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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3
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第3章 古の盟約、あるいは誇りの問題・前編



 蜜楽酒家。
 店からすこし離れた浮き島に、フリューネ達一行の姿があった。寂れた小さな休憩所のある島だ。床に歪な爪痕と黒い染みがあるのが不気味だが、そこを気にするより、今は他にするべきことがある。
 船着き場に停泊する船の様子を双眼鏡で窺う。
「……あんな騒ぎがあっても、出入りしている船の数は変わってない、か」
 唇を噛みながら、フリューネは考えを巡らせる。
 ここからでは、どれだけの数の空賊がザクロ側についているのかわからない。最悪の想定をすれば、八割りの空賊はザクロ側の人間だろう。非戦闘区域の掟のある蜜楽酒家と言えど、そうなってしまっては話は変わってくる。ルールとは常に強者が作るものなのだ。敵視されているフリューネがのこのこ顔を出せば問答無用で攻撃される事は火を見るより明らか。
「そんな怖い顔をしていては、折角の美人が台無しですよ」
 彼女の背中に、樹月 刀真(きづき・とうま)は明るく声をかけた。
「ちょっと刀真、冗談言ってる場合じゃないのよ、これは空峡の存亡懸けた戦い……」
「そんな事は知ってますよ。君はなんでも背負い込み過ぎなんです。そんな調子じゃ、空峡を救う事なんて出来ませんよ。もっと俺たちを頼ってください。それとも、俺たちが背中を守るのでは不服ですか?」
「……いいえ、頼りにしてるわ」
 あえて友人として接する刀真に、フリューネは緊張が緩やかに解けていくのを感じる。
「ところで、俺の頭にハルバードフルスイングかまして、詫びがないのは人としてどうでしょう?」
「……え、えーっと、そんな事したっけ?」
「七針縫うはめになりました。ほら、これがその傷です」
「ご……、ごめん。でもほら、そのぐらいの傷、男の勲章になったり……しないかな?」
「前々から思ってましたが、君、暴力に対する倫理観が低くないですか……?」刀真は呆れた顔で肩をすくめた。「まあ、ディナー一回でチャラにしてあげます。勿論、君の奢りですけどね。手料理も良いんですが、なんとなく君、料理はダメそうなオーラが……」
 冷ややかな視線を送ると、フリューネは胸ぐらを掴んできた。
「りょ、料理ぐらい作れるわよ! その……、なんか肉を焼いた奴とか!」
「そう言うのは手料理にカウントされません。今すぐ返事はいりません、はいコレ……、俺の携帯番号とアドレスです。返事が決まったら連絡を下さい、ヴァンガードの職務中は出られませんが必ず返します」


 ◇◇◇


 その時だ。ざわめきと共に、一同の間に緊張が走る。
 小型飛空艇が一機、こちらに向かって飛んできた。飛空艇は攻撃を受けているらしく、船体に無数の銃痕がある。ふらふらと休憩所の一角に船は着陸した。
 ゆっくりと降りる搭乗者は、フリューネの見知った顔だった。
「た、巽……! それにティアも! ふたりとも無事だったのね!」
「遅くなりました、お師匠。この風森 巽(かぜもり・たつみ)、救援に駆けつけました」
 後部座席には、その相棒のティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が乗っている。
 ふたりはカシウナ襲撃の際、フリューネを逃がすため人知れず戦っていた。ヒビの入ったツァンダーマスク、返り血で黒ずむ赤いマフラー、大きな怪我はないが、その様相は戦いの激しさを物語っている。
「さあ、どうします、お師匠。殴り込みをかけるなら、何処までもお供しますよ」
「殴り込みか……、手っ取り早い気もするけど、流石にあの人数は相手にするのは厳しいわね」
「となれば、ここは穏便にいこうじゃないか、フリューネさん」
 そう言ったのは、出雲 竜牙(いずも・りょうが)だ。
「何か良い考えがあるの?」
「要するに、空賊連中に邪魔されずに大鐘まで辿り着ければいいわけだろ?」
 何をするのかと思えば、竜牙はおもむろに頭を取り外した。ギョッとするフリューネ達だったが、よく見れば、なんという事のないただのカツラだった。その下の髪は短く刈り揃えられている。そして、勢いよく服を引っ張ると、その下から波羅蜜多ツナギが出てきた。
 わずか三秒で、竜牙は修理工に変装してしまった。
「大鐘の場所を知ってるのはマダム、まずは怪しまれないよう彼女に接触しないとな」
「他の人達は変装しなくても大丈夫だと思う。けど、フリューネは変装しないと……」
 竜牙のパートナー、モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)が言った。彼女もまた変装している。伊達眼鏡を外し、髪はツインテール、波羅蜜多ツナギを着用、何処から見ても修理工その2な出で立ちだ。
「……顔が割れてるから仕方がないか。何に着替えれば良いの?」
「私の私服があるけど……」
「ちょっと待って、こんな事もあろうかと、ボクも変装セットを持ってきたんだ」
 ティアは明倫館の制服を、フリューネの前に突きつけた。
「はい、この和服に着替えて。大丈夫、ボク、着付けならできるから!」
「……まあ、なんでもいいわ。時間もないから、皆でフリューネを変装させるわよ」
 モニカとティア、そして、竜牙の兄の出雲 雷牙(いずも・らいが)も変装を手伝う。女性陣が衣服の上から和服を着させている間、雷牙は髪を一本三つ編みに結おうと格闘中だ。と言うのも、戦艦島で戦いで左腕を複雑骨折しているため、思うように結う事が出来ないのである。
「こんな事も出来ないとは……、情けない……っ!」
 地面に膝をつき、我が身の無能を恥じる雷牙。
「そ、そんな気にしなくても……」
「優しい言葉など俺にかけないでくれ、フリューネさん。こんな三つ編み一つ結えない男に……、すまないが、ティアさん。代わりに三つ編みを結ってもらえないだろうか」
「おっけー、任せて。やっぱ和服には三つ編みだよね。雷牙さん、わかってるねー」
「いや、その、なんだ……」
 雷牙は顔を赤らめ、なにやらモゴモゴ言った。正直、和服でなくとも三つ編みにする気満々だった。
「あと、これを……」
 変装の仕上げに、モニカは先ほど外した自分の伊達眼鏡をフリューネにかけた。
 明倫館の制服に三つ編み眼鏡、なにやら大正時代の女学生風味漂う変装だ。
 その変装具合に満足したのか、雷牙は静かに、そして深々と頷く。
「なるほど、兄さんの好みは委員長タイプ、と……」
 軽口を叩く弟に、雷牙は氷よりも冷たい視線を投げる。
「おい、今度寝ぼけた事言ったら潰すぞ」
「そ、そんな怖い顔しなくても……」雷牙から距離を取り、竜牙はフリューネを見つめた。「和服も似合う戦乙女か……いいね。でも、なんかえらく目立つ格好になった気がするけど大丈夫か?」
「だいじょーぶ! おししょーの艶姿で空賊さんたちを悩殺だよ!」
 ティアはウインクしつつ、竜牙に親指をおっ立ててみせた。
「……いやそれ、目立ったらダメじゃねーか」


 ◇◇◇


 店内は賑わっているが、いつもと様子が違う。店を占有しているのは大空賊団の空賊達だった。ここにくるまでにわかった事だが、大空賊団に所属していない空賊たちは店から閉め出されたそうだ。船着き場や店の外で忌々しそうに酒をあおっている姿が目撃された。
 フリューネ達は平静を装って、【マダム・バタフライ】のいるカウンターへ行く。
 不思議と注目は浴びなかった、一同は安心しつつも、そう言えばと納得する。多国籍感が売りの酒場なのだ、インド人やら芸者やらがうろついているのに、今更女学生ごときで目立ちはしない。
 グラスを傾けるマダムを見つけると、営業スマイルを浮かべ竜牙は声をかけた。
「いやー、随分前に修理の以来を受けたんですけど、別所の仕事が立て込んじゃって……、すいません、マダム。で、その雨漏りが酷いってのはどの辺なんですか?」
「雨漏りだって……?」
 怪しんでる様子だったが、女学生に扮するフリューネと目が合うと口をつぐんだ。そのタイミングを見計らって、竜牙はカウンターに座る空賊に気付かれないように、小声で「大鐘」と呟く。
 それで全ては通じたらしい。
「あ、ああ……、そう言えば頼んでいたね。上の階なんだ、案内するよ」
 機転を利かせ、マダムは話を合わせる。そのままこの場を離れられれば、第一段階はクリアなのだが、その前に障害が立ちはだかった。空賊のひとりがフリューネを不思議そうに見つめているのだ。
「ま、まずいわね……、あいつ、私が叩きのめした空賊だわ……!」
 フリューネは咄嗟に顔をそらせたが、彼はより疑念を強め確認しようとしてくる。
「おまえ、どこかで見た事がある顔だなぁ……、ちょっと顔を……」
 絶対絶命のピンチに、天から助けの手が差し伸べられる。
 ガシャアンと大きな音がフロアに響いた。振り返れば、空賊達がなにやら揉み合いになっている。ケンカだ。蜜楽酒家のルールが崩壊してしまった事を確信するのも束の間、カウンターにいた空賊達は怒鳴り声を上げて、乱闘騒ぎに向かって行ってしまった。
「とりあえず、危機は脱したみたいだな……」
 ふぅと一息吐く竜牙。
 マダムは颯爽とカウンターを飛び越え、小声で一同を誘導する。
「蜜楽酒家では御法度のケンカに、まさか救われるとはね。まあ、今はケンカを起こした馬鹿に感謝しておこうか。さあ、あんた達、今のうちに大鐘のところに行くよ」