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第一章 破壊工作に誘われて 1


 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は冷厳なる男であった。常に冷静を怠ることなく、状況を見据えることが出来る。それ故に、イーオンはプリッツ・アミュリアが緊張と不安によって僅かに震えているのもよく分かっていた。
 護衛組の一行は慎重に迷宮の中を進んでいく。その中心となるプリッツは、ロケットを取り戻りしたいながらも、初めてのダンジョンに畏怖を感じていたのである。
 プリッツの緊張に気づいていたのは、イーオンだけではなかった。ちらちらとプリッツを盗み見て、明らかに彼女を心配している芦原 郁乃(あはら・いくの)もその一人だ。
 イーオンはプリッツに近寄り、彼女に話しかけた。
「あー、なんだ、いいか」
 プリッツはイーオンを見上げて、人見知りしていた。イーオンはそれに気づきながらも、一度口を開いてしまってはどうしようもなく、続けて喋りかけた。
「迷宮内の敵がキミに近寄ってしまった場合には、動かないでくれ。魔術がキミに当たってしまわないように、くれぐれも冷静に行動するように」
 出てきた言葉が、これだ。
 イーオンは自己を見据えることができる。彼は、確かにそれは本心であるものの、プリッツの緊張を更に倍増させてしまったのではないか、という自己嫌悪に見舞われた。その間にも、プリッツはぐっと身体を締めて、「は、はい」と答えていた。忠告は忠告で大切なことである。プリッツはどちらかと言えばイーオンに感謝していたが、彼はそれには気づいていないようであった。
「もう、イーオンさんっ! 何してるの〜っ」
 芦原は背後から小声でイーオンに話しかけた。
「いや、俺はただ……」
「ったくもー、ほら、次は私に任せて」
 挙動不審ばりにプリッツを見ていた芦原は、彼女に恐る恐る近づいた。だが、いざとなれば彼女もどう話しかけるべきか迷ってしまう。芦原が口を開きっぱなしでいることに、プリッツは首を傾げた。芦原は心に焦りを感じる。えーと、何か話しかけなきゃ。そ、そうだ、もしかしたら疲れてないかな……!
 芦原の開きっぱなしだった口から、ようやく言葉が出た。
「えっと、疲れたでしょ? 休憩しましょっ!」
 プリッツは突然のことに戸惑いを隠せなかった。
 それを見ていた芦原のパートナー、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は心の中で突っ込む。そもそも、「疲れたでしょ?」という暫定が間違っているのであって、なぜ「疲れてない?」と聞けなかったのか。それはそれで主らしい思いやりなのかもしれないが、さすがにプリッツ様も……。
「そうですね、じゃあ、休ませてもらっていいですか?」
 プリッツは笑顔で言った。
 マビノギオンは思わずプリッツの手を握り締めたいほどの賞嘆を感じた。なんと心優しい方なのだ。主も見習ってほしいものです。
 マビノギオンのそんな気苦労を知ってか知らずか、芦原は護衛組の皆に休憩を進めていた。依頼主であるプリッツ自身が賛同していることもあって、一同はしばらく休憩することにした。すると、プリッツは自らが持ってきたリュックから、手作りのラスクを取り出した。
「これ、私の家で作ったものなんです。もしよかったら皆さんで食べてみてください」
「ほんとっ!? ……すごーい! 美味しい!」
 プリッツが配ったお菓子を食べて、芦原は感動していた。
 護衛組の一行も、同じく彼女のお菓子をご馳走になると、誰もがその味に感嘆を覚えた。
「プリッツさん、お菓子作り得意なの?」
「得意ってほどじゃ……。でも、好きは好きですよ。とくに焼き菓子なんかは、よく作ります」
 プリッツがそう言うと、芦原はどうにも落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回した。そして、プリッツにぼそぼそと呟く。
「実は私、料理とかお菓子作りとか好きなんですけど……、これが全然上手く作れなくて……」
 芦原は曇った顔になった。すると、プリッツは聖母のような笑みを見せた。
「大丈夫ですよ。どれだけ料理を作るのが下手な人でも、頑張れば上手くなれます。……私も、そして私の父もそうでした。お母さんが亡くなって、二人になってしまったけど、お父さんは今まで触れたこともなかった家事を一生懸命覚えて、頑張ってくれました。芦原さんも、きっと上手くなれますよ」
「ほんと?」
「ええ、ほんとです」
 プリッツはくすっと笑った。

 
 プリッツが芦原に軽いお菓子作りを教えることも含め、休憩を終えた護衛組は更に地下迷宮を先へと進んだ。より奥に進むに連れて、その道のりは複雑になっていく。その上、魔物のうごめくような声が届いてきた。
 多少は落ち着いたものの、やはりプリッツにとって地下迷宮は先の見えない不安で満たされている。そんな彼女を励まそうとしているのがヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)鈴木 周(すずき・しゅう)であったが――。
「人は皆、愛する人間との想い出を守るためには、自らの危険も厭わない。その心を大事にするのだ、少女よ。俺はそんな心優しき心に打たれた。一人の人間、いや、帝王になるこのヴァル・ゴライオン。決してその心を見捨てはしないっ!」
「なぁなぁ、プリッツって彼氏いるの? 無事にロケット見つかったら、俺とデートしようぜ!」
 プリッツは困惑して苦しい笑みを浮かべるばかりであった。
 悪気はないのだろうが、いかんせん、暑苦しい二人から同時に話しかけられるのはある意味で地獄である。一人語りに近いヴァルは放っておいて、プリッツは鈴木に断りの返事を述べた。
「えっと……すみません」
「あちゃ〜、振られちゃったかー。……あっ、そこのかーのじょっ!」
 鈴木はプリッツから離れて、別の女の子のところへ向かった。
 彼は護衛組の女の子達に数々心に響かない誘い文句をを繰り返していく。そんな鈴木を見て、あれが世に聞くナンパなんだ、とプリッツは始めて気づいた。彼女は決して不快感を頂くことはないが、どうにもそういったものには慣れていない。鈴木さんには悪いことをしたかな、と彼女が思っていた頃、鈴木は遂に己の欲望を兼ねたスキンシップを称し、スカートめくりを繰り返していた。
「やほー。おっ、純白とはいいねぇ。清純だねぇ。……あれ、皆さんどうしたの? ……なんか額に青筋なんか立てて。あ、ちょ、あっ、やめっ……ぐぼっ、げっほ、あべしっ!!」
 プリッツが振り返ると、いつの間にか多人数の女の子に囲まれた鈴木はぼろ雑巾のようになっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ……プリッツ。た、たすけて……」
「いーのいーの、放っておいて。さぁ、行きましょ」
 芦原は鈴木を蹴り転がし、戸惑うプリッツを一緒に連れて行った。彼女も被害者だったのだろう。
 クレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)は、そんな彼女らの様子を見て、鈴木に呆れていた。まったくもって馬鹿みたい。
 子供のように小さい彼女は、愛犬のバフバフに乗って迷宮の匂いを追跡していた。ロケットにはプリッツの匂いがついているはずである。バフバフは覚えさせられたプリッツの匂いを嗅ぎながら、のそのそと歩いていく。クレシダの隣では同じく護衛組の先頭に立つイーオンのパートナー、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)がランプを持って警戒していた。まったくもって無口な彼女は、バフバフと同じようにのそのそと歩いていく。対して、同じくイーオンのパートナーであるフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)は魔道書であるにも関わらず、よく口を動かす女性であった。
「なんとも土臭い気がする。地下は涼しく暗いのはいいが、湿気っぽいのがいけない」
 彼女は護衛組の後方で警戒を続けながらも、不満を漏らした。
「湿気ねぇ。しかし、ここはただの地下洞窟って訳じゃない分、通気は良さそうだ。風の流れを考えてあるのか……?」
 イーオンは壁に触れながら言った。
 いずれにしても、ここが確実に誰かの手によって作られたということは確実なようだ、とイーオンは思った。入り組んではいるものの、計算されているようでもある。興味深い建物だ。
 イーオンが迷宮の構造に夢中になっているとき、クレシダのすぐ後ろではヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)、プリッツ、芦原、そして相沢 美魅(あいざわ・みみ)がガールズトークというべきか、女の子同士での会話を楽しんでいた。
「じゃあ、プリッツちゃんは一人であのお花畑を育ててるんですかっ。すごいですよー!」
「本当……。すごいです」
 相沢の称賛とヴァーナーのはしゃいだ声とに、プリッツは照れくさくも誇らしげな顔になった。
「そんなことないですよ。お母さんが残してくれた場所だから、あれも形見みたいなものなんです」
「それに、プリッツちゃんはお父さんが料理も上手なんだよねっ」
 芦原はまるで自分のことのように、ヴァーナーに自慢した。
「お父さん、料理お上手なんですかっ! はふー、それは食べてみたいですよー」
 ヴァーナーはプリッツの父の自慢の料理を想像して、よだれが出そうであった。それを見ていた相沢は、和やかに微笑む。
 ふと、そんな彼女ら、いや、護衛組の一行に音が聞こえてきた。プリッツたちも、会話をピタリと止める。音は入り口で聞いたときよりもはるかに大きい、地響きのような揺れる音だった。
「これ……?」
 プリッツは呆然と呟いた。
 そう、閃崎が言っていたあの音である。ここから近いようだ。もしかすれば、ウサギはそこに関係しているのかもしれない、とプリッツは思った。振り返ると、ゴライオンや鈴木達も頷いている。
「プリッツさん、待ってください」
 相沢が言った。
 プリッツが振り返ると、相沢の身体は淡い光に包まれていた。それは相沢の呟く言葉に従って広がり、プリッツをも囲む。やがて霧散した光は消失し、相沢が柔和な笑みを浮かべた。
「禁猟区をかけておきました。これなら、危険が迫っても分かります」
 再び、揺れる音が聞こえた。
 護衛組の一行は進む。鳴り響く音に向かって。