったね」
 皮肉を込めて、若きゾブラク・ザーディアが哄笑をあげた。
「いったいどうなっているんだ。これはトラップか何かか?」
 どうすればいいのか分からずに、トライブ・ロックスターがデクステラ・サリクスを見た。
「伯爵め……。あたしたちにも容赦無しかよ。ええい、勝手にあたしの過去に触るな!!」
 言うなり、デクステラ・サリクスが、自分たちの子供のころの姿を盗み取った霧の産物を、容赦なく拳で打ち砕いた。
「何をする。みんな、あいつらを、追い払うよ!」
 ゾブラク・ザーディアの命令で、背後にいた獣人たちが一斉に襲いかかってくる。
「これは、幻影なのか?」
 どうすればいいと、桐生円がデクステラ・サリクスを見た。
「ああ。それも、実体を持ったたちの悪い幻だ。あたしも初めて見たけどもね」
 言うなり、デクステラ・サリクスは襲いかかってきた獣人を則天去私で打ち砕いた。
「気を抜くとやられるよ。この程度打ち砕いて先に進んでみせな!」
 闘気を高めて自身の周囲の霧を打ち払いながら、デクステラ・サリクスが怒りを込めて叫んだ。