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リアクション
第5章 空賊達の挽歌・黒猫のミッシェル
午前五時三十七分、戦闘開始。
白んだ空に絵の具をぶちまけたような無数の爆発が、開戦の合図となった。
一斉に展開された小型飛空艇部隊が空を覆い尽くす中、ルミナスヴァルキリーは針路を北北東に固定したまま前進を続ける。大空賊団の編隊の最奥に、微速前進を保ったまま後尾を維持する空賊艇がある。四方を囲む護衛艦隊から鑑みるに、あれこそがザクロの待つ敵旗艦なのだろう。
だがその前に、中型飛空艇部隊を率いる漆黒の船が立ちはだかる。
風にはためく空賊旗は猫のドクロ、【黒猫のミッシェル】の率いる部隊だ。
「何人出てきても、無駄だって言ってるでしょ……!」
セイニィの星双剣『グレートキャッツ』の一閃で、甲板に血の雨が降り注ぐ。
ミッシェル空賊団の団員は一様にブラックレザーのボンテージスーツで全身を覆っている。レザーマスクには猫耳があって可愛いのだが、口元にはボールギャグを装着しているので、差し引きゼロで大分可愛くない。そして、誰一人まともに言葉を発する事は出来ない。フゴーフゴーと荒い息を立ててるので気持ちが悪かった。
再び殺戮の構えを取ると、その前に呂布 奉先(りょふ・ほうせん)が現れた。
「セイニィ、お前はザクロと対峙するまで力を温存しておけ」
「……はぁ? なんであんたに指図されなきゃなんないのよ?」
「いいから、ここは俺に任せろ!」
いつもとは違う奉先の迫力にセイニィは気圧された。
前回のティセラ洗脳説を聞いてから、背後で暗躍する存在に彼女は激しく憤っている。
その身から放たれる殺気は、殺気看破を使えぬ者の背筋を凍り付かせるほど。炎のように沸き上がる怒りに包まれた彼女は、一騎当千、万夫不当と畏怖された猛将の姿と重なって見えた。
奉先が声をかけると、上着のポケットから小さな機晶姫の霧雪 六花(きりゆき・りっか)が顔を出す。
「どうしたの、奉先?」
「この先、俺は止まらず敵を斬り続ける……、回復は任せるぜ」
六花が頷くと同時に、方天画戟の名を持つハルバードを薙ぎ払い、目前にいた数名のブラックレザーをバラバラにして場に転がした。友の道を切り開くため、かつての猛将が戦場に降臨したのだった。
◇◇◇
「ふふふ……、どうしたんだい、あんた達。去勢されたオス猫みたいになっちまって」
床をピシャリと鞭でひと打ちし、黒猫のミッシェルは笑った。
対峙するのは弥涼 総司(いすず・そうじ)と幻時 想(げんじ・そう)。
その身体に致命傷はないものの、ところどころ衣服が引き裂かれ、痛々しく血が滲んでいる。
鞭は正確に言えば武器ではなく拷問の道具である。そのため苦痛を与える事には特化しているが、殺傷力は低い。そうなると、そんな武器を使うのはよほど腕に自信のある手練か、もしくは何か趣味の問題だと言う事になる。ミッシェルはどちらかと言えば、答えはどちらも、であった。
膠着する三人の戦場に、セイニィが足を踏み入れた。
「……あんた達、こんな奴になに手こずってんのよ?」
すこし呆れた様子で言うと、野獣のような目つきでミッシェルを睨んだ。
今にもミッシェルに飛びかかりそうな彼女を想が引き止める。
「ここは僕たちに任せてくれないか、セイニィ。僕が必ず攻撃の隙を作るから……」
「あたしなら、二秒ぐらいでバラせるわよ」
しかし、それでも想は譲る気はない。
純粋な戦闘能力で言えば、セイニィがダントツで高い。ザクロを除けばこの場でブッチギリである。彼女に任せればこの場も容易くケリがつきそうだが、想はそれが嫌だった。想にだってプライドと言うものがあるのだ。
「……何でそこまでするのよ?」
「温泉でセイニィがお仕置きしてくれて、逆に僕は嬉しかったんだ……」
「……変態なのは知ってるけど、面と向かって言われると鳥肌が立つわね」
セイニィがマジでドン引きしてるのに気付き、想は否定のため全力で首を振った。
「いや本当にMとか変な意味じゃなくてっ!」
想はあらためて自分の正直な気持ちを語った。
「僕は女扱いされて虐められていた。そんな僕に男として本気で接してくれたのは、君が始めてだったんだ……。温泉で君は僕に本気で怒ってくれた、君は他人に対し本気で向き合える人だ。だから……、僕も本気で君に接したくなった。まだティセラの事もある……、それが終わるまで、君にとって僕は変な奴、変態かもだけど力になってみせたい」
「……幻時さん、洗濯板とお喋りしてる暇はないぜ。黒猫娘がくるぞ!」
総司の言葉で想も身構える。相手は一人、ならばこちらは二人掛かりで攻めるまで。
奇しくも『蒼学の変態』と『百合園の変態』、夢のタッグだ。なんとなく息が合いそうな気がする、なんとなく。
「二人がかりなら、あたしを倒せるとでも思ったのかい?」
ミッシェルは不敵に笑って、腰の裏からもう一本鞭を取り出し、左右から迫る二人を同時に絡めとった。
女子は電話しながら掃除とか出来るから、こういう事も得意なのである。
「やっ……」
自由を奪われ床に転がった想は、締め付けに思わず変な声を出してしまった。
「おやおや、良い声で鳴くじゃないか、この子猫は」
「いや、だから重ね重ね言うけど、Mとかじゃなくて……」と言いかけて、今が絶好の好機である事に気付く。「いや、そんな話はどうでもいい。鞭の弱点は相手を絡めとってる間は攻撃出来ない事。セイニィ、今のうちにこいつを……!」
と、セイニィに目をやる。
「あんた、どさくさに紛れて洗濯板ってなによ。死にたいの? 生きたまま内蔵を引きずり出されたいの?」
「うわっ! 無抵抗の人間にやめろ! ガンジーが泣いてるぞ!」
セイニィにサッカーボールのように蹴っ飛ばされ、総司はゴロゴロと転がった。
その光景に「ああ、聞いてないや……」と想はうなだれた。
蹴り飛ばされたおかげで呪縛から解放された総司は、身体をさすりながらミッシェルとセイニィを見比べる。
「同じ猫属性キャラなのに随分と違うなぁ……」
「猫じゃなくて、あたしは獅子なの! 山葉涼司とドージェ・カイラスぐらい違うの! 殺すわよ!」
「(……山葉ってなんだろう?)」
まるで生産性のないなじり合いが続く中、放置され続けるミッシェルはついに爆発した。
「あたいを無視するんじゃないよ! 女はいつだって注目の的でいたいんだよ! いくつになってもお姫様なんだよ!」
キィーとヒステリックな声を上げて、鞭をぶんぶん振り回してくる。
「うっさい!!」
総司の頭突きとセイニィの頭突きが、同時にミッシェルの顔面に叩き込まれた。崩れ落ちるミッシェル。
その刹那、適者生存の発動で獅子オーラが総司に回りに見えたとかなんとか。
「……ん? あんた、なに離れてんのよ?」
気が付けば妙に距離を取って立つ総司に、セイニィは怪訝な視線を向ける。
すると彼は超感覚を使って金髪になり、むんずと髪を掴んでツインテールを作ってみせた。
「このアルバギエのセイニィのおちちには何もついてないわん(甲高い声)アデュー」
馬鹿にすると気が済んだのか、バーストダッシュでここではないどこかを目指して逃亡していった。
「ブッコロス!!」
◇◇◇
総司を血祭りに上げるべく、セイニィが追いかけ、その後を想が追いかける。
放置されたミッシェルは艶っぽい声を出して起き上がった。
そこにやって来たのは、別方面から切り込んできた葛葉 翔(くずのは・しょう)だ。
ブラックレザーズを薙ぎ倒していった先にあったのは、まだ頭突きの衝撃から解放されないのか、空を見上げてぼんやりしているミッシェルの姿。彼には状況が掴めなかったが、この状況が好機である事に間違いはない。
「なんだか知らないが……、いきなりチャンス!」
グレートソードを担いで一刀両断の構え、彼女の死角から奇襲を仕掛ける。
だが、その鼻先をひゅんと高速の鞭がかすめた。
「怪我した女に襲いかかるなんて、油断も隙もないよ! とんださかりのついたオス猫だよ!」
「ば……、馬鹿いえ! 誤解を招くような事を言うな!」
誰も聞いてないよな……と一応周囲を確かめつつ、翔は変則的に襲いかかる鞭をいなしていく。戦艦島の戦いで似たような武器の使い手を相手にしたのが経験となったのだろう、高速の鞭さばきにもなんとか対応出来た。
「くそ、これ以上あらぬ噂を立てられる前に仕留める!」
鞭を返し鞭を振るう、この一連のアクションに隙を見いだす。一気に間合いを詰め、大剣を真一文字に振り下ろした。
だがしかし、見た目通り身軽さを武器にするミッシェルは紙一重でかわす。
「そんな大振りの攻撃なんてあたるかい! なんだい、欲しいのかい? あたいの鞭が欲しいのかい!?」
「興奮してんじゃねぇよ、んなろぉ!」
すぐさま刃を返し横に一閃、ひと薙ぎにする。だが、これもやすやすとかわされてしまった。
その瞬間、翔の首にぐるぐると鞭が巻き付き、ギュウと締め上げる。
「がはっ!」
「んー、とってもいい顔だよ。もっと欲しいだろ。欲しがってるんだろぉ?」
鞭はどんどん喉に食い込んでいく。意識が飛びそうになるのをこらえ、翔は喉の奥から声を絞り出した。
「絶対に……、離すんじゃねぇぞ……!」
「……なんだって?」
次の瞬間、バーストダッシュの体当たりを食らって、ミッシェルは悲鳴を上げながら甲板を転がった。
トドメを刺すべくグレートソードを構え直すと、その前に鈴木 周(すずき・しゅう)が飛び込んできた。
「待ってくれ! 敵とは言え相手は女の子だぞ、本気で手を上げるような真似はやめろ!」
「おまえ、俺は殺されるとこだったんだぞ……?」
「だからって暴力でなんでも解決していいわけじゃないだろ。俺が女子との正しい戦いかたを見せてやる!」
首を傾げる翔を尻目に、周はクワワッと眼力を込めてその目を見開いた。歌舞伎役者も裸足で逃げ出すにらみである。
その視線はじっとりとねばっこく残骸の飛び散る甲板を舐め回し、そして本日のメインディッシュであるミッシェルへと至る。ミッシェルも他の団員同様ブラックレザーのボンテージスーツに身を包んでいる。一切の肌を晒さぬ徹底した服装であるが、ジャストフィットしたスーツは彼女の豊満なボディラインを浮き彫りにしている。音で言うならボンキュッボンとでも表現できようか。オッパイと呼ばれる至高の宝石はたわわに実り、その腰元はすらりと美しい曲線を描き、お尻はプリプリと日本人離れした丘を築いている。まさに全人類待望のダイナマイトボディである。
……そんな事を思いながら静止する周の肩を、ちょいちょいと翔が突つく。
「えーと……、今は何の作業中なんだ?」
「決まってるじゃねぇか、視姦だぜ!」
そう言って、周は100万ドルの笑顔で親指をおっ立てた。
「ちょ、ちょっと、あんた! あんまりじろじろ見るんじゃないよ!」
ミッシェルは恥ずかしそうに胸を押さえ、周の気持ちの悪い視線から身を守る。
「うへへ……、なんだ気の強いのは見せかけだけか、そそる設定じゃねぇか……」
リビドーをマキシマムまでチャージし、そして股間のほうもマキシマムになった彼はルンルン気分でミッシェルに近付くと、おもむろにレザーマスクを掴んで脱がそうとした。ここが日本なら、彼のような生き物は生きていけないだろう。
「や……、やめるんだよ! 女には秘密が多いんだよ!」
「そんでもって、秘密を暴くのが男なんだぜ!」
無理矢理にマスクを奪いさると、なんとそこには綾瀬はるか似の黒髪の乙女の姿が!
「や、やめておくれよ! そんなに見つめないでおくれ!」
透き通るような白い肌をほのかに染めている。どうやら彼女は自分の素顔を晒して人と会話するのが苦手らしく、わっと顔を手で覆ってうずくまってしまった。そんな様子にこのスケベは興奮する。興奮して泣き始めた。
「なんか、俺……、今日ここに来て、ほんと良かった……」
いただきます、と行儀よく手を合わせ、周ははるかに抱きついた。
「ど……、どこを触ってるんだい! やめておくれよ、もう悪さしないから許しておくれよ!」
「なに言ってんだ、この身体がもはや凶器だぞ。ちゃんと押収しないと……」
まさぐる周と嫌がるミッシェル、もう誰が悪党なのかわからない。翔もどっちを剣の錆びにするか迷ってるところだ。
そこに、突然のブリザードが押し寄せた。
「人が折角駆けつけたのに……、何やってるんですか!」
頬をピクピクと震わせる彼女はリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だ。仲間のピンチに颯爽と駆けつけようと、ちょっと遅れてやってきてみれば、この有様である。友達のセイニィを助けられたらいいな……、と考えていたのに彼女は変態と言う名の強敵を追いかけてどこかへ行ってしまった。一体、誰を助ければいいのかよくわからない。
「なんかもう、どうでもいいです……」
はぁとため息を吐き、絡まりあう周とミッシェルにアシッドミストを浴びせた。
「だからせめて、トドメは私が刺させてもらいますね」
「ちょっと待って、俺もいるんだけどって……、あちちっ!」
なんかミッシェルと絡まってる人は無視して、強酸性の霧で二人を包み込んでいく。みるみる内に霧にボンテージスーツが溶かされ、ミッシェルの柔らかそうな肌があらわになった。どうでもいいけど、ついでに絡まってる人も。
「うおおおっ! たまさかの肌と肌のスキンシップだぜ!!」
「きゃあっ! 触らないでおくれ!」
半裸状態の二人を満足そうに眺め、リースは楽しそうに笑った。
「あはは。お二人とも随分と無様な姿になりましたねぇ」
よく優しくて明るいと評される彼女であるが、実際はミッシェルばりのドSなのである。
そして、さりげなく周も倒すべき敵に入れられてる気がするが、周以外は誰も気に留めなかった。
「黒猫の獣人……、猫だから寒さに弱い。それを隠すためのボンテージでしょう?」
不気味な笑みを浮かべ、両手に収束させた冷気で再びブリザードを巻き起こす。
「うおおおおっ! 俺の股間が別の意味でカチコチになっていく!」
「さ、寒いよ! って言うか、猫じゃなくても辛いよ!」
二人は吹雪から逃れようとドタバタ走り出した。その後をリースは容赦なく追いかける。
「あとで写メ送ってセイニィさんに褒めてもらお。ほらほら、早く逃げないと追いついちゃいますよ〜」
『黒猫』のミッシェル、敗走。
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