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リアクション
第7章 散りゆく花に乾杯を
上下左右を固める護衛艦のうち、爆発したのは上方にあった護衛艦だった。
一帯を巻き込む爆風と黒煙、敵旗艦と三隻の護衛艦は陣を崩し、襲いかかる炎から我が身を守る。
それはまたとない絶好の好機だった。茅野菫はマエヴァー号を機関が爆発する限界まで飛ばし、敵旗艦の横っ面に突っ込んだ。激しくぶつかり合い、マエヴァー号は船首が大破、敵旗艦は甲板に甚大な被害を及ぼす亀裂を走らせた。
これを好機と見たのはルミナスヴァルキリーも同じだった。
ナリュキ・オジョカンは艦内にラムアタックの決行を告げ、真正面から敵旗艦の鼻先を吹き飛ばす。ラムアタック用に特別に船首を強固にした古代戦艦とは違い、敵旗艦にはそのような改造は施されていない。船首を一方的にバラバラに破壊すると、ルミナスヴァルキリーはの船首は深く食い込んで、完全に敵船を捕獲した。
「さあ、わたくし達の出番ですわ!」
ユーフォリアとミルザムが先陣を切って、魔性のカルナヴァルの踊り手達が敵船の甲板に降り立つ。
「まだ甲板上に空賊がいる! みんなを護衛するんだ!」
水上 光(みなかみ・ひかる)は高らかに声を上げて、襲いかかる空賊達に切り込んでいった。
「やらせない……、ミルザムさまも、ユーフォリアさんも、やらせはしない!」
「な……、なんだこのガキ!」
アサルトカービンを掃射する空賊に、光はグレートソードを盾のように構え身を守る。
そのまま空賊を弾き飛ばすように体当たりを加えた。彼らの体勢が崩れたのを確認し、その手に握った巨大な刃を地を滑らせながら斬り上げた。一撃で三人の空賊が鮮血を宙にバラ撒きながら飛んでいった。
「てめぇ、人の船にズカズカ上がり込んで暴れやがって……!」
吐き捨てるように言い、空賊は踊り手達に銃口を向けた。
だが、その前に光が飛び込む。剣を盾代わりにしようとしたが間に合わず、肩と脚に銃弾を受けてしまった。
「ボクはクィーンヴァンガードだ。この名にかけて、必ずみんなを守る……!」
それでも、闘志を失わず再びグレートソードを構えた。
「ふん、ならここでくたばるんだな」
鼻で笑って銃を構える空賊、だが、不意にどこからか忍び寄ったイバラのツタがその腕を縛った。
「冥府のイバラよ、来い!」
奈落の鉄鎖で攻撃を仕掛けたのは、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)だった。
本来は像を持たない術であるが、彼女の突き出した腕からは、イバラのビジョンが伸びていた。
「リリ、頼む……!」
リリ・スノーウォーカーは静かに頷くと、精神を研ぎすませて稲妻をその身に宿す。
「光臨せよ、天上に咲く黄金の薔薇っ!」
天空から一直線に落ちて来た稲妻が、空賊たちを一網打尽に蹂躙していく。バタバタと倒れていく空賊だったが、今倒したのはほんの一部に過ぎない。すぐに第二陣が甲板に出てくるはずだ。
「ユリ、今のうちに配置に急ぐのだ」
リリは振り返り、ユリ・アンジートレイニーに目をやる。
ミルザムと同様の衣装をまとった彼女は、わたわたと指定された位置へと向かうが、途中でズッこけた。
「だ、大丈夫なのれす……」
彼女と同じように踊り手達はそれぞれの配置に向かっていた。
魔性のカルナヴァルは対象を囲んで踊らない事には効果がない。そのため、位置取りがとても大切になってくる。円で囲み、中央に対象を置く陣形を敷こうとしているのだが、何せ相手はザクロだ、距離が近過ぎては踊り手たちに危険が及んでしまう。敵旗艦の甲板は幸い広いのでなるべく距離を取って、位置につこうと一同は焦っていた。
「こちらでよろしいのでしょうか、英虎さん?」
「そこで大丈夫、全員が配置に付いたら、この携帯に連絡が来ると思うんで……」
甲斐 英虎(かい・ひでとら)はミルザムに携帯を手渡し、自身は周囲の警戒に向かう。
「あ……、待ってください、英虎さん」
ミルザムは呼び止めると、彼の手を取った。
普通の男ならロマンスの予感を感じてときめく所であるが、悟りに達した英虎は不思議そうにきょとんとしている。
「ご武運を……、気を付けていってください」
「今回の主役はミルザム様だろー」と笑う。「それを言うなら逆じゃないかー」
その場を離れ、英虎は他の踊り手を案内していたパートナーと合流した。
「トラ、ミルザム様は無事に配置に付けました?」
甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)が尋ねると、英虎は親指を立てて答えた。
「ミルザム様は女性としての幸せを手放したようにも見えるからねー、せめて傷つかないように守りたいよ」
「そんな心構えだと、他のヴァンガードの人に叱られませんか?」
「えー? だって俺は、クイーン・ヴァンガードじゃなくて、ミルザム・ヴァンガードのつもりだしねー」
それから、英虎はいつになく真面目に自分の考えを語った。
「五獣の女王器を揃えても、神様になれる事は無い事が分っているのに。それでも、彼女は一生かけて嘘をつく覚悟なんだと思う。彼女が女王候補でもなんでもない普通の女性に戻ったら、俺もヴァンガードから抜けようかなー」
そう呟いて、ふと気になってる事も口にした。
「そう言えば、なんでユキノは踊り子に志願しなかったんだー?」
不意に話を振られ、ユキノはふるふる首を振った。
「人前で踊るなんて……、無理でございます」
こうしている間も英虎の服を掴んで放さないほどの引っ込み思案である。
とその時、彼女の展開していたディテクトエビルに反応があった。
彼女が服の裾を引っ張るので、顔を上げてみると、空賊の第二陣が甲板にぞろぞろと出てくるのが見えた。
「……トラ、ミルザム様のために頑張りましょうね」
ユキノの言葉に頷き、英虎は光条兵器の弓をゆっくりと引き絞った。
◇◇◇
爆散した護衛艦から脱出した朝霧 垂(あさぎり・しづり)は甲板に飛空艇を着陸させた。
甲板上の乙女座の十二星華・ザクロを横目に、空を見上げるとセイニィの乗った飛空艇が飛んでくるのが見えた。
向こうもこちらに気付いたようなので、垂はウインクして合図を送った。
「……さて、役者は揃ったな。頼むぜ、栞。『ザクロ硬化作戦』の開始だ!」
「にゃはは〜。よしよし、俺に任せとけって」
相棒の朝霧 栞(あさぎり・しおり)は自信満々に、交戦中のザクロに奈落の鉄鎖を放った。
術をかけられたザクロはわずかに身体が引き寄せられるのを感じた。しかし、それは高速で動く彼女にとって、さしたる問題ではなかった。ロケットが地球の引力を断ち切るように、ザクロもまた鉄鎖をやすやすと断ち切った。
「無粋な真似をする奴がいるようだねぇ……」
ザクロは目の端で栞たちを捉えると、踵を返して攻撃に向かった
「……げげっ! なんかこっちに来るぜ、垂」
「来るぜ……、じゃねーよ。失敗してんじゃねぇか!」
軽身功を使って身を軽くし、栞を抱えて撤退しようとする。
「つれないねぇ……、すこし遊んでいっておくれよ」
退路を塞ぐように、その前にザクロが立ちはだかった。
二人を始末するべく振るわれた澪標、だが、命中の直前で二人の姿が消える。
「……久しぶりだねぇ、セイニィ」
ゆらりとザクロは振り返り、垂と栞の首根っこを掴むセイニィを見据えた。
「あんた……、どういうつもりよ、ティセラを裏切るなんて……!」
「ああ、そう言うだろうと思ったよ。ただねぇセイニィ、初めっからあたしはあんた達の仲間になった覚えはないよ。それはこの数年の話じゃない、5000年前からずっとあたしはあんた達の仲間じゃないのさ……」
「……はぁ? 何言ってんの、あんた?」
「そうだね、あんたにはわからないだろうね……」
次の瞬間、ザクロの姿が消えた。
セイニィですら目で追えない速度で、ザクロは星扇を一閃させる。真っ赤な血が花びらのように舞った。
だが、それはセイニィの血ではなく、彼女に抱きつくようにして庇った垂の血だった。
「ちょ……、ちょっと、あんた?」
「心配ない……、ただのかすり傷だ。朔、作戦変更だ、撤退するぞ……」
「し……、垂! 大丈夫! 今、手当てしてあげるからね!」
ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、斬り裂かれた垂の背中にヒールを施した。
背中から血を流す垂の姿に、放心していた夜霧 朔(よぎり・さく)だったが、はっと我に返る。
「わ……、わかりました! セイニィさん、垂さんをよろしくお願いします!」
ザクロに向き直り、全身の火気の安全装置を解除、フルバーストアタックを仕掛けた。機晶姫用レールガンと機晶キャノン、6連ミサイルポッドを全弾出し惜しみなく発射する。
「この集中砲火で……!」
轟音と爆炎が複雑な旋律を奏でる中、ザクロは自身を星扇で仰ぎ、余裕の微笑を浮かべた。
「集中砲火ねぇ……、この力を手に入れてすこしセイニィの気持ちがわかったよ、世の中こんなに止まって見えるんだね」
既にザクロはその場から離脱し、遠目に朔の猛攻を眺めていた。
◇◇◇
風を切ってエネフを走らせたフリューネは、とうとう敵旗艦の甲板に佇む乙女座の十二星華を見つけた。
ハルバードを構え一気に滑空するフリューネに対し、それを余裕の表情で迎えるザクロ。
滑空の速度を刃に乗せ、一気にハルバードを振り抜く。だがその瞬間、ザクロの姿は幻のように消えた。それと同時に強烈な衝撃がフリューネを襲った。エネフの上から弾き飛ばされ、甲板を跳ねるように転がる。
「くっ……、これが白虎牙の力……!」
すぐに体勢を立て直すフリューネだが、超高速移動を続けるザクロを追う事が出来ない。
「どうしたんだい、フリューネ。あんたも空賊と変わらないねぇ、威勢ばっかりよくて、力がない」
「ザクロ……、ひとつ訊いてもいいかしら?」
「冥土の土産って奴かい? いいねぇ、そういうお遊びは好きだよ」
声は遠くから聞こえる気もするし、耳元で聞こえる気もする。正確な位置は掴めない。
「三年も過ごした蜜楽酒家を裏切ってまで、どうしてこんな事をしたの……?」
「時間なんてなんの意味も持たないさ。ただ、あたしのする事に都合が良かったから利用したまでだよ。噂を流し、空賊達に女王器を探させる……、まあ、余計な子猫が紛れ込んだのは誤算だったけど、概ね上手くいったよ」
「マダムを騙していた事をなんとも思わないの!?」
「くだらないねぇ……、でもフリューネ、あんたに礼を言っておくよ。あんたが白虎牙を見つけてくれたんだからね」
周囲を漂う殺気が、急に密度を増した。
「さて、充分だろ。死出の旅路に持っていく土産なんだ、欲張っちゃいけないさね」
その時だった。
ルミナスヴァルキリーに負けず劣らずの大型飛空艇が、陣形を整え直していたザクロの護衛戦艦の真っ只中にダイブしていった。飛空艇はそのまま直進し戦艦群を通過し、囲みを脱出したところで一時停止した。
直後、中から数十機の小型飛空艇がまっしぐらにザクロへと飛んでいく。
「なんだい、次から次に……?」
「アレは……!」
ザクロとフリューネが同時に小型飛空艇の群れに目を向ける。その中心にいたのは、紛れもないキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)の姿だった。
「ぶっ耕すぞ、こらあ!!」
ヨサークは一際速度を上げると、強引に船の甲板に着陸させた。
機体が擦れるか否かのタイミングで飛び降りた彼は、そのままの勢いでザクロに鉈で切りかかった。
「まさか、この空から生身で落とされて生きてるとはねえ。でもまた戻って来ちまってよかったのかい? 次に落とすのは、体だけじゃ済まないよ」
扇で鉈を受け止めつつ、ザクロが警告を告げる。しかしヨサークの心は、もう揺れなかった。
「なんてことはねえ、ただの二毛作だろうが!」
「意味分かんないけど……、ヨサーク、そのまま!」
翼を広げて距離を詰めたフリューネは、ザクロの背後からハルバードを振り下ろす。
「やれやれ……、忙しない連中だ」
星扇『澪標(みおつくし)』を開き、その場で舞を舞うように旋回した。
螺旋を描く深紅の閃光が、ヨサークの鉈を弾き飛ばし、フリューネのハルバードを受け流した。
「な……っ!」
フリューネは思わずヨサークを睨みつける。
「ちょっと何やってんの、ちゃんと押さえておきなさいよ! そのままって言ったでしょうが!」
「ああ!? なんでおめえがしゃしゃり出てくんだ、ここはヨサーク空賊団の畑だ、スッ込んでろ!」
二人は歪み合うものの、すぐにザクロに向き直った。
「……って、言ってる場合じゃねぇか、クソメス」
「あんたにしては気付くのが早いわね。それについては、私も同じ意見よ、田舎モン」
二人は顔を見合わせ、足並みを揃えてザクロに斬り掛かる。
「ふたりがかりなら、勝てるってかい……、ちゃんと地獄を見せてやらないとわからないのかねぇ」
ザクロの宣言通り、希有な連携を見せたフリューネとヨサークの攻撃も通用しなかった。
そもそも病み上がりのヨサークの身体では無理があったのか、それともザクロの力が強大すぎるのか、ふたりがかりでも劣勢へと追いやられていく。そこに、少し遅れてヨサークと共に来た生徒たちが甲板に降り立った。
「出番交代だ、ヨサーク!」
◇◇◇
踊り手達の配置が完了した頃、ザクロはヨサーク側の生徒の活躍によって、超硬化状態に陥っていた。
背後に控える蒼空寺路々奈に目をやり、ミルザムは静かに頷く。
路々奈はギターの弦をつま弾き、その美しくも妖しい調べを辺りに響かせる。互いの位置が見えないほどの距離にいるので、呼吸を合わせるためにはアンプで大音量で流れるこのメロディだけが頼りなのだ。
踊り手達は一糸乱れぬ動きで、魔性のカルナヴァルを踊る。
やがて一通りの振り付け踊った頃だろうか、踊り子達の囲む空間が不思議な光で満たされた。
徐々に中央へと収束していき、硬化するザクロを撫で回すように光は蠢いた。
「これで……、踊りは一通り終わったはずですが……」
ユーフォリアが遠目に確認すると、光はザクロの中に吸い込まれるように消えていき、辺りは静まり返った。
予想外なほどあっけなく全ては帰結した。
生徒たちは互いの顔を見合う、烈火の如き戦争の最後は、夜の海よりも静かに幕を下りたのだった。
戸惑いの表情をたたえたまま、ザクロはとこしえの眠りへと落ちた。
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