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第一章 破壊工作に誘われて 2

 グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)アーガス・シルバ(あーがす・しるば)オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)の三人は道に迷っていた。というのも、全てはグランが計画もなしに地下迷宮へ突入したことから始まる。
「ふむ。こんなところに地下への階段か。これは怪しいの」
 怪しければどこにでも入るのか、とアーガスは思ったが、そこは腐れ縁とでもいうべきか。アーガスもまたグランに引き連れられ、同じく地下迷宮へと入ったのである。
 だが、問題はここからだった。
「さて、では地図を見せてくれんか? こう道が入り組んでおると、戻るのも一苦労じゃ」
 探索をしばらく続けた後、グランは二人を振り返った。
 しかし、一向に地図を出さないばかりか。二人はお互いの顔を見合わせてきょとんとしている。
「ほれ、はよう描いた地図を見せてくれんかのぅ」
「いや、我輩は書いていないが……」
 アーガスは呆然とした様子で呟いた。彼はオウガへと視線を送る。
「せ、拙者は……てっきり地図は二人のどちらかが描いてると思っていたでござるが……」
 三人は顔を見合わせた。
 そして、お互いにようやく気づく。誰も地図を描いていなかった、と。

 
 三人は疲労困憊の様子で歩いていた。どこに向かえば戻るのかも進むのかもわからぬ状態。まさにお手上げとはこのことである。更に不運なことに、地下迷宮を徘徊する魔物に見つかるたび、強制的に戦闘を強いられるのである。これがまた厄介だ。
 気力も体力も消耗したアーガスは、へたりこむように息を吐いた
「……少し、休ませてくれ」
「ふぅむ、確かにこのまま闇雲に歩き回っても疲れ続けるだけじゃのう」
「まったく、準備もなしにこんなところに入るもんじゃないだろう……」
 恨みがましいアーガスに、グランは返す言葉もない。
 そんな三人の後ろに、白い物体がぴょこぴょことやってきた。気配に気づいて振り返ったグランは、それが真っ白なウサギだと気づく。
「こんなところにウサギがいるのも珍しいのぉ」
 ウサギは口に何か光る物を銜えているようだったが、グランは特に気にも留めなかった。
 やがてウサギはグラン達の視線に気づいたのか、そそくさと迷宮の先へと駆けていった。すると、それと同時に聞こえてきたのは腹に響くような地を揺らす音である。グランは何事か、と思った。
「もしかすると、他にも人がいるのかもしれないでござるね」
 オウガが何気なく言った。
 すると、三人はようやく気づく。だとしたら、このお手上げ状態から抜け出せるのでは……!
 三人は気力を振り絞り、音のなる方角へと駆け出した。

                                           1

 ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)は愛くるしい獣の耳と尻尾を生やし、巨人さながらの豪快さで破壊工作を行っていた。それを手伝うは、彼女のパートナーであるミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)である。
 シャロットの持つ光精の指輪から放たれる明かりを頼りに、ランツェレットはパイルバンカーを駆使して壁に穴を開けた。その後、ミーレスがのそのそと穴に爆弾を仕掛け、爆破するという手順である。その光景はまるで闇に紛れるテロリストさながらであった。しかしながら、その主犯――いや、先頭に立つのがお嬢様だということが、異彩を放っている。
 ランツェレットは銃型HCを見下ろした。今まで自分達が通ってきた道のりが詳細に描き出されている。
「ふ……ん? ここまでの道のりの中で、ベッドのあった部屋はイチ、ニー、サン……ヨン。どうやら、多人数で暮らしていたみたいね」
「姉さん、それより、この残骸の山どうするの?」
 シャロットは後ろを振り返り、これまで破壊してきた壁の山を見た。
「放っておきましょう。どうせ既に使われていない場所なんだから。重要なところ以外は放っておいても支障はないでしょう」
 ランツェレットは再びパイルバンカーを構えた。
 そんなとき、彼女は気配とともに足音を聞き取った。獣耳から聞こえてくる足音の数は無数に及ぶ。多人数がこちらに向かっているようだ。
「どうやら、ここに侵入したのはわたくし達だけではないようね」
「姉さん……?」
 シャロットが訝しげに呟いたとき、ランツェレットが見ていた曲がり角から大勢の人影が現れた。その筆頭は、プリッツである。彼女はランツェレットを見つけ、驚きに目を見開いた。
「他にも人がいたなんて……!」
「あら、心外です。その台詞はわたくし達も同じですよ」
 悪戯な笑みを浮かべて、ランツェレットはプリッツに近づいた。
 しかし、彼女は立ち止まった。足音はプリッツ達だけのものではなかったのである。別の曲がり角からも、人影が飛び出した。しかし、今度はプリッツ達ほど大人数ではない。たった三人であった。しかも――ご老体を含む。
「ほっほ、なんとまぁ、たくさん。しかし、これで救われたのぉ」
「よかった……」
 辛労したアーガスは呟いた。
 プリッツ達護衛組、そしてランツェレット達は、アーガスの言葉に首を傾げるばかりだった。


「なるほど、そういうわけですか」
 ランツェレットが言った。
 ひとまず、プリッツ、グラン、ランツェレットはそれぞれの事情を話すことにしたのである。
 よほど大切なロケットなんですね、とランツェレットは思った。そうでもなければ、ウサギに取られたロケットを探すためだけに、こんな場所に来るはずがない。
「あの、どこかでそのウサギを見ませんでしたか?」
「さぁ、少なくともわたくし達は見かけてないです」
 プリッツの残念そうな顔を見て、ランツェレットは心が痛んだ。とはいえ、知らないものは知らないのだから仕方がない。では、他に何か出来ることはないか。ランツェレットは考え込み、やが思いついた。
「もしよかったら、この地図の情報を差し上げます」
「これは……」
「この地下迷宮の地図です。わたくし達が通った場所しか記憶されてませんから、その先は自分達で、ということになりますが」
 ランツェレットの優しさに、プリッツは心打たれるようであった。いや、事実、打たれていた。プリッツはランツェレットに何度も頭を下げた。どうやら、彼女のそのひたむきさは、ランツェレットをも引き付けていたようである。もちろん――それ以外の理由もあるわけだが。
「姉さん、良い事したね」
 シャロットは背後からランツェレットに小声で言った。
「あら。これがパラミタ式の迷宮探索必勝法でしょ?」
「姉さん、それパラミタ式じゃなくてパラ実式だよ……」
 ランツェレットはシャロットの呟きを聞き取らず、悪戯な笑みを崩さぬままプリッツ達と別れた。
 そして、プリッツ達は再びウサギ探しを再開しようかとする。すると、
「はて、お嬢さん」
 グランがプリッツに話しかけてきた。彼はランツェレットから出口への道のりを教えてもらい、そちらに進もうとしていたはずだが……? 一体どうしたのか。
「なんでもウサギを探しているとな」
「はい。大切なものを取り返さないといけないんです」
「ウサギなら、さっきあっちの方で見かけた気がするんじゃよ」
「……ほんとですかっ!?」
 一瞬、プリッツは理解するのに時間がかかった。
 これでウサギに近づける。そう思うと、プリッツはいても立ってもいられない。
「グランさん、ありがとうございます!」
 プリッツはグランにお礼を言って、早速グランの指し示した方に向かった。
 プリッツ達がいなくなった後、グランは首を傾げて別の曲がり角を見た。そして、彼は人知れず呟いた。
「……はて、こっちだったかな?」