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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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8-03 きりんきょーかんとながんな日々

 黒羊郷地下に広がる、湖のほとりで暮らす、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)
「飯ができたどー」
 カンカンカンッ
 信徒らと暮らし数週間。鍋で芋がゆ作る日課も慣れたぜ。というナガン。
 そしてナガンのとなりにちょんと座って、おかゆを啜っているのは……
 騎凛 セイカ(きりん・せいか)なのだった。
「……」
 表情が虚ろであるが、生気がないわけではない。
「……」
 ナガン、じっと゛きりんきょーかん゛を見る。
 ナガンときりん。
 今までにない妙な取り合わせであった。
 しかもナガンは、服を着ていない(注:ってオイ。アレはちゃんと穿いてるぜ)。
 ここにはとくに決まった服というものはなかった。長くいるため、ルージュとファンデーションは切れ出して、今のナガンは゛傷だらけの長身痩躯の性別不明が褌一枚゛がウロウロしているという状態である。
 その後ろを、ピンクのパジャマ姿のきりん先生がとことこと引っ付いて、湖の回りを行ったり来たりしているのであった。
「ナァきりんきょーかん」
「……」
 まだ、今までにほとんど口を聞いてない。
 最初に、自分の名前を呟いていたので、名前くらいは覚えてるんだろう。教導団のこととかはわかるんだろうか。
 この地下湖から出てきた騎凛。
 よく意味がわからなかった。
 信徒らの偉いさんである最初に話したオッサンの話では、この湖は無意識の世界につながっているという。ということは、騎凛はその無意識の世界から……いや、あるいはこのきりんきょーかんの様子を見る限り、意識は置いて体だけ出てきちまったっていうところかな?
 と、なると……
 ナガンはこれまで、騎凛を介抱し、万全になるまでと芋がゆを食わせつつ見守ってあげてはきた。体調が悪そうなわけでもなく、ちゃんと自分で食べれるし、眠るし、トイレにも一人で行くが……
 このままでは、本当に元には戻らないってことか?
 ナガンとしては、ここで生活を始めてから、ものすごく湖の深くへ潜ってみたかったのだ。
 何度か、少しずつ、潜ってはみた。
 でも、浅いところだからか、とくに何ら普通の湖と変わりはないように見えた。
 もっと、まだもっと深くへ潜るべきか。でも、騎凛のこともあったし、まだ、あまり危険なことは……
 そう。この湖は危険であった。
 あるとき、一緒に暮らす信徒の一人が、ぷかりと浮かび上がってきて、まったく動かなくなった。
「死んだのか……?」
「いや、死んではいないのだ」
 偉いさんのオッサンが、動かなくなった信徒を連れて行った。
 ナガンは、後日、その信徒が、別の部屋で、剣鎧を纏い、他の多くの同じ姿の者らと、訓練をしているのを見た。皆、一様に表情がなかった……
 そうか。
 信徒兵のできる仕組み。
 地下の湖に潜る。溺れる。我をなくす。つまり、自我をなくす。
 意のままに操られる、信徒兵と化す、ってわけか。
 それでも……ここには多くの者がやって来る。
 皆、自分の求める何かを、あるいは自分自身を、探そうとして無意識の湖に潜っていくのはいいが、それは大変に危険な行為ってわけだな。
「フン。しかし、この俺ナガンが、そう易々と自分をなくしたりはしないだろうよ」
 それに、先も言ったように、きりんきょーかんを元に戻してやるには、恐らく行くしかないのだろう。
 ナガンは、湖に潜る決意を固めた。
 いや、それでも……徐々に、徐々にの方がいいか。薄暗がりの中、底の知れないこの巨大な地下の湖を見つけていると、空恐ろしい気持ちにもなる。
 ナガンの日々は過ぎていった。
「飯ができたどー」
 カンカンカンッ
 しかし、躊躇してはいられない時が来た。
「この者……いい信徒兵になれそうだな」
 偉いオッサンが来た。騎凛を見て、そう言う。
「エッ。そいつは……待て」
 ナガンが立ち上がる。
 じろり、オッサンが睨む。「連れて行け」後ろに侍る、二人の信徒兵が動いた。
 ナガンも動くが……両の手にはもう、何も武器はないのだ。褌一枚である。
「仕方ねぇなァ!」
 ナガンは、きりんきょーかんを抱えると、湖の方へ走っていき、そのまま勢いよく飛び込んだ。